2-3・燕真と紅葉の合流~夜の学校~ザムシード
-鎮守の森公園に面する大通り-
友人の悲鳴に続いて、男達の悲鳴が聞こえた。公園内で何か大事件が起きている。ツインテールの少女は大通りと公園を隔てる植樹の隙間から顔を覗かせて確認しようとする。年相応に好奇心の塊のような少女だが、だからと言って危険を顧みないほど無謀でもない。友人を助けたいが公園内に踏み入るのは怖い。
その場から大声で呼んで友人の安否を確認する。それが精一杯の勇気だった。
「アミィッッーー!!!?ぃるのぉぉーーーー!!!?」
ザザザザッッッ・・・ガサッガサガサッ!!
枝葉を掻き分けるような音が少女の耳を劈き、公園の中から何かが飛び出して、少女の前に現れた!!
「・・・ぇ!?・・・アミ?」
悲鳴を上げて腰を抜かすツインテールの少女!
「おぉぉぉぉぉぉ・・・・!!」
それは、つい先程まで遊んでいた友人の変わり果てた姿だった!俯き気味で顔色は青白く目は虚ろ、背中からは蜘蛛の足が生えている!
しかし、既に満腹の子妖にとって、出会い頭のツインテールの少女など、もはや必要な食料ではない。8本足に憑かれた友人は、少女を一瞥することなく跳び上がり、8本の足で近くのビルの看板にしがみつき、糸を吐き出して屋上手摺りに絡みつけて這い上がり、やがてツインテールの少女からは見えなくなった。
「・・・ア・・・ミ?」
突然の出来事に、しばらく呆気に取られていた少女だったが、次第に落ち着きを取り戻す。友達の姿は学校で経験をした「あの時」と同じだ。「明日からは平常通りに通学して良い」との連絡が来たので、学校で起こった一連の不可思議な事件は終わったと思っていた。だが、未だ終わっていない。
この様な非日常を相談できる相手など1人しか知らない。震える手でスマホを取り出し、出会ったばかりの年配の友人に電話をかける。
-YOUKAIミュージアムから出た直後の公道-
ピーピーピー!
バイクで学校に急行する燕真の左手首に装着されていた腕時計型アイテム【Yウォッチ】から発信音が鳴る。燕真は、近くの路肩にバイクを停車して、【Yウォッチ】の向こう側にいる粉木老人に話し掛けた。
「どうした?粉木のジジイ!?」
〈今しがた、お嬢から連絡が来たで!〉
「ハァ!?勘弁してくれよ!こんな時にあの女の話かよ!?」
〈ちゃうわ、ドアホ!
憑かれたんは、お嬢の友達や!それを目撃して、連絡してきおったんや!
お嬢の話では、子妖は学校に向こうとる!!〉
「解ったよ!
アイツの友達が本体に捕食される可能性があるから急げってことだな!?」
〈それもあるが、それだけやない!
お嬢には『安心して帰るように』と言って、お嬢は了解したが、
あん子がおとなしく帰るとは思えへん!
公園通りを経由して学校に向かうんや!
そいでもって、途中でお嬢を拾ってくれ!〉
「ハァァ!?何だよそれ!?」
〈公園通りならそこからすぐやろ!ワシも早よ行くさかい頼むで!〉
「やれやれ・・・メンドクセー小娘だ!」
ほどなくして、燕真が駆るホンダVFR1200Fは、鎮守の森公園に面する大通りに到着!
「アイツは何処だ!?」
燕真はバイクを走らせながら、小生意気なツインテール少女の姿を捜す。先日の尾行で、彼女が公園通りから学校に行くまでの通学路は把握している。交差点を曲がり、市内を流れる山頭野川に架かる文架大橋に差し掛かったところで、懸命に自転車の立ち漕ぎをする後ろ姿を発見した。粉木の予想通り、少女は「おとなしく帰宅」などする気は無かったようだ。
「あのバカ・・・ホントにいやがった!」
燕真は自転車を追い越して50mほど進んだところでバイクを止め、追い着いてくる少女に声を掛ける。少女も直ぐにバイクの主が燕真だと気付いて、自転車を止めた。
「おい!何やってんだよ!?」
「ぁぁ!60点!!」
「60言うな!粉木のジジイから事情は聞いた!
あとは俺がなんとかするから、オマエは帰れ!」
「ィヤ!アミが心配だから行く!!」
「何が起きているのかも解ってないクセに首を突っ込むな!
