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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。群像×魔法犯罪×サスペンス  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第5話 手の震えが止まらない

※この話には心肺蘇生を含む緊急医療シーンがあります。苦手な方はご注意ください。

 ダミアンとセナが、東方人の娼館のある通りまでやってきた。

 このあたりの通りは、レストランやバーから性風俗、特殊性癖の道具販売まで、賑やかな通りであった。

 辺り一面、ピンクやら、赤やら、カラフルな看板が並んでいる。


 お陰で、観光地化しているありさまだ。

 男性の観光客から、小さな子どもがいる家族連れまでいる。

 その光景のギャップに、セナはため息を漏らした。


 観光客を狙って、美しい女性が店の前に立っているのが見える。

 彼女たちの上着の下は……露出の高い服だった。いや、そもそも服と言えるのかどうか。


 セナは周りを見ないように努めた。しかし、看板や人が目立ちすぎて、嫌でも視界の端に入ってしまう。

 気になってちらりと見ては、とんでもないものを見てしまい、またすぐに前を向く。を繰り返していた。


 一方のダミアンは、そんな喧騒にも動じず、無言で目的地に向かっていた。


 ダミアンが向かうのは──ある小路だった。ここに東方人の娼館は存在する。

 しかし、娼館入口は、大きな門で閉じられていた。

 その扉には大きく『女性入場禁止』と書かれている。


「……ダミアン、これどうする?」

「貴様は、俺の助手扱いにしておく」


 門は、小窓がついており、中から開けてもらう仕組みだった。

 ダミアンが小窓をノックすると、強面の男がこちらを覗き込む。


「連絡をした解呪師のダミアンだ。開けろ」

「後ろの女性は?」

「俺の助手だ。」

 ダミアンの解呪師の制服を認識した男は、静かに扉を開けた。


 娼館の敷地内は、大きめで、庭の手入れも行き届いている。

 建物はおおよそ5階建ての建物だった。

 ダミアンとセナは娼館のドアをくぐり抜け、明るい室内へ入った。

 そこには、初老の男性が立っていた。


「えーと……解呪師のかたですね。伺っていますよ」

「ダミアンだ、早速だが話を聞きたい。」

「そちらの方は?」

「俺の助手だ、気にするな。」


「そうですね……少々お待ちください」

 その時、遠くから、美しい女性が歩いてきた。


 男は、その女性に東方言語で話しかける。セナは静かに聞き耳を立てた。

『サリュ、ちょっといいかい?このお客さんが、ききたいことがあるって』


 サリュと呼ばれた女性がこちらをむく。そして近づいてきた。

『なんでしょうか?』

 鈴のような声が、セナの耳をくすぐる。


『最近、怪しい客が来なかったか?って、このお客さんが聞いてる』


 そう言われて、サリュは言葉を探すように、しばし黙った。

 そして一瞬、セナの顔をちらりと確認した後、こう言った。

『さぁ……記憶にありませんね。知らない人はたくさん来ますけど、いつも通り。』

 ほんの一瞬、視線が泳いだのを、セナは見逃さなかった。

 言葉ではそう言っているが……明らかに何かを隠しているアクセントと話し方だ。


「彼女はなんと言ってる?」

 ダミアンが、静かに男に問いかけた。

「何も見ていないと」

 男がそっけないように言う。しかし、セナからは目線をそらしていた。


 ダミアンがセナの方に目線を動かした。

 セナが目で合図する。『その男は、本当の事を言っていない。』

 ダミアンはそれを察し、男に向き直った。


