第11話 咎の国
ラハルは、セナ、アネッタ、フェリオの三人を、ある大きなテントの前へ連れて行った。
テントの入口にはエスニックな飾りがかけられ、テントの入口の隙間から、不思議な香の香りが漂う。
ラハルが真剣な顔で振り向く。
「頼みがある。いいか、ばあちゃんがどんな状態でも、普通にしててくれ」
「?は、はい」
セナが不思議に思いながら承諾すると、ラハルが、テントの入口の布を手で押し、中に入った。
テントの中は、暑い。むわっとしている。
独特の甘い香の香りが、暑さを一段階上げているようにも感じた。
テントには赤いエスニック調の絨毯が敷かれており、民族衣装を着た老婆がロッキングチェアに座り、静かにパイプをくゆらせていた。
老婆の目は、宙を静かに眺めている。
ラハルが老婆に、にこやかに近づく。
「よぉ、ばあちゃん。元気か?」
老婆の虚ろな目が、ようやくこちらを向いた。
そして、皺が目立つすぼまった唇が小さく開く。
「あんた、誰だい?」
「ラハルだよ。こっちは俺の客人」
「ああ……そうだったね。ラハル、(◠──∵、⟆≠⋮)?」
「ばあちゃん、何言ってるかわかんねぇよ」
「(≠◟)……ああ、もう、最近言葉が……」
そんなやりとりを聞く。セナの表情に、思わず不安がにじみ出た。
しかし、その表情を見たラハルは、セナに顔に出すなと目で合図する。
アネッタが、小声でラハルに話しかける。
「あの、お婆ちゃんもしかして……」
「──最近は、意識がはっきりしてる時間が短くなってきててな……」
ラハルの目が、寂しそうにお婆さんに向けられる。
「今の言葉は?」
アネッタが、思わず質問した。
「最近は、共通語を忘れていっててな、よくわからない言葉で喋る事があるんだ」
そしてフェリオが小声でセナに話しかける。
「セナさん、あれ…腕のところ……」
そしてセナが、言われた腕に目をやる。
お婆さんの両手には……『咎の刻印』がはっきりと残っていた。
それを見て、セナとフェリオがゴクリと唾を飲み込む。
そしてセナが、ラハルに小声で問いかけた。
「失礼ですが、お婆さんは魔術師ですか?」
「いや、一般人だ。……腕の事か?」
セナが静かに頷く。
「ちょっと外で話そう。」
そう言って、ラハルはお婆さんに挨拶をして、アネッタ、セナ、フェリオの三人を連れて外へ出た。
そしてラハルが静かに口を開く。
「……ばあちゃんは、最後の『咎の国』の生き残りだよ」
そう言われ、アネッタとフェリオは「ああ…」と納得したようだったが、セナは理解をしていないようだった。
「咎の国…?……昔、授業で聞いたような…?」
「知らないか?──ああ、アンタ移民なのか」
「セナ、多分──クリスが詳しいわ。後で話を聞いてきたら?」
「わ、わかった」
アネッタにそう言われ、セナはいそいそと、通声石でクリスに連絡を取り始めた。
* * *
「クリスいますか?セナです」
「いらっしゃい、セナ。久しぶりだね。どうしてた?」
クリスが立ち上がり、お茶を入れはじめる。
あの後、クリスが時間があるとのことだったので、難民キャンプから研究所に戻った後、真っ直ぐクリスのオフィスに向かった。
「今ダミアンの事件の手伝いをしていて……正直大変です。」
セナが、クリスからお茶を受け取りながら、苦笑いをした。
「そうか。彼は陰惨な事件も扱うから…トラウマになったりしてないかい?」
「……まあ、最初は。」
セナがぎこちなくそう言うと、クリスが軽く笑った。
二人とも、静かにお茶を飲み一息ついた後、クリスがふっと目線を上げた。
「それで?今日は歴史を聞きに来たんだったかな?」
