18-1・燕真の予感~優高へ~優麗高の異常
-優麗高屋上-
茨城童子の念に呼応して、優麗高を包んだ結果が発動。生徒達の体から、緩やかに生命力が浮かび上がり、屋上に沸き出し、八卦先天図を通過して、3枚のメダルへと吸収されていく。
「一気に奪わないのか?」
「数ヶ月をかけて、この学校にある生命力の質は把握した。
これくらいが効率的なのだ。」
数秒で結界内の全生命力を奪うことも可能だが、それでは酒呑童子の復活に必要な生命力には足りない。供物を生かさず殺さず。仮に1時間で体力の2割が回復するなら3割を奪う。若い生命を回復させながら、時間をかけて奪い続け、『酒』メダルを満たす。急激に生命力を奪えば、霊感の強い者は異常を感じて、学校から退避をしてしまう可能性もある。だから、緩やかに奪い続ける。
3枚の『酒』メダルが満ちる頃には、生命力の弱い者は死に至るだろうが、気にすることではない。それが茨城童子のやり方なのだ。
「あとは、待つのみ。」
茨城童子の姿が、講師・伊原木鬼一の姿の変化。金熊童子が首を傾げて、屋上から立ち去ろうとする伊原木を呼び止める。
「アレ?何処に行くの、イバさん??」
「授業だ。一応は、この学校の講師のフリをしているのでな。」
「こんな時まで?」
「供物達に異常を感じさせず、且つ、私が疑われずに人間界に紛れ込むには、
無駄と思える行動も必要なのだよ。」
伊原木は、金熊童子に3枚の『酒』メダルの防衛を任せて、いつも通りを装う為に階段を降りていった。
-文架高屋上-
ガルダが鳥銃・迦楼羅焔を構えて連射を続ける!距離を空けて回避を続ける虎熊童子!ガルダの銃では素早い虎熊を捉えることができず、接近戦が得意な虎熊はガルダに近付くことができない!ガルダのパワー切れが先か、虎熊の足が止まるのが先か、互いに決め手を欠いた我慢比べの長期戦になりかけていた!
「ダメだ・・・狗塚の奴、鬼と対峙して冷静さを欠いてる。」
ザムシードは違和感を感じていた。鬼達は何の為に文架高を戦場に選んだ?妖幻ファイターを誘い込んで一網打尽にするのが目的なら、鬼側は総力戦を挑んでくるのではないのか?
文架市中に鬼印を施したのは、雅仁が常々話題に出す茨城童子という鬼の幹部。文架高を妖怪の巣窟にしたのも茨城童子なのだろうか?
「茨城童子ってヤツは、何処で何をしている?」
漠然とした不安に駆られたザムシードは、Yウォッチを通信状態にして話しかけた。
-文架駅南側の踏切-
遮断機が降りており、車内で苛立ちながら電車の通過待ちをしていた粉木が、ザムシードからの通信音に応じる。
〈今どこだ、ジジイ?〉
「文架高に向かってるとこや。
戦況はどうや?ワシが行くまで、あと10分。持ち堪えられるか?」
〈ザコは片付いて、今は、狗塚が虎熊童子ってヤツと交戦中だ。〉
「虎熊やと?」
やはり、鬼の幹部共が集まっている。一定の予想はしていた粉木だが、改めて現実を知って驚いた。だが、ザムシードが通信を入れた目的は、虎熊童子出現の報告をする為ではない。
〈なぁ、ジイさん。文架高校以外で、異常が発生しているところは無いか?〉
「どういうこっちゃ?」
〈現れた鬼の幹部は虎熊童子だけ。
茨城童子ってヤツが姿を見せないのはなんでだと思う?
今まで、ずっと、慎重に動いていたヤツが、
大掛かりな罠を貼った上で俺達を部下に任せて放置なん考えられるか?
