末姫様のリンゴ 2
「では、いただきます」
シャクと良い音をさせながらリンゴを食べる。
「美味しいです!」
美味しそうにどんどん食べすすめる。味には自信があるんだけどな……。最後まで食べきると、みるみるうちに火傷の跡が綺麗になっていった。
よし!良かった……成功だ!!
「あの……私の顔どうなっていますか?」
護衛の彼は信じられないように頬を触る。おそらくケロイドでジュクジュクになっていたところや、引きつっていたところも見当たらなくなったから、痛みも消えているはず。
ケインのお父さんが鏡を渡す。
恐る恐るのぞくと、自分の姿を見て涙を流し始めた。
「これで……これで末姫様も」
……自分の傷より末姫様か。
やはり人格者にはそれにふさわしい家臣が仕えるようになるんだな。
「これは……すごい。痛みや違和感は無いのか?」
息子さんが尋ねる。
「はい。ただただ美味しいリンゴを食べたら、いつの間にか傷が治った感覚です。痛みも違和感も全くありません」
良かった。これなら、後日末姫様に渡しても大丈夫だろうな。
「スバルくん、このリンゴはまだあるのか?」
「はい。沢山はありませんが」
「姫様の分1つを残してあるだけ買い取ることはできるだろうか……。この護衛以外にも先日の火事で火傷の跡に苦しむ人がたくさんいるんだ」
いや、それは何とかしてあげたい。だけど実際数は無いんだよな……。
「すみません。あと、8個しかなくて……」
「8個か……全員は難しいな……」
もしかしたらもう少しししたらスカイがたくさん作れるようになるかもしれないけれど、今はまだ分からないしな。
「いや、スバルくん。そのリンゴは王家に納めなさい。ここで買い取りの話はしないほうが良い」
「シェル伯爵、なぜそのようなことを。せっかく火傷を治す薬があるんだ。先日の火事で怪我を負った火傷患者に使うべきだろう」
「いや、それも含めて優先順位は王家に決めて貰うべきだ。スバルくんがトラブルに巻き込まれないためにも」
激昂する息子さんにも怯む様子もなく、冷静にケインのお父さんが伝える。
「それは、先日勇敢に火事と戦った人々を貶める発言ではないか。トラブルなど起こるはずがない」
「それは偏った見方です。治る者と治らない者が出る段階で、トラブルは起こる可能性がある。だから誰に使うかは誰からも文句が言えない王家に決めて貰うべきだ」
ケインのお父さんは淡々と伝える。
「それに火傷の跡に苦しむ人物は先日の火事以外にもいるだろう……君こそ、少し冷静になって考えるべきだ。末姫様を一番に考えるのではなくな。でないと、せっかくの幸運を逃しかねないぞ」
「だが、末姫様は自分だけ治ることをきっと望まれまい。末姫様に治療してもらうためには、同じく火傷を負った人物を治さないと」
「それはスバルくんには関係のないことだ。末姫様は君が説得したまえ。もしくは不意打ちで渡すかだ。スバルくんを巻き込むな」
ピシャリとケインのお父さんが言い切る。
俺は間に挟まって、2人のやりとりをハラハラした思いで見つめていた。
数が少ないからこそ取り合いになる可能性があるのか。しかも下手に治すと、なぜ彼だけという話になりかねないし……あまり深く考えていなかったけど、これは難しい。心情的には息子さんに渡したいのだが、確かに他に幼い子どもで火傷に苦しんでいる子どもがいたらそっちに使って欲しいと思ってしまう……。いや、いらぬトラブルを招くなら、いっそのこと闇に葬るべきなのかも。なければトラブルにはならないし……。
「あの……」
俺が言葉を発する前に、ヤドリ侯爵が言葉を発した。
「シェル伯爵、スバル殿、すまない。息子は末姫様の件で悩み過ぎてな、視野がかなり狭くなっておる。シェル伯爵の言うように、王家に献上するのが一番トラブルが少なかろう。提供してもらうスバルくんに迷惑をかけることは我らが一番してはならぬことだ。とりあえず、家で息子とは話をつめておく。不愉快な思いをさせてすまなかった」
そう言って席を立つ。
「父上、なぜそのようなことを!!このままでは末姫様を治療できなくなるかもしれないのに……」
「馬鹿もん!!これ以上何も言うな!!本当にすまなかったな」
「しかし……父上!!」
まだ粘りたい息子さんを引きずるようにして部屋を出て行った。護衛の彼もこちらに一礼すると一緒に部屋をでていく。
部屋には俺とケインのお父さんが残された。
「スバルくんすまないな。だが、あのリンゴはいろいろ難しい」
いや、実感しました。
「いっそのこと無い方が良かったですか?」
いらぬ争いを起こしてしまったからな……。
「いや、火傷の跡に苦しむ人々にとっては希望のリンゴだ。できれば提供してほしい。だが、そんな風にスバルくんに思わせてしまったことが心苦しくてな……本当にすまなかった。ケインの息子も日頃はこんなに無茶を言うやつではないんだが、侯爵がおっしゃったようにかなり火傷の件で思いつめているんだろう」
末姫様、かなり良い方みたいだから余計にだろうな。俺も心情的にはよく分かる。
「いえ、そこは大切な婚約者のことなので理解できます。でも争いになると正直嫌だなとも思うんです」
「……そうならないために、やはり王家に献上しよう」
それが一番のトラブル防止策かな。
「また、スカイがたくさん作れるようになったらオレンジとともに輸出するようにします」
悩んでいる人をできるだけ救いたい。
「……スバルくん、本当にいろいろありがとう」
ケインのお父さんは静かに俺に頭を下げた。




