表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/52

第12話 小さな灯火

 アネッタとフェリオは、引き続き共同水場を修理したり、その合間に難民キャンプ内での補修の手伝いをしたりしていた。

 セナはあれから、難民キャンプのラハルのお婆ちゃんの元へ、毎日通うようになった。


 おばあちゃんは、体調によって、会話ができたり、出来ない日がある。

 会話が難しそうな日は、アネッタとフェリオを手伝った。


 今日も、セナはお婆ちゃんのテントに顔を出していた。ここが彼女のお気に入りの場所らしい。


「これ、わかりますか?お婆ちゃん?」

「(”⧉──⋮)ほら、共通語でなんだったかねぇ……」


 お婆ちゃんは――何の話をしていたか忘れやすかった。

 高齢なのだから仕方ない。


「思い出せそうですか?」

「えぇと……はぁ……疲れてきちゃって……」


 セナは辛抱強く待った。

 お婆ちゃんが思い出せなくても、できるだけ顔に疲れを顔に出さないようにした。


「お婆ちゃん!これは前『未知』って言ってたよ!」

「未知……ああ!そうだった。未知、とか、知らない事って意味だよ」


 お婆ちゃんの元へ通うようになってから、エシャニが手伝ってくれるようになった、

 エシャニが居ることで、昔の記憶が刺激されるらしく、そこから思い出される事が多かった。


「こっちはなんでしょう?」

「”⟁・∵”これは、えぇと……心とか、考えとか……」

「あと、タマシイって前言ってた!」

「ああ、そうそう、そう言う事もあるね」


 エシャニの翻訳は不完全で部分的だが、単語の意味を把握しているようだった。

 また、この文字の文法上のルールなども簡単に教えてもらい、情報をまとめた。


 それを、言語学者のアレックスに渡せば、なんとかなるかもしれない。

 そう思いながら、セナは難民キャンプのお婆ちゃんの所に足げく通っていた。


「すまないねぇ」

「いいんです。疲れたのでしたら、また明日でも大丈夫です」

「おばあちゃん、ばいばい!」

「ありがとうございました。また来ます。」


 セナは毎日通っているので、お婆ちゃんが萎縮しないように努めていた。

 どうしても文字を思い出せない時は、諦めて引き下がるようにするが、こちらは人の命がかかっている。

 翻訳が進まない。そのプレッシャーが、セナを押し潰そうとしていた。


 知らない間に溜まった疲れや苛立ちは、伝わってしまうらしい。

 その空気に当てられて、お婆ちゃんが苛立って「今日は帰ってくれ」と言われた日もあった。

 幸い、お婆ちゃんが忘れっぽいので、遺恨が残らないのは救いだった。



 そんな中で、エシャニが間に入ってくれるのは非常に助かっていた。

 エシャニが間に入ると、おばあちゃんの緊張が解けるのがよくわかる。

 たとえ記憶が揺らいでも、「子供」は可愛いと遺伝子に刻まれているようだ。


 * * *

 

「エシャニ、今は何を勉強してるの?」


 セナがそう言いながら、エシャニの鞄に目をやる。

 おばあちゃんのテントから出て、エシャニとセナが広場の方へ歩いている。


「算数とか。つまんない」

「つまんないかぁ……」

「うん。だって、勉強すぐ終わっちゃうんだもん。」

「どういうこと?」

「先生が忙しいから、早く授業終わったり、休んだりする。他の学校いかなきゃいけないからって」


 話を聞いている印象だが、ここの難民キャンプは、公的な学校があるわけではないらしい。

 先生も、他の学校と掛け持ちで授業をしているのだろう。


「本とか、お話とかもっと読みたい」

「その授業はしないの?」

「時間がないから、国語はしないんだって。本は好きな時に読めるし、算数とか、理科の方が大事だからって」

「そっか……図書館は行かないの?」

「ここから遠いし、お母さんも仕事で忙しいから行けない」



 先生は本を読めば良いとは言うが……それだけではない。

 と心のなかでセナは意義を唱えたが、エシャニには言えなかった。


 母国語がわからないということは――

 深く考えるための言葉が、少しずつ削られていく。


 エシャニはまだ子供だし、よく喋る。

 それでも、『感情の語彙が少ない』ように見える。

 会話はできるが、不機嫌になって暴言を吐く事が多い。

 ここのコミュニティではそれで良いかもしれないが、一歩外に出るとそういうわけには行かない。


 とはいえ、ここで、セナが何か出来るとは思えず、静かにエシャニの愚痴を聞くしかなかった。



 * * *



 とある日。

 お婆ちゃんのテントでは、雨音が響いていた。


 テントの中は相変わらず暖かく、エスニックな香りのお茶から、湯気が漂っていた。

 時折、濡れた土の匂いが、テントの入口からひやりと流れ込む。


 この日、お婆ちゃんはあまり調子が良くなかった。

 ぼーっと空中を見たり、思い出せる単語も少ない。


(今日も進まなかったか……)


