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15-3・茨城童子の挑発

-翌日・8時半-


 和室では、一組の布団は既に畳まれており、もう一組の布団では雅仁が眠っている。普段なら、本人が起きてくるまで放置をするのだが、その日は、燕真が襖を開けて声を掛けた。


「おい、起きろ。」

「んんっ・・・なんだ?」


 あと1時間は眠るつもりだった雅仁は、眩しそうに眼を開け、面倒臭そうに対応をする。

 昨日の夜と今日の朝方で、かなり気合いを入れて破邪の札を作ったが、昨日のペースで鬼の印の破壊を続けたら、確実に途中で足りなくなってしまう。だから、今日は、夕方になって紅葉が来るまで、札作りと休息を繰り返すつもりだった。


「君に、俺の起床時間を決める権利は無い。」

「いいから起きろ!」

「君は知らないのだろうが、

 俺は、朝方に一度起きて、破邪の札を作っているんだ。」

「共同生活3日目なんだから、もう知ってるよ!

 鬼の印のことで、相談があるんだよ!事務室に来てくれ!」

「・・・なに?」


 雅仁は「一緒に朝食を食べよう」等という下らない催促なら無視をするつもりだったが、「鬼の印」を聞き流すことはできない。彼のイメージに相応しくない‘寝癖だらけ&ラフな格好’のまま、燕真に連れられて事務室に入った。


「・・・これは?」


 粉木が操作をしているパソコンのモニターには、文架市街地の地図が表示されており、十数ヶ所で微弱な妖気反応が発生している。


「昨日の夜から今朝にまでの妖気発生の履歴を遡ったんや。」

「バカな?昨日以前の履歴では?」

「いや、間違いなく今朝までの半日分や。」

「そんなはずは無い。」


 YOUKAIミュージアムと鎮守の森公園の周辺、及び、文架駅を中心とした商店街に設置された鬼の印は、昨日のうちに粗方消したはず。しかし、履歴には反応がシッカリと表示されているのだ。


「おかしいだろ?

 地図の場所は、昨日動き回って、アンタが消した範囲だ。」

「俺が消し損なったとでも言いたいのか?」

「そうは言っていない。

 20以上あるうちの1つや2つならともかく、

 全部ミスするなんて、アンタなら有り得ないだろ?

 それに、消し損なったり、消した場所の近くに‘鬼の印’があれば、

 紅葉が気付くはずだよな。

 それって、つまりさ。」

「昨夜から今朝にかけて、新たに作られた鬼の印・・・。」

「そういうこっちゃな。」


 鬼の印潰しに参加をしていない粉木は、この異常を気付けなかった。だが、燕真は、妖気反応の履歴を見た瞬間に「おかしい」と気付けたのだ。


「確認に行ってみないか?」


 燕真の求めに対して、雅仁が深く頷く。だが、格下扱いをしている燕真に出し抜かれた気がして面白くない。


「たまたま、君は先に履歴を見たから気付いただけだ。」

「そりゃそうだろう。アンタが見ても気付くだろうな。別に偉ぶる気は無~よ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「サッサと行こう。」

「待っていろ・・・着替えてくる。」

「なら、その間に、データを転送しておくよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 雅仁に身支度を整える為に和室に戻り、燕真は事務室で妖気履歴のデータをスマホに転送しながら待機をする。粉木は徐に立ち上がって退室して、玄関框に腰を降ろした。数分の間を空けて、着替えを終えた雅仁が姿を見せる。


「のう、狗塚。うちの若いのが幅を利かせておるんがオモロないか?」

「些か・・・。

 貴方や、源川さんのような、

 有能な人が、彼のような平凡な男を評価している現状が納得できません。」

「確かに奴は平凡や。オマンやお嬢のような天賦の才は無い。

 オマンが今まで見てきた退治屋の連中に比べても、おそらく末端や。

 無能を理解できずに、自分を特殊と勘違いして、

 口だけ達者で息巻いていんは、何も成せん小者や。

 だが、自分が凡才っちゅうことを理解して、自分にできる精一杯をする奴は、

 場合によっちゃ、有能に胡座をかいている奴なんぞより強い。

 燕真がどっちのタイプか、よう見極めるこっちゃな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そいでも、オマンが、正面から付き合う価値が無いと判断すれば、そいで良い。

