第2話 セプティム教会
翌日、クラウスからプロジェクトの承認が下りたとの連絡が届いた。断る余地がないことは、全員が理解していたが、セプティム教会との繋がりが強化されることを、研究所は喜んでいるようだった。
「さて、どう進める?」
セナ、ビョルン、アネッタの三人は静かに視線を交わした。
「ともかく、現地調査だな」
白髪の大男、ビョルンが言った。彼は魔工師として道具の制作や魔法陣の設計に関わってきた経験を持つ。
手先の器用さは彼の誇りであり、時折、いや、頻繁に見せる冗談めいた振る舞いをもってしても、補って余りあるほどチームからの信頼を得ていた。
「セプティム教会では七芒星が重要な構成要素だったわよね?」
アネッタが机を指でトンと叩きながら言った。彼女は魔法陣の書体や装飾、比率や物質の調整を担当している。
「確か……火、水、風、土、光、闇、秩序、これがセプティム教会の七芒星の要素だったと思う」
セナが答える。その声には自信があったが、確認の必要性を感じているともとれた。
セナは魔法工学と魔法陣の整合性が取れているかどうか、魔法陣の中の処理の正確さや速度の改善の提案、検証などを担当している。大元のアイディアを出す事が多い。
「まずは、セプティム教会の調査許可の連絡が取れるまで、資料室か図書館で確認ね」
アネッタの提案でチームは調査計画を立て、それぞれの得意分野で作業を進めることにした。
* * *
発注の魔法契約書を交わしたセプティム教会は、その次の日、快く見学を許可してくれた。
早速、調査に向かうことになった。
街の中を、セプティム教会に向けてビョルン、アネッタと一緒に歩く。
大精霊祭の会場となるセプティム教会までは、ここからさほど遠くない。
「なあ、セナ。お前、教会にまだ入ってないんだっけ?」
ビョルンがふと、思い出したように話しかける。
「そうなんだ。これだ! っていうものがなくてね。そもそも、入れるかどうか分からないんだけど。ビョルンは何に入ってるの?」
「俺は、学生の時に入ってそのまま。アルス・マキナ教会、魔工師が入るところ。アネッタは何に入ってる?」
「私はアウリス教団よ。アーティストが多いから」
「確かに、どちらもセナが入ってる感じはしねぇなぁ……」
「とりあえず、セプティム教会に入れるなら、入っておくのはどうかしら?」
この世界では、宗教に「相性」がある。人が信仰を選ぶのではない。信仰対象の「精霊が」人を選ぶのだ。
基本的に、人は何を信仰しても構わないが、精霊が拒否する事がある。
そのため、宗教的思想に同意できることと、実際に入信できることは別である。
セプティム教会は、信仰対象が多く、『調和』がテーマのため、誰でも受け入れられやすい。だからこの地方では信者が多いのだ。
ただ、相性があるという事にも利点がある、特に魔法使いはそれが顕著だ。
魔法使いにとって、信仰対象を確定させる事は、一種の契約のようなものだ。
入信すると特殊な加護が貰える場合もあるし、信仰対象の魔法を使うときに、追加で精霊のサポートが得られたり、新型魔法を開発しやすくなったりする。
入信するのが難しかったり、入信数があまりいない教会ほど、強い加護を受ける事ができる。
例えば、聖リューベックの光の教団というところは、文字通り光の精霊を信仰している。ここは医療関係者が中心で加入する教団で、治癒や防護系の魔法に優れる。
入団すると、感染症や病気にかからなくなる加護を受けられるという。また、教会は労働組合のようなものも兼ねており、深刻な体の損傷や家庭の事情で働けなくなった場合、「共済」という形で、しばらく生活費や医療費をもらう事ができる。
他にも、星読みが得意な「リフルナ教会」や、ほとんど謎に包まれた「神秘の暦教会」(カレンダー・オブ・ミステリア)など色々あるが、これらも精霊に選ばれなければ入信することはできない。
「でもなぁ、どんなに信仰しても、精霊に“拒絶”されることがあるからなぁ……」
私は、実はまだどこにも入っていない。早く入ったほうがいいのはわかるが、精霊からの相性もあり、ずるずるここまで来てしまった。
しかし、先ほどアネッタが言った通り、入れるなら入ったほうがいい。
正直に言うと、最初は「神秘の暦教会」に興味を持っていた。噂では、「時間」と「空間」をつなぐ高位の研究がメインらしい。実際、「神秘の暦教会」が開発した空間転移装置が研究所内にもあるが、とんでもない代物だ。何をどうしたらあれが出来るのか全くわからない。
ここは教会の場所すら不明だ。しかも、この信者を探すことが殆ど不可能と言っても良い。信者または精霊側からふさわしいと認められ、連絡をとってくるまで待つしか無い。
──精霊がこちらを見ていない感覚は、思ったより深く、冷たいものだった。
「うう……そうなんだよな。教会の見学をしてから考えるよ」
セナがアネッタに生返事した。正直、いまはあまりそれについて考えたくない。
雑談をしているうちに、街の中心近くにある、大きな広間に出た。その広間に隣接して、セプティム教会が建っている。所々に使われているパステルカラーのおかげか、可愛さのある教会だ。
その扉の前に、一人の修道女が立っていた。
「ようこそお越しくださいました。私はグレースと申します」
グレースは白い衣裳に身を包んだ女性だった。純潔の乙女。いや、純潔の艶美女。という言葉がよく似合う。ゆるやかな修道服でも、その体に凹凸が明確にあるのがわかる。
「連絡した開発チームのセナです」
「アネッタです。よろしく」
「俺はビョルンです。まさかこんな美人が案内してくれるとは、精霊に感謝しなくては」
セナはビョルンが鼻の下を伸ばしながら、ブンブンとグレースさんと両手で力強く握手しているのを眺めていた。ビョルンは、仕事は的確にしてくれるのに、どうも女性関係でいつも躓いている。
「それはうれしいです。ではご案内します」
グレースは軽く返事をする。そういう反応に慣れているのだろう。さすが経歴が長い修道女、という感じだ。
セプティム教会はこの地方で信者が一番多い教会だ。この近辺の都市の中では、ここの教会が一番大きい。
教会前の広間も、中規模の学校程度の広さがある。大精霊祭では、ここで魔法陣の設置と、それを取り囲む様に周りの出店で世界各国の食べ物が売られ、これがこの都市の大精霊祭名物である。私もここの出店は大好きだ。
祭の間は、近郊の都市や国からも、ありとあらゆる人が祭りを見にやってくる。二週間ほど祭は続き、最終日に大精霊祭のメインイベントである、『七精霊召喚の儀式』を行う
* * *
「これが、大精霊祭用の魔法陣になります。現在はこの地下の倉庫に置いています」
グレースは教会の地下倉庫に案内し、大精霊祭のステージを見せた。
ステージは高さ1.2メートル、縦横7メートル程の正円状になっており、七芒星を基本とした魔法陣の設計になっている。
セナは、ステージを見た。
なぜだろう。どこもおかしい様子はない。けれど──
心に一雫の不安が落ち、かすかな波紋が広がったような気がした。