到達
久々の更新。
遅くなって申し訳ない・・・
――――息を整える。
ファニアクル皇国国境付近。旧文明の遺跡。その最上階。呼吸を止め、スコープを覗く。
――――とうとうおいでなすったか。
3日前、フレッドから武器を受け取ったラグナはファニアクル皇国国境に辿り着いた。
道中、案内してくれた兵士によるとラグナの指定した遺跡の地点に物資とともに地形に詳しい人間が一人待機しているとのこと。正直、これはありがたい。
案内役の兵士と別れるとラグナは国境の向こう側へ進み始めた。自らが追い求める過去へ繋がる道を。過去への片道切符を受け取りへ。
瓦礫、瓦礫、瓦礫。国境沿いに広がる崩れた文明の跡。かつて旧文明人の街だったのだろうか。ラグナは13キロもの重さのバレッタを運びながら辺りを見渡した。
一度終わった世界の名残。遠い遠い昔にここにあったはずの人々の生活。喜び、悲しみ、怒り、笑い。今ではそんな生活の匂いは長い長い時間によってしっかり脱臭されてしまって今では無機質な廃墟が空に墓場のように並んでいるだけだった。その墓場達、主人が消え去って尚、主の待ち続けるコンクリートの骸達をラグナは縫うように進んでいく。
入口の壊れた廃墟に入り、巡回する警備兵をやり過ごす。奥に崩れた壁を見つけそこから這い出し、分解され、ケースに収まったバレッタを引きずり出す。
やっぱり警備が厳重だ。
「やりにくいったらありゃしねぇ」
埃まみれになった服をはたき、ラグナは小さく愚痴る。
「単純に潜入して殺してさっさと帰った方が楽だったかなぁ」
しかし、3日前でこんなに厳重に警備されてるのだから当日にパッと行ってパッと殺すのは無理だったろう。仮にできたとしてもそのあと警備兵に囲まれズタズタにされるだろう。ラグナはため息をつき、目的のビルへ移動を再開した。
背の高い廃墟が増えてきた。天高く、まるで空高く全てを見据える神に届こうと、神の座すら覇権に収めようと手を伸ばしたかのようにそびえ立つビル群。そのほとんどは風と雨によって浸食され、中には倒れかけているものもあった。まるで、天に掲げた腕が力尽き、倒れていくかのように。
旧文明人たちに崇める神はいたのだろうか。それとも、彼らにとっては神すら征服の対象に過ぎなかったのだろうか。
目的のビルの手前。ラグナは身に迫る危機を感じていた。
廃墟となったビルの中の警備兵達の駐屯所をなんとかすり抜けることはできた。問題はそのあとだ。まさかビルの窓から監視している奴がいるとは。
まさかここまで厳重に警備されていたとは。ラグナは大きくため息をついた。これでため息は何度目だろう。
平面上の監視網の潜り抜けるのと、立体の監視網を潜り抜けるのとでは難易度は大きく違う。敵に見つからないためには自分の感覚を研ぎ澄まし、いかに危険を察知するかそれですべてが決まる。平面ならばそれは左右などの平面上の警戒で済む。しかし、敵が上下にも展開されている立体的監視網の場合、それまでの平面上の警戒を上下にまで展開させなければならない。また、上を取られると平面の場合より敵の監視網の死角が大幅に減る。そのため、ここから先に進むのにはこれまで以上の慎重さが求められる。
ラグナは廃墟の階段に腰掛け、大きく伸びをした。
――――これはまずいね。
ラグナは崩れかけたビルの上階へ上り、窓から素早く辺りを見回し警備兵達の巡回ルート、監視ポイントを特定する。地図と実際の場所を照合し、頭の中に地図と巡回ルートを重ね合わせてゆく。ダメだ。どの経路で進んでも恐らく見つかる。ラグナは敵の監視網の完璧さに舌を巻いた。
見つかれば生き残ることができても暗殺はできない。暗殺ができなければ手がかりは手に入らない。
何としでも、どんな些細なことでも、過去へ真実へ少しでも近づくためには進まなくては。
かつてあったはずのことをその真実を手に入れるために、そして自ら閉ざした記憶を取り戻すために。だから、絶対にあきらめるわけにはいかない。
どんなに悲惨なことであっても、それを取り戻すと決めたのだから。
一階に降り、辺りを見回す。お決まりの巡回ルートを回り続ける警備兵が角を曲がったのを確認し、慎重に飛び出す。ラグナの中で既にプランは決まっていた。
狭い路地裏に飛び込みそのまま走る。そのまま迷路のような路地裏を駆け抜け、大きくひらけた通りまで辿り着く。
そこでラグナは一息つき足音を消すようにゆっくりと歩き始める。いくつかの角を曲がったところで足を止める。
