第13話 秘匿記録3:星の座標が示す場所
※登場人物
セナ:魔法陣の設計をしている主人公。少し不器用で、勘がいい
アネッタ:理系の年長魔術師。現場の安心感。ダミアンの仕事もたまに手伝う。彼のことを気にしているようだが……?
ダミアン:解呪師。冷たいが実力者。魔法陣爆発事件を調べている
ビョルン:魔工師。白髪の大男で飄々とした性格。手先が器用で頼れる同僚
パウル:教会から来た監査官補佐。やや空気が読めないタイプ
解呪師の詰め所にて。
ダミアンとアネッタが、設計図を広げて眺めている。以前爆発した、魔法陣の設計書だ。
アネッタが机に座りながら、細かく虫眼鏡で配線情報を見ている。
ダミアンがその少し後ろから、机に広げられた図面を見下ろし、深くため息をした。
「……配線の切断、呪文の仕掛け、魔鉱石の変質。偶然じゃあり得ない。誰かが“暴走”させるつもりで組んだ構造だ」
「だが……意図が見えない。何のために、誰を狙ったのか。あまりにも無差別だ」
ダミアンの独り言のような、意見のような発言をアネッタは聞いていた。
そして、アネッタがこう続ける。
「……さっき、記録装置から配線の確認をしたわ。魔鉱石にかけられたエネルギー制御の呪文以外で、残された手がかりは無かった」
アネッタが図面の一部を指さし、コツコツと叩く。
ダミアンがその指さされた図面部分を覗き込む。ダミアンの指が、図面をなぞるアネッタの指にわずかに近づく。
ほんの一瞬、アネッタの指が止まり、すぐに動き出す。
その一瞬、アネッタは何かを振り切るように目を伏せた。その動きには、微かな戸惑いと、それを打ち消す意志がにじんでいた。
ダミアンは気づかず、作業に集中している。
「……“誰か一人”がターゲットだったのか、それとも“開発そのもの”を壊したかったのか……」
ダミアンが、また独り言のように呟く。頭の中で、同じ謎がぐるぐると巡っていた。
……だが、“なぜ今このタイミングで”仕掛けてきたのか。それが、まだ引っかかっている。
……手際が良すぎる
犯人は、この技術を知っていて、躊躇なく手を汚せる人間だ。俺の推測では、内部の人間だろう。
しかし、この研究所で、そんなことが出来る魔術師の心当たりがいたか……?
そんな奴がいたら、とっくの昔にこの研究所は爆破されているか、殺戮の海になっている。
もしや、最近……心変わりをした?
「……妙な手口だ」
(……挙動不審というだけなら、大勢の人間が当てはまる……)
ダミアンは眉をひそめた。だが、それ以上は言葉にせず、深く考え込み始めた。
「……ダミアン?」
考え込んでいるダミアンの顔を見て、アネッタがダミアンの方を見る。
アネッタの顔は不安そうにも、どこか遠くを見ているようにも見えた。
* * *
セナは、また残業をしていた。今日はビョルンも一緒だ。
先日アネッタと見つけた古代精霊語と思われる単語のメモ見ている。
……しかし、作業が難航していた。
「うーん。やっぱり、俺たちだけだと無理かも……」
「……やっぱりそう思う?」
セナが、苦笑いをしながら、辞書をパタンと閉じる。
『!”$%$£G』
セナは、先日適当な紙にメモした、秘匿文章の単語を眺めていた。
古代精霊語は、難しい。まず単語がどこで切れているのか、文字がどこで始まっているのかを知るのが、知識がなければ困難だ。
筆がのたうちまわったような文字に、丸が添えられていることもあるが、それも何を指しているのか全然わからない。
セナもビョルンも3言語分程度の知識はあるが、この言語はそれらとも全くルールが違う。
そんなわけで、基礎文法も知らない二人は、30分程度で音を上げ始めていた。
「どうしよう……アレックスのところに持っていく?」
ビョルンは肩をすくめ、苦笑いをした。
「それがいいと思うぞ……」
アレックスとは、今回の大精霊祭の魔法陣の翻訳を頼んでいる人物だ。
この都市の大学にいる、言語学の専門家だ。クリス先生の紹介で今回は繋がった。
今度、アレックスのところに行く用事があるから、その時に持っていこう……
目の前にある謎に、今すぐ取りかかれないことにセナもビョルンも残念な気持ちになった。
かと言って、専門外の謎を解くには時間がかかりすぎる。
セナが背伸びをし、立ち上がった時、ちょうど仕事場のドアが開いた。
「おや? こんな時間にお仕事とは……熱心ですネェ」
扉から入ってきたのは、パウル監査官補佐だった。
相変わらず、この部屋と資料室、爆発現場を行き来し、セナたちの魔法陣の作成を監視している。
「あの設計書……まさか、変更してるわけじゃ……ありませんヨネ?」
「……してませんよ、”まだ”ね」
セナが、皮肉を込めて、かつぶっきらぼうに答えた。
毎日同じ質問をしてくる。今日はこれで3回目だ。セナは正直、うんざりしていた。
どうやら、彼は本当に『上から言われて』来ているという状態らしい。何を探しているのか知らないが、常に何かを嗅ぎ回っている。
また、以前資料室で言われた『研究所に咎落ちがいるという噂』……その話も、それきりだ。
「あの、何度もお伝えしてきましたがネ……精霊への敬意を損なわないため……伝統的な儀式の形を変えてはならないと……私、本部からキツく言われているんですヨ……ですので……」
