第12話 秘匿記録2:黄昏に浮かび上がる願い
※登場人物
ビビアナ:獣人の若い魔術師。セナと同じチームで、心音から感情がわかる。ビョルンにちょっと惹かれている
ビョルン:魔工師。白髪の大男で飄々とした性格。手先が器用で頼れる同僚
パウル:教会から来た監査官補佐。やや空気が読めないタイプ
セナ:魔法陣の設計をしている主人公。少し不器用で、勘がいい
アネッタ:理系の年長魔術師。現場の安心感。
クリス:遺跡解析担当の魔術師。最年少で管理職になった実力者。気取らず、研究所内でも一目置かれている。セナの大学院時代の元教授
ビョルンは薄暗い作業室で、在庫の魔鉱石の純度検査をしていた。耳の良いビビアナにも、手伝ってもらっている。ビビアナが小さなハンマーで石を叩き、その音の響きを聞き、一定の品質の石を選別してもらっている。
「ビビアナ、悪いな、こんな窮屈な部屋で作業させちまって……」
「と、とんでもないですっ!」
―――相変わらず、ビビアナの耳が左右にピコピコ動いている。
ビョルンが、検査をしようと、ストックで置いてある魔鉱石を手に取る。
「へぇ……この接続、どこかで見たな……」
クリスが調査で持ち帰った古い資料だったか?記憶が曖昧だ。
確か――魔力のエネルギー拡大構造の応用……だったような……
ビョルンの指が、止まった。
(……いやいや、たまたまだろ。偶然。思い違いだ……)
「……悪い、ビビアナ、ちょっと頭を冷やしてくる。すぐ戻るから」
工具箱を閉じると、ビョルンは机の照明を落として、一度作業室を出ていった。
「……」
ビビアナは、ビョルンの声のかすれ具合を、確かに聞き取っていた。
そして、心臓が、わずかに跳ねた音も。
……気にしすぎだと、何度も思っているのに。
その揺らぎを、耳が逃さなかった。
それはまるで、何かに気づいたときの音のように聞こえた。
* * *
「いやいや……まさか魔法陣が爆発するとは……こんなこと今まで、きいたことありませんネェ」
「その……伝統的な儀式をですね……変えてはならないと……あなたも、そう思いますよネェ?」
(……うるさい……)
「……セナ、顔に出てるわよ」
アネッタがセナに小声で注意する。
「……おっと。ありがと」
セナは、仕事がやりづらくなっていた。
パウル監査官補佐がしばしば、魔法陣を監視したり、資料室とこの作業場を行ったり来たりしているからだ。
しかも、何が目的かもわからない。表向きは、事故が起きないための第三者の確認調査ということだが……
あの魔法陣爆発事件も、犯人が内部なのか、外部なのかもまだわからない。
こんな状況で、仕事に横槍を度々いれられたら、誰だってイライラする。
もちろん仕事もしなければならないが、セナは、あの月光インクの秘匿文書がとても気になっていた。
昨日、ビョルンと文書を見つけたことは、まだ誰にも話していない。
今日はビョルンはビビアナと一緒に、在庫の魔鉱石の選別を行っている。
彼は仕事が終わった後、もう一度、秘匿文書を調べる。と言っていた。
(……仕事に集中できない……)
その時、ドアを3回ノックする音が聞こえ、がちゃりと扉があいた。
クリスだった。清潔感のある、アッシュブロンドの髪が、やわらかく陽の光を反射している。
「セナ、ちょっといいかい?資料を少し見せてもらいたくて……」
「あら、クリスじゃない」
「やあ、アネッタ。セナは……取り込み中かな?」
「まあね……」
「?」
アネッタが、目線でなにやら合図をしている。
クリスがセナの方に目をやると、パウル監査官がセナに対して、独り言なのか、そうじゃないのかわからないような事を、話しかけている。
魔法陣爆発の件で、セプティム教会からパウル監査官補佐という人物が来ると聞いたが、この人なのだろう。とクリスは理解した。
セナは、クリスに気づき、目だけで『何とかしてくれ』と訴えていた。
「……なるほど。2人とも、ここは僕にまかせて」
クリスが茶目っ気たっぷりにアネッタに言うと、颯爽とパウルの方に向かった。
「これはこれは、もしや、監査官のパウル様でいらっしゃいますか?」
「……アナタは?」
「失礼いたしました。私はクリストファー・アフ・リルハーヴンと申します。研究所で遺跡解析をしています。クリスとお呼びください」
クリスは胸に手を当て、うやうやしくお辞儀をする。
普段はそういった態度をとらないが、流れるような自然な動きに、セナとアネッタの目は釘付けだった。
それを見ていたアネッタが、驚いてセナに近づき、小さな声で話しかける。
