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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第9話 難民キャンプへ

 ジャンは解呪師の詰め所でアルノーからの連絡を受け取っていた。


「ジャン、東方人娼館の近くで連行した男がいたろ?その取り調べが終わった。」

「ああ、あいつか。それで、どうだった?」

「……予想した通りだよ。彼は犯人じゃない。金を積まれて、娼館の周りをうろついていただけだった。」

「なるほどな……。相手の顔は何か言ってたか?」

「わからないそうだ。変声器とマスク、金は定期的に手渡し。これじゃわからんな……」

「ちょっとまて。最初に出会ったときもその格好だったって事か?」

「そうだ。……彼はある魔法物質の依存症でね。それをチラつかされた事がきっかけらしい。その時も、マスクを付けてたそうだ。」

「……なるほどな……」


 通声器のむこうで、アルノーがため息を付く声が聞こえた。

 捜査は、振り出しに戻っただけだった。

 まだ犯人の姿が掴めないが、どうも、頭が回る奴ではあるようだ。


「ダミアンに伝えないとな……」

 誰もいない詰め所の中で、ジャンは、静かにため息を漏らした。



 * * *



 セナは、エシャニが魔法陣の文字を読み上げた後、ビョルンとダミアンにすぐに通声石で連絡した。

 そしてエシャニの難民キャンプにいるひいひいお婆ちゃんが、魔法陣の文字を読み解ける可能性があること、文字の解読のために、難民キャンプに行く必要があることを伝えた。


 ダミアンは静かにセナの話を聞き、ビョルンは驚きながら話を聞いていた。


「セナ、すげぇな!怪我の功名ってやつだな」

「でも…族長さんが、外部の人があまり好き時じゃないってエシャニが言ってたんだよね」

 それを聞いて、ダミアンが静かに通声石の向こうで話しだした。


「……噂は聞いている。そうだな……俺じゃない方が良いかもしれない。」

「難民の文化だと、身内以外の男性と同じ空間に長時間いちゃいけないんじゃなかったか?」

 ビョルンがそう言うと、ダミアンがしばし黙ったあと、こう呟いた。


「そうだ。俺やジャンは警戒されるかもしれん。かといって、ビョルンも歓迎というわけではない。……女性の方がいいだろうな」

「……ということは、私とアネッタかビビアナさん?」

「ああ。今回はアネッタに頼む。アネッタは対人関係の構築に慣れているからな」

 ダミアンが通声石の向こうで指示を出す。


「じゃあ、俺が伝えておくよ。今ちょうどアネッタのところに行くから」

「頼んだ。」

 そう言って、会話は終了した。



 * * *



 後日、アネッタとセナは、難民キャンプに向かっていた。

 付き添いで、フェリオも一緒だった。彼は騎士団だが身長が低く、威圧感が少ないため選ばれた。

 彼は若手だが戦闘経験はあり、そして右足が義足なので、相手に威圧的な先入観を与えずに済むだろう。とのことだった。


「ここが難民キャンプの区画です。」

 フェリオにつれられて、アネッタとセナが区画の門の前に立つ。

 門の前は、怖そうな顔の門番の女性が立っていた。


 門の奥は、仮設プレハブが等間隔で並んだ区画になっていた。

 区画の鉄柵の向こう側で、子供たちがボールで楽しそうに遊んでいる。



 アネッタがそれを見て、言葉を漏らす。

「キャンプって言う名称だけど……仮設プレハブの住宅街なのね」

「他の場所だと、団地みたいな所を難民キャンプにしてるって聞いた」


 セナが関心していると、フェリオが門番の女性へ話しかけて、中へ通る許可をもらっていた。

 話はもう通じているらしく、門番の女性が族長のところへと案内してくれることになった。


