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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第6話 静かな暴力

「こちら、騎士団のアルノーだ。例の男を発見した。これから取り調べをする。」

「早ぇな」

 ジャンが、通声石の向こう側にいるアルノーに返事をする。


 娼館の女、サリュが話していた『怪しい男』の情報は、すぐ騎士団に共有された。

 そして──その男を見つけた。

 アルノーからの連絡はその報告であった。


「まぁな。こっちも拍子抜けだ。抵抗もなし」

「そりゃ本当か?一体どうなってんだ?」


 連絡を受けたジャンは、あっさりと見つかった事に驚きを隠せない。


 アルノーが、通声石の向こうで、ため息をつく声が聞こえた。

「とにかく、これから尋問だ。なにか分かったらまた連絡するよ」

「ああ、たのむ」

 そう言って、アルノーは通話を切った。


「俺達、出番なかったですね。解決しそうで良かった」

 椅子に座ったまま会話を聞いていた、フェリオが笑う。

 フェリオは内心、容疑者を捕まえたとの連絡を受けて、胸を撫で下ろしていた。

 そして、無意識に右足の義足の接合部をさする。



「──だといいけどな」

 その隣で机に座っているマルコも、静かに言った。

 マルコはちらりとフェリオの義足を擦る手を見て、視線を手元の書類に戻す。

 そのまま、小さくため息をついた。


 この事件について、まだ解ってない事が多い。


 呪文が読めず、どんな処理をしているのか分からない魔法陣。

 争った形跡の無い被害者。

 魔工具の破片。

 怪しい男。

 咎落ち……どうにも、腑に落ちない。


 ──内心、嫌な予感がしていた。

 あんな凶悪な呪詛の犯人が、ここですぐに捕まるものなのか?


