第10話 ピピちゃんと約束
「あ〜なるほど!ここか!」
ビョルンが魔工仕掛けのピピちゃん(うさぎのぬいぐるみ)を分解している。
難民キャンプで子供から直してほしいと預かったものだ。
ビョルンが片目に付けていた拡大鏡をはずし、机から頭を上げる。
そして、振り向いてセナに声をかけた
「セナ、治ったぞー」
別な作業をしていたセナがその声で振り返る。
そして、小走りでビョルンの机の方に近づいた。
「ありがとうビョルン!助かる!無茶な仕事お願いしてごめん」
「いいよ。魔工の基本は一緒だから。家でもこういうの、たまにやるし」
そして、ビョルンがピピちゃんを両手で掴み、高く上げる。
まるで子供を高い高いさせるかのようだった。
そして、ビョルンが満足そうな顔で、ピピちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。
「いや〜、ピピちゃん頑張ったな!」
それを見て、セナがふふっと笑いを漏らした。
ビョルンがピピちゃんをセナに渡す。
「色々まとめて治したから、前よりかなり長生きすると思う」
「えっ!すごいね?そこまでしてくれたの?」
「古い部品取り替えて、可動部を全部滑らかにして、稼働音も静かにした」
「……元より性能上げてない?」
「かもな?ドクタービョルンの担当患者だからな。ちゃんとしないと……じゃあ次は添い寝だ。」
「えっ?」
ビョルンが、忘れたのか?と呆れた顔をしながら、セナの方を見る。
「この子、夜一緒に寝てって言われてるんだろ?だったらやらないと」
「や、やらないよ!はずかしい!」
「……まあ、真面目な話、そのぬいぐるみ少し汚れてるから、少し綺麗にしてもいいかなとは思ったが」
ビョルンにそう言われ、セナがピピちゃんに目を向ける。
確かに、ピピちゃんは少し汚れていた。おそらく、子供が肌見放さず持ち歩いているのだろう。
特に、右手の部分が汚れていた。いつも子どもと、このふわふわの右手で手を繋いでいるのだろう。
「確かに……拭いてあげても良さそうだね」
「そういうわけで、綺麗に掃除がてら、今日は添い寝してやってくれ」
「……はぁ……じゃあ、一度家に持って帰って洗うよ」
「おう。ドクタービョルンの患者だからな。大事に扱ってくれ」
「はいはい」
セナがため息をついて、ぬいぐるみを優しく撫でると、ビョルンが面白そうにニヤリと笑った。
* * *
そんなセナとビョルンのやりとりを、少し離れた席でビビアナが見ていた。
その顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
(……いいな……セナさん……)
ビビアナは、物質解析の裏方作業のため、最近は、ビョルンとは別行動が多かった。
騎士団からの情報提供や解析結果などのやりとりのため、時折、訪問してくるフェリオとやり取りをするようになった。
今日も、フェリオが騎士団から資料を借りて持ってきてくれていた。
「ビビアナさん。これ、騎士団からの資料になります」
「……ありがとうございます。そこに置いておいてください」
「はい…あっ…わっわっ!」
フェリオが持ってきた資料の束を落としそうになるが、かろうじてバランスを保ち踏みとどまる。
フェリオが恥ずかしそうに照れて、書類を机の上に置いた。
(――この人。私の前だと、ずっと心拍数が速い。)
本人は隠してるつもりなのかもしれないが、明確に好意を向けられている。
好意を向けられる事はよくあるが、自分が気になる人の前でそれをやられると、複雑な気持ちになる。
とはいえ。無下にすることもできない。
「じゃあ、俺はこの資料を騎士団に返しに行きます。ではまたビビアナさん。マルコさんも、また」
「ああ。じゃあまたなフェリオ」
部屋の端で資料を読んでいたマルコが、フェリオに挨拶をする。
フェリオはドアを出る前、ビビアナの事を名残惜しそうにちらっと見た。
そして彼がドアを出ていくと、ビビアナが静かにため息をする。
マルコがそれを見て、手元の本をパタンと閉じ、ビビアナに近づいていった。
そして、小声でビビアナに話かける。
「……迷惑なら、はっきり言えばいいんじゃない?」
「……それが出来たら苦労はしませんよ」
「―――気になる人が他にいるのに?」
その一言で、ビビアナがサッと目を見開いてマルコに振り向く。