文架高校に足止めされているような気がしてならないんだ。〉
「狗塚はなんて言うてる?」
〈アイツは、鬼との戦いに熱くなりすぎていて、
俺の話を聞いてくれる余裕が無い。〉
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
粉木の予想はザムシードと同じ。それどころか、ガルダが冷静さを欠くところまで含めて、鬼の策略のように思える。
遮断機が開いたので車を前進させて踏切を渡りきったところで路肩に駐め、助手席に置いたノートパソコンをを開いて妖気反応を確認してみる。
「・・・こ、これは!」
〈どうしたジイさん?〉
「燕真・・・オマエの予想通りや。」
〈なにっ?〉
まるで、文架高の派手な騒ぎで隠すようにして、優麗高からも異常な妖気が発せられている。文架高の事件は揺動だ。おそらく、ザムシードの指摘が無ければ、皆が文架高に意識を集中させてしまい、誰1人気付けなかっただろう。
いつもならば、真っ先に異常に気付いて騒ぎ出しそうな紅葉から、何の連絡も無いことも気になる。
「至急向かえるか、燕真?」
〈何とかする!〉
粉木には、「紅葉が異常に気付いていない」に対する一定の予想ができる。紅葉の母が紅葉に持たせている亜弥賀神社の御守りには、紅葉を霊的な外敵から守ると同時に、紅葉の突出した霊的能力を抑え込む効果がある。おそらく、鬼という強大すぎる敵に対して、紅葉の本能が危機を感じ取り、御守りの効力とリンクして紅葉の能力値を下げ、鬼に気付かれないように守っているのだろう。
「なんちゅうこっちゃ。
最近、お嬢が『調子が悪い』と言っていたのは、鬼が近くにおったからや。」
〈なんか言ったか、ジイさん!?〉
「あとで説明をする!急かして済まんが、優麗高に向かってくれ!」
通信を切った粉木は、進路を文架高から優麗高に変えて車を走らせる。
-文架高・屋上-
相変わらず、ガルダと虎熊童子は、決め手に欠く攻防を続けている。
「おい、狗塚!」
「鬼は俺が倒す!君は手を出すな!」
ガルダを冷静に立ち戻らせてから説明すれば、揺動されていることを理解できるだろうが、今の頭に血が上ったガルダは聞く耳を持つ気が無い。意を決したザムシードは、駆け寄ってガルダの隣に立つ。
「解ったよ。虎熊はアンタに任せる。・・・俺は」
「んっ?」
ザムシードは、ガルダの肩に手を乗せて、軽く後ろに引いた!想定外を受けて、ガルダの虎熊への攻撃が一瞬止む!直後に、妖刀を構え、虎熊に突進をして行くザムシード!
「オマエ(ザムシード)、何のつもりだ!?」
ガルダは攻撃を再開しようとしたが、銃の射線上にザムシードが入った為に射撃ができない!
「うぉぉぉっっっっっっっっっっっ!!!」
ザムシードが、虎熊童子目掛けて妖刀を振るう!だが、接近戦は虎熊の得意レンジだ!目を布で覆っているにもかかわらず、風の動きと音でザムシードの動きを読み、楽々と回避をされてしまう!虎熊の心眼には、ガルダの動揺も手に取るように解る!
「ふははっ!オマエ達、仲間じゃないのか!?連携が滅茶苦茶だな!」
妖刀を振り下ろした直後のザムシードに、虎熊が剣の連撃を放った!素早く数歩後退をして、致命的な直撃を避けるザムシード!だがそれでも剣圧に押されて弾き飛ばされ、屋上の手摺りの外側に放り出された!
「チィッ・・・コイツ?」
ザムシードを屋上から排除した張本人の虎熊童子は、違和感を感じて僅かに動きを止めた。心眼で魂胆を読み、落下したザムシードに追い撃ちをかけようとするが、ガルダが光弾の連射を仕掛けてきたので、直ぐに気持ちを切り替えて回避に専念をする!
「おい、佐波木っ!?」
一方のガルダは、発砲で虎熊を牽制しながら手摺りに駆け寄って落下したザムシードを確認した!ザムシードは、空中の放り出されながら、事前に準備しておいた『朧』メダルをYウォッチに装填!呼び出されたマシンOBOROが、自走をしてジャンプ!落下中のザムシードを受け止め、校舎の外壁を走って安定させ、地面に着地をした!
「焦らせてスマン!」
マシンOBORO上で体勢を立て直して見上げるザムシード。変身を解除して燕真の姿に戻る。
「狗っ!虎熊は任せた!先に優麗高に行って待ってるぞ!!」
しばらく休めたおかげで、虎熊に喰らったダメージは回復をした。ガルダと共に行動できないのは些か不安だが、文架の退治屋はガルダではない。文架で起こる事件は、他者に頼らず燕真が解決するべきこと。紅葉が危機に瀕しているなら、尚更、他人には任せる気は無い。
燕真は、文架高の制圧をガルダに託し、マシンOBOROを駆って校庭から脱出して、優麗高に向かう。
「おい、佐波木っ!」
敵前逃亡?優麗高で待つとは何のことだ?虎熊童子との決着を譲る気は無いガルダだが、燕真が戦線離脱をしたことには驚きが隠せない。
「オマエの策略か?」
「何のことだ?」
「しらばっくれるな!
