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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第7話 咎をなぞる手

※この話には襲撃シーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。

 セナの視界は霞んでいた。必死に意識を手放さまいと顔を歪ませる。

 倒れているせいか、湿った裏路地の土の匂いが、セナの顔にまとわりついた。

 黒いマスクの人物はセナの近くにかがむ。


 セナは麻痺した頭を、無理やり動かそうとした。


 その人物はセナを押さえつけるでもなく、確かめるように、手が一瞬だけ身体に触れた。

 セナは異様さを感じ、逃げようと身体をよじるが、殆ど力が入らなかった。

 そしてナイフの刃先が、セナの『左脇腹』の服を切り裂き始めた。


「やだッ……やめ……!」

 セナが恐怖でビクリと跳ねる。その人物がセナの口を手のひらで押さえつけた。

 声が出せない。口から手が退けられない。

 手を退けようとするが、身体の痺れもあり、力に差があった。


 セナは右手で、自身の腰に隠していた、筒状の魔工具に触る。

 それをサッと取り出し、勢いよく犯人の顔に向けた。


 そして───

 マスクの目の前で、光り輝く閃光とパンッ!という大きな音が放たれた。


「うっっ!!!」

 呻くような声が、マスクの下から漏れた。

 眩しさと音で、思わず両手で顔を隠している。


 セナは渾身の力で起き上がり、必死で逃げた。


 まだ痺れがあり左右によろけながら、壁に手を伝い、急いで走る。


『だ、だれか……だれか……!』

 セナは必死で声を出そうとしたが、痺れと恐怖で声が出せない。

 そして、セナ自身は気づいていなかったが、セナは母語の東方言語で助けを呼んでいた。


 その言葉は、誰も理解する事は無かった。



 そして、よろけながら曲がり角を曲がる。少し向こうに、路地の出口、飲み屋の繁華街が見えた。

 助かる!セナが安堵して一歩を踏み出したとき、服の裾を力強く、ぐいと後ろに引かれた。


 肩に指が食い込む。

 肩越しに振り向くと、マスクの人物が、必死にセナを捕まえようとしていた。

 そして、背後から伸びた手は服の『左脇腹』部分に掴み掛かり、執拗にその部分の服を裂こうとしている。

 力で引っ張られ、ビリッと服が裂ける音が聞こえる。


『わああああ!』


 セナは思わず、恐怖で言葉にならない声を上げた。

 その声が意外と大きかったのか、または、すでに路地の出口が見えているのもあったのだろう。

 黒いマスクの人物は、パッとセナから手を離した。


 そして、セナは、今だとばかりに急いで路地の出口へ走った。

 大通りに逃げ込もうと、勢いよく地面を蹴る。


 もう少し、もう少し!はやく!!

