冒険者デビュー16(1日の終わり)
「お待たせ」
ハイドとケインが俺を見つけて、走ってくる。
「お疲れ様」
「先に食べちゃってて、ごめんね。まだまだ食べ物注文してるから、どんどん食べよう!」
姉とフェレナ、俺、エイダン、スカイで最初に注文した品は全部食べきり、何と店員さんを呼びメニュー表の2列目に突入した。いつも、姉とフェレナがそこそこ食べる姿は見ていたが、今日は普段以上によく食べている。あの細い体のどこに消えていくのか不思議なほどである。
もちろん俺やエイダン、スカイも食べているが、俺が一口食べ、もう一口皿から入れようとすると、もうなくなっている。
どう考えても、容量オーバーしてるはずなのに……。
姉とフェレナはまだまだ食べ続けている。前世で見たテレビでは、細身のフードファイターも食べた後はお腹がぽっこりしてたけど……姉とフェレナのお腹の辺りを見るが、全く変化はない。
「「スバル(様)、どこを見てるの?」」
ヤバい、気づかれたか。
「いや、そう言えばハイドとケインは依頼どうだった?」
慌てて話題を変える。
「バッチリだぜ」
「全40室やりきりました」
2人とも満足そうな表情である。
「40室!?頑張ったんだな」
「同じことの繰り返しだから、1室にかけるスピードも速くなりましたし」
「ああ、でも1番は賄いだよな」
「はい、宿でも出してない裏メニューらしく、本当に美味しかったです」
「俺とケインでまた時間がある時、引き受けようって話してたんだ」
それほど美味しかったのか。本当は俺も食べれてたのに。
「あ、これが依頼料です。チームの財布に入れておいてください」
「いいのか?2人でほとんどしたようなものなのに……」
「ステファニー様とフェレナ様はどうされたんですか?」
「必要な物を買って、それ以外はチームのお財布に入れたわ」
「じゃあ、僕たちもそれで大丈夫です」
「ハイドも大丈夫か?」
「ああ、特に今金には困ってないからな。皆の財布に入れてこんな風に美味しいものが食べられたらそれで良い」
皆本当に欲が無いよな。
「スバルも大丈夫だったか?」
ハイドも姉やフェレナと負けず劣らずのスピードで食べながら聞いてきた。
「うん、まぁ、なんとかなったよ」
「良かったです。あの後女将さんが心配してましたよ。部屋の掃除を頼んだばかりに巻き込まれて、大丈夫かって」
ケインも上品に食べ物を口へ運んでいる。ハイドもケインも意外とよく食べる。
「スバル、あんたまた何かやらかしたの?」
姉がうろんな目つきで見つめてきた。
「いやいや、やらかしてないよ。……たぶん」
「その言い方は何かやらかしたんですね」
フェレナが断言してくる。
いや、俺は本当にやらかす気はなかったんだが……。
「何をやらかしたの?」
「悪いことほど早く言う方が罪が軽くなります」
まるで犯罪者みたいな聞き方だな。
「……家に帰ったら言うよ」
一度言い出したら聞かない2人だからな。ま、同じチームだから結局話さないといけないし。
「絶対だからね、あ、定員さん、2人あとから合流してまだ十分に食べられてないから、もう一度ここからここまでもらえますか?」
嘘だろう。まだ、食べるの?
俺そろそろギブだぞ。
それにたくさん稼いだとはいえ、限度がある。ここは心を鬼にして言わなければ。
「姉さん、いくら何でも食べすぎだよ。……太るよ」
姉が怖い笑顔で俺を見る。
「何、スバル?」
「いや、食べすぎ……」
「何?」
圧が強い……。
「……何でもありません」
俺は圧に屈した。
お会計は案の定今日稼いだお金のほとんどが消えていくことになった。……俺はほとんど稼いでないから良いんだけど。
「美味しかったわね」
「はい!」
姉とフェレナの見た目は変わらない。どんな体の構造してるんだろう……。
「今日も楽しかったな」
「はい、美味しい物もたくさん食べられて明日が楽しみです!」
「だな、明日も頑張るぞ!!」
ハイドとケインも足取りは軽い。
ギルドの入口で姉が締める。
「明日も7時にここで集合ね。じゃあ気を付けて帰るのよ」
ハイドは歩き、ケインはケイン家の馬車、残りは皆同じ馬車に乗り込み冒険者ギルドを後にした。
なんだかんだ濃い1日だったな。
家では母が良い笑顔で待っていた。
「スバル、ちょっといらっしゃい」
「いや、今日は疲れたからまた明日……」
「いらっしゃい」
圧が強い。やはり姉は母の血を強く受け継いでいるな。
「……はい」
俺は長いものには巻かれるんだ。母の圧に屈した。
その後母に今日あった出来事を説明し、さんざんしぼられ、ヘロヘロな状態で自室に戻った。
「……ひどい目にあった」
話せと言われたから正直に話したのに、長く叱られるなんて何て理不尽。それもこれも全部ぺぺのせいである。
そのぺぺはというと、夕方眠ったきり全く起きる気配がない。スカイにバスケットごと出してもらい、枕元に置いているが、クゥクゥといびきをかいて本当に気持ち良さそうに寝ている。
「お前はどんなモンスターなんだろうな」
神とつくぐらいだから、きっと強くなるはず。スカイは戦闘系のモンスターじゃなかったから、ぺぺに期待だな。また、ぺぺの生態観察をしないと。
そんな風にとりとめのないことを考えているうちに、いつの間にか俺も寝ていた。
♢ ♢ ♢ ♢
寝室でメルリシアは通信器に話しかけていた。
「それで、持ち主は部屋に戻っできたの?」
「いや、まだ部屋に戻ってないらしい」
「あら、それじゃやっぱり後暗い連中ね。……動くとしたらこの後深夜かしら」
通信器の相手はギルド長のアランである。
「おそらくな。バレてなければだが……」
「スバルは本当にいろいろな物を引き寄せるわね。……あなたから見てスバルはどう?」
「おもしろいヤツだと思う。今のところ結果がマイナスになることがないから、やっぱり神の加護を受けてるんだと思うぞ。今回のヤツも伏せ字持ちで神もどきだからな」
「……でも、母親としては心配よ。あの子自体は、武力が全く使えないから」
メルリシアは思わずため息を吐く。
「だからこそかもしれないぞ。スバルを守るために神が遣わしているとか……憶測の域を出ないがな」
「分かってるんだけど……」
「ま、俺も目を光らせとくから心配しすぎるなよ」
「ありがとう……クレアちゃんはどう?」
「……あまり変化はない。良くもなってないが、悪くもないってとこだな。お、通信が入った。そろそろ切るぞ。スチュアートも今のところ順調そうだしな。じゃあ、また」
メルリシアの前の通信器が暗くなった。
「……すぐに、逃げるんだから」
メルリシアは通信器を睨みつけ、そして 天を仰いだ。
「……何とか間に合いますように、神よ」




