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第3話 茶番なる喜劇 前編

この世界ではミドルネーム部分にあるのは、爵位と身分になります。

クラウディアのフルネームだとアヴァール・トゥエル・クラウディア。

これで彼女は大公女であり大公家の一門であることが分かります。

同じくエミリオは公爵ですが、大公家の一門なので、トゥエルを名乗ることができます。

これがつかない人達は基本平民です。


以下身分票

ディル:王族

トゥエル:大公家

ソル:公爵

エル:侯爵

レナス:辺境伯

ウル:伯爵

モゥル:子爵

アルス:男爵

フィル:騎士爵

 豪勢な食事、豪勢な酒が集められ、メイドと侍従たちが慌ただしく動く。


 幼い頃からこの手のパーティーに参加してきたが、どうもこういう場は慣れないものだ。


「なんだ、参謀総長閣下もこんなパーティーに参加していたのか?」


 ボードウィン・ウル・カークスは振り向くと、制服姿の親友がグラスを手にしていた。


「これはこれは警察総監閣下、わざわざ騎士団のパーティーに出席されたのかな?」


「仕方ないだろう、ダリオ侯が出席されないのだ。その代わりさ」


 黒髪をなびかせながらアヴァール大公国国家警察総監であるハルトマン・アルス・ヴァレックは苦笑していた。


「なんだお前もか、俺もだ」


「お互いにつらいよなあ」


「仕方ないだろう、恩師の妻を娶ったからな」


 ハルトマンとボードウィンはダリオ侯の私塾に通っていた。そして、ハルトマンは警察大学校へ、ボードウィンは士官学校へと進学した。


 今では国家警察のトップ、軍令のトップにまで上り詰めていたが、同時に二人はダリオ侯の長女と次女をそれぞれ娶っていた。


「本音を言うと、出席はしたくなかったな。見てみろよ」


 ハルトマンが不味そうに酒を飲みながら言うと、一部の人間を除いてほとんどが気落ちしていた。


「気まずいな。功績の話をしようにも、あれは捏造だったのだろう?」


「ああ。しかもよりによって、うちの協力者の商人だ」


 不機嫌そうなハルトマンだが、彼はアヴァールの警察官たちを統括しながら、同時に国内の内偵も行っている。


「連合を含めた他国の動きを探ってもらっていたんだ」


「しかも、よりによって軍務省と取引している業者だったからな。珍しく、宰相閣下がイラついていたよ」


 参謀総長として参謀本部を取り仕切り、元帥の地位にあるボードウィンも、今回の一件に関しては怒りを通り越して呆れていた。


「ワグネルやカルステンに至っては、お前さんに逮捕されたくないから参加を拒否したよ」


 ボードウィンは皿から肉を取り分ける。


 宇宙艦隊司令長官のワグネルと内務次官のカルステンは二人の学友であり、同じくダリオ侯の私塾に通っていた頃からの親友であった。


 まだそれなりに取り繕える二人とは対照的に、ワグネルとカルステンは直情的な面を持っている上に、騎士団のことを嫌っていた。


「あいつら、いざとなったら肩書きもへったくれもない形で暴れるからな」


「あれで宇宙艦隊司令長官と内務次官だからな。義父上に怒ってもらいたいよ」


 子どもっぽいところがある二人に比べ、ハルトマンとボードウィンは比較的冷静で、政治的な付き合いができる。


 尤も、それはこの場にいない宇宙艦隊司令長官と内務次官もできないことではない。


 あの二人はできるのにやらないという悪癖があり、ダリオ侯も頭を抱える問題児であった。


「ほう、珍しい客がいるな」


 嫌味のスパイスが効いた声に、参謀総長(ボードウィン)警察総監(ハルトマン)は、悪友たちと同じくパーティーに参加しなければよかったと後悔する。


「これはこれは、ハルトマン男爵ではありませんか」


 あからさまに人を馬鹿にした口調と共に現れたのは、マーメルス騎士団の騎士団長、バインホルト侯であった。


「バインホルト侯、お手柄だそうですな」


「いやいや、とんでもない。些事でございますよ」


 ハルトマンは皮肉でそう言ったのだが、バインホルト侯は喜んでいた。見るに堪えない気持ちで、ボードウィンはそれを眺めていた。


「貴公も是非、我々騎士団に協力頂けませんかな?」


「協力ならしておりますが?」


 ダリオ侯と宰相であるエミリオの要請で、軍も警察も一応、騎士団に情報を提供している。


「いくつかの情報は騎士団に提供しております。それに、騎士団への捜査に関しても認めているではありませんか?」


 警察総監として警察の頂点にいるハルトマンは、あえて上からバインホルト侯にそう言った。


「認めているとは大仰な言い方ですな」


「事実を述べているだけです。騎士団には本来、逮捕権は存在しない。これはわが国家警察と、一部の司法機関や憲兵にしか与えられていませんのでね。法に定められていないことを、我々はあえて容認しているのですよ」


 事実を淡々と話すが、ハルトマンにしても騎士団の行動に対しては不快感があった。


「随分な言い方ではないか、男爵殿」


「私は事実を指摘しているだけですよ。国家警察総監として、このアヴァールの治安を守るために日々奮闘する警察官たちを代表してこの地位についております。警察学校や大学校を経て、国家の治安を守るために活躍している彼らのことを考えれば、私的な組織とは一線を画すのは当然ではありませんか?」