「……他のやつにも、話を聞かせろ」

「し、しかし、今は客の対応をしており──」


「だ!だれか!」

 その声が聞こえた時、その場にいた全員が固まった。



「えっ?な、なに?」

 セナが、動揺してあたりを見回す。


 しかし、唯一、ダミアンだけが、しっかりと声の方向を認識し、体を向けていた。


「だ、だれかきてくれ!」

 もう一度、声がする。男の声だった。

 ダミアンがすぐに動き出し、声のするほう──2階へと駆け出していた。


「ダミアン!?」

 セナが、慌ててダミアンを追いかける。


 その後、呆然としていた娼館のスタッフたちも、ダミアンを追いかけた。

 ダミアンを先頭に、階段を駆け上がると、部屋の一つのドアが開いていた。


 それを見て、サリュが小さく悲鳴をあげ、動揺し始めた。

「そんな!この部屋、ユナちゃん…!」


 サリュは最悪の想像に、恐れ戦いた。

 ダミアンが部屋に飛び込むと、全裸の女性が大きなベッドの真ん中で仰向けに寝ていた。


 そして、右の壁側に、下着のみの男性が、慌てふためいて壁によりかかっていた。

 その男の顔は、元々は甘いマスクだったのだろうが、今は恐怖で歪みきっていた。


 男性は、ドアからズカズカ入ってくるダミアンの制服を見て、驚いた声を出した。

「か、解呪師!?」

「どけ!何があった?」


 ダミアンは、ベッドの上の全裸の女性を診る。

 体には、異変は無いようだった。


 しかし──細く白い首には、首を締められたような跡があった。

 ……意識が完全にない。呼吸もとまっている。脈は──ない──。


 ダミアンは、何が起きたのか理解した。


「おい、そこの男、何をした?」

「な、なにも…」

 ダミアンは、男の無意味な言い訳に、舌打ちをした。


 ダミアンが立ちあがり、男にズカズカ歩み寄る。

 そして、彼の肩と顎をつかみ、壁に思いきり叩きつけた。

「何をしたと聞いている!早くしろ!」


「く、首を……!ゆるく首を締めただけだ!!!長い時間じゃない!1-2分だ!!気がついたら動かなくなってた!!たった今だ!!」

 それを聞いて、ダミアンが何かスラブ語で罵倒し、男を床に放り投げた。

 

ダミアンが、心停止をしている女性の横に座り直し、心肺蘇生を開始した。


 そして、ダミアンがドア付近のスタッフにも叫ぶ。

「心肺蘇生具をもってこい!早く!」

「は、はい!!!」

「騎士団と治癒師も呼べ!」


 スタッフは、心肺蘇生の魔工具をあわてて取りに行った。

 ダミアンは、女性の心臓がある部分に両手を重ねて力強く押し、胸骨圧迫を開始した。


 そしてダミアンが、体重をかけながら、セナの方に目をやる。

「セナ、手伝え」

「え!? や、やったこと無い!」

「貴様が息を吹き込め。手本を見せる」


 ダミアンが女性の顎をグイとあげ、気道を確保した。そして、鼻をつまみ、女性の口を覆うように密着させ、息を吹き込む。

 女性の胸が上がった事が確認できると、一度口を離す。肺から息が吐き出されるのを待ち、更にもう一回息を吹き込む。


「解ったか?俺が30回、胸骨圧迫をする。そのあと、2回息を吹き込め。胸が上がる程度だ」


 ダミアンが胸骨圧迫を再開する。

 彼の手の下から、ミシッ……と鈍い骨折の破裂音が聞こえた。

 女性の肋骨が、5センチは沈んでいる。


 それでも、彼は押す力に躊躇が無かった。

 額から汗が噴き出し、女性の胸にポタポタと落ちる。

 骨は治る。でも脳と心臓は死んだら戻らない。


「セナ、やれ!」


 セナは、息を入れた。しかし、恐怖で手が震えていて、息も深く吸えなかった。そして、女性にうまく空気が入らず、胸が僅かにしか上がらなかった。

(どうしよう──私のせいで、死んじゃうかもしれない)