 ワシが強制できるこっちゃない。」


 天才が、懸命な凡人から学べることは多い。紅葉は、無意識にそれを理解している。だが、粉木には、自分の部下ならともかく、一時的な協力体制を組む雅仁に、そこまで丁寧に説明する気は無い。粉木は立ち上がって事務室に戻り、見送った雅仁は靴を履いてから後を追う。


「先ずは、東側の、この地点に行ってみよう。バイクで2~3分だ。」

「あ・・・あぁ。」


 雅仁が事務室に戻ったら、燕真は「消したはずなのに‘鬼の印し’が有る場所」のうちから、近い場所をピックアップしていた。


「君は文架の地理に詳しいから立案できるだけ。

 君の指示で俺が動くわけではない。」

「そりゃそうだろ。何、当たり前のことを言っているんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 同席をしていた粉木は、雅仁のマウント気味の態度をスルーして、普通に受け答える燕真の様子を見て、少し笑いそうになる。おそらく、紅葉だったら、今の雅仁の言葉を聞き逃せずに衝突をするだろう。


(自分が凡才っちゅうことを理解している強味や。)


 粉木に見送られ、燕真と雅仁は、一番近くに施されている鬼の印を目指して、バイクを走らせた。



-数十分後・鎮守の森公園-


 雅仁が地面に掌を宛てて念を送り鬼の印の正確な位置を確認。護符を置いて、指印を切ってから札をなぞった。


「オーン・・・解除。」


 鬼の印は札と共に弾けて消える。これで3ヶ所。全て、昨日の捜索範囲内であり、昨日の時点で存在をしていれば、紅葉が気付けた場所だ。

 発見から潰すまでを雅仁1人でやるのでは、負担が大きすぎる。あと数ヶ所も潰せば、疲労で動けなくなるだろう。あくまでも確認の為の活動。コスパの悪い鬼の印潰しは、これで中断をする。


「やはり・・・間違いないみたいだな。」


 眺めていた燕真が声を掛ける。燕真には鬼の印が有るかどうか、消えたかどうか、一切解らない。だが、雅仁の真剣な表情から、一定の予想はできる。


「間違いない。昨日は存在しなかった印がある。

 鬼の幹部が動き回っている証しだ。」


 鬼の幹部は、市街地に施した‘印’がハイペースで潰されていることに気付いたのだ。その上で、似た場所に新しい印を施す意図は?また直ぐに潰されることを想像できないほど愚かなのか、ムキになって我慢比べを仕掛けてきているのか?それとも、意図的に、潰される可能性が高い場所に仕掛けているのか?


「一度、ジジイのところに戻ろう。」


 燕真の提案に対して、頷く雅仁。粉木への報告と今後の方針を相談する為に、YOUKAIミュージアムへと引き返す。



-YOUKAIミュージアム・事務室-


「そうか、やはり間違い無いんやな。」

「・・・はい。妖気反応の履歴通りでした。」


 鬼の幹部が、「全部潰せる物なら潰してみろ」と我慢比べを挑んでいる可能性はゼロではない。鬼の印を見付けて廻るだけなら、紅葉が同伴すれば、鬼の幹部が一日の施す量を楽に超えられるだろう。しかし、潰すのは別の話。雅仁が1日に製作できる破邪の札では、どう頑張っても鬼の幹部が鬼の印を施すペースの方が上。雅仁が札作りを頑張りすぎて動けなくなったら、鬼の印潰しをできなくなり本末転倒。粉木が手伝えば、もう少しペースを上げられるが、今度は、粉木まで疲弊して通常の妖怪退治に支障を来してしまう。


