ヤドリ侯爵家 (密談)
「あのスバルという男一体何者だ?」
部屋に入るやいなや、ヤドリ侯爵家当主が詰問する。
「1枚でも滅多に見ることができないプレートをもう1枚、しかも海蛇様の鱗まで、正直私も初めて見たぞ」
「私もケインから冒険者チームのリーダーでかなり頼りになるとしか聞いてないんです」
ケインの父ダミアンが答える。
「頼りになる?それどころの騒ぎじゃないだろう。娘の護衛に聞いた話だが、あのエイダンという男もすさまじく強いらしい。1人で複数人を余裕でいなして捕縛したと言っていた」
「強いのはエイダンだけではないぞ。スバルのテイムモンスターも一匹一匹がかなり特殊で強い。現にスカイというテイムモンスターは海蛇様と話をして、鱗をもらっていたからな」
ケインの祖父テイタンはソファーにどかっと腰を下ろした。
「それも信じられない話だが……現に鱗がある以上本当のことなんだろう」
「はい。それにグリンというテイムモンスターはクラーケンを一匹で倒しています。もう一匹のぺぺというモンスターの力はまだ見たことがありませんが……」
「クラーケンを!?……本当に凄まじいな」
「はい。ですが皆に共通しているのが欲があまりないことで……もちろん美味しい物などは喜んで食べるのですが、プレートと鱗以外の金品は受け取っておらず、クラーケンの報奨金も街に寄付してしまい……」
「プレートも鱗も人のために使う……正に聖人君主だな……でも一見普通に見えるところがまた何とも言えんな」
「だが、間者などとは疑うでないぞ。本当にただのお人好しなだけだ。……それになわしの勘だがスバルは多分神の寵愛を受けておる。海蛇様がいらっしゃったのもおそらく偶然じゃなかろうて」
「神の寵愛を?私も初めて聞きました」
「言ってどうなることでもあるまい。むしろ普段通りに接するように本人は無意識に望んでおるからな」
「確かに、ケインにも言われました」
「そうか……では私もそれに倣おう」
「あと、あくまでお願いにとどめておけ。利用しようなどとあくどい事を考えると多分天罰をくらうぞ」
「……難しいな。何が利用になるのか……」
「私も最初は悩みましたが、スバルくんに聞くのが一番です。本人が自分で答えを出します」
「なるほど。聞くか……分かった。私もそうしよう」
「そういえば、ダミアン、金のオレンジに心あたりはあるか?」
「金のオレンジですか……聞いたことがありませんが……」
「テイムモンスターが海蛇に渡していた。あと金のもう一つ……おそらく果物だろうが見たことがないヤツだったが」
「それなら辺境伯家で売り出した桃かもしれません。怪我に効くとケインは言っていました。ただ色はピンクと聞いていたような……おそらく二つとも何か健康に関する果物ではないでしょうか。現に私の悪魔病にかかった娘にオレンジをくれたのですが、医師の見立てだと回復傾向にあると連絡がきております」
「なんと!?悪魔病の治療薬ができるかもしれんのか?」
「はい、ただまだ臨床中ですので結果が出るまでは時間がかかりますが。おそらく間違いないかと」
「……それは、それだけで王に頼む権利を獲得できるんじゃないか?」
「……はい」
その場を何とも言えない空気が流れる。
「だが、得難い縁じゃ。……言い遅れたが今回のセリン嬢の件では本当に世話になる。ありがとう」
「いえ、娘の命と比べたら、何でもない願いです。ただ、王家は頷くでしょうか?」
「……プレート2枚と鱗1枚あればなんとかなると信じておる。援護を期待しておるぞ」
「できる限りのことはさせていただきます」
「難しければ、また、悪魔病の治療薬の件で王にお伺いを立ててみます」
「それも先走るでないぞ。あくまでスバルの許可を取ってからじゃ」
「分かっております」
「いや、しかし……ケイン殿は恵まれておるな……こんなことなら我が娘の婿にお願いするんだった」
「何を言っておる。3男と次女じゃ政略結婚は成り立たんじゃろう」
「それでも、スバル殿と縁が結べるなら価値がある」
「……確かに、でもセリン嬢がいるので駄目です」
「分かっている。ただ、得難い縁だ……」
「さて、間もなく夕食じゃな。楽しみにしておるぞ」
話を終えるようにテイタンが立ち上がる。
「もちろん。我が家の総力を上げて、夕食作りをしております。楽しみになさっておいてください」
「では、私たちも解散しますか」
「はい」
「ではまた夕食でな」




