第13話 終わりのはじまり
難民キャンプのお婆ちゃんとエシャニの協力により、事件現場にあった魔法陣の大部分が翻訳された。
それを、言語学者のアレックスに送り、さらなる詳細の翻訳を頼んだ。
それが、数日前の出来事だ。
今日、その翻訳が完了し、アレックスから詳細が送られてきたと連絡があった。
セナたちは解呪師の詰め所に呼ばれていた。静かに、壁際の椅子に座っている。
「集まってもらったのは他でもない。事件現場に残された魔法陣の翻訳が完了した」
ダミアンが立ったまま資料を手にもつ。ジャンとマルコは既に情報が共有されているのか、緊張した面持ちで隣に座っていた。
呼ばれたセナ、アネッタ、ビョルンは不安そうにダミアンの手の中の書類を見つめる。
「あの魔法陣の正体は――咎の刻印を消すための実験的な物だ」
「!!」
セナが、ビクリと体を硬直させ、思わず、自身の『咎の刻印がある左脇腹』に手を当てそうになる。
――しかし、なんとか寸前で耐えた。
ジャンとマルコがセナの反応に気づいたが、すぐに目線をずらした。
ダミアンは、書類に視線を固定している。
アネッタとビョルンは、セナの動きに気づいていなかった。
動揺し、今言われた言葉を、頭の中で反芻している所だった。
「そ、そんな事が可能なの……?」
アネッタが動揺し、しどろもどろに言葉を漏らした。
「可能かどうかはわからんが、失敗しているのは事実だ。」
「まて、ダミアン……ほ、本当に人体実験をしてるってことか……?」
ビョルンは、声を震わせながら問いかけた。
その普段は優しそうな緑がかった褐色の瞳は、この事実に恐れ慄いている。
「……」
ダミアンは、ビョルンの問いに回答を濁したが、代わりに厳しい表情で返した。
ビョルンとは正反対の鋭いグレーの瞳の奥に、怒りの炎が滲んでいた。
ダミアン自身も非人道的なこの事件が「医療行為の人体実験」だと認めたくないようだった。
「……じゃあ……被害者が争った形跡が無かったっていうのは……」
「――おそらくですが」
マルコが、静かに会話に入った。その目は普段の皮肉屋としてではなく、職務を負った若者の瞳だった。
「咎の刻印が消せるかもしれないと、それを信じて身を任せた人たちだったのかも……」
「……」
セナは静かに考えていた。
『咎の刻印』が消せる……?そんな事が可能なのか?
でも、もし、もしも消せるなら……
――『咎の刻印が消せるかもしれない』
そんな甘い言葉を囁かれたら、自分でも気持ちが傾いてしまうかもしれない。
それほど、この言葉は『咎落ち』には抗い難く、魅力的だった。
――この刻印は、自分が行った罪の現れだと言うのに。
罪が無かった事になるなんて、あるはずない。
しかし、頭で解っていても、心がそうはならなかった。
* * *
それから数日後、3人目の犠牲者が現れた。
今度の場所も、人気のない廃墟だった。犯人は、いくつか候補として場所の候補を持っているのに違いない。
ダミアン、マルコとビョルン、そしてセナは、呼ばれるがまま、事件現場に向かった。
――魔法陣を解読したとしても、事件はまだ止められない。
そんな無力感にセナは襲われていた。
騎士団の黄色い立入禁止のテープを越え、建物の中に入る。
4人が事件現場の部屋にたどり着くと、埃っぽさに思わず咳が出た。
先に、ダミアンとマルコが部屋の中に入り、安全確認を行う。
その後、セナとビョルンが一歩踏み出し、魔法陣の近くへと向かう。
埃っぽい屋内は、隅にはいくつかの放置されたゴミ、剥き出しのレンガの壁に、割れた小さなガラスの窓。
そして―――被害者の血飛沫が飛んでいる床。
まるで、チープなホラー映画のようで、現実味が無かった。
しかし、埃っぽい空気が、これは現実なのだと教えていた。
被害者はもう運ばれ、ホログラム立体映像でしか残されていないかった。
痛ましい姿で、赤い蝋のような物で書かれた魔法陣の上に寝そべっている。
しかし、争った形跡自体は無かったとのことだった。
そしてこの人も――咎落ちだった。
彼も……『咎の刻印が消せるかもしれない』
そんな甘い言葉を囁かれたのだろう。
そして、明かりに群がる虫のように、そこに引き寄せられてしまった。
―――代償があるとは知らずに。
「確定だな。……3人連続で咎落ちは、偶然じゃない」
ダミアンは眉を潜めながら、運ばれた被害者のカルテを見ていた。
「……咎落ちのリストが、何処かで漏れてるかもしれませんね」
マルコが、同じくカルテを隣で覗き込んでからそう呟いた。
セナは、その言葉が耳に入った時、背筋に嫌な悪寒が走った。
自分も襲われたということは―――
何処かで、私の情報も漏れている。
セナは慎重に部屋内を移動する。