 そのマルコの違和感は、的中することとなる。



 * * *



 間接照明で照らされた、薄暗い部屋。大きな窓から景色が見える。

 地上の建物の間からオレンジ色のグラデーションが空に昇り、紺色の空へ色を描いていた。

 外はこれから、夜の帳が降りるのだと告げている。


 コチコチと鳴る時計の針の音が、部屋の中でやけに大きく響いた。

 誰にも見られていない時計の秒針が、僅かに遅れて跳ねる。


 薄暗い部屋の中で、大きな机のスタンドライトだけが、ぼっかりと明るく光が浮かんでいる。

 その机で、クリスは分厚い書籍を指で追い続けていた。

 最近は仕事の合間に、新聞や、新しい論文ばかりを読んで過ごす日々だった。


 クリスは新聞の文字を追い掛ける。


 ……だめだ。まだ出ていない。

 クリスは新聞を畳み、机の脇へ押しやった。

 そして、ため息をゆっくりと吐いた。


 最近、よく眠れていない。疲れが溜まっている。

 先程入れたハーブティーから、ゆっくりと湯気が立っていた。

 これは効果的なブレンドがしてある茶葉で、個人で飲むことが多い。


 クリスはハーブティーを少しだけ口に含む。

 ゆるく薫る茶葉が、大学勤務の時に、教え子にも時々淹れていた事を思い出させた。


 そしてゆっくり背伸びをして、静かに目を瞑る。

 その時、細い艷やかな黒髪が一瞬、まぶたの内側を掠めたが、見ないふりをした。


 クリスがアッシュブロンドの髪をかきあげる。

 ぱらぱらと落ちる髪が、柔らかくスタンドライトに煌めいた。


 静かに、脇にやった資料達の山を見つめる。

 紙の束の縁や、箔押しの背表紙が光を照り返していた。


 まだどこにもないのか……それとも──

 クリスの瞳が、夜の泉のように深く、闇に沈んでいた。


 パチッ

 その時、デスクランプが、一瞬だけ明滅した。


 ハッとしたクリスは、深くため息をして、顔の力を抜く。


「ああ……そうだね。わかってる。わかってるよ」

 誰にでもなく、ため息と一緒にこぼれた。


 クリスのグレーがかった碧眼が、机の上のスタンドライトにきらめく。

 そしてまた、文字に目を落とす──



 ……静寂が部屋を包み込む。


 部屋の隅のライトから、パチンッという音が響いた。

 オレンジの明かりが、じわりと揺らぐ。空気が、少しだけ冷えたような気がした。



 * * *



 一方、別な路地。


「遅くなっちゃったな」

 セナが図書館を抜けると、秋の風が頬を撫でた。

 日が落ちるのも早くなってきたようだった。


 鞄の中の資料が重い。斜めがけのバッグのベルトが、肩に深く食い込んだ。

 ベルトを握りしめると、冷えた風が当たって、手が冷たくなった。


 図書館で、事故現場にあった魔法陣の文字に関して調べたが、進捗としては

『何処の文字かわからないという事が解った』であった。

 やはり、暗号の類なのかもしれない。


 いずれにせよ、ビョルンやアネッタ、ビビアナとまた進め方を相談した方が良いように感じた。


 そういえば、アネッタとビョルンに、娼館でダミアンと人命救助をした話をしたら、とても驚かれた。

 それを聞いたビョルンが、戸惑いながらも「よくやったよ」と、肩を叩いて励ましてくれた。

 セナ自身、まだショックを引きずっていたので、この励ましは胸の奥を温めてくれた。


 同僚の優しさを思い出し、セナは少しだけ胸が軽くなっていた。


 夕暮れ時の裏路地、建物の間から見える細長い空は、オレンジと紫色に染まっている。

 周りの影は、これからやってくる夜のように沈んでいた。

 遠くで、夕方の鐘の音が聞こえている。


 セナは心細くなり、早足で裏路地を抜けようとしていた。


(嫌だな、早く路地抜けたい……)


 セナは、少しだけ道に迷っていた。

 いつもは裏路地をなるべく避けている。

 しかし、今日に限って、大通りが土木工事をしており、迂回路の裏路地を通ることになった。


 気づくと、セナの背後から、足音が聞こえている。

 迷っていたため、周りの気配に気がついていなかった。


(後ろに誰かいる……)

 いや、考えすぎかもしれない。そもそも、道の工事で迂回する人はいるはずだ。

 同じ道を歩いているだけだろう。


 セナは気にしないように、ほんの少しだけ歩く速度を早めた。

 そして、道に迷いながらも、前に進む。方向は把握出来てる。大丈夫。


 ……しかしどうも、様子おかしい。

 セナが止まると───後ろの足音も止まる。


(まずい、尾けられてるかも……)


 セナの背筋に緊張が走る。

 冷たい空気が、喉を冷やした。


(いや、落ち着け。まだ違うかも)

 セナは殆ど自分に言い聞かせるように、カバンを肩にかけ直した。

 しかし、指先が震えて、ベルトのねじれが上手く直せない。


 セナは、段々と歩くスピードを上げる。殆ど走っているため、息が上がってきた。

 しかし、背後の足音もスピードを上げてくる。


 薄暗闇の中で、靴底が石畳を叩く音が、壁に反響している。


 夕方の路地は暗く、足元がよく見えない。明かりは持っていない。

 これで走るのは、危険に思えた。

 時々、路地に落ちている色々な物に躓きそうになった。


 その間にも、後ろから足音が近づいてくる。隠す様子は、もう無いらしい。


 セナは息を切らしながら、肩越しに後ろを振り向いた。

 石壁の曲がり角から、弱く明かりが見える。フードを被った黒い人影だ。

 セナの心臓がドクンと跳ねた。


 セナは恐怖と緊張で、足がもつれがちになったが、なんとか走ろうとした。

 後ろの足音が、走ってくる音が聞こえる。まずい。すぐ後ろにいる。


 叫ぼうとするが、緊張と恐怖で声がつっかえて出ない。

 セナは代わりに、後ろを振り向いた。


 そして、その暗闇の中から、白い手が伸び──セナの肩に指を食い込ませた。

 セナが叫ぼうとしたその時、


 バチンッッ!!!!


 閃光が走ったその瞬間、世界が急に静かになった。

 痛みと痺れで急に力が入らなくなり、セナは膝から崩れ落ちた。


 何だ?!何をされた?

 腹部が痛い……

 息ができない……


 痛みが波のように押し寄せ、セナの視界が歪んだ。

 身体も、痺れて動かせない。

 目の端で、遠くの路地の明かりが揺れる。

 セナは、意識を手放さまいと、必死に目の前の人物に集中しようとした。


 フードを被った人物の顔が見えた。黒いマスクを被っていた。

 マスクの下からゼェーゼェーという荒い呼吸音が、石壁に反響していた。

 呼吸を整えようとしてるのか、その音がかえって不気味に聞こえた。


 そしてその手には、小型のナイフが握られている。

 路地の影の中で、三日月のようにギラリと光が走った。


いつも読んでいただきありがとうございます。


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