20-4・頑張れ60番~公園の2人~謎の声~EX
***紅葉の意識体の中***
同じ時間・・・意識を落としていた紅葉は、気が付くと、陸上競技場のスタンド席に座って、各種競技を眺めていた。幅跳びや高跳び、短距離走、真剣な眼差しの中学生達が様々な競技を行っている。隣に座っていた母親が、声を掛けてくる。
「あっちの方・・・真紀姉ちゃんが走るわよ」
「・・・ん」
紅葉は、直ぐに、この光景が「今」ではなく、「遠い過去の想い出」であることを把握した。
母が示す方向で、「真紀姉ちゃん」が短距離走の準備をしている。
「わっ!」と会場内が沸く。誰かが何かの競技で、何らかの記録を出したらしい。だけど、正直言って全く興味が無い。
母方の伯母が住む隣県に遊びに来ていた。たまたま、従姉妹の真紀姉ちゃんが大会の日であり、会場が近所だったので応援に来ていた。暑いし面倒臭い。伯母の家でテレビを見ていた方がマシなのだが、母に連れられて、渋々、訪れていた。
そこで紅葉は、たった1つだけ、強く興味を引かれたことに出会う。
スターターピストルが鳴り響き、競技場中央のトラックで、男子中距離走が始まる。紅葉は、その競技には興味が無い。走者がトラックを何周も走っているが、今が何週目のかも解らない。
中位グループを走っていた選手が、突然転倒をした。
「・・・あ!転んだぁ!」
競技服の色やデザイン的には、真紀姉ちゃんとは違う学校のようだ。ゼッケン60番の選手は、後方から来る選手達に追い抜かれながら立ち上がり、再び走り出した。 しかし、転んだところが痛かったらしく、足を引きずるようにして走っている。先程までと同じ調子では走れないので、次々と追い抜かれて、あっと言う間に最下位になってしまった。走りながら周囲を見回す仕草からは、ゼッケン60番の動揺が伝わってくる。彼が足を引きずっている間に、上位の選手達は次々とゴールをする。会場の声援は、トップの選手達に送られ、ゼッケン60番に興味を持つ人など、誰もいないように思えた。
「やめちゃぇばィィのに」
紅葉は、その光景を見て「恥ずかしくないのか?」「サッサとリタイアすれば良いのに」と思った。ゼッケン60番を眺めながら、心の中で「やめちゃぇ」「やめちゃぇ」と何度も語りかけた。どうせ、このまま走っても一番には慣れない。ビリにしかなれない。走るだけ無駄。だったら、諦めた方が良いに決まっている。
「・・・やめちゃぇ。
・・・やめちゃぇ。
・・・やめちゃぇ。」
心の中で何度も何度も語りかけた。しかし、彼は止まろうとはしない。痛そうに足を庇いながら走り続けている。
「ガンバレ!60番!!」
気が付くと紅葉は、小さい拳を握り、座席から立ち上がり、周りから取り残されたゼッケン60番を応援していた。気のせいだろうか?こっちに顔を向けたゼッケン60番と、一瞬だけ眼が合った気がした。
周囲の人達は、口々に「60番の妹?」「知り合いか?」などと言いながら、ゼッケン60番を応援する紅葉を眺めている。もちろん、「妹」でも「知り合い」でもない。ゼッケン60番と紅葉には、一面識も無い。
だけど、紅葉は、とても格好の悪い彼の応援を続けた。
「ガンバレ!60番!!」
「最後まで走れっ!!」
「いいぞ、がんばれ!!」
「あと少しだ!!」
気が付くと、一緒にいた母や、周りの観戦者達も、ゼッケン60番を応援していた。彼は最後まで走ることをやめなかった。ようやく彼がゴールをすると、会場から沢山の拍手が送られる。
紅葉は不思議な気持ちになる。つい先程まで「自分だけの60番」だった人は、いつの間にか、「みんなの人気者」みたいになっていた。彼は、同じ服(同じ学校)の選手達に囲まれて恥ずかしそうに頭を下げている。きっと、ビリになったことを謝っているのだろう。
紅葉の眼には、少しだけ泣きそうにしているゼッケン60番の表情が、シッカリと焼き付いていた。
その日の夕方、近所のコンビニでお菓子を買った紅葉は、伯母の家までの道中にある公園で、ブランコに座ってションボリしている少年を見付ける。ジャージ姿だが、その男の人がゼッケン60番ってことは直ぐに解った。