彼女の頬がほんのり紅潮し、唇は左右にキッと引き伸ばされていた。
「な、なんで……!」
「見ればわかるでしょ。俺たち解呪師は人間観察のプロだけど?」
「……」
ビビアナがそう言われ、ちらりとビョルンの方を見た。
ビョルンは、セナと楽しそうに会話をしている。
それを見て、ビビアナのふわふわの獣耳が、しゅんと横に倒れた。
「……そんなに気になるなら、押してみれば?」
そう言いながらマルコが、ビョルンの方に顎をやる。
「……もう何度も押したけど、無理だったから」
「へぇ……ビョルンさん、意外と顔で選ばないんだな」
「……それ、私のこと褒めてる?」
「一応、アンタが世間一般で美人な方だっていう認識はある」
「なのに、私に冷たくありません?」
「解呪師が現場で顔で判断してたら死ぬでしょ」
マルコが、両肩をすくめる。
「ま、仕事場で恋愛なんて、面倒なだけだと思うけどな」
それを聞いて、ビビアナがすかさず口を開いた。
「……嘘。鼓動がそう言ってなかった。あなた、年上が好きな癖に」
マルコがそう言われて一瞬、息が詰まる。
ビビアナの耳が、ピクピクと動き、彼女がこう続ける。
「すこし動揺しましたね」
マルコが怪訝そうに片眉を上げたが、すぐに理解した。
(ああ、……獣人の耳ね。そういえば秘匿資料に書いてあったかも)
そしてマルコが、観念したように呟いた。
「……確かに。俺は年上の相手の方が落ち着く」
「へぇ?知りませんでした」
「……嫌味かよ……」
ビビアナが、ほんのすこしだけ、楽しそうにニヤリと笑った。
* * *
「ピピちゃん!治った!ありがとう!」
「綺麗にもなっててよかったなぁ!いや、助かるよアンタ。」
「同僚に言っておきます。子供がとても喜んでたって」
セナは難民キャンプへ戻り、子供に『ピピちゃん』を返した。
族長のラハルが、子供が嬉しそうな様子をみて、顔をほころばせている。
そして子供が、セナを見上げて話しかけた。
「ピピちゃん、痛がってなかった?」
「ん?あー……痛くなかったと思うよ。ビョル…お医者さんが、『ピピちゃん頑張ったな』ってとても褒めてたよ」
「そっか!ピピちゃん、がんばったね!」
女の子は、ピピちゃんがまた動いたのを見て、大喜びして抱きしめて、そのまま走り去っていった。
それを見ていたラハルも、ほっと胸を撫で下ろす。
「あら、あの子、凄い喜んでたわね」
ちょうどそこに、アネッタとフェリオが合流した。
ラハルの家のとなりのお婆さんのボイラーを修理したのだ。
「おかえり。アネッタ。どうだった?」
「ボイラー直したわよ。フェリオがずっと外でお婆さんと立ち話してくれたおかげで、すぐに終わったわ」。
そう言われ、セナがフェリオの方に目をやると、彼の両手には、お菓子やらお茶を大量に持っていた。
「フェリオ、そのお菓子どうしたの?」
「い、いえ、これは……その……」
「お婆さん、フェリオに隙があれば、飴を食べる?干した果物は?お茶飲む?若いのに義足なんて苦労して……って可愛いがってたみたいでね」
アネッタがくすくすと笑ってフェリオを見る。
フェリオが、気まずそうに両手いっぱいのお菓子を見た。
何処の世界も、お婆ちゃんは若者におやつをくれるのかもしれない。
「あのばあさん、話長いからな。よく頑張ったな若造」
「はは……」
ラハルがにやりとフェリオに笑いかけると、フェリオが乾いた笑いを返した。
「……さて、諸君。」
ラハルが、突然咳払いをし、セナたちの方に向き直った。
「キャンプの物を直してもらって、感謝する。俺は、約束を果たそうと思う」
「!」
「……」
セナの体が、ピクリと反応する。アネッタの顔も表情が変わった。
フェリオも、空気が変わった事を敏感に感じ取った。
「まだ、共同水場の方が直ってませんがいいんですか?」
「いいんだ。いま、部品取り寄せてくれてんだろ?」
「ええ…まあ…」
ラハルが、煙草に火を付けて、静かに吸い込んだ。
「いや、実は、もう前から決めてたんだ」
そして、静かにタバコの煙を吐く。
そして、セナの目をまっすぐに見つめて、こういった。
「ばあちゃんに会わせるよ。ついてきてくれ。」
そう言って、ラハルはある方向へと歩き出した。
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