 セナが、今日はこれ以上は無理だと感じ、立ち去ろうと動き出す。


 その時、外で子どもたちが笑いながら、バシャバシャと泥の中を掛けてゆく音が聞こえた。

 お婆ちゃんが、その音に気づき、テントの向こう側に耳を澄ます。


 セナはそのお婆ちゃんの様子を見て、今日のお礼を言った。

 そして、テントの出入り口の幕を押したとき……



「エシャニを……」

 と、背後から声が聞こえた。


 セナがなんだろうと思いながら、振り向くと――




 ――お婆ちゃんの、しっかりとした眼差しとぶつかった。


「エシャニを……学校へ……いかせてやってくれ」


 さっきとは違う。ゆっくり、しかし、はっきりとした声だった。

 彼女はロッキングチェアに座っていたが、背筋もピンと伸び、まるで、30歳は若返ったように座っていた。


 そして、縦にシワが入り、すぼまった唇が、ゆっくりと開く。


「このままだと、あの子はずっと貧困のままだ。勉強が何のためか、わからないまま、終わる……」


 セナの喉が、ゴクリと鳴る。


「エシャニはそれができる――あの子は……賢い」


「し、しかし、エシャニはこのキャンプで勉強をしています」

「ここじゃだめだ。あの子はここでは、芽が出ない」


 そして、一瞬、お婆さんの目の焦点がズレた。

 そしてまた、顔から力が抜けてゆく。


「たのんだよ…エシャニに、良い勉強を教えて……」


 そしてまた、お婆ちゃんは目の焦点が合わなくなった。

 背筋も力が抜け、曲がった背中を、ロッキングチェアにゆっくりと体を落ち着かせた。


「ええと……何の話をしていたかね?」


 お婆ちゃんが、力の無い声で、そう言った。


 その声を聞き、セナの目頭が熱を帯びる。


「……大丈夫です。私が覚えてますから」


 その時、セナの心に、小さな灯火が宿った。



 * * *


 あれから、何度かお婆ちゃんのところに通い、魔法陣に利用されていた単語の翻訳が完成した。

 他にも未知の単語はあるようだが、言語学者のアレックスにあとは任せるしかない。



 エシャニは――アレックスの研究室に通っている。


「石像みたいに動かないな!掃除が出来ないからどいて!」

 エシャニは相変わらず、気に入らない事があると、罵詈を言ってしまう事がある。


 アレックスはその都度

「石像か…侮辱としては弱いね。語彙を増やしたほうがいい。この辞書で勉強するといいよ」

 と各国の罵倒語だけを集めた辞書を貸したり、


「その罵倒は間違ってる。ゲルマン系言語では、役立たずや無駄に時間を使っている人物、特に男性に対して使う場合『Ei schaukeln』という言葉がある。

 おっと。僕以外の人間に使うなよ?意味?意味は自分で調べてみよう。辞書はここだよ。」


 など、都度意見と修正を伝えて、事あるごとに辞書や書籍を読ませている。



「ムカつく!それ貸して!」


 エシャニは、 罵倒してるのに、アレックスに都度訂正をされているのが、たいそう気に入らないらしい。

 見返すために沢山の本を読む様になった。

 お陰で、エシャニの鞄は、分厚い本のせいで、いつもパンパンに膨れていた。

 しかし、エシャニはメキメキと母国語や外国語の習得が伸びている。

 ――罵倒の種類も。


 実際、本人も「知る」事が面白いらしく、暇があると辞書で意味を調べている。


「そうだ、前貸した絵本は読んだ?」

 アレックスが、不貞腐れて辞書を読んでいるエシャニに話しかける。


「……読んだ。……悔しいとか、不安とか、恥ずかしいとか、色々書いてあった」

「うん。君がよく言う『ムカつく』にも、種類があるんだ。」

「……そうなんだ……」


 そう言い、絵本を鞄から取り出し、もう一度読み直し始めた。

 ――エシャニは以前に比べて、落ち着いている時間が増えた。


 エシャニは、学校へ編入する道が開けた。

 そうなれば、彼女は自分で未来を選べやすくなる。



「よかったね。セナ」


 アレックスが、絵本を読んでるエシャニを見ながら、にこやかに笑う。


「救われたのは、僕らのほうだよ。良い未来をつくりだすのは、いつも子どもだから。」


 セナは、この言葉が、静かに胸に染み込んだ。


「救われたのは、私だった。か……」

 セナは、静かに呟いた。

 そう思う日が、いつか来るのかもしれない。



 セナは、あの時、心に灯った小さな灯火を、もう一度胸に感じていた。

 そして静かに、近くにあった本を手に持ち、パラリとページをめくった。

いつも読んでいただきありがとうございます。


この作品を気に入っていただけたら、評価やブックマークしていただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