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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。移民女性の魔法技術者が秘密を暴く、多文化群像ドラマ  作者: chamoro
第二章 血濡れの魔法陣

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第3話 不穏な被害者

「魔法陣についてなにか解ったか?」

「いえ、特には……あの赤いモノは蝋で、布は普通の白い布だということしか……」

 アネッタが解析情報が載ったファイルを、パラリとめくる。

 ダミアンがそれを聞き、無表情のまま、少しだけ視線を落とした。


 研究所内の解呪師の詰め所に、人が集まっていた。

 ダミアン、マルコ、ジャンは元より、アネッタ、セナ、ビョルンが情報が書き込まれたボードの前に座っていた。

 ビビアナはまだ解析作業を行っており、後から来る予定だ。


「……ずっと気になってたんだけど、あの魔法陣、本当に“呪詛”なの?」

 重い空気の中、セナが、前々から思っていた事を口にした。


「……なぜそう思う?」

 ダミアが、片眉を上げる。


「魔法陣の文字が読めないから解らないけど、大型の“呪詛”の割には、人への害が限定的に見えると思って……」


 セナの言葉に、ダミアンが少し考え込み、静かに呟いた。

「……まだ言えない」


「言ってくれないと、私達もヒントもなにもない」

 セナが少しムッとして、ダミアンの目を見つめる。

 ダミアンは、その頑固さに観念したように、ため息を漏らした。


「……確証は無いが」

 と、ダミアンが前置きする


「普段、俺達が扱うような、高い攻撃性の魔法ではない……“壊す”というより、“変えようとしている”ような……そういった気配だ」

「ただ、まだ確証がない。これを鵜呑みにするな」

 その一言の後、誰も口を開かなかった。

 まるで、誰も呼吸をしていないかのような静けさが、部屋を包んだ。



「――殺そうとしていないのに、あんな残酷なことをしてるってこと?」

「……世の中にはな、生きながら苦しめようっていう奴もいるんだ。セナ」


 ジャンがそう言い、一瞬だけ目を伏せた。

 何か思い当たる節があるように、その瞳に、かすかな影が差した。



「ダミアンは、何か解ったことは無い?」

 アネッタがダミアンに問いかける。


 ダミアンはアネッタの報告を聞いて、手元のファイルを開き、書類の文字を指で追う。

 そして、口を静かに開いた。

「気になったのは……暴れた形跡が無いことだな」

「被害者の肉体を調べたところ、そういった薬品や魔法は検出されなかった」


「えっ……て事は……つまり……」

 セナが、緊張した面持ちで問いかける。


「……被害者が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。確証は無いがな」

 そう言い終わると同時に、ダミアンは、開いていたファイルをパタンと閉じた。

 そして、また、部屋が沈黙に包まれる。


「……そ、そんな……」

 その沈黙に、セナの震え声が響き渡った。

 ビョルンの表情にも、影が差している。



「被害者の方は目覚めてないの?」

 アネッタがマルコに問いかけた。


 それを聞いて、マルコが言いにくそうに口を開いた。

「……残念ですが……。あそこまで頭部の肉体が変質させられていると……目覚めるのは、早くても十ヶ月後くらいだと思います」

「……そもそも、目覚めたら幸運だと思うぜ。俺たちの経験上は」

 ジャンは、なんの抑揚もなく言い放った。


 セナは、それを聞いてぞっとした。

 解呪師の現場では、きっとこういった事は日常なのだろう。

 あんなに普段は陽気なジャンやマルコの声が、当たり前のように冷たく響く。

 胸の奥が、ゆっくりと冷えていくのを感じた。


 * * *


 突然、ドアがノックされる。

「お、お疲れ様です!本部から追加の資料を持ってきました!」


 部屋内にいた全員が、その明るい声に目を向ける。

 そこにはフェリオが立っていた。手には沢山の資料が入ったバッグを持っている。


「よく来たな。助かるぜフェリオ」

 ジャンが立ち上がり、フェリオから書類を受け取る。


「いえ!これぐらい、お安い御用です!」

 フェリオが少し緊張した面持ちで、ジャンに敬礼をした。

 そして、以前、騎士団が貸していたと思われる資料を回収し、バッグに収めた。


 ビョルンが、フェリオの右足の義足に目を落とす。


「――その義足、騎士団で支給されてるやつか?魔工で特殊加工されてるようだけど……」

 ビョルンが、フェリオの義足を見ながら、技術的な質問を投げかける。


「はい!自分用に調整されてる、新型の試作品です」

 フェリオが、自慢気に義足を紹介した。嬉しそうに右足を上げる。

 彼は笑うと、年相応の若い青年だ。やはり可愛い印象がある男性だと、その笑顔を見てセナは感じた。


「なるほどな、通りで始めて見る型だと思った。」

「メンテナンスも自分でしてるの?」

 セナが、フェリオの義足を見る。使い込まれているように見える。