目の前の角から2つの足音が近づいてくる。丁度角からの死角となっているような壁に寄りかかり、気配を消す。コートのフードを被り、ナイフと銃を構える。そしてラグナはじっとその時を待つ。
感覚を研ぎ澄まし、気配を探る。カツ―――カツ―――角を曲がりこちらへ近づいてくる警備兵達の前へ飛び出す。2メートルと離れていない至近距離。驚愕に目を見開いている警備兵の片方の眉間に弾丸を撃ち込む。パシュッとサプレッサーにより消音化された銃声が小さく響く。そのまま大きく前へ踏み込み、残った警備兵の咽喉元にナイフを突き立てる。ひゅう――と空気の漏れる音がした後、大きく痙攣する。死体となった警備兵がラグナに倒れこむ。覆いかぶさるように倒れてきた警備兵を乱暴にどかし、ナイフを抜く。どくどくと血が溢れ出し、辺りを朱色に染め上げる。
ラグナはすぐ近くにあった非常用のドアを乱暴にこじ開けるとその中に死体を放り込んだ。その際にラグナは警備兵が装備していたショートソードを一本拝借しておいた。お粗末な死体の隠し方だがこの広い警備範囲だ。大規模な捜索でもしない限り発見されることはないだろう。ラグナはそう結論付けるとそばにあったほこりまみれの布を死体に被せ、その場を後にした。
日が沈んでからしばらくたった頃。ラグナは目的の高層遺跡に到達した。
日が沈んでからは目的地が警戒区域よりも少し外れていることもあいまってか大した障害もなく進むことができた。
ラグナはビルの中に入り、階段を上り始めた。
「アホか」
呟く。
「俺はアホか」
繰り返し呟く。
窓から外を眺める。もう相当な高さだというのに景色は廃墟となったビルが見えるだけ。ラグナは自分がこのビルのどのあたりの高さにいるのかさっぱりわからなかった。
完璧に誤算だった。階段登りがこんなにも苦行に満ち溢れていたとは。どこまで行っても段差段差段差・・・・このまま天国に続くんじゃないかとさえ思えてくる。アホだ。こんなことにも気づかなかった俺もアホだがこんな建築物たてた方もアホだ。それともアレか。旧文明人ってのは皆さんそろっての筋肉ぞろいでこの程度は朝飯前だったのか?
そんなことを考えながらラグナが必死に階段を登り続けていると突如、階段が途切れた。どうやらここが最上階らしい。ラグナは重い体を引きずるようにして歩き、一面が窓のひらけた空間に出ると崩れるようにして床に寝転んだ。
「やっと着いた」
もうこのまま寝ても神様は怒らないだろう。そう思いながらラグナは襲いかかる微睡に身を預け――――
「あんたが雇われ?」
――――られなかった。女の声が聞こえる。いや、そんなはずない。寝よう。
「あんたが雇われ暗殺者かって聞いてんの。答えなさいよ」
また聞こえた。ラグナはゆっくりと目を開く。
「・・・・はあ」
思わずラグナの口からため息が漏れる。どうやら遥か天におられる神は俺の願いをことごとく無視すると決めたらしい。信じてはないが。
「なに人の顔見てため息ついてんのよ。情けなく寝転んでないであいさつくらいしなさいよ」
そう言われラグナはゆっくりと身を起こす。目の前のには一人の少女が仁王立ちしていた。凄まじく、偉そうに腰に手を当てながら。大きな青い瞳がこちらを睨み、赤茶色のポニーテールがゆらゆらと揺れていた。
「え~あの・・・どちら様で?」
「人のことを聞く前に自分のことを名乗ったらどうなの?そのくらい常識でしょ」
ではなぜその常識に準じて目の前の彼女は名乗らないのだろうか?ラグナはもっともな疑問を感じたが口に出した途端に言葉の暴力によりぼこぼこにされるのが目に見えていたので素直に名乗る。
「今回の依頼を頼まれたラグナです。あんたが待機していた帝国の人間?」
「そんなことは見ればわかるでしょ。わたしはリディア。あんたのサポート役よ」
確かに見てわかったから言ったんだが、リディアとかいうのはなぜこう棘のある言い方をするのだろうか?怒らせるような言い方はしてないはずだ。この子友達とかいるんだろうか?
「そうか、よろしくリディア」
一応、よろしくと言っておいた。
「・・・ええ、よ、よろしく」
さっきまで射殺さんばかりに睨んでいたリディアはいきなり目をふせてもごもごと喋った。よくわからん子だな。
これから目標がここに到達するまでリディアと一緒なわけだが、果たしてそれまでに持つだろうか俺のガラスのハートは。ラグナは帝国が善意で用意したサポート役を前に不安な気持ちに駆られていた。