紅葉は公園に足を踏み入れ、彼を凝視する。きっと、ビリが恥ずかしくて落ち込んでいるのだろう。名前も知らない人だが、可哀想に思えてくる。何か声を掛けて励ましたいが、小学生の自分が見ず知らずの中学生に、どんなふうに声を掛ければ良いのか見当も付かない。
「捻挫した足を口実にすれば・・・試合に出られない大義名分になるか・・・。
あれ?・・・俺、何、言ってんだろ?バカじゃね?」
ふと顔を上げる中学生。紅葉と眼が合う。彼はこちらを見つめている。
きっと彼は機嫌が悪い。怒られる。紅葉は慌ててその場から立ち去ろうとする。しかし、慣れていない公園だったので、入り口に車止めポールがあることに気付かず、足を引っ掛けて転んでしまった。
中学生は苦笑して、足を引きずりながら近付いて来て、紅葉を抱っこして立たせ、服に付いたホコリをポンポンと祓ってくれた。きっと、今日の大失敗が情けなくて泣きたいはずなのに、紅葉を見つめて、互いの膝にできた擦り傷を「同じ」と言って、転んだ拍子にバラ巻かれたお菓子を拾い上げて、優しそうな笑顔を見せてくれる
「・・・食べるぅ?」
中学生がお菓子なんて食べるのだろうか?中学生が大人に見える紅葉には、彼くらいの歳の男子が何を食べるのか解らない。少し緊張をしながら、20円の小さなチョコを1個を、男子中学生に差し出した。
「ん?・・・あぁ・・・ありがとう」
紅葉の手の上にあるチョコを取る為に、大きな手を重ねる男子中学生。
2人の手が触れた瞬間!
パァァン!!
途端に、合わされた手から光が発せられ、眩しい洪水が暗い海を照らしていく。
***燕真と紅葉の意識体の融合***
我に返る紅葉と燕真。燕真は紅葉の手を、紅葉は燕真の手を握っている。
「燕真!」
「・・・紅葉?」
暗い海を塗り替えた光の洪水は、今度は、闇を飲み込んだまま、燕真と紅葉の目の前に集まってきて、【一粒の眩い光】になった。それまで暗かった海は、美しい透明に変化しており、珊瑚礁や、群れをなす小魚や中魚、悠然と泳ぐ大魚など、様々な生命が満ちあふれている。
先程までとは違い、燕真の体はとても軽い。温かい羊水の中にいるかのように、とても安らいだ気持ちになる。
「これは・・・?」
「上まで・・・ぃける?」
「・・・あぁ!」
燕真と紅葉は、合わせられた手を握り合い、光在る上空に手を伸ばすようにして、海上目掛けて泳ぐ。先ほどの【一粒の眩い光】が、燕真を誘導するように、視線の少し先を移動する。闇に縛られていた時とは違い、体が自由に動く。グングンと浮上していける。
『それで良いんだ。紅葉を頼んだぞ。』
「・・・えっ?」
光が、男性の声で優しく語りかけたように思える。その直後、燕真は、海の上に到達をして顔を出した。
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燕真の眼がシッカリと見開いた。
目の前には心配そうに見つめる粉木が、そして体の上には紅葉が燕真を抱きしめるようにして、体を重ねて俯せになっている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「助けられたようやな、燕真。」
「お・・・俺は・・・?」
「お嬢とお氷には、当分は足を向けて眠られへんで!」
「・・・紅葉?」
闇に侵されて黒ずんでいた全身が、血色のある生気色に戻っている。起き上がり、体を重ねていた紅葉の肩を抱いて名を呼ぶ。燕真の声に応え、紅葉がうっすらと目を開けた。
「・・・良かった。ちゃんと帰ってきたんだね、燕真。」
「あぁ!だって、オマエが導いてくれたんだろ。」
「・・・ぅん」
「オマエは大丈夫なのか?」
「・・・ぅん。体力全部使っちゃって・・・チョット疲れちゃったけどね。
・・・でも・・・燕真が元に戻って良かった」
「なぁ、紅葉・・・オマエ、ガキの頃・・・・・」
「ん?」
「いや・・・何でもない!大切なのは、過去じゃなくて、今だ!!」
グッタリと脱力している紅葉を労りながら立ち上がり、土蔵を出て北東の空を睨み付ける燕真!上空を飛ぶ闇が一箇所に集まっており、その下の富運寺に倒すべき敵がいることを、明確に示している!
