末姫様のリンゴ 5
「まずは会っていただきたい人がいます」
そう言うと、1人の男性が部屋に招かれた。
入ってきた人物はそう、昨日火傷を治した護衛の方である。論より証拠。まずは見てもらうほうが良いと思い、ヤドリ侯爵に頼んでいた。
「貴方は……クルス?」
「はい。ご無沙汰をしております」
護衛が仮面をつけていても一目で相手を見分けられるあたり、末姫様はやはり人を大事にしてこられた人なんだと思う。
「本当よ。……本当に心配したんですよ。私の火傷のことで責任をとって辞めるとは道理が通らぬでしょう。私が貴方に助けに行くように命じたのですよ。そしてそこで火傷まで負わせてしまった。私が断罪されるならまだしも、貴方が辞める必要などなかったのに……私のもとで働くのが嫌なら別の護衛につけば良いのです」
「いえ……これは私なりのケジメの付け方だったんです。どんな理由があろうと貴方を傷つけてしまったことには変わりがありません」
護衛の方はきっぱりと言い切る。
「そう……貴方が決めたことなら尊重しなければいけないわね」
末姫様はそっと呟いた。
「ヤドリ侯爵に雇われたとは聞いていたけれど元気にしてるの?」
「はい。こんな私を拾っていただいた侯爵様には感謝しております。……それで、末姫様。見ていだきたいたものがあるんです」
そう言うと、護衛の彼は顔の仮面を外した。
「クルス!?その顔は……」
火傷のない綺麗な顔を見て、やはり末姫様はかなり驚いた声を出された。
「こちらにいらっしゃる、スバル様に薬をいただき食べたところ、この通り元の火傷のない顔にもどったんです。ですので末姫様、ぜひ貴方も薬を召し上がってください」
「そう……良かった……貴方の顔が戻って……スバル様、本当にありがとうございます。それで薬というのは?」
「こちらになります。我が領地で偶然実ったリンゴなんですが、鑑定したところ肌の状態を整えるとありまして、試してもらったところ効果が見られたというわけです」
俺は末姫様の前にリンゴを置いた。
「偶然ということは数はあまりないのですか?」
「はい、今のところ私が持っているのは8個になります。今後、品種改良してそのリンゴが作られるようになれば数は増えますがまだそのへんはどうなるかは不透明です」
実際はスカイがどれだけ作れるようになるかだからな、本当に分からないもんな。
「そうですか……8個。足りないわね……」
おそらく今回の火災で火傷を負った人の数には足りないのだろう。
「全ての人の火傷や皮膚のトラブルを治せれば良いのですが、数はここにあるだけしかありません。ですが、末姫様、貴方は食べるべきだと私は思います」
「……私のせいで火傷を負った人物がまだ大勢いるのに、私だけ治すことなど……」
やはり、息子さんが言うように皆が治らないと本人は食べることを拒否しそうな雰囲気である。
「末姫様、自分を含めあの時火傷を負った人物は後悔などしておりません。まして、貴方が治ることを望まない人間も、お願いします、我々護衛のためにもお治しください。あの火災の後、貴方様の護衛を続けている者は皆、貴方様の顔が元に戻ることを願っています。貴方様の顔を見たら自分たちの不甲斐なさを思い出さずにはいられないからです。お願いします。末姫様!!」
「クルス……」
護衛の方の必死の言葉に、末姫様は深く考え込まれている。後一押し、何か説得できる材料はないか。
「末姫様、この薬は鑑定の結果こそ特に副作用などは書かれていませんが、十年後、二十年後はどうなるかは責任は持てません。ですので、貴方が率先して被験者になると思ってはどうでしょうか?」
「私が被験者に……」
「はい。民にとっては未知数の薬です。でも、上手くいけばいろいろな人の救いとなる薬です。貴方が治った姿を見れば、多くの人が希望を持つのではないでしょうか?」
「希望……」
「はい。我が領地でもまた、このリンゴを作れるように研究をすすめます。ですのでぜひ!!」
「スバル様、残りのリンゴはどうなさるのですか?」
「王家に献上するような手はずになっています」
「王家が誰に渡すか決めるのですね」
「はい。誰しもが私情を挟まずにはいられません。末姫様が今回の火災で火傷を負った人々全員を治したいのと同じように、皮膚のトラブルで長年苦しんでいる人もいるかもしれません。末姫様の私情だけでリンゴを食べさすわけにはいかないんです」
「……おっしゃられるとおりですね。私は私の罪を軽くしたいがゆえに治療薬を欲していました」
末姫様は苦しそうに、拳をぎゅっと握りしめる。
「いえ、俺が末姫様に渡すのも私情が入っているんです
。ですからそれを否定するつもりはないんです。ただ、誰に渡すかはよく考えてもらえたらと思って、王家に献上することにしました」
私情が入らない人間などいないもんな。全ての人を治したくてもきっとそんなことは不可能だ。だから、俺も自分の大切な人に使うと決めている。
「外で護衛をしているカイトを呼んでもかまいませんか?」
末姫様は顔を上げて俺に尋ねた。