アイツは、この戦場を離脱するつもりでワザと墜落したんだ!
墜落する為に拙者の攻撃を喰らったから、致命打が一発も入らなかった!」
「ヤツが・・・ワザと?」
「我らの作戦を見抜き、アイツを離脱させたんだろ?
だが、未熟なヤツを茨城童子に宛てるなんて、愚策としか思えんな。」
「・・・茨城童子?」
ガルダは、虎熊童子の指摘で、燕真の魂胆を理解する。文架高校に大掛かりは仕掛けを作ってガルダ達を誘き出しておきながら、待ち伏せていた幹部クラスは虎熊童子のみで、肝心の茨城童子が姿を見せない。それは則ち、文架高に仕掛けられたのは、ガルダとザムシードを足止めする為の揺動であり、鬼の副首領は、別の場所(燕真曰わく優麗高)で、真の策略を実行しようとしている。小賢しい茨城童子の考えそうな策だ。少し冷静に考えれば解ったはず。
「未熟者のクセに・・・いや、今は、佐波木に任せるしかないか!」
ガルダは、冷静な判断ができなくて違和感に気付けなかったことを、恥ずかしく感じた。同時に、クリアになった思考で、虎熊童子を睨み付ける。
燕真に時間稼ぎをさせ、その間に虎熊童子を倒して、優麗高に駆け付け、まだ未熟なザムシード(燕真)では苦戦をするであろう茨城童子もガルダが倒す。
「何一つ複雑な要素の無い明確な戦術だ!
その為にも・・・先ずは、眼前の虎熊童子を成敗する!」
銃の連射ばかりでは、膠着状態が続くだけ。虎熊童子の目的は、ガルダの足止めなので、このままではヤツの思う壺だ。
「ならば・・・ヤツの得意なレンジに誘い込んで隙を突くしかあるまい!」
ガルダは、『蛮』メダルをYウォッチに装填して、妖槍ハヤカセを召喚して構える!
-文架駅周辺-
燕真が優麗高に向けてバイクを走らせていると、前方を見覚えのある車が走っていた。粉木が運転する車だ。燕真はスピードを上げて粉木の車に追い付き並走をする。燕真の接近に気付いた粉木が、助手席の窓を開けた。
「ジイさん!紅葉の高校はどうなっている!?」
「解らん。だが、強い妖気反応が出ておる。
おそらくはオマンの予想通り、鬼の幹部が画策をしよる!
お嬢とは、連絡取れんのか!?」
「電源が切ってあって繋がらないんだ。」
「直に行って確かめるしかあれへんな。」
「悪いが、先に行くぞ!」
燕真は、バイクのスピードを上げて粉木の車を追い抜き、法定速度を無視して前を走る車の間を擦り抜けながら先を急ぐ。
-優麗高・3年生の教室-
伊原木が何食わぬ顔で授業を続けていた。今は、自らで教科書の朗読をしている。その眼には、生徒達の生命力が、少しずつ屋上の『酒』メダルに奪われているのが見える。だが、生徒達は気付いていない。古文が苦手な生徒は「授業が面白くないから眠い」と勘違いして朗読を子守歌代わりに居眠りをはじめ、伊原木に良いところを見せたい女生徒達は、体の怠さを感じながら伊原木の朗読に耳を傾ける。
-グラウンド-
2年D組の女子が持久走をしていた。
いつも適当に走る太刀花美希は、後方集団でジョギングより少し早い程度のペースで走っている。「ただ走るだけ」を体力の無駄使いと考えて、温存して走っているつもりなのだが、今日はやけに疲れる。
藤林優花は、持久走が得意ではないが、常に真面目に走っている。今日も2番手グループに混ざって走っているのだが、体が重くてペースが上がらない。一緒に走っているクラスメイト達も、まだレース終盤でもないのに息が上がっているように見える。
2人とも、自分の体に異常は感じていたが、それが「生命力を奪われているから」とは考えていない。