第8話 悪意の輪郭
セナ、トニ、ビョルンが巻き込まれた爆発の次の日、ダミアンとマルコは、まずアネッタのもとを訪れていた。
「おい。入るぞ」
ダミアンが、ズカズカとノックをせずにアネッタの仕事部屋に入ってくる。
「ダミアンじゃない。どうしたの?」
アネッタは、爆発で壊れた魔法陣を作りなおしていた。幸い、テスト用のスケールが小さいものなので、作り直しは可能だ。スケジュールにも、今のところはそこまで影響はない。
机には魔法陣に使う道具や、必要な物質のリストなどが散らばっていた。
「……これを少し見てくれ」
それらの書類の上に、ダミアンがあるものを置いた。黒く煤がついた、手のひら程度の魔鉱石だ。
「これは、もしかして……」
マルコがかわりに説明する。
「爆発現場にあった、魔鉱石とその周辺接続部分です。ここから魔力が漏れたのが爆発の原因なんですが……」
マルコが、言いにくそうに次の言葉を探している。
「……事故なのか、そうじゃないのかを調べている」
ダミアンが、発言を追加した 。
「なるほどね……いいわ。貸して」
アネッタが、マルコから魔鉱石を受け取り、じろじろと観察している。
「たしかに、何か変ね……この道具は、普通、こんな魔力の漏れ方はしないと思うんだけど」
アネッタが、虫眼鏡を取り出し、じっくりと観察する。
「いえ……ここ……小さなキズがある。ほとんど見えないけど」
アネッタが、虫眼鏡で、じっくりと見ている。
そこに印をつけ、マルコやダミアンにも見えるように虫眼鏡で見せた。
「こんなのを見つけるなんて。すごいっすね」
マルコが驚きの声をあげる。マルコも観察眼は良いほうだが、アネッタは目がよい。
「それに、このコードの切り方、でたらめじゃなくて、的確に切ってる。迷いがない。どこに何が影響しているのかわかってるんだわ」
「……この魔鉱石、術が施してある……」
「ある一定の魔力量に達したら発動するようになってる……魔力コントロール系の呪文ね」
アネッタが、コト、っと魔鉱石を机に置いた。
「……個人的解釈だけど、ここに組み込むのは、技術力がいると思う」
「クレヴァンス主任、これって……」
マルコは、嫌な考えが頭を離れないまま、ダミアンに顔を向けた。
「……これは、明確な悪意でやっている」
ダミアンが、今までなんども経験し、向き合ってきたものだ。
「誰かが怪我をするだけで良いとか、そんなものじゃない。『死んでも仕方がない』と思っている悪意だ。」
ダミアンは、まるで苦虫を噛み潰したように言った。
「なんてこと……」
アネッタが、ショックで口をおさえた。
「技術力がある者の仕業の可能性があるな」
その言葉に、アネッタは強く反応した。
「私達の同僚の中に、そんな事をするやつがいるって言いたいの!? 」
「お、落ち着いてくださいアネッタさん」
マルコが慌ててアネッタを止める。
「……可能性の話をしている。もちろん、決めつけてはいない」
* * *
セナとビョルンに報告を終え、ダミアンとマルコは廊下を歩きながら、先程の会話の事を考えていた。
マルコより数歩先で、ダミアンが静かに足を止める。
「貴様。さっきの二人の反応を見てどう思う? 」
質問を終え、ふたりの反応が頭に残る中、ダミアンはマルコへと視線を向けた。
セナとビョルンの背中が見えなくなった頃、マルコはふっと肩の力を抜いた。
「ビョルンさんは、本当に怒っていて、ショックを受けているように感じましたね。セナさんのほうは……」
マルコが少し考え込む。
「……少し反応がありました。でも、何かを確実に知ってると言うよりは、ゾッとした。みたいな方が近いですかねー」
「……そうか」
「治療記録も確認済みです。『魂の状態』は、どちらも正常範囲でした。ビョルンさんは安定してましたね」
マルコは治療記録を取り出し、ペラリ、と次のページをめくる。
「セナさんも少し揺らぎはあったけど……咎落ちと呼べるようなものではないですね。事故にあった人のよくある反応かなと」
治癒師――また、その中に存在する解呪師は、『魂の状態』を見る訓練を受けている。
精神的な揺らぎや魔力の乱れを、心身の不調や咎落ちの兆候として読み取る技術だ。
ただし、対象との波長を合わせる必要があり、さらに視線や意識の集中といった条件がある。
また、魔工具などで隠蔽されることもあり、完全な判定ができるとは限らない。
解呪師は特に、重度の咎落ち特有の『魔力の不安定さ』に敏感だ。
それでも、完全に見抜けるわけではない――。
「俺も同意見だ。セナはまだひっかかる部分があるが、 ビョルンは動機が無いように見える」
ダミアンは、淡々と事実を述べた。
「クレヴァンス主任、本当に……同僚の中に犯人がいると考えてます? 」
マルコは、真剣な顔つきでダミアンを見る。
「……同僚という表現は間違っている。技術者と、あの魔法陣を知ってる者の中。だ」
ダミアンが訂正した。
「仮にそうだとして、一体どうやってここに入るんでしょう。意図もわからないし」
「入ることは造作もない。あそこは厳重な警備というわけではなかった」
「じゃあ、意図は? あの魔法陣への攻撃か、トニさんやビョルンさんへの攻撃ですか? 」
「……それを探すのが、今回の任務だ」
技術力を感じさせる仕掛け、絶対に被害を出すという決意を込めた悪意。
だが、意図だけがまだ不明だった。
マルコが、小さく息を吐き、こう言った。
「……こういうのが、一番やりにくいんですよね」
物語が、やっと動き始めました。
この作品が気に入っていただけたら、評価やブックマークしていただけると励みになります。