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魔法陣エンジニア|その天罰は、加護だった。移民女性の魔法技術者が秘密を暴く、多文化群像ドラマ  作者: chamoro
第一章 大精霊祭の魔法陣

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第16話 秘匿記録6:迫る雨と滲む罪

 「た、大変だ!グレースさんが!」

 セナが慌てて立ち上がる。


 「でも、騎士団に連絡するなって……どういうことだ?」

 ビョルンが不審な表情でセナを見た。

 「わ、わからない……もしかしたら、脅されてるのかもしれない」

 セナが不安そうに言葉を濁す。もし、そうだとしたら、最悪だ。


 「……私がいってくる。ビョルンはここにいて」

 「お前、一人で行くって……?俺も行くよ」


 「ビョルンは姿が目立ちすぎるよ。あと、何かあった時のために、一人ここにいた方がいいと思う」

 ビョルンが、自分の身体を見て、苦い顔をした。確かに、白髪の大男は特徴がありすぎる。


 「……でも行くって、お前どうやって教会に入るつもりだ?」

 「今日は、セプティム協会は『施しの日』で、夜でも家がない人や、家にいたくない人のために、ドアを開けてるんだよ。」

 「でも、その先は?関係者の扉が鍵が閉まってるかもしれないだろ?」

 ビョルンが、心配そうに発言をする。


 確かに……グレースさんに会いに来たと言うだけでは、納得しないだろう。そもそも夜だ。疑われるに決まっている。

 「正直……考えてないけど、でも、今行かないとまずいでしょう?」


 「……わかった。でも、これ持ってけ」

 と言い、ビョルンが複雑な形の魔工具を渡した。

 「これは?」

 「鍵開け。本当は俺の家用なんだけどな。古い鍵ならそれで開くと思う」

 「鍵開け?!な、なんて物を開発してるの?!」

 セナが驚きすぎて素っ頓狂な声を出した。


 「だから俺の家用だってば!オートロックで鍵持たないで家出る時あるから、それ用なんだよ」

 そしてビョルンが、念の為に続ける

 「あと、使用は一度だけでその後消滅する。設計書も無い。俺の頭の中だ。安全だろ?」

 「なるほど、安心したよ……同僚が犯罪に手を染めたんじゃなくて良かった」


 ……まったく、器用にも程がある。魔工師は、”特定の設計書を残すだけで、咎落ちになる”場合があると聞いたことがある。自覚してほしいものだ。

 まあ、鍵を開けるだけでは、人に危害を加えてるとは言わないので、大丈夫なのだろう。


 「……今回は、つべこべ言ってられない。借りるよビョルン。」

 「おう。行ってこい。ただ、お前と1時間以上、連絡が取れなくなったら、騎士団に連絡する。それで良いか?」

 「わかった」



 * * *



 セナはセプティム教会へ向かった。

 日は暮れていた。空には厚い雲がかかっており、雷鳴と通り雨の音が遠くから聞こえていた。

 ローブを着てはいたが、このままでは雨に追いつかれる。セナは足で急いだ。

 外気の湿度が高く、空気も顔にじめりと張り付く。


 急がなければならないのに、足取りが重い。それが、気圧のせいなのか、心のせいなのか、自分でも判断がつかなかった。

 雨足は予想より早く、セナは、ついに通り雨に追いつかれた。


 ローブはどんどん濡れて重くなり、それはまるで、罪を背負わされたようだった。

 そして、雨でぐちゃぐちゃの足取りのまま、セプティム教会へ着く。

 グレースさんから話に聞いていた通り、今日はセプティム教会は施しの日で、教会の入り口は空いていた。


 神官が、「雨に濡れて、大変だったでしょう。」と声をかけてくれて、中に入れてくれた。

 「今日は施しの日ですから、礼拝堂はご自由にお使いください。地下や奥の神官用の通路は、立ち入らないようにしてくださいね」

 そう、にこやかに神官が説明をしてくれた。


 セナのコートからは、ぽたぽたと水が滴りおちる。夜の通り雨と雷鳴が外から聞こえた。

 教会の中は薄暗く、人もまばらだった。これなら、中を調べても大丈夫そうだ。

 さて、問題は地下だ。勝手に入れば、見つかるかもしれない……入口はどこにある?