 門番の女性は、難民キャンプの案内をしながら、目的地へと歩き出す。

「キャンプっていうのは言葉の名残で、実際は仮設住宅の集合体なんです。中でお店をやってる人もいますよ」

「へぇ……ここの人たちは、どうやって生活してるんですか?」

「基本的には、働ける人は働いて、あとは配給と自助ですね。小さな国家のような感じです……あ、彼が族長です」


 門番の女性がある男性を見つけると、男性に手を上げて挨拶をする。


「ラハル、こちらが伝えていた研究所の方でセナさんとアネッタさん。そして付き添いの方フェリオさん。では後はよろしくお願いいたします」

「……この人たちが?」

 浅黒く、黒髪で短髪、白髪交じりの中肉中背の男性が、こちらを品定めするように見た。

 そして、そのヒゲが目立つ口元から、精悍な声が流れ出てきた。


「ラハルだ。ここの族長をやっている」

「俺は長いことここにいてな。周りの奴の世話を焼いてるうちに、皆を纏めてくれって偉い人に言われてな。そんで、族長やってんだ」


「あの、ここに居るひいひいおばあちゃんが、我々が解読に困ってる文字が読めるとエシャニという女の子から聞いて来たのですが」

「ああ、手紙見たよ。ばあちゃんにも文字を見せたら、読めると言ってた。」


「おれのばあちゃんは、祖国で学校行ってたんだ。でもそこでおしまい。戦争で本はすべで焼かれた。」

「ばあちゃんは確か……親か、祖母から読み方を教わったって言ったな」


「助かります。非常に重要なものなので、おばあさんとお話させて――」


 ラハルが、急に手を上げて、セナの発言を静止する。

 そして、一呼吸おいて、こう言った。

「して、あんたは俺たちに何をしてくれるんだ?」


 当然だ。

 絶滅した文字を教えてもらうのだから、それ相応の対価が必要だ。

 代わりの人物もいないと考えていいだろう。


「何が必要ですか?」

「金か、食料。あとタバコと酒。」


「それは駄目よ。」

 アネッタが、きっぱりと断った。

 セナもアネッタに続いた。

「食べ物なら、既に支給されてる。働く先も援助してくれているはずです」


 女性二人が強く相手に出ていた一方で、横にいたフェリオは、緊張した面持ちでやりとりを伺っている。


「支給品は最低限、働く先も援助してくれてるが、言葉や文化に適応するのに何年もかかる」

 ラハルは、ポケットに入っていた巻きたばこをとりだし、一本口に加え、火を付ける。

 そしてゆっく煙を吐き出した。


「その間は皆、金が無い。娯楽に飢えてんだよ」


「それでも、それは聞けない。何か他のものは……」

「――じゃあ、この話は無しだな、すまないが、帰ってくれ。」


 そう言うと同時にラハルは、吐き出したタバコの煙を、セナに吹きかける。

 セナは、タバコの煙を吹きかけられ咽せながら、なんとか食らいつくために、ある提案をした。



「……じゃあ、日常の困りごとを解決するよ。何か壊れたものとか、補修が必要なものはない?」


 その一言を聞いて、ラハルが目を少し見開いた。

 そして、すぐに表情を元に戻す。

「なるほどねぇ……じゃあ、ちょっといくつか直してくれよ。それが終わったらばあちゃんに会わせる」


 そう言って、ラハルはセナ達に後をついてくるように促した。

 フェリオは内心、どうなることかと思ったが、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 * * *


 セナとアネッタ、フェリオは共同の水場に到着した。

 大きく、いくつも蛇口がついた洗い場だ。


 何人かの人が水場を使っているが、全八つある蛇口のうち、二つは使えないようだった。


「共同水場の、お湯を作る器具の調子が悪くて困ってる」

 ラハルが、全体の蛇口を指を指した。


「そのうちの2つの蛇口は、突然水が止まったり、冷たくなったり、沸騰したお湯が出てきたりする始末だ」

