20-2・酒呑復活の儀式~討伐隊全滅~氷柱女介入
-富運寺の境内-
総門の内側には広い境内があり、その先に、回廊のある山門、更に奧(敷地の中心に)に仏殿がある。その敷地を覆うように鬼の結界が張られていた。
大いなる主の鼓動を感じ取り、各地で息を潜めていた百鬼夜行が集まってきた。日は落ち、月が上がり、待ちに待った時間が訪れる。
「皆の者!ようやく、この時を迎えたぞ!!」
仏殿の屋根に立ち、高々と拳を掲げて号令を掛ける茨城童子!茨城童子の号令に対して、百鬼夜行が呼応をして地鳴りのような掛け声で応える!
「おう!おう!お~うっ!!」×たくさん
「さぁ、我らの妖気を供物として、御館様の魂を呼び起こすぞ!!」
「おう!おう!お~うっ!!」×たくさん
茨城童子が、頭上高く掲げた掌に妖気を集中させると、呼応した鬼の軍団が、次々と、茨城童子の発した妖気の塊に妖気を撃ち出す!みるみる増大していく妖気の塊!直径1m程に膨れ上がった妖気の塊を、足元の屋根に撃ち降ろす!
妖気の塊は、屋根を突き破って本殿に沈み、安置してある5枚の『酒』メダルを覆った!途端に、妖気の塊がドクンと脈打ち、『酒』メダルに浸透していく!そして、『酒』メダルの周囲の空気が歪み、妖気が湧いて屋根の穴を通り抜け、上空に闇の柱が立ち昇った!
「おぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
5枚の『酒』メダルが一塊の闇となり、不気味な唸り声が発せられる!文架の地が一瞬だけ震え、各地で行き場無く彷徨う邪気が、上空に飛び、禍々しく黒い流星となって富運寺に集まり、闇の塊に吸収されていく!
本来、この様な儀式は、妖怪が最も高い妖力を得られる満月の夜を選ぶ。しかし、今は、満月の3日前、十日夜月と十三夜月の間である。
「だが、これで良い!」
下級妖怪を生み出すのとはワケが違い、最強の鬼を降臨させるには時間が必要で、場所を特定されて横槍が入るリスクは高い。
「退治屋が兵力を整えつつあることは知っている!」
だからこそ、茨城童子は、退治屋が準備を整える3日前を選んだ。妨害者がガルダだけなら対応できる。足りない妖気は、優麗高の生徒達から強制的に吸い上げた生命力で補う。
-同時刻・県境-
一隊が‘一般隊員9人と妖幻ファイター1人’で編成された、計3隊からなる鬼討伐中隊が、トレーラー3台を連ねて、文架市に向かっていた。
援軍の部隊長は喜田栄太郎。喜田CEOの息子であり、将来のCEOに最も近い青年だ。彼に妖怪討伐の才能が有るかどうかは不明だが、彼には最新の妖幻システムと、退治屋内で最強クラスの有能な部下が与えられている。
「・・・たく!一体どうなってんだよ?」
2台目のトレーラー内で待機をしている喜田栄太郎が不満を口にする。当初の任務は、「文架市で暗躍する鬼の副首領を討伐せよ」だけだった。だが、いつの間にか討伐するべき鬼の数が増え、本部で保管していたはずの『酒』メダルが鬼の手に渡ってしまった。
「職務怠慢だっての、クソオヤジ!」
つい先ほど偵察組から聞いた情報では、文架支部の妖幻ファイターが敗北をして、酒呑童子を封印したメダル全てを手に入れた鬼達は、次の行動に移行したらしい。酒呑童子の復活が間近と言うことは、考えなくても解る。これでは、事前準備が何もできない。それどころか、目的地に着く前に、鬼の総大将が復活をしてしまう可能性が高い。
『このまま富運寺に向かい、鬼の軍団を制圧せよ!』
それが、後手に廻ってしまった本部からの新たなる指示だった。命令を受けたトレーラー運転手は、苛立ちを募らせてアクセルを踏み込み、追い越し車線から一般車輌を追い抜く。
だが・・・本部、討伐隊、粉木達、そして鬼達も想定していないところで、もう一つの悪しき思惑が動き出していた。
それは、「退治屋の裏を掻き、横槍が入る前に総大将の復活を成功させられる」鬼達からしてみれば、特に影響のない出来事だったが、鬼に出し抜かれた退治屋には最悪の‘泣きっ面に蜂’となる。
「なんだ?」
先頭のトレーラーの進行方向に、大柄な人影が立つ。男は、轢かれることなど臆せずに一定のポーズを決める!