「実は『咎の国』の歴史について教えてほしいんです。私はあまり知識がなくて」
「なるほど。それなら僕の出番だね。腕がなるよ」
そう言ってクリスが棚の所に行き、一冊の本を手に取った。
「ではこれから、歴史の講義を始めよう。ノートは開いたかな?」
久しぶりに見るクリスの教育者としての振る舞いに、セナは昔を思い出し軽く笑った。
* * *
ここから先は、クリスから話を聞き、自分でノートにまとめたものだ。なるべく簡素に書いたつもりだが…
……はっきり言って、身の毛がよだつ話だった。
この世界ではなぜ『咎落ち』があるのか、
なぜ人に魔法で攻撃してはいけないのか、
この歴史をみればわかる───
『咎の国』の話は、記録に残っている中で、『魔法が人を壊した史上最悪の悲劇』と言われている。
元々その国は、魔工や魔法技術が発達している国だった。
国の政治は一般人が行なっていた、そして、少し腐敗の気配が漂っていた。
魔工開発都市に成長させるために、税が重く、役人に賄賂が蔓延し始めた。
国は少しずつ傾きはじめた。
しかし、そこである魔術師が立ち上がる。「自分が咎に落ちてでも、この国の民を救う」のだと。
そして革命が起き、魔術師が国の首相にとってかわった。
そこまではよかったが、前の首相の残党は、その魔術師である新首相を失脚させるため、攻撃を仕掛けた。
彼らは、魔法をもたない一般人だった。普通では魔術師に勝てない残党たちは、市民を人質にとった。
狙われた魔術師とその側近は、また国が荒れること、市民が傷つけられる事を恐れ──
──残党を全て殺害する。
魔術師が一般人を攻撃するのは、赤子の手を捻るようなものだ。
魔術師たちは、国を守るためなら、咎落ちすら厭わない覚悟を持っていた。
狂気に足を踏み入れてでも──政治は、仲間内の別の者に託すつもりだったのだ。
しかし、魔法を持たない残党を皆殺しにした事で、一般市民から懐疑的な目を向けられるようになった。
強大な魔法、それをいつ、市民につかわないと言える……?
また、革命に加わらなかった魔術師たちは、彼らの決断に異を唱えた。
“魔法を振るうべきではなかった”、“他に道はなかったのか”──
──そんな声が次第に膨れ上がっていった。
さらに運が悪かったのは、短期間では国の財政があまり良くならなかったことだ。
そこから、市民が政治に対して不満を持ちはじめ、小さな火種から、内戦が始まった。
ついには、魔術師弾圧や、魔工による兵器転用が開始する。
──咎に落ちることを厭わなければ、魔術師はそれに手を染めることは容易い。
セナは、続きを書こうとして、ペンを止めた。インクが滲む。
静かに息を整える。そして、ペンを動かし始めた。
──そして、決定的な事が起こってしまった。
一般人に怒ったある魔術師が、市民の図書館を焼いた。
同じ国民でも、敵になった瞬間、文化すら否定の対象になる。
焚書は最も静かで、最も残酷な暴力だ。
人を殺さなくても、“文化・記憶・尊厳”をまるごと殺す手段である。
「お前たちが世界に存在したことを消してやる。
今までも、そして未来永劫、お前たちの存在を許さない。」
この世に存在してはならない暴力である。
しかし、彼らはやった。それを、やってしまったのだ。
そして、相手からもやり返され、そのまま社会が地獄へと化した。
……国民の半分が咎落ちになったとき、異変が起こった。
秩序の精霊が、去った。「もうここに秩序はない」のだと。
咎落ちの制約がなくなったことで、不安になるものもいれば、喜ぶものもいた。
──魔術師同士が、制限なしで本気で戦うと、何が起きるか?
