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第1話 閥がついた国家 中編

「ダリオめ! 余計なことをしおって!」


 執務室の机を派手に叩きながら、ライナルト公は激昂していた。今、ライナルト公の執務室にはマーメルス騎士団の三長官、騎士団長、尚書令、そして、近衛艦隊司令官たちが集まっていたのである。


「宰相閣下と手を組むとは、卑劣な男ですな」


 忌々しさを込めて、騎士団長のバインホルト侯爵は憤慨していた。今回の国事犯の逮捕は、捜査機関でもある騎士団が実行したことだからだ。


「然り、宰相閣下の寵愛をいいことに、新領派の分際でデカい面をしおって!」


 近衛艦隊司令官であるマルヴェッツィ侯爵も同意する。近衛艦隊は五個艦隊を保有しており、軍務省や内務省とも対立関係にあった。


「だいたい、宰相閣下も軍と内務省に偏りすぎではありませんか?」


「同感だな。我らは大公殿下直属の組織であるはず。にもかかわらず、なぜ、軍や内務省の後塵を拝すことになるのですか!」


 血の気の多いバインホルトとマルヴェッツィに、ライナルト公も内心同意するが、同時に仕事の粗さには苦労させられていた。


 特にバインホルトら、騎士団が逮捕した国事犯というのも結局な内務省の協力者であった上に、提供した情報とやらも機密とは言えぬ情報であり、ライナルト公は宰相エミリオとダリオ侯相手に恥をかかされたからである。


「お二人とも、ライナルト公を困らせてはいけませんよ」


 騎士団三長官の一人であり、大公の筆頭秘書官でもある尚書令のバドリオ伯爵が二人を諫める。


「それに今回のことは、明らかに我らに落ち度があります」


「何?」


 バインホルトが睨みつけるが、バドリオ伯は嵐を受け流す樹木がごとく、平然としていた。


「国事犯たる証拠らしい証拠もなく、機密情報とは言えぬものを漏洩させたと逮捕させれば、内務省も黙ってはいないでしょう。ましてやそれが、軍事機密であれば、軍部を統括している宰相閣下(エミリオ)に恥をかかせることになります」


「だが、これは本国派の……」


「新領派の連中が同じことをやり返して来たらどうするのです?」


 食って掛かってきたマルヴェッツィ侯に対し、ピシャリとバドリオ伯は論破する。


「我らにできることは、奴らもできるということ。ましてや、ダリオ侯は内務省を所管し、腹立たしいことに信奉者も多い。新領派は無論のこと、本国派においてもです」


 ダリオ侯は断頭台の住人と呼ばれるほど、凶悪な犯罪者に対して容赦ない刑罰を化し、処刑台に送ってきた人物である。


 だが、新領派や本国派問わず、忖度しない取り締まりを行う態度に、新領派や本国派を問わず一定の人気が存在している人物であった。


「現段階でダリオ侯と対立することは、本国派の面々と対立することになりかねません」


 冷静にバドリオ伯が意見を述べると、マルヴェッツィとバインホルトは今にも嚙みつきそうな態度を取っていた。


「貴公は奴らの台頭を黙って見過ごせというのか?」


「奴らの台頭を阻んだ結果、我々が沈められれば元も子もないと言っているのですよ」


 バインホルトの言っていることも、バドリオ伯はわからなくもない。だが、冷静に状況を分析した結果を、バドリオ伯は忌憚ない意見として述べた。


「それに宰相閣下はダリオ侯の教え子でもあり、ダリオ侯を大臣への推薦されたのは宰相閣下ですぞ。ただでさえ、近衛艦隊の設立などにおいては、宰相閣下にご協力頂いているのです。ここでダリオ侯とやりあえば、宰相閣下はどちらに付くのか、子供でも分かることですぞ」


 騎士団長や近衛艦隊司令官とは別の感情から、バドリオ伯はダリオ侯との対立激化に伴う状況の末路を述べる。


 流石に血の気の多いバインホルト侯や、勇猛なマルヴェッツィ侯も、これには黙り込むしかない。


「バドリオ伯、それくらいにしておけ」


「ですが閣下……」


 多少冷静になったライナルト公がバドリオ伯にそう言うが、バドリオ伯はまだ言い足りないのか、不満を露わにしていた。


「バインホルト侯、マルヴェッツィ侯、貴公らは下がってよろしい」


「しかし閣下、このままでは」


「下がれと言っている。バドリオ伯は残るように」


 しぶしぶと、騎士団長と近衛艦隊司令官が退室すると、近衛長官(ライナルト公)尚書令(バドリオ伯)だけが残された。


「バドリオ伯、現状の騎士団について忌憚ない意見を言ってくれ」


「上品で華美に装飾された、具のないパイというところでしょうな」


 身も蓋もない表現に、ライナルト公はため息をついた。実際のところ、バドリオ伯の主張は的中しているからである。


「元々、新領派の台頭に対抗する形で、大公殿下直属の組織としてマーメルス騎士団を設立いたしましたし、それに私はご協力致しました」


 バドリオ伯は他の二人とは違い、元々は尚書からライナルト公と宰相エミリオの推薦から尚書令となり、騎士団設立に協力した。


 それだけに中央の政治や、各省庁の動向にも詳しいのであった。


「本国派の諸侯の方々が持つ兵士や、艦隊を再編して騎士団と近衛艦隊を設立したのはよかったですが、国軍や内務省に比べれば……」


「中身が覚束ないと?」


「練度に関しては猶更ですな。国軍、特に宇宙艦隊は連合や他国との戦いの中で、豊富な実戦経験を有しています。そして内務省ですが……」


「ダリオ侯の手腕により、強化されたと?」


 忌々しいという態度でライナルト公がそう言うと、バドリオ伯は静かに頷いた。


「強化というよりも再編と言った方がいいのかもしれませんな。ダリオ侯の大臣就任と共に、規律が整い、役割が明文化された結果、治安は間違いなく向上しています」


 ダリオ侯が内務大臣となってから、綱紀粛正が実施され、内務省の規律は劇的に改善された。


 司法省との協力もあり、より重い刑罰が下されるようになったことと、本国派や新領派問わず、犯罪者を逮捕する姿勢により罪を犯すことのリスクが拡大したからである。


「この状況、貴公ならばどう改善する?」


「即座の改善は無理でしょうな。騎士団も近衛艦隊も、まだ設立してから二年程度です。経験も実績も不足しております。予算や物資はともかく、これらに関しては即座の対応は無理です」


「結局は時期を待つしかないということか?」


「内務省や軍にとって代わるのは現時点は時期尚早です。それに、先ほども話しましたが宰相閣下のご協力があって騎士団が結成しております。ダリオ侯との対立が激化することは……」


「そのまま宰相閣下と対立するということか」


 近衛長官閣下がそう漏らすが、バドリオ伯は平然としていた。新領派に対するうっぷんはあるが、それでも本国派による騎士団を設立し、結束させるための土壌はできている。


 であれば後は、既成事実を維持していればそれでいい。それが、バドリオ伯の認識であった。


 そういう意味では、バドリオ伯は実力で尚書令となったために、他の二人と違い、冷静な分析ができていたであろう。


 だが、彼は一つ失念していた。世の中は賢人によって運営されるわけではないということを。


 そして、彼が今所属している組織と同僚たち、さらに言えば上司であり盟主であるライナルト公もまた、賢者の類いではないという事実に気づいてはいなかったのであった。


 

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