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第4話 今後の計画とクリス先生

調査結果をメモした後、グレースさんに礼を言い、三人で研究所に戻ることにした。


研究所に到着し、早速クラウスの机に向かう。それは広いオフィスの隅にあるガラス張りの部屋の中にあり、眉間にシワを寄せたクラウスが、立ったまま書類と向き合っていた。その机は本来、椅子があるべきところに椅子がなかった。忙しすぎて座る暇が無いのだ。


クラウスが三人から調査結果を受け、少し考えるように質問を投げかける。

「なるほど。報告ご苦労。今後はどのようにすすめる?」


アネッタがメモを見ながら答える。

「一度、十分の一スケールの魔法陣を作って、古代精霊語と新精霊語の魔法陣でどれだけ魔力消費の差が出るのか調べたいと思います。現行の魔法陣の設計図は貰ってますので」

「私は、古代精霊語と新精霊語の翻訳者リストが必要なので、それを探します」

セナが答える。


「うむ。いいだろう。ビョルンはどうする?」


「トランジスターをいくつか作る必要があるかもしれません。となると……材料を採掘しに行かなきゃいけないですね」

「街で買えないの?」

セナが質問した。この街は比較的大きい街で、仕事道具で絶対に手に入らないものがある。……ということは、ほとんどない。


「いや、正確には買うんだが、研究所が使っている鉱石を売っているやつが偏屈なじいさんでな。採掘現場にじいさんと一緒に行って、一緒に掘って、そこで買うんだよ。品質はいいんだが」

ビョルンが「あそこ、遠いんだよな……」と面倒そうに呟く。


「そうか。研究所の備蓄も切れそうになってるから、ちょうどいい。ビョルン、在庫を確認して買い足してきてくれ。移動は転移装置を使うといい」

「たすかります」


「今回の仕事で、現時点で何か懸念事項はあるか?」

それを聞き、セナが少し不安そうに口を開く。


「今回、古代精霊語から新精霊語に変更したいとは思っているのですが、古代精霊語から変えたくない。と言われないかは少し懸念があります。教会の方々から、そういった発言などはありましたか?」

クラウスは、少し考え込んでから、セナの質問の意図を理解し、返答した。


「ない……とは言えないかもしれないな」

「今回の案件は教会の改革派という派閥が案件を出したとの事だ。担当神官は保守派の人間らしい。年配の神官たちが“言語を変えたくない”と言い出す可能性はあるだろうな」


古代精霊語が悪いわけではないが、省エネ性能はやや劣る。共通語に近い新精霊語へ変更することで、エネルギー効率は大きくなる。

ただし、文法や発音を変えるため、神官たちの負担は大きい。とくに現在の担当者は60代……学び直してくれることを祈るしかない。


セナは小さく笑って、わざとらしく肩をすくめた。

「はい、よーくわかりました」

頓挫や中断の可能性はあるらしい。


3人はオフィスを出て、それぞれの仕事に取り掛かった。

ビョルンは倉庫へ在庫確認へ行き、アネッタは自分のデスクに向かった。アネッタは早速プロトタイプを作るらしい。


私は……資料室へ行き、翻訳者のリストを探さなければならない。

……うまく仕事が進めばいいが。

資料室へ向かう廊下の途中、セナはまた考えにふけった。


 * * *


頭をうんうんと唸らせながら廊下を歩いていると、背後から声が聞こえた。


「……もしかして、セナかい?」


セナは聞き覚えのある声だと思い、振り返ると、見知った顔があった。

そこには、柔らかく輝くアッシュブロンドの髪を緩く風になびかせた、紳士的な印象を持つ青年が立っていた。鮮やかなブルーのマントが瞳のグレーがかった碧眼と見事にマッチしている。


「クリス先生!お久しぶりですね!」

「やあセナ。久しぶりだね」

クリスは、碧眼が見えなくなるくらい微笑んだ。


「あと、僕はもう君の先生じゃないから、クリスでいいよ」

クリスは整った顔をやわらかく崩した。彼は、私が大学の聴講生をしていた時の講義の先生だった。私が大学にいた頃、クリスは最年少の助教授だった。年齢は、後から聞いたがどうも同じ年らしい。


現在は、同じ研究所で働いている。歴史的最年少の部署チーフ研究員。私の上司のクラウスより、一つ上の職だ。専門は遺跡や発掘された物などの解析を行っている。色々な場所へ出張に行くので、研究所にいることは少ない。


「またうっかりつけちゃいました……すみません」

「先生と慕ってくれるのは嬉しいけどね。さて、セナ、どうしてた?」

クリスが、肩をポンっと叩き、一緒に廊下を歩きはじめた。


大精霊祭の魔法陣を作りなおすという話をすると、クリスが嬉しそうな顔をする。

「へぇ。それはすごいね!僕も大精霊祭の魔法陣は気になってたんだよね!」

うらやましい!興味がある!などと楽しそうに感情をこめて反応してくれている。それは当然だ。私とは真逆で、古い魔法陣に造詣が深いのだから。


「大変ですが、やりがいはありますよ。クリスから見ると、古い魔法陣をしっかり調査せず、新しい物に変えようとしているので、怒るかもしれないとちょっと心配してました」

「そんなことはないよ!もちろん古の方法に興味があるけど、現在の人々が困っているなら、やはり変えたほうがいいと僕は思うよ。変化は進化に必要なことだからね」


まるで10代の生徒に講義するように、意見を否定せず引き出してくれている。クリスはこういう事が本当に上手い。聴講生の時にも思ったが、クリスは大学でも非常に人気が高い助教授だった。

端正な顔、若き天才、温和とくれば、女学生も同僚たちも放っておかないだろう。


「話は変わるけど、セナ、本当にこの国の言葉を話すのが上手くなったね。驚いたよ」

「そうですかね?だといいんですが。毎日間違えますよ」

「本当だよ。素晴らしい」

「ありがとう。がんばります」


セナは耳を赤くした。

移民としてこの国で働く彼女にとって、言語の壁はずっと悩みの種だった。

最初は、本当に涙を流しながら勉強していたものだ。

「でも、他の人よりは成長が遅いですよ。みんなに置いていかれています」


「成長は、人それぞれだからね。やめない事が重要だよ」

クリスは外国語も驚くほど早く習得する。

おおよそ1年か2年程度で研究資料を読めるくらいにはなるらしい。

私は、5年、8年とかけてようやくここまで来た。


……最近気づいたことがある。

人と比べない、卑屈にならない。

これらは、語学の上達の速さにも関わっている気がする。


ただ、努力が常に報われるとは限らない。

わかっていても、足を止めることはできなかった。


そう思った時、なぜか、クリスの笑顔が目に焼き付いて離れなかった。

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