第7話 波形の裏に潜む者 (後編)
事故現場の空気は、焦げた金属と薬品のにおいで満ちていた。
爆発の中心となった研究室は、壁が部分的に崩れ、床には黒く焼け焦げた痕が残っている。
燃えたわけではないし、部屋自体が修復を行うので、危険はないのだが、調査が終わるまで、この部屋は閉鎖となっていた。
上司のクラウスは……調査報告や、トニの手続きで、上層部対応に追われている。そのため、現場の対応は私たちに任された。
今日は、現場検証で、セナとビョルンが爆発した現場で待機していた。ビョルンは全身打撲だけですみ、2日後には退院してきた。『背中が痛い』と時々ぼやいている。
「……クラウスには、申し訳ないことをしたな」
ビョルンの顔に、影が指す。しかし、原因究明が先だ。
「私も現場にいたけど、ビョルンは最善を尽くしていたと思うよ。まず、原因を調べないと、この先にすすめない」
「……そうだな」
ビョルンが沈み、セナも見ていて心を痛めた。
開発中の魔法陣については、爆発したものは使えない。しかし、まだテスト制作段階だったのが幸いした。十分に作り直せる時間がある。
現在は、別な部屋でアネッタと、ビビアナという新しくチームに入った魔術師が作成をしなおしてくれている。
なので、同時進行で検証を進められるのは助かる。
今後のスケジュール管理のことを考えると、気が重い。
扉の前で、セナが深く息を吐いたその時――
「どけ。調査が入る」
低く乾いた声が背後から飛んできた。振り返ると、黒衣の男が歩いてきた。
長身痩躯、表情は鋭く、目だけが異様に冷たい。
ダミアンだ。解呪師として、ここの魔力暴走の原因を調査しにきたのだろう。
その隣を、肩の力の抜けた、赤毛の青年が歩いていた。ダミアンより少し背が低い。
同じく黒衣をまとっているが、口元にはかすかに笑みを浮かべている。
「お疲れさまでーす。現場、相変わらずの惨状っすね。煙は抜けてます?」
呑気な声に、セナは思わず目を瞬かせる。
「……誰?」
小声でビョルンに聞くと、彼はぼそっと返した。
「たぶん……ダミアンの部下。名前はマルコって言ったかな」
マルコは、手際よく、現場の保存や記録に入ってゆく。
「よし、じゃあ計測魔工具展開しますねー。……うわ、これ残留やば。そりゃ爆発するわ」
「冗談は後だ。五分で魔力波形を抽出しろ。痕跡が消える」
ダミアンが、軽口を叩くマルコに指示をする。
「わかってますよ、クレヴァンス主任。信じてないなあ……俺の仕事ぶり」
そう言いながら、マルコはひざをつき、焦げ跡に記録装置を構える。
その動きは無駄がなく、手際が良い。
セナはまだ、目の前の青年の正体を掴みかねていた。
ただ一つ思ったのは――
『この人……あのダミアンと、普通に会話が成立してる』という、妙な驚きだった。
マルコが、ダミアンと現場付近で話し合う。いままで何度も遭遇した現場のようにも見えた。
「ざっと見てますけど、ここの鉱石のエネルギー接続部分からの爆発って感じですかね?」
「おそらくな。……周囲に何か影響物がないか調べろ」
「変な素材でも混ざってたんですかね……あ、ここの記録魔工具、回収しておきます」
「決めつけるな。貴様はまず記録しろ、推測は後だ」
粛々と記録作業が進行してゆく。手慣れたものだ。
「すみませーん。担当の魔工師さんですか?」
軽い声が、セナとビョルンに向けられた。
振り向くと、先程の気の抜けた話し方の青年が立っていた。
「俺、マルコっていいます。今回の現場の調査をダミアン・クレヴァンス主任と一緒に担当させてもらってます。」
近くで見ると、若い。しかし、ダミアンと組めているのだから、優秀なのだろう。
「セナです。」
「俺はビョルン、担当の魔工師です。」
「じゃあビョルンさん、いくつか質問いっすか?」
マルコはメモをとりだし、ビョルンにどういう設計をしていたか?などの専門的な質問をしだした。
マルコいわく、現場記録とビョルンとの設計比較を行い、数日後にまた報告する。とのことだった。また、こうも言っていた。
「……うーん、ビョルンさんが話していた設計だと、問題がないように聞こえますね。なにかあるのかな……」
と、首をかしげていた。クレヴァンス主任にも伝える。とのことで、現場からは返された。
テスト制作なこともあり、別の場所で制作されている魔法陣の設計も、このまま進めてよいとのことだった。
* * *
数日後、調査結果の報告のため、ダミアンとマルコが新しい作業現場にやってきた。
「えーと、セナさん、ビョルンさん、一度こちらに来てもらえます?ちょっと聞きたいことがあって。」
二人は、マルコに呼ばれて、廊下に出た。廊下は遠くにまばらに人がいるだけだ。
ダミアンが、口を開いた。
「ビョルンの話と実際の現場を見て、原因がわかった。一部の魔鉱石の魔力が異常に高まっていたことが原因だった」
「まさか!ちゃんと管理してたぞ!」
ビョルンは驚きで、反論した。
「貴様がやったとは言ってない。……かなり小さい傷だったが、魔法陣の裏側の配線が切られていたり、魔鉱石に特殊なエネルギー呪文がかけられていた」
「なんだと!?誰がそんな危険な事を!?」
ビョルンは怒りで、ほとんど叫ぶような声になっていた。彼は過去に事故を起こしており、これがどれだけ危険なことか、体に刻み込まれているようだった。
「しかも、これは複雑なものだ。ある程度、知識があるものじゃないと難しい、と推測している」
ダミアンが、しっかりとビョルンの目を見据えて伝える。彼は、嘘偽りなく話をしているのだ。
マルコは、緊張した状態で、私とビョルンの反応を観察している。
ダミアンが、最後に質問をする。
「最近、誰かから恨まれていたり、心当たりはあるか?」
その言葉に、セナの背筋を一筋の汗が伝った。
心臓が、一度だけ強く跳ねた。
――なぜかわからない。ただ、確かに反応してしまった。