「我慢比べを挑まれとる可能性は有るけど、真意は別やろうな。」

「ジイさんもそう思うか?」

「ああ・・・鬼の幹部は賢しい奴や。

 我慢比べを挑むフリをして、ワシ等を挑発しとる。」

「影に潜んで、こちらの手の内を観察するつもりだろうな。」


 燕真、粉木、雅仁、共に同意見。挑発に乗れば、近いうちに鬼の幹部が仕掛けてくるだろう。可能なら、こちらの手の内は晒したくない。




-優麗高-


 3年生の教室で、非常勤講師の伊原木鬼一が古文の授業をしていた。今は、指名した女生徒に、朗読をさせている。


「その思ふ心や便の風ともなりたりけむ、又神明仏陀もやおくらせ給ひけむ、

 千本の卒塔婆のなかに、一本、安芸国厳島の大明神の御まへの渚に、

 うちあげたり。」

「・・・ふむ。そこまでで結構。感情が込められており、良い朗読だ。」


 伊原木に評価をされた女生徒は、嬉しそうに微笑む。朗読が上手くできたことよりも、イケメン講師に高評価をされたことが嬉しいのだ。


「本日は此処まで。本日講じた‘三十ニ 卒塔婆流’と‘三十三 蘇武’について、

 次の授業までに現代訳をして提出するように。」


 まるで「タイマー通りに動いているのか?」と思えるように、伊原木が授業を終えると同時に終業のチャイムが鳴る。多数の生徒は教材を片付けて教室から溢れ出し、数人の女生徒が、質問をする為に伊原木のところに寄っていく。


「伊原木先生、時間は大丈夫ですか?」

「2~3分なら構わんが。」


 伊原木は内心では面倒臭いと考えつつ、一般的な講師を演じる為に女生徒の質問に応じる。背が高くてクールで、俳優並みに顔立ちが整った伊原木は、女生徒達からの人気が高い。1学期の途中で、担当講師が中年教師から彼に変わったことで、褒められる為に努力をして古文の成績が上がった女生徒は多く存在する。

 彼の本性が鬼の副首領・茨城童子ということも、前任の古文教師が彼に殺害されたことも、彼が潤った生命力に溢れた学校を餌場に選んだことも知らずに・・・。


(消された呪印は3つ・・・今のところ、昨日ほどの異常な状況ではなさそうだ。)


 彼は感知力を高め、雅仁によって潰された鬼の印の数を把握していた。 昨日の夕方はハイペースで潰された為、些か驚かされた。天邪鬼が人間に与していると考えて排除をしたが見当違いだったようだ。「狗塚の小倅」が、それほどの才能を開花させたのか、文架の退治屋に、それほどの才能が有るのか、まだ判断ができない。


(さて・・・どう動く?)


 文架の退治屋に、どのような才能が有るのかを知りたくて、意図的に潰された呪印の周辺に新しい呪印を施して挑発をしたが、今のところ主立った動きは無い。



-2年B組-


 紅葉がグッタリとして机に伏せっていた。友人の亜美が心配そうに声を掛ける。


「どうしたの、クレハ?おなか痛いの?」

「ふぇ~~・・・よくワカンナイけど、なんか調子悪い。」


 昨日は、2時間ほど鬼の印探しをしたが、少し集中力を高めれば見えるので、体力や精神力を酷使するような活動ではない。その後、喫茶店のバイトをしたが、いつも通りにファンを相手にしただけなので、特にハードワークではなかった。朝は、いつも通りの調子だったのに、1時間半くらい前から急に体が怠くなったのだ。


「保健室行く?」

「ん~~・・・行かないでガンバル。」


 紅葉は、過去に鬼の住処(羽里野山の結界)に入り込んで、怖い思いをした経験がある。そして今は、守ってくれる燕真は傍にいない。だから、伊原木が高めた感知力に引っ掛からないように、紅葉本人は無意識のまま、本能が紅葉の機能の大半を抑え込んでいるのだ。


 数十分後、伊原木が優麗高から離れたことで、紅葉の体調は回復をする。


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