 警察という、その気になればいくらでも罪人を作れてしまう組織に所属しているからこそ、ハルトマンは自分の職務に対して誇りを持っている。


 特に今回のような冤罪を起こすような組織に、好意を抱くわけがなかった。


「男爵のくせに随分と調子に乗っているな」


 嫌な声が聞こえたと思ったが、今度は近衛艦隊総司令官であるマルヴェッツィ侯爵がやってきた。


「貴官は男爵で、バインホルト殿は侯爵だぞ」


「お言葉ですが、ハルトマン殿は警察総監ですよ。警察総監は親補職(しんぽしょく)です」


 見かねたボードウィンが友人を援護する。


「警察総監は親補職(しんぽしょく)として、大公殿下直々に親任された役職です。それにケチをつけるのは、大公殿下に対して些か不遜ではありませんか?」


 親補職は君主直々に親任式を行う、文官武官の中でも筆頭職にあたる。警察総監はアヴァール国内すべての警察組織を統括する役職であるため、内務次官と共に親補職として高い地位にあった。


 同時に騎士団の役職はあくまで大公家直轄の組織であり、公的機関ではない。そのため、法律上は親補職以下の扱いになる。爵位こそ高くても、地位としては参謀総長のボードウィンや警察総監のハルトマンより下となる。


「黙れ、成り上がりの新領派が!」


 ボードウィンに掴みかかろうとするバインホルトだが、ハルトマンに腕を掴まれ、簡単に関節を決められてしまう。


「騎士団長殿は酔われているようですな。恐れ多くもアヴァール軍の元帥にして参謀総長を務めるボードウィン伯爵に手を出すとは」


「い、痛い! やめろ!」


 優れた警察官としてスパイや国事犯を取り締まり、銃と格闘を散々現場で扱ってきたハルトマンはかなり強い。


 自警団に毛が生えただけの騎士団の長を相手にするのは、虎が豚を食い散らかすようなものだ。


「貴様! 男爵の分際で新領派に味方するか!」


 マルヴェッツィ侯爵が懐からブラスターを抜こうとした瞬間、ボードウィンはグラスの酒を近衛艦隊総司令官の目にぶちまけた。


 目に入った異物に気を取られたマルヴェッツィの手を抑えると、たちまち彼は悲鳴を上げた。


「国家に尽くすのに新領も本国もない。今すぐ失せれば、今日のことは酒の席ということで忘れてやる」


「まだごねるようなら、貴公らと全面的にやりあってもいいのだぞ」


 ボードウィンもハルトマンも強気に出るが、それはバインホルトもマルヴェッツィも小物であり、軍や内務省相手に喧嘩を売るほどの胆力を持ち合わせていないことを見抜いていた。


「わかった、離せ!」


「離れればいいんだろう!」


 情けない形で騎士団長と近衛艦隊総司令官たちは、その場を去っていった。


「困ったものだな」


「やっぱり来るんじゃなかった」


 参謀総長と警察総監はげんなりしたが、それ以上に二人は、口先だけの輩が権力を持っていることに不安を抱いていた。


「しかしまあカークス、未だに新領派だのなんだのと難癖をつける輩がいるんだな」


 一応は本国派に所属するハルトマンが嘆くが、ボードウィン自身は複雑な気持ちになる。


「ダリオ侯も宰相閣下も、新領派だの本国派だのとつまらんことは言わないからな。おかげで軍や内務省ではそれで喧嘩をする輩はいない」


 ダリオ侯も新領派であるが、他国の事情に詳しく有能な実務家であることから、現宰相のエミリオの父に見いだされ、現在の地位に就いた経歴を持つ。


 ダリオ侯自身も新領派の優遇はもちろん、本国派の排斥を行うような愚行を犯すことはなかった。


「義父上はつまらぬ派閥を作ることを嫌っているからな」


 ハルトマンが苦笑するが、同じくボードウィンも苦笑しつつ酒を飲んだ。


「だがあれほど短慮な奴らだ。我々にいきなり喧嘩を吹っ掛ける上に、新領派だと馬鹿にする」


「しまいには君のことまで、男爵だからと馬鹿にしてたな。本国派のはずなのに」


 元帥閣下の指摘に警察総監は頭を抱えた。


「勘弁してくれ。あんな連中と一緒にされるのはごめんだ」


「わかってるよ。それにしても奴ら、そのうち何かやらかすぞ」


「だろうな」


 参謀総長であるボードウィンよりも、おそらく警察の長であるハルトマンの方が、内なる敵との抗争に巻き込まれるだろう。


「ヴァレック、最悪、人員なら出せるぞ」


 まだ四十代の若さで元帥、参謀総長になっただけのことはあるというべきか。ボードウィンはハルトマンに、万が一の時は軍も動くことを暗に伝えた。


「はは、社交辞令として受け取っておくよ」


 口ではそう言うが、頭脳明晰なボードウィンの予想が誰よりも当たることを、ハルトマンは知っている。


 同じ机と椅子に並んで、ダリオ侯の塾で学んでいた頃からの付き合いと共に、多くの犯罪者を捕まえてきたハルトマンの第六感もまた、同じ答えをはじき出していたからであった。

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