「日本の退治屋とやら、少しばかり試してみるかな!
・・・・・・・・・・・・・・・・マスクド・チェンジ!!」
ドォォォォォォンッッ!!!
先頭を走るトレーラーが、急ブレーキで減速をしたかと思ったら、突然、火を噴いた!慌てて、後続のトレーラー2台が急停車をする眼前で、先頭のトレーラーがゆっくりと持ち上がり、ガードレールの外側に放り投げられ、大爆発を起こす!
「な、なんだ!?」
「何が起こっている!?」
「第2小隊、第一種戦闘配置!!」
「第3小隊は、二手に分かれて、第2小隊の援護をしつつ、第1小隊の救助!!」
トレーラーから出て構える鬼の討伐部隊!その視線の先には、巨大な斧を構え、プロテクターを纏った戦士が立ちはだかっている!
マスクドウォーリア・オーガ。喜田栄太郎が変身する妖幻ファイターを含む、計30人の鬼討伐隊が命を奪われた為、その存在と目的が本部に伝わることはなかった。
退治屋がマスクドウォーリアの所属する‘大魔会’と相対するのは、もう少し先の話になる。
-富運寺の石段下-
ガルダが、交戦をしていた。富運寺を取り巻く気配が禍々しく変化をしたので、気が焦る。眼前の敵は中級妖怪2体と、下級妖怪3体。個々で戦えばガルダならば楽勝できるが、粉木&紅葉&燕真を庇いながら、且つ、中級妖怪の牛頭鬼と馬頭鬼が連携をして戦うので、想定外の苦戦を強いられていた。
〈討伐部隊、音信不通。詳細は不明。〉
「なにっ?」 「なんやて?」
粉木とガルダの通信機に、本部からの死刑宣告のような報が届けられる。
「どういうこっちゃ!!おい!!」
アテにしていた「援軍が来ない」と聞いた粉木は、通信機に大声で尋ねるが、「調査中」「再編成を急ぐ」「それまでは現存人員で維持せよ」との回答しか戻ってこない。今からの再編成では、到底、事態収拾には間に合わないだろう。
「俺が1人でやるしかないってことか!」
ガルダは、鳥銃・迦楼羅焔を連射して、襲い来る鬼軍団に応戦をしながら、粉木の逃走路を作ろうとする。「現存人員で維持」、つまり、戦力はガルダのみ。この状況下でガルダが言えることは、1つしかなかった。
「ここは俺に任せて逃げて下さい!」
単独で酒呑童子復活の阻止に向かわなければならない。つまり、この場で悠長に戦っている余裕は無くなった。動けない燕真を置き去りにして、動ける粉木と紅葉を安全圏に逃がし、ガルダは攻撃に転ずる。それが最善の策だ。
しかし、紅葉は燕真から離れようとしない。紅葉には、燕真を置き去りする選択しなんて無い。粉木が手を引いても、紅葉は首を横に振って燕真にしがみつく。このままでは、鬼の餌食になるのは時間の問題だ。
「しゃーないか!?」
ならば、選択肢は1つしかない。今の粉木にできるのは、異獣サマナーアデスに変身をして鬼を蹴散らすことだけ。たが、妖怪討伐の専用システムではない異獣サマナーでは、有利に戦うことはできない。それに、この場を制圧できたとしても、その先の手段が思い浮かばない。
ガルダ単独では、茨城童子&虎熊童子&金熊童子、そして今から復活をする酒呑童子を倒すなんて不可能。燕真が助かる術は無く、文架市は鬼の支配下に落ちるのは確定している。
「そやかて今は・・・戦う事しかできへん!」
覚悟を決めた粉木は、変身アイテムを翳して一定のポーズを決める!
・・・その直後!
ヒュン、ヒュン、ヒュン・・・ドォン!!ドォォン!!ドォォォン!!
空から幾つもの氷柱が降ってきて、鬼達の突進を阻むようにして周囲の地面に突き刺さった!同時に、粉木と紅葉の背後から冷たい風が吹いてくる!
「・・・ん?」
「なんや?討伐隊は、来ぬはずやが・・・」
振り返ると、氷柱女のお氷が立っていた!