「“アフ(af)・リルハーヴン”って……クリスって……北方の貴族出身だったの?」
「うん。本人はあんまりそういうの出したがらないから、ここではずっと“クリス”って名乗ってる」
「紳士だと思ってはいたけど、本当の貴族だったとはね……」
アネッタが納得したように頷いた。
「……失礼。私、北方のご家名には疎くて……リルハーヴンとおっしゃいましたかネ?」
パウルが、クリスが地位が高い方だと察し、背筋を伸ばした。
「いえ、とんでもない。我が家はただの学者貴族ですよ。時々、古城の管理をするくらいで」
「……古城……あっ、アフ・リルハーヴン家……! あの北の巡礼路にある古城の……いやはや、お噂だけは」
「恐縮です。ところで一つ、お願いがございます。教会の本部の方は、非常にお忙しいと聞いておりますが……お話だけでも、よろしいでしょうか?」
「ええ、ええ、どのような内容ですかネ?」
「実は今、セプティム教会の古代精霊語の部分解釈で、わからない事がございまして。ぜひパウル様のご意見を伺えればと思ったのですが……」
「ええ!ぜひ!ワタクシでよければ、お手伝いいたしましょう!」
パウルは、本物の北方貴族とお近づきになれるかもしれない。と、このチャンスにとびついた。
パウルはクリスと一緒に部屋を立ち去ろうとする。
ドアの前で、クリスは振り向き、セナとアネッタにウインクした。
そして、声を出さず、口の動きだけで「がんばって!」と言っているのが読みとれた。
……これでしばらくは静かになるだろう。
セナは、クリスの一連の所作があまりにも自然で、その立ち振る舞いに静かに圧倒されていた。
(……やっぱりすごいな、クリス先生。同じ年だなんて信じられない。)
私には、こんな振る舞いはできない……それを思った時、セナは静かに心に染み込むものがあった。
* * *
パウル監査官がいない間に、言わなければ。
セナは、アネッタに昨日、ビョルンと秘匿文書を発見したことを伝える。
二重になっていた写本の中から、月光インクで書かれた文書が出てきたこと。
そして、出てきた資料に、なにか違和感があるかもしれないが、何が変なのかわからないこと。
「二人共、無茶したわね……」
アネッタが、ため息混じりにセナに訴える。
「……ごめん、好奇心が止められなかった……」
「ま、その状態のビョルンを止めるなんて、無理でしょうけど」
アネッタが、起きてしまったことは仕方がない。と言い。書類に向き直る。
ビョルンから借りた月光石を当てると。紙に文字や図形が浮き上がってきた。
「ふむ……ちょっと、他の年代の魔法陣と比べてみましょうか」
アネッタが、教会から借りてきた他の書類と、秘匿文書の魔法陣を見比べ始めた。
この作業の時のアネッタは邪魔をしないほうが良い、セナは離れて自分の仕事に戻る。
しばらく時間がたち、外は黄昏に空が染まり始めた。
部屋の中も、だんだんと薄暗くなってきたのに気付いた。
輝く月光インクの文字が、夕闇の中で、月のように白く立ち、現れている。
「……わかったわよ。あなたの違和感、当たってたみたい」
アネッタがセナに声をかけた。
そして、ある1枚の書類と、秘匿文書の書類を並べて置いた。
「この年代の写本、気づかなかったんだけど、魔法陣に精霊名が書かれてなかった。あえて省略したのかと思ってたんだけど……」
「この秘匿文書の方だと、魔法陣の精霊名の所に、一箇所、なにか書かれてるのよね。ただ、私は読めない。古代精霊語だと思う」
「み、見せて!」
セナが慌てて書類を並べる。……確かに、秘匿文章の魔法陣の方にだけ、何か書かれている。
『!”$%$£G』
セナは、それを適当な紙にメモした。
「ありがとうアネッタ。さすが!」
「これで私も協力しちゃったって事ね……」
アネッタが笑いながら肩をすくめる。これで何もなければ、書類を破損したことを咎められるだろう……補修はするつもりだが。
セナは、手元のメモに視線を落とした。
それは、セナには読むことが出来ない。
けれど、この文字は――
誰かの願いが、込められているような気がした。
「誰か、これをみつけてくれ」と。
皆様、いつも読んでいただきありがとうございます。もしよろしければ、コメントや反応いただけますと、励みになります。
今回ようやくクリスの貴族設定を出すことができました(笑)
「von」や「van」はよく見るので、今回はあえて「af」にしています。
ちなみに、現実の貴族も、古城の管理とか、お金まわりとか……
本当にやることが多くて大変らしいです。クリスも例にもれず、色々あるんだと思います。