「使えるが、正直怖くてな。それで今は止めてる」

「見せてください」

「私はボイラーを探すわ」


 セナが壊れているという蛇口の下に潜り込み、もぞもぞと調べ始めた。

 アネッタも、水道近くのボイラーを探しはじめる。


「セナさん、どうですか?」

 フェリオがセナが潜り込んだ場所に向かって、しゃがみ込みながら声をかけた。


「――水道の下は、魔鉱石の接触が悪いのと、部品が古くてかみ合わせが悪そう。交換すれば大丈夫だと思う」

 セナがもぞもぞと蛇口の下から出てきて、アネッタを探す。


「アネッタ、そっちは?」

「こっちは、魔鉱石の魔力が無いわね。魔力を入れれば大丈夫そう」


「直るのか?」

 ラハルが驚いた顔でセナの顔を見る

「直りますよ。今日は部品の確認をするので、直すのは明日以降になりますがいいですか?」

「あ、ああ……ずっと困ってたから、助かるよ。」

「他に直してほしいものはありますか?」

「そうだなぁ……」

「あら!ラハルさん!」


 その時、ラハルの後ろから、頭にショールを巻いた、老婆が声をかけてきた。

 老婆が腰を抑えながら、立っているので、ラハルは怪訝そうに眉をひそめた。


「隣のばあさんじゃねぇか。どうした?腰痛めたのか?」


「それがねぇ……今朝お風呂に入ったら、温度が全然上がらなくて……あたしゃびっくりして尻もちついちゃったんだよ。それでこのザマさ」


 老婆がいたた……と言いながら、腰をさする。


「最近、お風呂の調子わるくてね、でも、修理はそんな頻繁に頼めないだろ?だから、騙し騙し使ってるのだけど……」

「……いや、ばあさん、ちょうどよかった。おいアンタ、……アネッタだったか?ばあさんの風呂のボイラーを見てやってくれ」

「もちろん。おばあさん、案内してもらえますか?」

「あら!見てくれるのかい!?助かるよ」

「あ、僕も一応ついていきます!家の外で待機するので!」

 そう言って、アネッタとフェリオが老婆の家へと向かった。


「あのばあさん、独り身だから物が壊れたら直せねぇんだよ。ああやって時々怪我しててな」

「前にも風呂で腰をやってたから、心配だったんだよ」

 そう言って、ラハルがため息をついた。その瞳には、少しだけ安堵の温度が見えた。


 残されたセナは、ラハルの安心した顔を見て、少しだけ顔がほころんだ。


 * * *


「族長のおじさん!」

 突然どこからか、子供の声が聞こえた。

 セナが周りを見ると、ラハルの右足の服を掴んだ、小さな女の子が立っていた。

 彼女の手には、うさぎのぬいぐるみがあった。


「おお、どうした?」

 ラハルが、しゃがんで女の子に話しかける。


「ピピちゃん、いつ治してくれる?」

「あー……しまった……アンタ、セナって言ったか?魔工仕掛けのぬいぐるみは直せるか?」

 ラハルが、セナに向かって声をかけた。


「ええ。同僚が魔工師なので……」

「よし!……ピピちゃんは、あの人が治してくれるぞ」

 ラハルが子供にそう言うと、子供が疑い深くセナの方を見る。


「こんにちは。そのぬいぐるみがピピちゃん?」

 セナが屈み、不安そうな子供に話しかけた。


「おばちゃん。ピピちゃんおせる?」

「おばっ……?!……うん、見せて」


 おばちゃんという単語を胸にしまい、セナが子供から『ピピちゃん』と呼ばれたぬいぐるみをうけとる。

 ぬいぐるみは、完全に止まっていた。中を分解しないといけないだろう。


「これは、ビョルンの担当かなー。ちょっと預かってもいいかな?」

「ピピちゃん入院するの?エシャニみたいに?」

「まあ……そうだね多分、2日か3日だよ。いいかな?お医者さんに見せないといけないからね」

「うーん……わかった!やさしくしてあげて、夜は一緒にねてあげてね!」

 子供は『ピピちゃん』をやさしく撫でると、自宅があるであろう方向へ去っていった。


