「烈の男飯」
とある日の、早朝。
クレアはクッキーを作ろうと、食堂に備え付けられているキッチンへ向かっていた。
オルフェの食事は、基本的にバイキング形式。
調理はすべてAIが行っている。
というより、現代社会では会社などの食堂がある場所のほとんどが、AI調理+バイキング形式で、オルフェの食堂もごく一般的なものだった。
――ただし、1つだけ珍しい点がある。
それが、“備え付けのキッチン”が存在すること。
普通の組織の食堂には、まず設置されていない設備だ。
もっとも、実際にこのキッチンを使う人は少ない。
お菓子作りが趣味のクレアは、家でもオルフェでも、よくお菓子を作り、出来上がったものを広間に置いている。
クレアのお菓子は、皆から大好評だ。
彼女がキッチンを使う時間帯は、決まって早朝。
理由は単純――誰もいないから。
1人の時間を満喫しながらお菓子を作ることは、クレアにとって大切なリフレッシュのひとつ。
しかし何やら、キッチンの奥から、何やら物音が聞こえてくる。
(こんな朝早くに…しかもキッチンに誰かいるなんて、珍しい…)
そう思いながら、そっと覗いてみると――
そこにいたのは、烈だった。
(えぇぇ!? あ、新井くん!? なにしてるの!?)
烈は、大きなフライパンを片手に料理をしていた。
しかも、備え付けの電気コンロは一切使わず、自身の炎を使って調理している。
(料理するのは知ってたけど……こんな本格的に?しかも、スキルの使い方めちゃくちゃ器用……)
クレアは感心しつつ、思わず見とれてしまっていた。
(なに作ってるんだろ……?香り的に……チャーハン?1人で食べるのかな? それとも……アホ閃とヘタレ光井に?)
そんなことを考えていると、突然後ろから声をかけられる。
「クレア、なにしてんの?」
アンジュだった。
「ぬぉい!?!?」
驚きのあまり、クレアは思わず奇声を上げてしまう。
「ア、アンジュ!! 驚かさないでよっ!!びっっっくりした!!」
クレアの顔は真っ青になっていた。
「ごめんって。でもさ、後ろから見たら不審者そのものだったよ?」
アンジュはケラケラと笑っていた。
その声で、烈も2人に気づく。
「よぉ。はえーな、2人とも」
「おすー。ウチ、今日早番」
アンジュは軽く返した。
クレアは黙ったまま、俯いている。
それを見て、烈は察したように言った。
「クレア、お菓子作りだろ? すぐ終わるから待ってな」
「え!? い、いや、全然急いでないから!!ゆっくり使って!?」
クレアは慌てて答える。
「……つか、キッチン広いんだし、一緒に使えばよくね?」
アンジュがニヤリとしながら言った。
「あ、確かに」
烈も納得したように頷く。
(え、2人?……2人!?)
クレアの顔は、一気に真っ赤になる。
「んじゃ、またね〜」
アンジュは軽く手を振り、そのまま去ろうとした。
――が、クレアは全力でそれを阻止した。
烈は何事もなかったかのように、再び料理を続けている。
クレアは小声でアンジュに懇願した。
(お願い!! いて!!)
(なんでよ! チャンスじゃん!)
アンジュも小声で返す。
(ダメ!! いくらなんでもコレは不意打ちすぎる!!)
結局、「クレアの手伝い」という名目で、アンジュも一緒に残ることになった。
そうこうしているうちに、烈の料理が完成する。
“鮭チャーハン”という、独自の一品だった。
シャケとチャーハンの香りが絶妙に混ざり合い、とても香ばしい。
「よかったら、食うか?」
烈が言う。
「え!? いいの!?」
クレアは思わず食い気味になる。
「……腹減ってんなら、いっぱい食っていいぞ」
烈は笑いながら言った。
「い、いや!! そういうわけじゃ……ないけど……でも、そうかも……」
クレアは恥ずかしさで混乱していたが、すかさずアンジュがフォローに入る。
「あんがと!ほら、クレア、食べるよ〜」
手際よく2人分を皿に盛り付けた。
「う、うん……ありがとう。いただきます」
クレアとアンジュは、並んで鮭チャーハンを口に運ぶ。
「むちゃうまっ!!」
アンジュは満面の笑み。
「ほんと……美味しい!」
クレアも自然と笑顔になった。
2人はあっという間に完食し、烈に頭を下げる。
「ご馳走さま! 烈、すげーじゃん」
「ご馳走さまでした。本当に美味しかった……ありがとう、新井くん!」
満足そうな2人は、そのまま一緒に帰っていった。
――どうやら、お菓子作りのことはすっかり忘れてしまったようだ。
そんな2人の背中を見送りながら、烈は満足そうに呟いた。
(さて……そろそろ、テツにも持っていかねーとな……)