 セナは、出口付近の、光り輝くネオンの看板に向かって、もつれる足で突進した。


 しかし、足元を全く見ていなかったせいで、セナは出口手前の段数の少ない階段で、勢いよく踏み外した。


 着地の際、足首がぐにゃりと曲がった。

 同時に、ゴキャ、さらにボキっという骨の鈍い音が足首から体内、そして喉を通り、鼓膜に直接響いた。


 セナは地面に勢いよくのめり込み、あわてて立ちあがろうとするが、力が入らない。

 痛みはまだないが、これから痛むであろうことは容易にわかった。


 まずい。これは、まずい。

 両足首が動かなくなり、立ち上がることが不可能になった。


 しかし、体の上半身は既に大通りに出ていた。ある程度の人通りがある。

 セナは、這いつくばって路地から抜け出した。

 身体が泥だらけだが、気にしてられない。


 黒いマスクの人物は、先程手を離した場所に立っていたが、そのまま路地を引きかえし、暗闇に消えていった。


 危機が去りホッとしたとき、急に両足首が痛みだした。

 痛みで全く動かない。体重がかけられない。



 心の中の焦りが大きくなる。歩けない。どうしよう

 またアイツが来たらどうしよう。逃げなきゃ


 目の前の冷たい土が、セナの手の温度を吸いとってゆく。


 ──夜風が冷たい。

 寒い……痛い……怖い……

 ……誰か……


 そう思っても……誰も来ない。

 冷たい風だけが、静かに暗闇を通り過ぎる。



 ──その時。



「貴様、ここで何をしている」


 その声は、思いもよらぬ方向から響いた。


 セナは地面にへばりつきながら、声がする方に目をやる。

 長い足がそこにあった。細身の身体に黒い解呪師のコート、薄い無精髭に鋭い目つき、少し長い黒髪をハーフアップにまとめた男が立っていた。


「……ダミ…アン……?」


 セナが、それがダミアンだと分かるまでに、しばらく時間がかかった。

 目を丸くし、半ば放心状態になっている。


 その呆けた顔を見て、ダミアンが声をかけた。

「酔っ払っているのか?」

「……そんなんじゃ……無い…」


 セナは、急に安心して、目頭が熱くなった。

 こいつの前では泣くまいと、強く意識をしたが、目に熱がこもってきた。

 視界が潤んで歪んできたが、ダミアンに悟られまいと必死で眉間に皺を寄せる。

 唇も、強く噛んでいた。


「!」

 ダミアンが、セナの服に乱れと破れがあることに気付いた。

 その途端、ダミアンの表情がサッと変わる。


 すぐにセナの近くに膝をつき、破れた服を確認する。

 セナがビクリと動いた。ダミアンの目線が一瞬セナの顔に向いたが、すぐに破れた部分に戻した。

 それ以上、服に触らないように、出血が無いことを確認する。


 そして、すぐにセナに聞く。

「貴様、怪我はあるか?痛みは?」


 そう言いながら、ダミアンが着ていた上着を脱ぎ、

 セナの破れた服を隠すように被せた。


「……まず両足首をみて。捻った」



 セナは、痛みのあまりだんだん余裕が無くなってきた。

 ダミアンがそれを察し、両足首を診た。熱を持って腫れてきている。



「……力は入るか?」

「入らない。ボキって嫌な音した」


 セナが、喋るのがつらそうに、息を深く吸い込む。



「……治癒院まで運ぶ。おい、そこの馬車。けが人だ」

「ごめん……こんな夜に……」


「……」


 ダミアンが無言でセナを抱きかかえる。

 抱き上げたセナは、体が冷たく、小刻みに震えていた。

 その体の震えと体温が、自分の腕の中に伝わる。


 抱き上げた瞬間の身体の震えが、しばらく胸元に残っていた。

 ……そして、セナに残った、鈍い呪詛の残滓も。


 腕の中から、かすかに息の震えが聞こえた。

 ダミアンは、聞かなかった事にした。

 無意識に腕の力がほんのわずかに強まっていた。


 そしてダミアンはセナを馬車に乗せ、治癒院まで連れていくことになった。


 ダミアンの上着の下で、セナは左脇腹に鈍い熱を感じていた。



 * * *

 


 緊急患者として運ばれたセナは、一日だけ一人部屋に移された。

 簡素な部屋に、治癒師が一人、セナが寝ているベッドの横に立っていた。


「両足首の骨折。右はヒビだけど、左は綺麗に折れてる。治療で希望はある?」

 治癒師がツラツラと病状をつたえる。


「新型治癒魔法だと、どのくらいで治りますか?」


 セナはベッドの上で唸りながら聞く。

「いまうちで出来るものだと、一週間と少しで治るよ」


 治癒師が答える。今はとにかく、時間が惜しい。

 そして、動けないことが、恐ろしい。


「新型治癒魔法がいいです。」

「わかった。明日の午前に処置をします。」


 治癒師はカルテに何かを書き込み、いそいそと出ていった。


 * * *

 

「入るぞ」


 ダミアンが、治癒師と入れ替わりで入ってきた。


「あれ?ダミアン、検査待っててくれたの?……あの、ありがとう」

「礼はいい。貴様に聞きたい事がある」

「……」


 セナの背中に、緊張が走った。


「誰に襲われた?」

「……わからない。男性だと思うけど、マスクを付けてたし……」


 ダミアンが短く息を吐く。

「……心当たりはあるか?」


 ダミアンの声に、ほんの一瞬迷いがあった気がした。


 セナは、心当たりについて、言おうか言うまいか、少し考えた。

 勇気が出ない……喉の奥が乾き、震える。


(嘘をつける相手じゃない。でも、真実を話したら───もう前と同じには戻れない)


 しかし、今日襲われて、確信した。あいつはまた別な人間でやる。



「……ある」



 声が、震えた。

 抑えきれずに、深く息を吸った。


「あいつは──あの咎落ちを狙った、連続襲撃犯だと思う」

 セナは意を決したように呟いた。



「……医療記録を見た。」

 ダミアンの目線が、一瞬だけセナの左脇腹へとずれた。

 その声には、咎める色も、詮索する気配もなかった。ただ、静かに事実を受け止めようとしていた。


「……やっぱり見られたんだ」

 セナは、心に酷く冷たい、重い石が乗ったような気持ちになった。

「 犯人は咎の刻印を見ようと、執拗に狙ってたからね」


 セナが、観念したように呟く。

「そうだよ。理由は話したくない」



 ダミアンが、それを聞いて、静かに答える。


「話す必要はない。貴様の咎の印は、もう殆ど薄い」

「──贖罪の旅は、終わりかけている」


 セナは胸の奥で、何かが、静かにほどけるのを感じた。

 窓から月明かりが差し込み、ダミアンの影を床に落としていた。


 少しの間、ダミアンとセナは黙ったままだった。



「……そこまで咎の刻印が薄くなった状態を見たのは、初めてかもしれない」

 ダミアンは、何かを込めて言ったのかもしれないが、セナはそれが何かわからなかった。

 けれど、そこに宿った温度だけは、たしかに感じた。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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