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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第11話 咎の国

 ラハルは、セナ、アネッタ、フェリオの三人を、ある大きなテントの前へ連れて行った。

 テントの入口にはエスニックな飾りがかけられ、テントの入口の隙間から、不思議な香の香りが漂う。


 ラハルが真剣な顔で振り向く。


「頼みがある。いいか、ばあちゃんがどんな状態でも、普通にしててくれ」

「?は、はい」

 セナが不思議に思いながら承諾すると、ラハルが、テントの入口の布を手で押し、中に入った。


 テントの中は、暑い。むわっとしている。

 独特の甘い香の香りが、暑さを一段階上げているようにも感じた。


 テントには赤いエスニック調の絨毯が敷かれており、民族衣装を着た老婆がロッキングチェアに座り、静かにパイプをくゆらせていた。

 老婆の目は、宙を静かに眺めている。


 ラハルが老婆に、にこやかに近づく。

「よぉ、ばあちゃん。元気か?」

 老婆の虚ろな目が、ようやくこちらを向いた。

 そして、皺が目立つすぼまった唇が小さく開く。


「あんた、誰だい?」

「ラハルだよ。こっちは俺の客人」

「ああ……そうだったね。ラハル、(◠──∵、⟆≠⋮)?」

「ばあちゃん、何言ってるかわかんねぇよ」

「(≠◟)……ああ、もう、最近言葉が……」


 そんなやりとりを聞く。セナの表情に、思わず不安がにじみ出た。

 しかし、その表情を見たラハルは、セナに顔に出すなと目で合図する。


 アネッタが、小声でラハルに話しかける。

「あの、お婆ちゃんもしかして……」

「──最近は、意識がはっきりしてる時間が短くなってきててな……」

 ラハルの目が、寂しそうにお婆さんに向けられる。

「今の言葉は?」

 アネッタが、思わず質問した。

「最近は、共通語を忘れていっててな、よくわからない言葉で喋る事があるんだ」


 そしてフェリオが小声でセナに話しかける。

「セナさん、あれ…腕のところ……」

 そしてセナが、言われた腕に目をやる。


 お婆さんの両手には……『咎の刻印』がはっきりと残っていた。

 それを見て、セナとフェリオがゴクリと唾を飲み込む。


 そしてセナが、ラハルに小声で問いかけた。

「失礼ですが、お婆さんは魔術師ですか?」

「いや、一般人だ。……腕の事か?」

 セナが静かに頷く。


「ちょっと外で話そう。」

 そう言って、ラハルはお婆さんに挨拶をして、アネッタ、セナ、フェリオの三人を連れて外へ出た。

 そしてラハルが静かに口を開く。

「……ばあちゃんは、最後の『咎の国』の生き残りだよ」


 そう言われ、アネッタとフェリオは「ああ…」と納得したようだったが、セナは理解をしていないようだった。


「咎の国…?……昔、授業で聞いたような…?」

「知らないか?──ああ、アンタ移民なのか」

「セナ、多分──クリスが詳しいわ。後で話を聞いてきたら?」

「わ、わかった」


 アネッタにそう言われ、セナはいそいそと、通声石でクリスに連絡を取り始めた。


 * * *


「クリスいますか?セナです」

「いらっしゃい、セナ。久しぶりだね。どうしてた?」


 クリスが立ち上がり、お茶を入れはじめる。

 あの後、クリスが時間があるとのことだったので、難民キャンプから研究所に戻った後、真っ直ぐクリスのオフィスに向かった。



「今ダミアンの事件の手伝いをしていて……正直大変です。」

 セナが、クリスからお茶を受け取りながら、苦笑いをした。


「そうか。彼は陰惨な事件も扱うから…トラウマになったりしてないかい?」

「……まあ、最初は。」

 セナがぎこちなくそう言うと、クリスが軽く笑った。


 二人とも、静かにお茶を飲み一息ついた後、クリスがふっと目線を上げた。


「それで?今日は歴史を聞きに来たんだったかな?」

「実は『咎の国』の歴史について教えてほしいんです。私はあまり知識がなくて」

「なるほど。それなら僕の出番だね。腕がなるよ」


 そう言ってクリスが棚の所に行き、一冊の本を手に取った。


「ではこれから、歴史の講義を始めよう。ノートは開いたかな?」

 久しぶりに見るクリスの教育者としての振る舞いに、セナは昔を思い出し軽く笑った。


 * * *

 