 ラハルはセナの手の中にあるぬいぐるみを見て、言葉を漏らす。

「助かるよ。あの子な、ぬいぐるみが壊れてから、ふとした時に泣き叫んで仕方がないんだ」

 ラハルは、静かにセナに感謝した。


 * * *


「あ!セナ!」

 セナは名前を呼ばれて振り向くとそこには10歳くらいの女の子がいた。

 ゆるくウェーブのかかった栗色の髪が肩までかかり、浅黒い肌、ブラウンの瞳の女の子――

 ――一緒に入院していた、エシャニだった。

 腕はすっかり治り、健康そうだ。


「エシャニ!腕、大丈夫そうだね」

「うん!治った!」

 エシャニの手には、ノートと薄い参考書があった。

「これから何処か行くの?」

「うん、大人の人がちょっとだけ勉強教えてくれるの」

「へぇ……この場所で勉強してるの?」

「学校にはもう行かなくていいって言われたから……あ!時間だから行くね!ばいばい!」


 エシャニはそう言って、急いで住宅街の向こうへ消えていった。

 セナは、エシャニのある言葉が引っかかり、思わずラハルに問いかけた。


「あの……エシャニを、学校にいかせないの?」

 それを聞いたラハルが、渋い顔をする。

 そしてポケットから、また新しくタバコを取り出し、火をつけた。


「……エシャニは一度、現地の学校に行かせたんだが、問題行動が多くてな。馴染めなかった」

「学力も追いつかなくてな。語学は良いんだが、他がな。ここにはあまり本もないし……」

「図書館は?」

「遠いんだよ。住民票が無い奴もいて、本を借りられない。だから、いちいち現地に行くしかない。」

「そもそも、周りに図書館に行く大人がいないしな。働くのに忙しすぎる。大人がやらないなら、子供もやらない。」

 ラハルが、そう言い終わりタバコを吸う。


「……エシャニも、特に椅子に座って勉強が好きっていう感じでもなさそうだしな。」


 その話を聞き、セナは考えていた。

 それはちがう。おそらく、エシャニは賢い。


 彼女は入院中もセナの本を読んでいた。

 最初は人の本が興味があるだけだと思ったが、

 よく考えると、あの本は魔術系の辞書だ。


 普通の子供が、何度も手にとって眺めるものだろうか?


 予想だが、彼女は『文字』と『知識』に飢えている。


「そうか……」

 セナは、静かに返事をした。


「セナさん!ラハルさん只今戻りました!」

 声の方を振り向くと、アネッタとフェリオが戻ってきていた。


「アネッタ、どうだった?」

「おばあさんの家のボイラーは部品にガタが来てたみたい。メモしてきたわ。一度、研究所へ戻って、部品の調達をしましょう」

「……あの、セナさん、そのぬいぐるみは?」

 フェリオが、セナの手の中にあるうさぎのぬいぐるみを、まじまじと見る。


「ああ、これ?『ピピちゃん』っていうんだって。魔工じかけのぬいぐるみ。ビョルンの所に入院予定」

「なるほど。こういうのも直せるんですね」

「本来はやらないけど……ま、ビョルンなら出来るよ」


 セナはそう言って、大切そうにぬいぐるみを両手で抱いた。

 よしよし。と、子供をあやすように、静かにぬいぐるみをゆさぶる。


「ではラハルさん、私たちは一度戻りますので。また明日来ます」

「あ…ああ。解った。」

「……あの、約束、忘れないでください」

「――それは大丈夫だ。俺は約束は守る。」


 ラハルのその言葉を聞き、セナは安堵の表情をした。

 そして、3人は門に向かって歩き始めた。



 ――ラハルは去ったセナ達の背中を見ながら、タバコの煙を吐き出し、ぽそりと言葉をこぼした。


「あんたの好きそうな連中が来たよ。ばあちゃん」


いつも読んでいただきありがとうございます。


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