パウルが、卑屈な笑顔でセナに問いかけている。
セナは、また同じことを何回も言われて、うんざりした。
正直、教会本部からキツく言われてる事など、知ったことではない。そもそも、『変えない』ということは、新しいものに更新する事ができなくなってしまう。
パウルも好きでこの場所に来ているわけではないのだろうが、それにしたって、他にやる事があるのではないか?と考えてしまう。
「……監査官、それは何度も聞いてるが、俺たちにも難しいことはあるんだよ……」
ビョルンが、セナとパウルの間に割って入った。
「ですから……私は本部の意見を……お伝えしているだけでしてネ……」
また、いつもの堂々巡りだ。
社交的なビョルンですら、うんざりした顔をしている。この議論は、前にも進まず、後ろにも下がれない。
魔法陣の案件は、教会内でも『改革派』と『保守派』がぶつかっていた。どちらに歩み寄ることもできない――内部の対立に、現場は振り回されるしかない。
仕事相手と揉める事は初めてではないが、内部で意見が対立している場合は、できることがあまり無い。
また、魔法陣爆破の件で、こちらの信用度が微妙に下がっている。
この状態で、話し合いに持ち込むのもまずい。かえって傷口を広げる可能性がある。
我々開発チームに出来るのは、前に進むことしかない……
パウルに怒りをぶつける事もできず、セナは深くため息をついた。
ふと、手にとった紙に意識が向いた。古代精霊語の紙だ……。
緊張状態になっている3人だけの部屋で、とにかく空気を崩したくて、セナはパウルに話かけた。
「パウルさん……あの、これ、読めます?」
ぴら、と古代精霊語の紙を目の前に差し出す
『!”$%$£G』
「え? これですか? どれどれ……『……北極星をさがせ』ですネ」
すらすらと、パウルが読み上げた。
ビョルンとセナが視線を交わす。
「読めるんですか?」
セナが驚きの声をあげる。
「読めますヨ? 大精霊祭の、祝詞の中にある単語なのでネ」
「いや~、でもいい響きですネェ。やはり古代精霊語は美しいですネ」
「ただ、一番最後のものは、秩序の精霊の刻印で、文字ではありませんヨ」
部屋の空気が、柔らかくなっていくのがわかる。ビョルンもホッと胸を撫で下ろした。
(――北極星ってなんだ……?)
セナが、その言葉を聞き、深く考え込み始めた。
「おっと。もうこんな時間ですね。では、ワタクシもこれで……それではまた明日」
「え!?あ……ありがとう……ございました……」
「……! いえいえ……」
そう言って、パウルはドアを閉めて去っていった。
(……明日も会うのか……いや、そんなことより)
「ビョルン、今のきいた?」
「聞いたぜ……『北極星をさがせ』……現実の“空の星”の話じゃ……ないよな?」
「多分、そう。昨日の秘匿文書をみてみようか」
セナが、机の奥から書類を取り出し、月光石で照らす。
―――『北極星をさがせ』という文字の横に、ひとつのマークがある。
「……最後の文字は“秩序の刻印”って言ってた。二百年前の祝典でだけ使われてたはず。でもなんで……?」
書類の全体を、もう一度見る。秩序の刻印が記されている場所が、3つある……
「同じ記号が……でも規則性がわからないなぁ」
「地図みたいに見える、かも?」
「配置に意味がある?」
秩序の刻印、魔法陣、大精霊祭、北極星……
セナの頭の中で、これらが一つの線になった。
「……そうか、星だ!」
「……!なるほど、やるじゃねぇか!」
ビョルンも気づいたようだ。
大精霊祭は夏にある。夏の星座が書いてあるのかもしれない。
秩序の刻印に付箋で印をつけると、三角形になった。
ベガ、デネブ、アルタイルというわけだ。
「なるほどな。これが夏の大三角形なら、北極星の位置は、この三角形を反転して、そのまま倒すとわかるぜ」
印をつけると、ある文章の頭の部分と一致した。
書類に古代精霊語がところどころに書いてるので見落としていたが、これは別の言語のようだ。
魔法陣の図面の中に、なにか、小さめの字で書いてある。
小さな曲線と点が連なった奇妙な記号群が書き込まれていた。
セナもビョルンも、見ただけで頭を抱える。
また、知らない言語が書いてある。
古代精霊語ですらない……何語だ?
「また知らない言語か……初めて見る」
「……なあ、セナ、これ、思ったよりヤバい物かもしれないぞ」
ビョルンが、深刻そうにセナを見た。
「今更? 借り物の書類を破損しといて……」
「そうじゃなくて、厳重すぎるんだよ。物事に辿り着くまでが」
「……どういうこと、それ?」
「二重文書に月光インク、古代精霊語、そして見た事もない言語……」
「機密文書だとしても、普通、ここまで手間はかけない」
ビョルンの瞳には、張りつめたものが宿っていた。
「呪詛じゃない事は確かだが……」
ビョルンが、唾をのみこむ。
「……これ、何かを封じたもの、だったりしてな」
「そんな……まさか」
そう言い合い、セナは心の中で、ほんの少しだけ恐怖を感じた。
いつも読んでくださってる方へ
毎週水曜20時、読みにきてくれてありがとうございます!引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。