 ここから先は、クリスから話を聞き、自分でノートにまとめたものだ。なるべく簡素に書いたつもりだが…

 ……はっきり言って、身の毛がよだつ話だった。


 この世界ではなぜ『咎落ち』があるのか、

 なぜ人に魔法で攻撃してはいけないのか、

 この歴史をみればわかる───



『咎の国』の話は、記録に残っている中で、『魔法が人を壊した史上最悪の悲劇』と言われている。


 元々その国は、魔工や魔法技術が発達している国だった。

 国の政治は一般人が行なっていた、そして、少し腐敗の気配が漂っていた。

 魔工開発都市に成長させるために、税が重く、役人に賄賂が蔓延し始めた。

 国は少しずつ傾きはじめた。



 しかし、そこである魔術師が立ち上がる。「自分が咎に落ちてでも、この国の民を救う」のだと。

 そして革命が起き、魔術師が国の首相にとってかわった。


 そこまではよかったが、前の首相の残党は、その魔術師である新首相を失脚させるため、攻撃を仕掛けた。

 彼らは、魔法をもたない一般人だった。普通では魔術師に勝てない残党たちは、市民を人質にとった。


 狙われた魔術師とその側近は、また国が荒れること、市民が傷つけられる事を恐れ──

 ──残党を全て殺害する。

 魔術師が一般人を攻撃するのは、赤子の手を捻るようなものだ。


 魔術師たちは、国を守るためなら、咎落ちすら厭わない覚悟を持っていた。

 狂気に足を踏み入れてでも──政治は、仲間内の別の者に託すつもりだったのだ。



 しかし、魔法を持たない残党を皆殺しにした事で、一般市民から懐疑的な目を向けられるようになった。

 強大な魔法、それをいつ、市民につかわないと言える……?


 また、革命に加わらなかった魔術師たちは、彼らの決断に異を唱えた。

“魔法を振るうべきではなかった”、“他に道はなかったのか”──

 ──そんな声が次第に膨れ上がっていった。



 さらに運が悪かったのは、短期間では国の財政があまり良くならなかったことだ。

 そこから、市民が政治に対して不満を持ちはじめ、小さな火種から、内戦が始まった。


 ついには、魔術師弾圧や、魔工による兵器転用が開始する。

 ──咎に落ちることを厭わなければ、魔術師はそれに手を染めることは容易い。



 セナは、続きを書こうとして、ペンを止めた。インクが滲む。

 静かに息を整える。そして、ペンを動かし始めた。



 ──そして、決定的な事が起こってしまった。


 一般人に怒ったある魔術師が、市民の図書館を焼いた。

 同じ国民でも、敵になった瞬間、文化すら否定の対象になる。



 焚書は最も静かで、最も残酷な暴力だ。

 人を殺さなくても、“文化・記憶・尊厳”をまるごと殺す手段である。



「お前たちが世界に存在したことを消してやる。

 今までも、そして未来永劫、お前たちの存在を許さない。」

 この世に存在してはならない暴力である。



 しかし、彼らはやった。それを、やってしまったのだ。

 そして、相手からもやり返され、そのまま社会が地獄へと化した。



 ……国民の半分が咎落ちになったとき、異変が起こった。

 秩序の精霊が、去った。「もうここに秩序はない」のだと。

 咎落ちの制約がなくなったことで、不安になるものもいれば、喜ぶものもいた。



 ──魔術師同士が、制限なしで本気で戦うと、何が起きるか?