無謀にも程があるぞ!」
「ァンタにゴチャゴチャ言ゎれる筋合ぃは無ぃもん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「絶対にアミを助けるんだもん!!」
燕真は、溜息をついた後、予備のヘルメットを取り出し、少女のオデコに軽くコツンと当てるようにして差し出した。
「解ったよ!なら、付き合え!!」
「・・・ぇ!?」
「後ろに乗れっての!・・・学校に着いたら、絶対に俺から離れるなよ!」
「ぅん!!」
少女はにこやかに微笑むと自転車を橋の欄干側に寄せて手摺りにチェーンキーを廻してロックを掛け、ヘルメットを被り、ホンダVFR1200Fのタンデムに跨がった。
この燕真の行動は少女の決意を汲んだからではない。現場まで連れて行くなんて足手纏いとしか感じない。しかし、おそらく彼女は、いくら止めても単独でも現場に行くだろう。ならば悶着をしても時間の無駄。進展が望めない口論よりも、現場への到着を優先させるべきと判断したのだ。事前に粉木から「少女を拾うように」と指示が出ていたので、連れて行くことにそれほど抵抗はない。
燕真自身気付いていないが、粉木は‘少女の無謀な行動’と‘燕真の性格’を判断した上で、少女の安全確保と無駄な口論によるタイムロスを避けるように、言葉巧に燕真を誘導していた。
「行くぜ、振り落とされんなよ!」
「うん!」
少女は、燕真から「無謀にも程がある」と評されたが、実際には言われるほど浅はかな行動ではなかった。おそらく、何も知らない状況で今回の異常事態に直面していたら、腰を抜かしたまま動けないか、何も言えずに家に戻って震え、最悪の結末が終わったあとで親や警察に相談するくらいしかできなかっただろう。しかし、彼女は、粉木に連絡をした時点で、燕真が学校に向かっていると知った。妖怪退治屋が動いている事実は少女を安心させた。「異常事態は頼れる若者が解決してくれる」「自分が助けられたように、きっと友達は救出されるはず」。それらの安心感は、やがて彼女の好奇心を動かした。「退治屋が来てくれるなら、友人の救出に向かっても危険は無い」「事件の成り行きを見たい」と。
-県立優麗高校-
昼前に「集団昏睡事件」調査を終えたその場所は、既に規制線も取り払われ、警官達は何処にもいない。明日からの通常授業の準備を終えた教員達も帰宅したあとだ。
燕真と少女は、正門から校庭を覗き、誰もいないことを確認して足を踏み入れる。少女は、燕真が踏み込んだ瞬間に少しだけ空気が変わったことを感じたが、前日のような急激な変化は感じられない。まるで、燕真の侵入に気付き、息を殺して潜んでいるように感じる(燕真は一切感じていない)。
「アミィ~~~~!!」
少女が友人の名を呼ぶが、反応は返ってこない。少し不安になるが、黙々と歩いて行く燕真の後に続く。
しばらくは沈黙を続けた少女だったが、生徒玄関に入った辺りで耐えられなくなり、燕真に声を掛けた。誰もいない校舎に少女の声が響く。
「ねぇ、60点!何処に行くの!?」
「いつまでも60言うな!・・・俺には佐波木燕真って名前があんだよ!!」
「ふぅ~ん、そっか?さばきぇんまって言ぅんだぁ!珍しい名前だね!」
「オマエは?・・・鬼太郎で良いのか!?」
「違ぅょぉ!ァタシはキタローなんて名前じゃなぃもん!」
「んなもん、訂正されなくても解ってるよ!なんて呼べば良いんだよ!?」
「ぁれ!?言ってなかったっけ??」
「俺は聞いてない!」
「ふぅ~ん、そっか!
ァタシの名前は源川紅葉だょ!よろしくね、燕真!」
「『さん』を付けろ、小娘!
オマエ、高校生だろ!?俺の方が5~6歳は年上だぞ!」
「ぅん解った!・・・で、何処に行くの!?佐波木さん!」
「3階だ。何か異常が無いか調べる。・・・階段はどっちだ?」
「階段ゎこっちだょ、燕真!」
「おう、そっか!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『さん』は!!?」
60点もイヤだが、クソガキに呼び捨てにされるのは、かなり癪に障る。今が緊急事態でなければ、この場に正座をさせて「大人を舐めんな!」と説教してやりたい気分だ。
しかし今はそんな状況ではない。依り代の念を祓うにせよ、本体を封印するにせよ、いずれにしても、これ以上被害が拡大する前に絡新婦を消滅させなければならない。
燕真は、紅葉に案内されて3階までの階段を駆け上がった。暗くて全くひとけの無い長い廊下で、消火栓の赤いランプだけが周囲を照らしており、その場の不気味さを必要以上に際立たせる。
「・・・・・・・・・・ぁ!?」
紅葉は、長い廊下のずっと先を見て何かに反応をする。
「どうした?」
「何か見える・・・モヤモヤした霧みたぃなの。」
「解るのか?」
「・・・ぅん!何となく・・・だけどね。」
「何処?」
「・・・あっち!」
静寂の中、燕真と紅葉の足音だけがコツコツと響く。やがて2人は紅葉が示した‘倉庫室’の扉の前に到着する。
「祓う念は何処だ?」
「払ぅねん?へぇ~、燕真って、元々は粉木さんと同じ関西系なの?」
「チゲーよ!念だ念!オマエが見たって言う思念だよ!!