しかし、魔法陣に到着する前に、ふと、足を止めた。
「?」
そして、部屋の壁側に目を向けた。
セナは猫のように、何も無い空間をじっと見つめている。床には、瓦礫が散らばっていた。
「どうしました?セナさん」
マルコが不思議そうに、セナに話しかける。
「……マルコ君、この下……何か、嫌な感じがする……」
そう言いながら、セナは、左脇腹の咎の刻印に違和感を感じていた。
「……見てみますね」
そう言い、マルコは慎重に瓦礫を避け始めた。
大きめの瓦礫をよけると、マルコも弱い魔力を感じ始めた。
そして、違和感も――
「――セナさん、離れてください」
普段は飄々としたマルコだが、急に真剣な顔でそう言われ、セナは急いで距離を取った。
マルコが魔防の手袋を装着し、慎重に手を伸ばすと―――
手のひらサイズの、半球体の魔工具を見つけた。
「それは……魔工具?」
「いいえ、これはただの魔工具じゃないです。弱いですが―――トラップです」
そう言いながらマルコが、慎重に腰の鞄から解除装置を取り出し、魔工具のトラップを無効化し始めた。
そう言われ、セナの背中に緊張が走る。思わずよろよろと、数歩、後ずさった。
「おいおいマジかよ……」
ビョルンも急いで距離を取り、怯えた顔でマルコの作業を見ていた。
「……」
ダミアンは、セナの方を見た。セナはマルコの背中を不安そうに見ている。
ダミアンは考えていた。
俺は、この中で一番魔力に敏感だ。
しかし―――この魔工具のトラップに気づかなかった。
セナはどうやって、なぜ気づいた?
しばらくすると、マルコのトラップ解除が無事に終わり、ビョルンとセナがほっと胸を撫で下ろす。
その後すぐ、セナの眉間が小さく歪む。そして、小走りにダミアンの方へと向かった。
「ダミアン、あの……ちょっと…」
セナがダミアンの近くで、小声で話しかける。
セナがドアの外に目線をやり、ダミアンも意図を汲み、二人で部屋のドアを一度出た。
廊下で近くに人が居ないことを確認し、セナが小声で話し続けた。
「な、なんだか……この部屋に入ってから、咎の刻印が……じんじんするというか……熱い……」
セナが、困惑した表情でダミアンに訴えた。
ダミアンは静かに、セナの左脇腹に目線をやる。
「……少し触るぞ」
その言葉に、セナが小さく頷く。
ダミアンは、服の上から軽くセナの『左脇腹』に触れた。
「……違う人間の魔力の残滓があるな……襲われた時のものか」
そして、ハッとし、セナからすぐに手を離した。
「……おそらく、『咎の刻印』が、犯人と共鳴している――」
「!」
「さっきの罠を見つけたのは、誰かの魔力を感じたからか?」
「う、うん……」
そう言い終わったダミアンは、顔を渋く歪めた。
まるで、「最悪だ」と―――そういった表情だった。
「相手も、貴様を認識している可能性がある……」
「そ、そんなことあるの?」
「ない、とは言い切れない。相手の『咎が深い』と、特にな。」
セナは、そう言われてゾッと背筋が凍った。思わず粟が立つ。
「おーい。ふたりとも、こっちきてくれ」
ビョルンのその一言で、セナは我にかえった。
「今行く!」
そう言いながら、早足でセナは室内に戻る。
ダミアンも続いて室内に戻っていった。
* * *
接照明で照らされた、薄暗い部屋の中。コチコチと、時計の秒針の音だけが鳴り響く。
窓際のスタンドライトだけが、煌々と明るく書籍を照らす。
動かない書籍の山のなか、アッシュブロンドの髪の毛だけが、ライトにパラパラと反射し、動いていた。
クリスは、スクラップされている近隣国の新聞の文字を、指で追っていた。
そばにある紅茶のカップの中身は、すでにかなり前から冷たい。
―――今回も、駄目か……
クリスの頭の片隅では、そんな言葉が滲み始めていたが、頭の奥に無理やり押し込んだ。
気を取り直して、文字を追う作業を続ける。
―――そして、クリスが、ある場所で指を止めた。
読み直し、もっとよく見ようと、グレーがかった碧眼を大きく見開く。
「―――見つけた。見つけたぞ……!」
クリスが、思わずすくっと立ち上がる。
口がほころび、それを抑えるために口元を手で覆った。
身体の動きも、喜びを抑えきれておらず、無意識に椅子の周りを移動していた。
「やっとだ……もう逃さない……!」
その言葉が部屋に響き渡ったとき、パチン、と照明が一瞬だけちらついた。
クリスは、普段はそういった異変に敏感だ。
しかし―――今回は喜びのあまり、それを見逃してしまった。
…くすくす…
クリス、まだ方法を探してる……
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