「貴様!真面目にやれ!死ぬぞ!」

 ダミアンが、怒鳴っている。


 セナは言い返す余裕もなく、震える手を止めようと、歯をくいしばった。そして半分泣きながら、息を思いっきり吸込み、2回目の呼吸をする。今度はちゃんと空気が入った。


 それを見て、ダミアンがまた胸骨圧迫をする。


 胸骨圧迫を続ける中、汗と、かすかなアンモニア臭が漂った。

 女性の体から力が抜け、尿道が弛緩して流れ出たのだと気づいた。

 ダミアンは、服が汚れようが気にせず、噴き出す汗をポタポタと落としながら、力強く心臓を押している。


 女性は、まだ呼吸が始まらない。

 彼女の唇は、紫色に変わりはじめていた。


 数度目の心臓マッサージのとき、心肺蘇生具を持ったスタッフが来た。

「すみません!遅くなりました!」

「早くよこせ!セナ、魔工具を出せ」

 ダミアンが、そう言って胸骨圧迫を続ける。そして、セナはたどたどしい手つきで、心肺蘇生の魔工具を準備し、女性の胸部に設置した。


 これは魔力で直接、心臓に電流を流せるタイプのものであった。

 魔工具で電流による心臓マッサージをしてかから、またダミアンが胸骨圧迫をし、セナが同じ様に息を吹き込んだ。

 胸部は……骨折のためか内出血を起こし、痛々しく紫色に変色していた。

 しかし、命には代えられない。


 幾度目かの心臓マッサージで、女性に変化があった。


「……はっ……」

 一瞬、全員が息を止めた。

 少し、動き出したのだ。



「ダミアン!動いた!!」

「よし……!」


 ダミアンは脈を確認し、女性の瞳を覗き込む。

 女性はまだ意識は朦朧としているが、呼吸はしていた。



「よ、よかった!大丈夫なんだよね!?」

「ああ……呼吸している。4分以内の処置に間に合ったらしい」

「生きてる…ほんとうによかった……」


 セナがホッと安堵した。

 だが、その安堵とは裏腹に、恐怖と緊張で膝が震え、立つことができなかった。


(よかった。誰も死ななかった……)

