借金から逃れられないデビルプリンセス
――白い蛍光灯の下、カウンターの奥でレジを打つ。
揺れる制服。乾いたレジ袋の音。
客の顔は、誰ひとり覚えていない。ただ商品とバーコードだけが、ひたすら流れていく。
「ピッ……ピッ……」
夢の中で、私はスーパーのパートをしていた。
仕事を終えて帰るのは、狭いアパートの一室。
机の上にはコンビニのパン。冷蔵庫には半額シールの惣菜。
テレビをつけても、隣に座る人はいない。
布団に潜り込んでも、背中に寄り添う温もりはない。
――孤独。
その言葉が胸に突き刺さる。
耳に入るのは、他人の笑い声ばかり。
友達同士でカラオケに行く学生。
家族で夕飯を囲む親子。
恋人と腕を組んで歩く女。
自分には、なにもなかった。
「……どうして、私だけ」
声はかすれ、涙すら出なかった。ただ、乾いた心だけがそこに残っていた。
⸻
バサリ、と音がして目が覚めた。
カーテンの隙間から差す朝の光。
額には冷たい汗が滲んでいた。
「夢、か……」
胸に残るのは、パート時代の孤独。
転生して力を得ても、心の奥から消えない影。
そんな顔をしていると、部屋に飛び込んできたクロエが声を上げた。
「おはようございます! 明奈様! ご馳走を用意しましたよ!」
机の上には豪華な朝食――いや、朝食どころかフルコース。
肉も魚も果物も、ワインまで並んでいた。
「……なにこれ」
呆然とする私に、クロエは胸を張って言う。
「なんと、通帳を確認したら二千五百億円が振り込まれていたのです! ですから贅沢しても大丈夫です!」
「はぁっ!?」
孤独の夢から一転、現実は騒がしく、そして理不尽だった。
「そんなお金どこから?」
「わかりません! きっと神からのギフトです!」
「そんなわけあるか! 確認しなきゃ」
私は銀行に電話をかけ、震える声で問い合わせる。そして青ざめて受話器を置いた。
「クロエ……その大金、四天王の一人を倒した報酬だって。本来は借金返済に回されるはずのお金よ」
「えっ!?」
「で、いくら使ったの?」
「……一億円くらいです」
「はぁぁ!? この料理、せいぜい二万円分でしょ!?」
「実はですねぇ、明奈様がお眠りになられている間に――屋敷を買いまして、メイドを地獄から雇いまして、さらにネット回線も引きまして! なんとADSLです! 本来は都会でしかまだ使えないのですが、寄付をして特別に契約しました! これで二十四時間ネットし放題です!」
「魔王と四天王を全部倒しても赤字になるじゃない!」
「てへっ」
「解約! 今すぐ!」
「折角、贅沢三昧できると思ったのにぃ!」
「あと足りない分は、明日からメイド喫茶でバイトして返済ね」
「そ、そんなぁぁぁ!」
クロエが床に崩れ落ちるのを横目に、私は電話の着信に気づいた。
裕美子からだ。
「……え? レンタローが大学を休学して、武者修行の旅に?」
通話を切ったあと、罪悪感が胸に広がる。
その時、耳の奥で声が響いた。
『奴は奴なりに強くなりたいのじゃ。また会える。その時は妾に、ほんの少しだけ近づいていることを期待しようではないか』
いつの間にか同化していた悪魔姫が囁いてくる。
――そうよね。永遠の別れじゃない。
私は、そう自分に言い聞かせるのであった。
いつも通り大学に向かうと校門前に人混みができてきた。
「おお明奈殿! 無事でおったか!」
信長が元気にタピオカドリンクを売っていた。
「あんたも元気そうね」
「そうじゃな! 刀はもう振れんが生きるってことは素晴らしいことを実感しておるわい」
「ふふっ」
あまりにも生き生きしてい信長を見て微笑んでしまった。
「じゃが明奈殿。気をつけろ。禍々しい空気が大学構内にまとわりついておるわい」
「毎日でしょ。平和なことなんかないわ」
「ま、明奈殿なら大丈夫じゃろ。あんな化け物を圧倒する力をもっているのじゃから」
それは私でなく悪魔姫の力だ。
「ま、なるようになるでしょ。あんたも怪我悪化させないように気をつけてね」
そう言い、私は大学を外から見渡すと信長の言う通り禍々しい空気が漂ってくる。
「ほんと、平和な日っていつになったらくるのよ」
ため息をひとつついて、
「でも借金返済のためにやってやるわ!」
と気合いを入れて校内に入るのであった。
第一部 完




