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第2話 捻じれた大公国 前編

「殿下、我が家でとれたベリーです」


 銀髪の令嬢から差し出されたベリーを、ファビオは令嬢の指ごと口に入れた。


「ああん! 殿下、いけませんわ」


「はは、美味しいベリーだ。君の指の味もするからかな?」


 ゲラゲラと笑いながら、ファビオは好色さを隠すことなく椅子に座りながらそう答えた。


「殿下、私の家のプラムもありますよ!」


「ああズルい! 私の家のスグリも美味しいのに」


 令嬢たちが持ってくる果実ににやにやとしながら、ファビオは物色していた。今彼は、自分の子孫を残すという使命を果たしていたのであった。


「如何ですかな殿下」


「ライナルト公は話が分かるなあ。私が何を望んでいるのか、ドンピシャに当ててくれるとはな」


「お褒めに預かり光栄です殿下」


 一礼するライナルト公だが、同時にファビオに対して心の中で舌を出すのを忘れていなかった。


 ライナルト公は好色なファビオのために、本来ならばまともな婚約相手を見つけられない下級貴族の令嬢たちを集め、彼の側室候補として推薦してたのである。


「しかし、なかなかな綺麗どころを見つけたな。父上が見たら、喜びそうだ」


 ライナルト公はとりあえず、容姿だけは飛び切りの美女たちをかき集めていた。中には貴族とは言えぬ令嬢もいたが、ライナルト公はわざとそうしていたのである。


「それで、私に話とは何かな?」


「殿下の姉君であるクラウディア様の婚約についてです」


「ああ、父上が亡くなる前に貴公に頼んでいたアレか」


 クラウディアとライナルト公の息子であるヴィルヘルムとは、先代大公直々に決めた婚約であった。


 嫡流であるはずの公爵家、宰相エミリオの祖父と父をけん制するために、本国派の筆頭であり建国以来の名門であるライナルト公爵家との縁を繋ぐつもりであった。


「ヴィルヘルムはいい男だし、姉上も喜んでいたぞ。それがどうかしたのか?」


「先代の大公殿下からは、誠にありがたいお話を受けたと思っているのですが、あいにく我が家としては大公家の血筋を向かい入れることは分不相応でして……」


「そうなのか?」


 ファビオがそう言うと、ライナルト公は静かに頷いていた。暗に、先代大公が決めた婚約を破棄したいということであったのだ。


「姉上も乗り気だったが、姉上が嫁いでくることが不満か?」


「決してそういうことではなく……」


「まあ、私だったら正直ごめん被りたいけどな」


「と、おっしゃいますと?」


 「姉上は堅物だからだ。私の息抜きに関しても、あーだこーだと口出しをするし、パーティーにしても多すぎると文句を言ってくる始末だ。大公の重責を担っている私に対してもズバズバと言ってくる」


 好奇心で尋ねたライナルト公相手に、ファビオは真面目な顔になりながら、令嬢の胸を右手で揉み始める。


 正直、仕事は全て閣僚やクラウディアに丸投げしている中で、ファビオは大公としての重責を担っているわけではない。


 後継を作ることが仕事であると、堂々とこうして下品な好色ぶりを発揮しているのだから、まだ二十歳にもならない中で、大した暗君ぶりを発揮していた。


「確かにそれは大変なことになるでしょうな」


「わかってくれるか? 姉上の言っていることも分かるのだが、君主が真面目過ぎるのはよくない。父上もそう言っていた」


 ライナルト公は知っている。それは、エミリオの父に対抗して真面目に政務をするはずが、まったく対抗することができずに挫折した愚痴から来ていることを。


「君主が楽でなければ、臣下は楽を享受できないではないか。うっかり食事に行くこともできなくなるからな」


 言っていることは真っ当なはずが、常に楽をしている君主が果たして臣下にどんな楽を与えることができるのであろうか? 