「じいさん・・・紅葉のこと、頼む!」
「任しとき!・・・行って来いや。」
「あぁ!」
燕真は、左手首に巻いたYウォッチを正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船型バックルの帆の部分に嵌めこんだ!
「幻装っ!!」 《JAMSHID!!》
電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!
「これは・・・俺を導いてくれた光。・・・紅葉の光?」
直ぐ近くに、先ほどの【一粒の眩い光】が浮いていた。そっと触れる。
〈驚いたのう。
主が人間如きに力の解放を許可する時が来るとは思わんかったぞい。〉
〈主の詔により、力を貸すぞ、佐波木燕真。〉
「・・・え?」
両脇に気配を感じて振り向くと、ぼんやりと2つの人影が立っている。
♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン ♪キュィ~ン
アラームのような音が鳴り響き、両脇に立つ人影がザムシードに重なる!
《EXTRA!!》
全身から光が発せられ、腕、肩、胸、腰、脛、そしてマスク、各プロテクターが変化をする!ブラックザムシードへの2段変身時と似ているが、禍々しさは微塵も無い!光の中から出現したその戦士は、朱く、雄々しく、精悍な姿をしている!
妖幻ファイターEXTRAザムシード(エグザムシード)誕生!
「燕真・・・・その姿は一体なんや?」
「・・・え?」
見たことのないザムシードの姿に眼を見はる粉木。自分の変化に気付いていないザムシードは身近な窓ガラスに映った姿を確認する。
「これは・・・一体?」
「閻魔様が、燕真にちゃんと力を貸してくれた姿だよ。
きっと、燕真が、黒ぃザムシードの、闇の力に勝ったから・・・」
「お嬢が黒いザムシードの闇を封じ込めた結果っちゅうわけか?」
「そっか・・・ありがとな、紅葉!!」
「ガンバレ・・・60点。」
エグザムシードは、粉木と紅葉を見て頷いた後、マシンOBOROを召還して飛び乗り、上空に闇が集まる場所の真下を目指して走らせた!
最強の鬼の復活は間近に迫っている。幹部に負けた燕真に、酒呑童子の討伐ができるのか?紅葉は「閻魔様が力を貸した」と評価していたが、その戦闘力がどの程度なのか、何一つ確証は無い。
「・・・燕真」
心配そうにエグザムシードを見送る粉木を、壁に背を保たせて体を休めていた紅葉が、弱々しいが穏やかな表情で見詰める。
「燕真ゎ大丈夫だょ・・・
だって、足が痛くてビリなのに、最後まで走ったんだもん。
泣きたぃクセに、優しぃんだもん。」
「何の話や、お嬢?」
「えへへ・・・ヒミツ。
アイツ・・・みんなにゎ役立たずかもしれなぃけど、
ァタシにとってはスーパーヒーローなんだょ」
「そか・・・なら、オマンが応援すれば、負けるわけがないのう。」
「・・・ぅん!」
諦めずに走り続けた‘ゼッケン60番’の姿は、幼かった紅葉にも「頑張る」と言う気持ちを植え付けていた。それまでの紅葉は、周りからは「お人形さんみたい」と評価されていた。可愛らしいけど、温和しくて人見知りで、友達がいなかった紅葉は、その日以降、無駄に「頑張る」ようになった。
怖かったけど、鎮守の森公園で男子上級生にいじめられていた同級生を助ける為に、勇気を振り絞って、上級生達を蹴っ飛ばした。上級生は泣きながら逃げて行った。助けた同級生(亜美)は、今では親友になっている。
紅葉は、「頑張れば、ダメなりに何とかなる」と考えるようになる。その結果、今の紅葉に至る。「人気者」だけど「がさつで乱暴」な紅葉になったのは、ゼッケン60番の所為。
半年前の秋、紅葉は‘ゼッケン60番’に再会をした。県外で知り合った彼に、地元で再び会えるとは思っていなかった。第一声で初恋の相手に「60番」と言い掛けたが、「もし別人だったら?」「覚えていなかったら?」と考え、咄嗟に「60点」と言い直した。そして「60点」と接していくうちに、彼が「60番」と確信をした。
「アイツは・・・ずっと前から、ァタシのヒーローなんだもん!」
紅葉が燕真に隠していた気持ち・・・それは、今の燕真に対する想いと、何年も前から燕真を慕っていた想い。