 『セナ、ついたか?』

 ビョルンの声が、耳の奥で聞こえた。骨伝導式なので、外には聞こえない。

 「ついた。これから地下に入る。多分、通信妨害系の魔法がかけてあるかも……グレースさんとの通話も途切れがちだったから」

 『わかった。』


 地下書庫は、文字通り地下にある。

 地下通路への階段は、教会内、右側の廊下の壁際にあった。これなら、人目を盗んで入れそうだ。

 階段を降り、ドアを見つける。セナがそっとドアノブに触れると、ドアの鍵は、開いていた。


 地下通路に入ると、ひんやりとしていた。壁にある魔力式の灯りが、廊下に等間隔に続いている。

 「地下書庫はどこだろう……」

 冷たい、少し艶やかに石で囲まれた廊下が、左右に長く伸びている。

 「ここで見つかったらまずい、二分の一なのに」


 『……多分だけど、グレースさんと話してる時、どんどん通信が悪化してったよな?研究所から遠くなるほうなんじゃないか?』

 そんな安易な。と思ったが、ビョルンの直感は時折、とんでもない的中率を見せる。

 精霊の加護を持つ者の勘は、無視できない。

 また、詳しく調べる時間も、これ以上のヒントもなかった。


 「……わかった。信じる」

 セナが、歩いていると、幸い、扉の上に部屋名が書いてあった。ありがたい。


 セナは、闇に包まれた、冷たい廊下を進んでいた。外が雨が降ったこともあり、ひんやりとした空気が流れてくる。

 壁に手をつきながら、地下通路を歩いていると、向こう側から歩いてくる音が聞こえた。

 まずい。誰か来る……


 「……おや?」

 すぐ目の前に、パウル監査官補佐が立っていた。

 「こんなところに人が、……信者の方ですかネ? ここは神官以外、立ち入り禁止となっておりますヨ」


 セナは、咄嗟に口を閉ざした。まずい……

 今は、びしょ濡れなのと、フードをかぶっているので、顔がよく見えていない。はずだ。

 セナだと気づかれていないのだと思う。


 セナは咄嗟に、普段より、より一層猫背になり、わざと老婆のようなしゃがれた声を出そうと努力した。

 「……申し訳ありません。このようにびしょ濡れでして、ゲホッゲホッ何か拭くものを借りたくて探していたのです……」


 これは、うまく声がでてるか?なんで私がこんな事を……!

 頼む、うまくいってくれ……とセナは内心、大量に冷や汗をかいていた。


 これも全部、パウル監査官補佐のせい——

 (……いや、違う。パウルは何もしていない。)

 わかっている。だから余計に、情けなかった。


 「そうでしたか。あちらの二つ先の部屋に、清潔なタオルがありますヨ。ご案内をしましょうかネ?」

 「いえ!いえ!大丈夫です!ゲホッゲホッ……」

 慌ててセナが否定する。一刻もはやく、ここから離れたい……


 「……アナタ、私とどこかで以前お会いしましたかネ?」

 パウルが、何か引っ掛かるような顔をして、顔の見えない目の前の老婆をじっと見つめる。記憶の中から、誰かと合致する特徴をさがそうとする。

 「いえッ!いえっ!とんでもない!高貴なセプティム教会の神官様の知り合いなど、私にはおりません。お忙しいでしょうから、私におかまいなく!ゲホッゲホッ……」


 「おや、それは嬉しい事を言いますネ。良い信者の方です。お言葉に甘えて、先を急ぎますネ。ご老人、風邪をひかないように気をつけてくださいネ……」

 パウルが、”高貴な神官様”という言葉に大変満足したのか、それ以上何もいわず、通り過ぎた。

 セナがパウルが遠くに行ってから、盛大にため息をもらす。


 その時、通声石が静かに青く光り出した。

 『……うまくいった?……みたいだな?』

 ビョルンの声が脳内に直接聞こえた。


 その声は、安堵が混ざっていたが、明らかに——笑いを堪えているようだった。

 「う、うるさい!仕方なかったんだよ!」

 「……いや、お前……クッ……」

 「笑わないでよ!次はビョルンがやってよ!」

 『無理無理。俺がやったらすぐバレる。……たしかに、セナの言う通り、俺がここにいて正解だったかも。身長は誤魔化せないもんな』


 * * *


 そのまま、まっすぐ進んでいくと地下書庫という部屋名を見つけた。

 「あった……」


 『……か……た……』

 気づくと、ビョルンの声がほとんど聞こえなくなっていた。通信の範囲外らしい。


 ドアは、やはり鍵がかかっている。

 ビョルンが持たせてくれた、魔工具の鍵開けを、古そうな鍵穴に刺し込んだ。

 カチンと、鍵穴から音がする。そして手の中の魔工具は静かに、さらさらと砂となって崩れた。

 ドアが、キィと開く。


 ビョルンの声が聞こえなくなり、セナは突然心細くなった。

 ここからは一人だ。1時間以内に探し出さなければ、ビョルンが騎士団を呼んでしまう。


 部屋の足跡を見ると、床の埃が足跡の形に無くなっていた。2人以上の形跡がある……まずい。誰かいる。しかし、足跡を追いかけるしかない……。

 足跡は、地下書庫の奥に扉があった。足跡も続いている。

 扉に小窓が付いており、そこを覗き込む。部屋は薄暗かったが、壁に廊下と同様の灯りがついていた。


 グレースが、床に力無く座り込んでいた。怪我をしているとか、縛られている様子はない。

 人の気配がするが……ここでやきもきしてもしょうがない。

 セナは腰の罠用の魔工具に手をかける。人を傷つけるものではない。防犯用に、常に持っているものだ。


 扉をゆっくりとあける……ドアのそばには誰もいなかった。

 ドアを開ける音を聞いて、グレースさんが心配そうな顔をこちらに向けた。

 「セナさん……!」

 「グレースさん!大丈夫ですか!?」

 セナがグレースさんに近づこうと、小走りに部屋に入る。


 しかし、数歩先で足を踏み込んだ瞬間、ゾワっと悪寒が走った。

 悪寒と同時に、床が脈動するように光を放ち——


 魔法陣が起動した。


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