 そう諫言したくなる気持ちを抑えた上で、ライナルト公は素知らぬ顔をしていた。


「ところで殿下、大公女殿下との婚約ですが……」


「貴公がそこまで言うならば仕方あるまい。姉上には私から伝えよう。それにしても、ヴィルヘルムも中々隅には置けないな」


 ニタニタとした表情を見せるファビオに、ライナルト公は生理的に嫌悪を感じた。


「困った愚息ですが、あれでも我が嫡男ですので」


「よいよい、是非、幼い頃からの初恋を成就させてくれ」


*********


「ご協力感謝いたしますぞ」


 内務大臣であるダリオ侯は、財務大臣を務めるカタロニア侯爵に向けて頭を下げた。


「いえいえ、ダリオ侯の国治論には長年共感しておりました」


 銀髪の紳士という言葉がよく似合うカタロニア侯爵に、ダリオ侯もほっとした表情を見せる。


「治安無くして経済無し、経済なくして国家無し。この言葉には感服いたしました」


「いえいえ、私はごくごく当たり前のことをまとめたにすぎません」


 カタロニア侯は本国派であり、新領派であるダリオ侯とは本来対立関係にあるが、カタロニア侯は本国派の中でも穏健派であった。


 財務官僚として徴税業務や国家財政に携わっていただけに、出自に囚われない実力主義者でもあったのである。


「当たり前のことを継続することほど、困難なことはございませんよ。景気と治安は常に相互関係にあります。景気が悪化すれば、治安は悪化して犯罪率も増加します」


 感情ではなく、データで物事を見る癖がついているために、カタロニア侯はダリオ侯が提唱する治安を守るという統治論に賛同していた。


「通常警察官と言えば、犯罪者をただ取り締まるだけ。中には点数稼ぎに走る者までいる始末。それを、改めて犯罪者を取り締まるのではなく、治安を守るために活動させる。ダリオ侯が内務大臣に就任してからは、益々犯罪率は低下しておりますからね」


 警察機構のトップである警察総監、そして内務次官を経て大臣へと就任したダリオ侯は、お飾りではなく、実務経験豊富な閣僚であった。


「カタロニア侯のご協力あってのことです。特に、減免措置や福祉への予算増加は、カタロニア侯が賛同してくれたおかげで成果が出ました」


 ダリオ侯は貧困層への救済という観点から、警察官を福祉の窓口として機能させていた。警察署や交番に行くことで、貧困層が福祉政策を受けられるようにし、貧困層を救済することで、治安の向上を実現させていた。


「多くの反対もあったそうですが……」


「ですが、宰相閣下にもご協力いただき、私も直接説得することで皆、理解していただけました」

 

 ダリオ侯は断頭台の住人という、物騒なあだ名を持っている。狷介な顔と、今いる閣僚の中で、一番多く自分の手で人を殺している。


 だが、それは正真正銘の犯罪者やテロリストばかりである。実際は、貧困層の救済を行い、義援金などを用意し、給料の一部を孤児院に寄付するなど、心優しい人物である。


 その人となりを知るからこそ、カタロニア侯や宰相エミリオも率先して、ダリオ侯の政策に協力していたのであった。


「むしろ、私に協力してよろしかったのですか?」


「はは、心配ご無用ですよ。国家を安寧にし、臣民に尽くすのが我らが使命。つまらぬ派閥などは気にすることはございません」


 押せば簡単に倒れてしまいそうに、細い線をしているカタロニア侯ではあるが、エミリオをして《《筋金入り》》と評されるほどに芯が強い人物であった。


「むしろ本国のことを思う者達こそ、ダリオ侯のお話を聞くべきであると私は思っていますよ。義兄上も、閣下ほどの広い心と見識があればいいのですが」


 カタロニア侯の奥方はライナルト公の妹であり、カタロニア侯はライナルトの義弟にあたる。


 本来、ダリオ侯とは一番接触してはいけない人物であるのだが、カタロニア侯は爆風にも吹き飛ばされぬ鉄条網のように、平然とダリオ侯との交流を行っていた。


「私としては、ライナルト公とは仲良くしていきたいと思っているのですが」


「兄上が私のように、ダリオ侯と話し合うだけの度量があれば、宰相になってもおかしくはないお方なのですがね」


 ライナルト公は決して無能ではない。文武に優れた教養ある人物ではあるが、そうした美点を台無しにするほどの本国派筆頭であり、新領派であれば例えそれが酒であっても地面にぶちまけてしまう偏屈さがある。


「であれば、私は本日のパーティーは出ない方がよろしいですな」


「私も本当は出たくはないのですよ。あんな誤認逮捕をしでかして、結局パーティーをするのですから」


 どこか苦々しいという気持ちを隠さず、カタロニア侯はうんざりした表情をしていた。


「もう済んだことはありますので」


「そう言っていただけると私も安心です。どうか、今後もよしなに」


 カタロニア侯から差し出された右手を、ダリオ侯はしっかりと握りしめた。


 大きな派閥という壁が存在しても、こうして対立することなく志を一つにすることはできる。カタロニア侯の暖かな手を握りしめながら、ダリオ侯は前向きな気持ちになれたのであった。

 


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