……相手の全てを巻き込んで、消し炭にする。それが一番簡単で手っ取り早いからだ。
……そして誰も、止まらなくなった。
歴史研究者の話だと、おおよそ1ヶ月で国が消し炭になったという。2週間と言う話もある。
現在、その国の場所は荒野だ。
後に残されたのは、大きなクレーターと、強力な呪詛に侵された大地、空間の歪みと魔力暴走……
他の都市に逃げた民には『咎の刻印』が現れたと言う。
そして、とうとう、生き残っている元の国民全てに『咎の刻印』が刻まれた。
彼らは、生きている間、ずっと印が消えなかったという。
彼らは、『咎の民』と呼ばれた。
──これが、『咎の国』の歴史である。
あのお婆さんは、そこから逃げてきた、現存する最後の『咎の国の民』だった。
彼女は、“逃げてきた”のではなく、“置いていかれた”のだ。
全てをあのクレーターがあった場所に置いていった。
そして、生きている間中、ずっと置いていかれる。
その罪は、2000年は許されない。いや、許される日が来るのかも分からない。
……そして今も、あのお婆さんは、あの国の言葉や言語を胸にしまって生きている。
* * *
「セナ、大丈夫かい?」
クリスが、心配そうにセナをみつめる。
「…概要は知ってたんですが、改めて聞くと……」
「無理しない方がいい。深呼吸して。新しいお茶でも淹れよう」
クリスは、なるべく残酷な詳細は省いて「咎の国」の話をしてくれたが、それでも精神的に……きつい。
そして、セナは、ため息と同時に、静かに言葉を漏らした。
「……やはり、咎落ちですらも『加護』なのですね」
「精霊にとってはね」
セナは深く呼吸するが、上手く意識できない。
藁の中に火が燻るように、怒りと絶望がにじんてくる。
お婆さんの両手に見えた、咎の刻印が、頭を掠めた。
ふと、セナの頭に疑問が浮かぶ。
「ところで、彼らの咎の刻印は、精神的な影響はないんですか?普通、徐々に精神に影響が出ますよね?」
「『咎の民』の場合は特殊なんだ。あれは、個人に対しての代償ではなく、社会に対しての代償だから」
「ん?どういう意味ですか?」
クリスが、本を見直しながら、こう言った。
「あの刻印は、社会が傾いた時に、何もしなかった代償、と言われている」
「そ、そんな…!」
セナが、それを聞いて狼狽する。
「精霊から見たら、そうなんだろう。」
クリスが、静かにセナを諭した。
咎の国の書籍はもうない。
そして、あのお婆さんは──言葉を忘れてるかもしれない。
正しく翻訳も出来ないかもしれない。
それでも、確かめに行かなければならない。
セナは精霊に祈るしか無かった。
──かつて、咎の刻印を与えた精霊に。
「役に立ちそうかな?」
「もちろん。有難うございます。……クリスが教える姿、久しぶりに見ました」
セナがふっと笑う。
それにつられ、クリスの頬もゆるむ。
「無理しないようにね。君は時々……限界まで追い込む事があるから」
クリスは、静かに目を伏せ、紅茶から漂う湯気を眺めた。
そして、セナに分からないように、ジャケットのポケットに入っている、懐中時計の膨らみを、指でスッと撫でる。
セナはクリスの長いまつ毛と、その奥に煌めくグレーがかったブルーの瞳を見つめた。
何かが、胸の奥で熱を帯びた。静かに、深呼吸をする。
そして、震える唇を、ゆっくりと開く。
「クリス、あの、よければ──」
セナがそう言った時、突然、
部屋の隅の壁付けランプがパチパチと明滅し、二人は思わずそちらを向いた。
「……どうやら、魔工部分がおかしいらしい。修理を呼ばないとね」
クリスが立ち上がり、ランプに近づきながら、そう言った。
「……それで、すまない。なんだったかな?」
「いえ──なんでもありません。それでは、失礼しますね!」
セナは一気に冷めた紅茶を飲み干したあと、スッと立ち上がり、部屋を出ていった。
一人、取り残されたクリスは、セナの足跡が遠ざかるのを確認し、静かに口を開く。
「……覗き見とは、ずいぶん趣味がいい……」
クリスは笑いもせず、冷たい瞳で、明滅したランプの方向にぼやいた。
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