「お氷・・・オマンが助けに?」
「勘違いをするな。おまえ達の加勢に来たわけではない。
野蛮な鬼共が、我が安住の地を闊歩するのが煩わしいだけだ。」
「そ・・・そうか。感謝するで。」
「ふん。痛々しすぎて見てられぬからな。」
お氷は、泣きながら燕真の名を呼び続ける紅葉と、黒ずんで横たわる燕真を見て顔をしかめる。
「酷い有様だな。
・・・行き先は、おまえ等の屋敷で良いのか?」
「すまん・・・頼めるか?」
「容易い。おまえ等には、雪女の一件で借りがあるからな。・・・掴まれ」
お氷は、燕真と紅葉に手を添え、粉木に捕まれと促す。粉木がガルダと呼ぶと、ガルダは粉木を横目で見て、手首を振って「行け」と合図をした。
「護りながらでなければ、どうとでもなります!」
「そうか、頼んだで狗塚!・・・死ぬなや!」
粉木達の逃走を確実にする為に、粉木達に近い鬼を優先的に攻撃するガルダ!その間に、氷柱女が小さな声で呪文の詠唱をする!途端に、氷柱女を中心に吹雪を帯びた竜巻が舞い上がり、燕真&紅葉&粉木を包んだ状態でホワイトアウトをする!(第10話で亜美を連れ去ったのと同じ技)
周りの吹雪が晴れた時、其処はYOUKAIミュージアムの敷地内だった。
粉木は、お氷に礼を言うと、紅葉を連れて、燕真を担いで庭の土蔵に運び入れる。霊的干渉の強いこの場所ならば、鬼に対する防御の結界が張れるのだ。
粉木は、雅仁を援護する為に、再び戦地に赴くつもりだった。その為に、直ぐにでも結界を発動させる必要があった。
「あ・・・あの・・・お氷?」
しかし、土蔵内にお氷が入って来たので結界術を中止する。妖怪を排除する結界を張りたいのに、中に妖怪がいたら邪魔なのだ。
「・・・助けてくれたんはありがたいが、オマンがここにいると・・・」
「オマエまで、状況を正確に把握できないほどに動揺しているようだな。
邪気祓いの結界を張って、鬼の妖気に汚染された青年を苦しめるつもりか?」
「・・・そ、そうか。」
お氷に指摘をされた粉木は、幾分かは冷静さを取り戻す。一方のお氷は、燕真の傍から片時も離れようとしない紅葉に近付いて、そっと肩を触れる。
「この男は・・・・其程までに必要か?」
「・・・燕真がいなくなるなんて考えられなぃ!!」
「生きていなければ駄目なのか?」
「そんなの当たり前でしょ!!」
「そうか・・・・・・ならば、この男を助ける為ならば、赤裸をも厭わぬか?」
「も、もちろん、燕真の為なら裸だって何だって・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁぁぁっっ!!!?」
それまで、瀕死の燕真しか見ていなかった紅葉が、初めて顔を上げて氷柱女を見詰める。
「一糸纏わぬ姿で、この男の肉体を受け入れる覚悟があるのかと聞いている。
人間の‘つがい’とは、その様な行為で、心を確かめ合うのだろう?」
「ぇ!?ぇ!?ぇ!?・・・・ぁ、ぁの・・・・その・・・・」
「この男を救う可能性があるとすれば、それは、おまえだけだ。」
紅葉は「燕真を助けられる可能性」を聞き、一定の安堵をするものの、お氷のセクハラ発言に対して、乙女の恥じらい全開で赤面する。お氷から、「燕真を救う為に、素っ裸になって燕真と性行為を出来るのか?」聞かれているのだ。
「突然、そんなこと言ゎれても、そ~ゆ~のゎコミックでしか読んでなぃし・・・
ァタシ的には、ロマンティックな場所で男らしくリードして欲しぃし・・・」
知人の家の物置で、相手は寝ているだけで、優しくチューとかしてくれなくて・・・正直、記念すべき初体験の理想としていたのと全然違う。何をどうすれば、行為に至れるのか、よく解らない。
だが、燕真を救う為と言われれば、一切、拒否をするつもりはない。
「燕真の為なら・・・なれるもん!」
決意を固めて立ち上がり、ジャケットとセーターを脱ぎ捨て、インナーシャツを半分ほど捲り上げ・・・ふと熱い視線を感じて、横目で確認する。お氷の過激発言の所為で、妄想世界に没入してしまい、スッカリ存在を忘れていたが・・・粉木ジジイが、食い入るようにして、紅葉のストリップショーを眺めている。