 急に力が抜けたせいで、心臓はまだ荒く跳ねていた。

 恐怖が後からセナを包み込み、手の震えが止まらなかった。



 セナが座り込んでいると、汗だくのダミアンが、静かに立ち上がる。

 その表情は、今にも誰かを攻撃してしまいそうな程だった。

 そして、男の方へ向かった。


 男は、力なく床に座っている。ダミアンが来ると、見上げて、ヒッと小さく声を出した。

 ダミアンの顔は、鬼の形相だった。汗を滝のように流し、休み無い胸骨圧迫の疲労で、肩で息をしていた。しかし、その目は静かに、怒りの炎を宿していた。


「……殺人未遂だ。貴様を確保して騎士団に引き渡す。手を出せ、拘束する」

 ダミアンが、静かに、なんの抑揚もなく言い放った。

 しかし、その声には、明らかに怒りが炎のように纏っている。


 男は震えだし「嫌だ!事故だったんだ!」と言い、立ち上がった。

 そして、男はドアの方によろよろと向かい、逃げ出そうとした。

 ドアの付近にも、娼館のスタッフがいる。


 ダミアンはサリュの顔を見た。

 サリュの顔が、男を見て怒りで歪んでおり、いまにも飛びかかりそうだった。


 その気配を受け取ったように、ダミアンが男へ一歩踏み出す。

 ダミアンなら、何の苦も無く、男を捕まえられる。

 しかし、そうしなかった。


 ダミアンは男の肩につかみかかり、こちらに向きなおらせる。

 そして、力強く、相手の左頬を、ぶん殴った。ゴッという、骨がぶつかる音が響き渡る。


 男は、あまりの痛みに悶絶し、うずくまっていた。

 歪んだ甘いマスクの顔が、今は見る影もない。涙と鼻水と血で汚れていた。

 セナは男の口から、歯が一本、床に溢れ落ちたのを目撃した。


 ダミアンが、殴ったほうの手を振りながら、こう言った。

「歯は治るから安心しろ。ただ——貴様は、もう“咎落ち”だ」

 その声は、冷徹だった。


 その一言で、その場にいた全員の視線が、男に集中する。


 男は、何のことか理解できなかった。

 そして、上体を起こし、自分の体を見た。


 皮膚の下に、黒い筋が走る。まるで新たな血管が生まれているようだった。

 男の腹には『咎の刻印』が現れ始めていた。

 罪を焼き付ける炎のように、着実に現れ始めている。


 それを見て、セナは息が詰まった。

 彼は、”咎落ち”になったのだ。


「これは事故じゃない。私利私欲の殺人未遂だ。自分で助けようとすらもしなかった」

 ダミアンが額の汗を拭きながら、静かに言う。


「自分で首を締めた女の蘇生も手伝わない上に、逃げようとする……見事なクズだな」

 ダミアンは呆然とする男の両手を掴み、後手に魔工具で身体全体を捕縛した。


 男は、そのまま黙って動かなかった。



 * * *



 娼館の窓から、空が見える。

 いつの間にか、外は日が傾き始めていた。

 厚い雲がまだらになり、雲の間の明るい空から、真っ白な半月が見えた。


 連絡を受けて、騎士団と治癒師が娼館へやってきた。

 ダミアンとセナは、騎士団にユナと呼ばれた被害者の女性と、半裸の男性を引き渡した。あとは彼らがやってくれる。

 セナはあれから落ち着いたが、まだ手が時々震えていた。

 ダミアンは、滝のように流していた汗が引き、涼しい顔で職務を全うしていた。まるで、何度も経験があるような落ち着きを取り戻していた。


 セナがダミアンの涼しい横画を見ていると、サリュがダミアンに話しかけてきた。


「あの!ダミアンさん、ありがとうございました!ユナちゃんを助けてくれて……!」

 サリュは涙目で、ダミアンの両手を握り、感謝の気持ちを込めていった。

「職務だからな」

 ダミアンはそっけなくサリュに返事をした。

 余りにも空気が読めていなかったので、セナが横からサリュに話しかける。

「本当に良かったです……サリュさんの名前も呼んでたみたいですし、意識も大丈夫みたいでよかったですね。……仲がいいんですか?」

「はい。同じ時期にこの都市に来た子で……本当によかった!」


 サリュの震える声が、淡い唇からこぼれおちる。彼女もまた、眼の前で友達を失おうとしていた人間なのだ。


 セナはまた、あの時の手の震えを思い出し、背筋に緊張が一瞬だけ走った。

 手伝いとは言え『人を一人救う』ということが、こんなにも重いものだとは思っていなかった。

 それと同時に、人を救ったという事実が、セナの心をじんわりと暖かくした。


「おい。一度戻るぞ。」

 ダミアンが、セナに声を掛ける。

 確かにこんな状態では、聞き込みをする意味はなさそうだった。

「わかった……じゃあ、サリュさん。私達はこれで──」


 サリュに別れの挨拶をすると、潤んだ瞳でこくんと頷いた。

 そして、セナが帰ろうとドアへと一歩踏み出したその瞬間。


 服の裾を、そっとつままれる。


「……あの人、服を脱がされるのを……極端に嫌がってました」

 静かにサリュが囁いた。

 セナは一瞬目を見開き、肩越しに振り返る。


「いっ…今、なんて言いました?」

 セナが、しどろもどろに声を出す。

 ダミアンも異変に気づき、セナの隣に来た。


 サリュは、安堵の涙を拭いたあと、静かに二人に向き直った。


「その人、毎回この娼館に泊まるんです。服を脱がれるのを嫌がる人で……」

「ここは、咎落ちの方もいらっしゃるので、最初に説明するのですが、それでも嫌がるんです」


 空気が、わずかに張りつめた。

 セナとダミアンの視線が、静かにぶつかった。

「外見は?」


「黒いマントとフードの男。背は高くない。中肉中背。髪は明るめのブラウンでした。声は……弱々しかったです」


 室内の明かりが、サリュの濡れた瞳を照らす。

 そして、一通り言い終わると、彼女は目を伏せた。

 セナの中で、一つの像が浮かび上がる──ジャンが言っていた男の姿。


 ダミアンが、短く息を吐いた。

「……戻るぞ」

 その低い声には、何かを突き動かすような、熱量があった。

 セナはダミアンの後をついてゆく。

 彼女の手が無意識に震えていた。


 震えを抑えようと握りしめた指先は、手のひらに深く食い込んだ。

 手のひらの痛みが、これは現実なのだと教えていた。

いつも読んでいただきありがとうございます。


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