第4話 先楽後憂 後編
「本当に私たちの仲を認めてくれるのですか?」
ヘルミーネが満面の笑みを浮かべると、大公ファビオもまた嬉しそうに微笑む。
「ああ、姉上には悪いが、貴公らが既にそのような仲であれば仕方あるまいな」
苦笑するファビオに対して、ヘルミーネとヴィルヘルムは安堵していた。
元々二人は幼馴染であり、幼い頃からの友人であり、恋人同士であった。
「ありがとうございます、殿下」
「気にするな、ヴィルヘルム。すべては父上が悪いのだからな。貴公らの恋仲を無視した結果がこれだ。全く、それで私が後始末をする羽目になるとはな」
ファビオは父である先代大公にボヤキを口にした。
元々、ヴィルヘルムとクラウディアの婚約は、先代大公がライナルト公爵家との血縁を強化し、大公家の藩屏としての結束を固めるための政略結婚であった。
「殿下にはご苦労をおかけしました」
「別に構わんぞ。ヴィルヘルムには今後も活躍してもらいたいからな。それに、愛する者同士がいるのに、頭越しに勝手に決めるなど言語道断だ。ライナルト公爵も賛同してくれたのだろう?」
ファビオの問いに、ヴィルヘルムは静かに頷く。
「父も賛同してくれました。むしろ、カタロニア侯爵家との血縁を強化し、さらなる忠誠を誓うとのことです」
「ライナルト公爵は忠義者だな。カタロニア侯爵はどうだ?」
父親の名前が出てきたとき、思わずヘルミーネは背筋を伸ばした。
「もちろんですわ。父もきっと喜びます」
自信たっぷりで答えるヘルミーネの姿に、ファビオは若干の不安があったものの、その堂々たる様子に無理やり自分を納得させた。
「そうか。それでは私から早速話をしておこう。姉上を呼んできてくれ。それから、ライナルト公爵もな」
侍従に命じると、ファビオは満足げな顔をしていた。
「これで父上の後始末と共に、私に忠誠を誓う忠臣に報いることができたな」
その一言でヴィルヘルムは安堵し、ヘルミーネは彼の手を強く握りながら、彼との距離をさらに縮める。
本来結ばれるべきだった二人は元通りとなることを夢見ながら、大公ファビオに感謝をしていたのであった。
-------------
「大公殿下が私を?」
侍従に呼ばれ、パーティーを取り仕切っていたクラウディアは無表情のままにそう言った。
「至急、お話をしたいとのことで……」
「わかりました。仕方ありませんね」
パーティーをほぼ一人で取り仕切っている中で、自分が抜けることの危険性を考える。だが、考えても仕方ないことだと思いながら、クラウディアは弟にして主君であるファビオの元へと向かった。
「姉上、本日はお日柄もよく」
「用件だけ、お話願いますか?」
姉弟の会話とは思えぬやり取りではあるが、生まれながらにして弟であるファビオの後始末のために育ったクラウディアとしては、さっさと用件だけを聞いて仕事に戻りたかった。
「姉上はつれないですな。少しは愛想よくした方がいいのでは?」
「愛想が悪いのは生まれつきですから。それに、好きこそ物の上手なれともいいます。私は殿下の補佐として、業務を行っておりますから」
いつもの愛想ない態度のままにクラウディアが答えると、さすがのファビオも歯噛みしてしまう。
暗にそれは、クラウディアは仕事が得意であるが、ファビオが仕事ができないことを指摘されたも同然であったからだ。
それに、女性としてはかなりの大柄な体格をしているクラウディアと、子供と間違えられそうなほどに幼く短躯なファビオとでは、持っている貫禄が違う。
「そ、そうだな。ところで姉上、ヴィルヘルムとの婚約だが……」
「何かありましたか?」
「無かったことにしてもらいたいのだ」
無かったことにする。その言葉はあまりにも短くそっけない一言であったが、クラウディアは見えない棍棒で頭をフルスイングされたかのような衝撃を受けた。
「仰る意味がよくわかりません」
「そのままの意味だよ。姉上、ヴィルヘルムとの婚約を白紙にしたい。ヴィルヘルム、ヘルミーネ、出てこい」
別室にて待機していた二人がやってくると、クラウディアは一層険しい顔を二人へと向けた。
「ヴィルヘルム殿、これは一体どういうことですか?」
鋭い舌鋒と権幕に、次期近衛長官候補は蹴落とされそうになったが、それを庇うかのようにヘルミーネが彼の手を掴んだ。
「済まない、クラウディア! 私は君のことを愛そうとしていたのだが……」
「申し訳ございません、クラウディア様。私、どうしても初恋をあきらめきれなくて」
泣き出すヘルミーネの姿に、ヴィルヘルムは彼女を慰める。だが、本当に泣きたいのはクラウディアの方であった。
「何なのですか、この茶番は?」
「姉上、諦めてくれ。この二人は幼い頃からの恋人同士であったのだが、父上のせいでこのようなことになってしまったのだ」
「父上が命じられた政略結婚であることは百も承知しております。ですが、その政略結婚は大公家とライナルト公爵家のつながりを強化するためでは?」
「ライナルト公爵家は騎士団の面々も集めて、血判状まで用意してくれた。それに、ヘルミーネのカタロニア家も忠誠を誓ってくれるしな」
ヘルミーネがこの場にいることに、クラウディアは一瞬冷静になる。あのカタロニア侯爵がこんな真似を許すとは、とてもではないが思えなかった。
それに、ヘルミーネがヴィルヘルムと幼い頃からの恋人だということも、たった今、彼女は知ったのである。
「なるほど、そういうことですか……」
クラウディアは冷たい視線をヴィルヘルムとヘルミーネに向ける。
元々、ヴィルヘルムとの婚約は幼い頃から決められた責務以上のものではなかった。しかし、ひたむきに騎士団の一員として励む彼のことを、嫌ったことなど一度もない。
若くして重責を担う彼のことを支えるために、クラウディアはこうしてパーティーを取り仕切り、事務を代行していた。
改めてクラウディアはヘルミーネを見つめる。
無駄に大きく育ち、可愛げがない自分とは真逆で、可愛げしかない、か細く男に守ってもらえるような姿に、クラウディアは愕然たる思いのままに、泣き崩れたくなった。
「どうかお許しください! クラウディア様! 私、どうしてもヴィルと添い遂げられないかと思い、大公殿下に相談したのです」
「君は私にはもったいない女性だ。クラウ、どうか私たちのことを許してくれ」
二人は必死に抱きつきながら、許しを請う。しかし、その態度にクラウディアの怒りは膨れ上がっていく。
婚約を破棄したいならば、正当な手続きを取ればよかったはずだ。それが、今更になってこんな形で裏切られたことに、クラウディアは二の句が継げなかった。
「私の許しなど必要ないでしょう……」
そう吐き捨てることしかできない自分に、クラウディアは絶望したくなる。
このアヴァールの最高権力者である大公ファビオが認めている以上、自分に拒否する権利など一切ないのだから。
「大公殿下、こんなところにいたのですか?」
大らかでありながらよく通る声に、クラウディアはどこかホッとするが、ファビオは嫌な顔をした。
「おお、殿下! それに大公女殿下も、なぜこんなところに?」
堂々たる体躯と共に、ファビオとはすべてが対極にある男、アヴァール・トウェル・エミリオがやって来たのだから。