その話が事実なら、そいつを祓い清めれば、妖怪の本体は消えるんだよ!!」
「ぁぁ、それかぁ・・・え!?燕真、解らないの?」
「何が!?」
「よく解らないけど、モヤモヤした光の玉みたいなのなら、ソコにぃるょ!」
「・・・マジで!?」
「ぅん・・・燕真のチョット後ろ・・・窓のところ!」
普段は解らなかったけど、今ならハッキリと解るょ!・・・夜だからかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燕真は紅葉が指さす方を眺めるが、何も見えない。退治屋失格と言われそうだが「いる」何て言われちゃうと、ちょっとビビってしまう。つ~か、直ぐ傍に少女がいるから平静を保ったフリをしているが、実はかなり怖い。
「あ!本当だ!!ここにいたんだな!!」
燕真は「少女に対して格好を付けたい気持ち」と「退治屋としてのプライド」で、紅葉の話に合わせて、そこに思念があることを把握したアピールする。もちろん、実際には全く見えていない。ただまぁ、変身すれば、多分、見えるようになるし、祓うには変身をする必要がある。
「さてと・・・サッサと祓って終わりにしよう!」
燕真は、和船を模したバックルのベルトを腰に巻き、左手首に巻いた腕時計型のアイテム【Yウォッチ】を正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!
「幻装っ!!」
《JAMSHID!!》 キュピィィィィィィィィィィン!!
電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、異形の戦士に変身完了!
一連の光景を間近で見ていた紅葉は、チョットした感動の面持ちだ。テレビやマンガの世界でしか見たことの無かった「変身」が現実に存在をして、目の前で見ることができた。物珍しそうにジロジロ眺め、腕や胸プロテクターや頭を触りまくる。異形の戦士を見るのはこれで2度目だから、最初に出会った時よりも慣れた。中身と知り合いなのだから、自分には危害を加えないことを知っている。
「ふぅ~ん・・・【ザムード】ってんだ!」
「ん!?なんだそれ!?
変身をした後は、【妖幻ファイター】って名前があるんだぞ。」
「そっか。なら、【妖幻ファイターザムシード】だね!
燕真が変身した時に‘JAMSHID’って音が鳴ったでしょ!」
「そう言えば、そんな音が鳴ったな!
うん・・・【妖幻ファイターザムシード】か・・・悪くないな!」
ザムシードは、先程紅葉が示した場所に意識を集中して見詰める。妖気感知システムが意識を集中させている場所の周波数を拾って映像として変換し、視覚に送り込む。
「・・・見えた!」
ザムシードの目にも、紅葉が言う‘澱んだ光の玉’が見える。この玉を祓えば妖怪は消滅する・・・らしい。腰に帯刀してある裁笏ヤマを握り、手を翳す。
「オーン・退散!!」
赤い光を纏った裁笏ヤマを、光の玉に振り下ろそうとしたその時!
ドォォォンッ!!
周囲が闇に包まれるような感覚が学校全体を包んだ!
「わゎっ!」 「なんだっ!?」
祓おうとしていた思念が、ゆっくりと天井に上がっていく!異常を察知した紅葉はザムシードにピタリと寄り添い、ザムシードは構えて周囲を見回し、ゆっくりと動く思念を追う!
「今の空気の変化は!?」
「この感覚・・・ぁの時と同じだよ!
一昨日、燕真と粉木さんが学校に来た時と!!」
《おぉぉぉぉぉぉ・・・・・・祓ワセテ・・・・成ルモノカ!!
ソノ念ハ・・・我ノ物ダ!!》
扉や窓などがカタカタと小刻みに揺れる!
「この思念で当たりってか!」
「なんか、怒ってるみたぃだょ!」
「だろうな!ボケッと消滅させられるのを眺めているわけがないかなら!」
「また、大きい蜘蛛が出てくるの!?」
ザムシードは、紅葉の問いに頷いてから、周囲を見廻す。
「隠れてないで出て来い絡新婦!!
自分の目で見えないもんを相手にするよりも、
オマエを相手にして、派手に立ち回った方が性に合ってんだ!!」
「ドンドンと‘汗臭い’のが集まってぃく!!」
「汗臭い?・・・何だよその表現!?まぁいい、何処に集まってるか解るか!?」
「あの玉(思念の玉)の真上だょ!!」
「あそこか!サッサと叩き潰してやんぜ!!」
紅葉の示した位置に踏み込もうとした瞬間、8本の巨大な足を背負った女生徒が割り込んできて、ザムシードを羽交い締めにした!
「し、しまった!!気付かなかった!!」
「アミィ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ・・・母様は・・・私が守る!!!!」
「何だコイツ、この前よりも力が強い!!」
子妖は魂を捕食して力を得る。それ故に、今の子妖は、先日の空腹な子妖よりも数段強い。
ザムシードは8本の足で完全に押さえ込まれてしまった!