馬車の事故
かき氷を食べた後、プラプラ歩いていると、家紋付きの馬車が猛スピードで目の前を走り抜けた。前世と違い、車道と歩道の区別がないため、気を付けて歩かないと事故に巻き込まれる恐れがある。
「危ないな」
「キュウ」
こんな人通りの多い大通りでは、速度を落とすのが一般的だが、たまに常識外れのことをするヤツもいるからな。
「どこの家だろう」
本当に分かっている貴族は下手な真似はしない。平民を敵にまわすよりも、味方にしておく方が長い目で見ると徳が多いからだ。だから、ああいう目立つ真似をするのは俺のように、後継者教育を受けてない次男以下の子供か、平民上がりの貴族が多い。
「ま、俺には関係ないか」
もうすぐバザールが見えてくる。辺境の街自慢の一つになっている出店が多く並んだ市である。辺境という立地を生かして、さまざまな国からいろいろな品が集まって来る。欲しいものが何でも揃うというのが謳い文句で、俺も偶に足を運んでいる。(冷やかしがほとんどだが)
ドーン
大きな音が鳴り響く。
……この音。
前世の死因が死因なだけに、聞きたくない音である。
気になって足早に前に進むと、先程の馬車と荷物を積んだ荷車がぶつかっていた。どちらも走行できなくなってるようだが、荷車の方がダメージが大きく荷物をひいていたであろう人物が倒れている。
「父ちゃん、父ちゃん」
倒れた人物にすがる子供の姿も見える。
馬車の中からは貴族の子供らしき人物と側仕えがでてきていた。大きな声で倒れた人物に怒鳴り散らしている。
「平民のくせに、僕の前を通りぶつかるとは無礼な!」
「坊ちゃまのおっしゃるとおりです。この落とし前どうやってつけるつもりですか。我が子爵家の馬車は平民がおいそれとは買えないくらい、高価な物なのですよ」
雑音だな。
周囲に人も集まって来ているが、貴族が相手のためか遠巻きに見るだけである。
とりあえず、倒れた人の救助が先だ。
「スカイ、中級の桃出せるか」
「キュキュ!」
スカイがすぐに桃を出してくれる。
俺は男性に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、すまない。足がやられちまって動けないんだ」
男性は冷や汗をかいていて、表情は辛そうだが、会話はできる。男性の足を見ると右足が大きく曲って血が出ていた。
「父ちゃん」
子供がすがりついて泣いている。
「これ、食べてください。よくなりますんで」
俺は男性に桃を渡す。男性は怪訝な表情で桃を見つめている。
「全部食べると傷が治ります。騙されたと思って食べてみてください」
男性は恐る恐る桃を食べる。美味しかったのかそのまま食べきると、みるみるうちに足の向きが元に戻り、傷が綺麗になくなった。
さすがスカイの桃!
「……痛くない。……立てる!立てるぞ!!」
男性は立ち上がって、子供を抱きしめている。
良かった。
「お前何をした!」
子爵家の坊ちゃんが俺に怒鳴ってくる。
「今度冒険者ギルドで売り出す、中級ポーションの実証実験をしただけだが」
俺は相手の顔を真っ直ぐ見て答える。
「ほう、そんな便利な物があるのか。慰謝料代わりに僕がもらってやる。あるだけ全部出せ」
ムチャクチャなやつだな。俺はぶつかってもないぞ。
「……殺りますか」
エイダンぼそっと怖いこと言わないで。
「慰謝料とは聞き捨てならないな、そもそも何で事故になったんだ?」
「そりゃもちろん、そこの平民が馬車の前を横切ったからだ」
「横切ったんじゃなくて、荷物を降ろすために止まって作業してるところをその馬車がぶつかったんだ」
「馬車のスピードが速くて、操作がきかずにぶつかってきたんだぞ、俺は見た」
「そうだそうだ。馬車の方が真ん中から左に寄ってきてぶつかったんだ」
周囲の人から口々に声が上がる。
「うるさい!ワリン子爵の息子の僕が言ってるんだぞ。僕の言葉が正しいんだ!それより、馬車が動かなくなったのをどう責任とるんだ!!」
男性と子供はおびえて言葉も出ない。
「馬車の修理ができる人はいる?」
俺は周囲の人に聞いてみる。
「俺ができる」「俺も」
「ちょっと見てもらってもよいかな?」
「ああ」
2人の男性が名乗り出て馬車の状況を確認してくれる。
「直りそう?」
「車輪が外れているだけだから、すぐに直せる」
「じゃあ、お願いしても良いですか。またお金はお支払いするので」
「いや、あんたさっきあいつを助けてくれただろ。無料でかまわん」
そう言って馬車の修理に取り掛かってくれる。
「とりあえず、馬車は直りそうだから、それで許してくれない?」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか?馬車が直ったからと言って、ワリン子爵家の坊ちゃまの貴重な時間を奪ったことに変わりありません。そこの平民は金など持ってなさそうですがら、代わりにあなたが先程だした物を全てよこしなさい」
清々しいまでのクズっぷりだな。
「いや、俺はたまたま通りかかっただけだけど」
「ごちゃごちゃうるさいヤツだな。平民は僕のいう言葉に従えばいいんだ」
こりゃ何を言ってもダメそうだな。
「……殺りますか」
エイダンが無表情で言ってくる。ダメダメ、ストップ、ストップ。こんなヤツらでも殺ったらエイダンが悪くなるからな。
「貴族の言葉なら良いのか?」
「どういう意味だ?
坊ちゃまと側仕えが怪訝な顔をする。
「俺の名前はスバル=クリスチャン=バード、辺境伯バード家の次男だ。俺は悪いとは思わんから桃はやれない。俺の言葉に不満なら、辺境伯家へ来い」
「「辺境伯家次男!?」」
「……いや、僕は別に、何も欲しくない。ぶつかったのも気のせいかもしれない」
辺境伯家と聞いてころっと態度を変えてきたな。
「坊ちゃま修理が終わったそうです」
「そうか、行くぞ!お前たちいつまで見てるんだ!散れ散れ!!」
2人は慌てて馬車に乗り込むと、猛スピードでその場を去った。
「「ありがとうございました」」
助けた親子がお礼を言ってくる。
「いや、怪我が治って良かったです。もし、今後今回のことでワリン子爵から絡まれたら、辺境伯家に相談してください」
「さすが領主様の息子!」
「よくやってくれた!」
「あたしゃ胸がスッとしたよ!」
周囲からも歓声が上がる。これはこの間のハイドと、ケインの状態になりそうだな。
「急いでいるので、失礼します」
撤収!!
俺達は足早にその場から立ち去った。