 ……相手の全てを巻き込んで、消し炭にする。それが一番簡単で手っ取り早いからだ。




 ……そして誰も、止まらなくなった。

 歴史研究者の話だと、おおよそ1ヶ月で国が消し炭になったという。2週間と言う話もある。


 現在、その国の場所は荒野だ。

 後に残されたのは、大きなクレーターと、強力な呪詛に侵された大地、空間の歪みと魔力暴走……




 他の都市に逃げた民には『咎の刻印』が現れたと言う。

 そして、とうとう、生き残っている元の国民全てに『咎の刻印』が刻まれた。

 彼らは、生きている間、ずっと印が消えなかったという。

 彼らは、『咎の民』と呼ばれた。



 ──これが、『咎の国』の歴史である。




 あのお婆さんは、そこから逃げてきた、現存する最後の『咎の国の民』だった。

 彼女は、“逃げてきた”のではなく、“置いていかれた”のだ。

 全てをあのクレーターがあった場所に置いていった。


 そして、生きている間中、ずっと置いていかれる。


 その罪は、2000年は許されない。いや、許される日が来るのかも分からない。


 ……そして今も、あのお婆さんは、あの国の言葉や言語を胸にしまって生きている。



 * * *



「セナ、大丈夫かい?」


 クリスが、心配そうにセナをみつめる。


「…概要は知ってたんですが、改めて聞くと……」

「無理しない方がいい。深呼吸して。新しいお茶でも淹れよう」


 クリスは、なるべく残酷な詳細は省いて「咎の国」の話をしてくれたが、それでも精神的に……きつい。


 そして、セナは、ため息と同時に、静かに言葉を漏らした。

「……やはり、咎落ちですらも『加護』なのですね」

「精霊にとってはね」


 セナは深く呼吸するが、上手く意識できない。

 藁の中に火が燻るように、怒りと絶望がにじんてくる。


 お婆さんの両手に見えた、咎の刻印が、頭を掠めた。

 ふと、セナの頭に疑問が浮かぶ。


「ところで、彼らの咎の刻印は、精神的な影響はないんですか?普通、徐々に精神に影響が出ますよね?」

「『咎の民』の場合は特殊なんだ。あれは、個人に対しての代償ではなく、社会に対しての代償だから」

「ん?どういう意味ですか?」


 クリスが、本を見直しながら、こう言った。

「あの刻印は、社会が傾いた時に、何もしなかった代償、と言われている」


「そ、そんな…!」

 セナが、それを聞いて狼狽する。


「精霊から見たら、そうなんだろう。」

 クリスが、静かにセナを諭した。



 咎の国の書籍はもうない。

 そして、あのお婆さんは──言葉を忘れてるかもしれない。

 正しく翻訳も出来ないかもしれない。


 それでも、確かめに行かなければならない。


 セナは精霊に祈るしか無かった。

 ──かつて、咎の刻印を与えた精霊に。



「役に立ちそうかな?」

「もちろん。有難うございます。……クリスが教える姿、久しぶりに見ました」


 セナがふっと笑う。

 それにつられ、クリスの頬もゆるむ。


「無理しないようにね。君は時々……限界まで追い込む事があるから」


 クリスは、静かに目を伏せ、紅茶から漂う湯気を眺めた。

 そして、セナに分からないように、ジャケットのポケットに入っている、懐中時計の膨らみを、指でスッと撫でる。


 セナはクリスの長いまつ毛と、その奥に煌めくグレーがかったブルーの瞳を見つめた。

 何かが、胸の奥で熱を帯びた。静かに、深呼吸をする。

 そして、震える唇を、ゆっくりと開く。


「クリス、あの、よければ──」


 セナがそう言った時、突然、

 部屋の隅の壁付けランプがパチパチと明滅し、二人は思わずそちらを向いた。


「……どうやら、魔工部分がおかしいらしい。修理を呼ばないとね」

 クリスが立ち上がり、ランプに近づきながら、そう言った。


「……それで、すまない。なんだったかな?」

「いえ──なんでもありません。それでは、失礼しますね!」


 セナは一気に冷めた紅茶を飲み干したあと、スッと立ち上がり、部屋を出ていった。



 一人、取り残されたクリスは、セナの足跡が遠ざかるのを確認し、静かに口を開く。


「……覗き見とは、ずいぶん趣味がいい……」


 クリスは笑いもせず、冷たい瞳で、明滅したランプの方向にぼやいた。

いつも読んでいただきありがとうございます。


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