「はい、基本は!ただ、派手な動きをした後は、義肢専門の魔工師にチェックしてもらってます!」

 自分で調整もするなんて、本当に、義足は『彼の足』なんだ。とセナは尊敬の念を抱いた。

 おそらく、毎日自分でメンテナンスや確認をしているのだろう。


「聞いたのだけど、義足で壁走りするなんてどうやるの?」

 アネッタがフェリオに問いかけると、フェリオが種明かしをするように話し始めた。


「義足と靴の裏に魔工具を仕込んで、魔力で一瞬だけ吸着させるんです。俺は魔力が少ないので、何度もはできないんですけど……」

 その説明に、アネッタ、ビョルン、セナの魔法技術者が、思わず納得の表情を浮かべた。

 ……とはいえ、それを操って建物間を飛ぶには、血の滲むような練習が必要だろう。


「なるほど、それで“ツバメのフェリオ”なんだね。犯人捕まえてカッコよかったもんね」

 セナが笑うと、フェリオが恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いえっ!あれは……ジャンさんが手柄を譲ってくれただけでっ!」


 そしてフェリオは急にしゅんと落ち込み、小さく言葉を漏らした。


「……俺、小さいし……力負けして、犯人も一人で捕まえられないんですよ……」

「『鉄皮のジャン』さんみたいに、俺も体格が良ければ……」


「……俺?」

「……え?」


 フェリオが、腕組をしたジャンの方を向いて、ジロジロと外見を舐め回すように見る。

 そして、わなわなと唇を震わせながら、言葉を漏らし始めた。


「その体格……グレイッシュブラックのたてがみのような髪……右腕のタトゥー……も、もしかして、元騎士団の『鉄皮のジャン』さんですか!?騎士の称号持ちの!?」


「昔の話だ。今は解呪師」

 ジャンは、何でも無いことのように、フェリオの興奮をさらっと受け流した。


 セナ達が、きょとんとしている。

 フェリオがそれを見て、興奮気味に説明を始めた


「『騎士の称号』は、沢山の功績を残した者じゃないと与えられないんですよ!近年でも五人くらいしかいないはずです!うわー、俺、ジャンさんに憧れて騎士団入ったんですよ!」


「わかった、わかったから落ち着けって」

「ジャンさん、強いなって思ってたけど、そこまで強かったんすか……?」

 マルコが、目を見開いてジャンの方を見る。

「マルコ、お前はもうちょい俺を敬え」

 ジャンがニヤリと笑いながら、マルコの方を見た。


 そこに、男性の咳払いが入り込む。ダミアンだった。

「……書類はこちらで預かる。……貴様らは仕事をしろ」


 雑談が過ぎたのか、言いにくかったのか解らない。

 その一言で、室内の空気に一気に緊張が戻った。

 フェリオが、しまった。という顔で敬礼し、出口へ向かおうとした――そのとき、ドアがノックされた。


「失礼します。解析終わった資料を持ってきました」

 ドアから出てきたのは、遅れてやってきたビビアナだった。


「ッ!?!???」


 ビビアナと鉢合わせしたフェリオが顔を真赤にする。

 首筋から耳まで一気に赤く変化した。


 フェリオが固まっていると、手から書類の入ったバッグが落ちる。

 そこから、床にバサバサと紙がひろがった


 ビビアナがそれを見て、

「あの……資料、全部落としましたよ」

「……えっ!?あ、わっ……す、すみません!」


 フェリオが上ずった声で、慌てて床に落ちた資料を集める。

 ビビアナもしゃがみ込み、手を伸ばす、フェリオの手が、また固まっていた。



「……へぇ」

 ビョルンがその光景を見て、顔をニヤニヤさせる。

「……なんか……すっごい青春してるね」

 セナが続けて小さな声でビョルンとアネッタに話しかけた。

「あら。やっぱりかわいいわね」

 アネッタが腕を組みながら、フェリオのたどたどしい動きを見て、目を細める。


「あんな、わかりやすい行動する人いるんすね……」

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。若いし」

 マルコが呆れたように言うと、ジャンがニヤリと笑い、マルコの肩を軽く叩いた。

 マルコは一瞬むっとして、ジャンの事を横目で睨み返した。


「……」

 ダミアンは完全に気が抜けた空気に、頭を悩ませていた。

 そこに――


「……静かにしろ、騎士団から連絡だ」

 そう言うとダミアンが、胸元から通声石――ではなく、それが埋め込まれた解呪師の識別タグを取り出し、手に持った。

 部屋の中に、一気に緊張が戻る。

 ジャンとマルコ、フェリオの顔から、緩さが消え、真剣さが戻っていた。


「……どうした?……場所は?」

 ダミアンの返答は短く、しかし、不穏な気配を帯びていた。

 セナはそのやりとりを見て、とても嫌な予感がしていた。


 ダミアンが通話を切った後、全員の方を向き、静かに告げる。

「また、犠牲者が出た。同じような魔法陣だ」


 セナはそれを聞いた瞬間、背中に悪寒が走り、目元が恐怖でかすかに痙攣した。


 この時、この事件は、連続襲撃事件となった。

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