14-2・雅仁居候~霊術工房~陣取合戦
-十数分後-
文架市の郊外を、タンデムに紅葉を乗せた燕真のホンダ・VFR1200Fが先行して、雅仁の駆るヤマハ・MT-10が後方を走る。時折、紅葉が、「止めて」と燕真の肩を叩き、言われた通りに停車をすると、雅仁もバイクから降りて近付いてきて、紅葉の指定の場所の妖気祓いをする。そして、また、バイクを走らせて、紅葉いわく「モヤモヤ」を探す。
燕真はランダムでバイクを走らせて、紅葉の要請で停車し、雅仁のお祓いを眺める・・・他にやること無し。
「俺・・・必要か?狗塚が紅葉を乗せりゃ済む話なんじゃね?」
開始から2時間くらいで、雅仁が用意していた護符30枚を使い切ってしまい、その日の活動は終了した。
大した成果だ。雅仁が単独で‘鬼の印’を処理するならば、地面に手を当てて気を探る(感知範囲は半径20m程度)か、銀塊の念で結界を張って炙り出すか、どちらかの方法になるが、雅仁のキャパシティーでは、20回も気を探れば疲れ果ててしまうし、銀塊に念を込めるのは1日に10個程度が限界だ。もちろん、探した場所に、鬼の印が在るとは限らない。霊力を浪費しても空振りに終わることが多いのだ。それゆえに、ワザワザ「隠れている鬼の印」を探す等という無駄な行動はしない。
「信じがたいが・・・認めるしかない。」
雅仁ならば、これほどの鬼の印を炙り出せば、疲労でダウンする。だが紅葉はケロッとしている。護符がまだあれば、100個でも見付けられそうだ。凄まじく燃費の良い鬼の印潰しである。
たった一日でこれほどの仕掛けを潰せば、間違いなく鬼の上級幹部は気付くだろう。鬼の印を仕掛けるには一定の妖力を浪費する。数日掛かりで同じことを続けていけば、「思い通りには行かない」と感じた茨城童子が、何らかの動きを見せる可能性もある。
雅仁にとって、数時間前まで「相手にする価値がない」と考えていた文架市の退治屋は、行動を共にする価値が極めて高い存在になっていた。・・・ただし、不満はある。
「今日ゎ終ゎりみたぃだから、じいちゃんところのバイトに行こぉ~!」
「急かすな、紅葉!少しは休ませろ!!」
「え~~~~?燕真、運転してただけじゃん!」
「運転中、ずっと無駄に喋りっぱなしのオメーの相手をしてんのが疲れるんだよ!」
雅仁は、販売機で買ったジュースを飲みながら会話をする燕真と紅葉を眺める。この地を統括する粉木と、視線の先にいる紅葉が有能なことは理解できた。だが、紅葉のアシをしている男の、退治屋としての存在価値が解らない。
「相手にしなければ良いだけ・・・か。」
役立たずは気にしないとして、文架市の退治屋が優れていると把握した今、雅仁が次に起こす行動は決まっていた。
-夜・YOUKAIミュージアム-
紅葉を家に送り届けた燕真が戻ると、事務所内に大荷物を抱えた問客が訪れていた。
「此処を拠点にさせて貰った方が、何かと都合が良さそうなので・・・
しばらくお世話になります。」
「・・・・・・・・・・・・狗塚?」
「まぁ、そう言う事に成ったらしい。」
「・・・・・・・・・・そういうことって?」
「食費や布団のクリーニング代は、請求して貰って構いませんので・・・。」
「項目が細かすぎて、請求書を作りにくいのう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何の話だ?」
「よろしくお願いします。」
地域の退治屋が狗塚家の活動に協力することは、協定で決められている・・・が、たいていの場合、地域の宿泊施設を利用する為、粉木としては、「まさか、雅仁の生活の面倒まで見る」とは思っていなかった。
「この屋敷には工房は在りますか?」
「・・・こうぼう?」
「あぁ、庭の土蔵を工房にしとる。」
「え?あれって、物置じゃなかったのか?」
「時々、使わせていただいても良いですか?」
「もちろんじゃ。」
雅仁は、やや呆れ顔で燕真を一瞥した後、庭に出て土蔵の中を確認する。10畳程度の土蔵内は、土の地面のにシートが敷いてあり、壁は土壁で造られてある。
「なるほど・・・
工房の造り、敷地内での風水を考えると、気を整えるには最適ですね。
早速、使わせていただきたいのですが・・・。」
「あぁ、今日はワシには用が無いから好きにせい。」
「ありがとうございます。」
雅仁は粉木に一礼をして事務所に行き、数分後には大荷物を持って庭に戻ってきて、紙札と銀塊を引っ張り出す。
土蔵に入口では、燕真が物珍しそうに中を覗き込んでいた。
「用が無いのなら退いてもらえないか?」
「あぁ・・・うん。」
燕真を追い出すと、雅仁は扉を閉めて1人で隠った。土蔵の真ん中に座り、紙札を並べて指で空を切る。
「なぁ、じいさん?アイツ、あんなところで寝るのか?」
「まさか・・・奴が隠ったんは、そない理由じゃあらへん。
えぇ機会や、オマンも説明しとくか。」
基本的に、妖幻システムやメダルなどのアイテムは、本部から支給(または購入)されている。しかし、全てが本部からの調達というワケではなく、簡易な護符や、念を込めた塊は、各退治屋が、経費節減の為に個人で作る場合もある。それは、何処にいても作成が可能だが、より気を高めやすく、無駄の無い作業をする為に、アジトに‘霊術工房’を設けることが多いのだ。
広すぎない範囲で密閉をされており、地面も壁も天然に近い形で維持をされている其処は、工場で作られた化学的な物質に囲まれるより、粉木や雅仁が妖気祓いのアイテムを作るには適していた。
「そっか・・・なら、じいさんも、時々はあの中に隠っていたんだな?」
「あぁ、たまにな。
疲れる作業やさかい、寝る前に、その日の‘余り’を封じ込める程度やけどな。」
「紅葉にもできるのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐らく、ワシ等以上に上手くな。
尤も、お嬢に、そない事させるつもりは、あらへん。
黙っておったんは、お嬢に妙な興味を持たれたくなかったからや。」
「俺だって、紅葉に、そんなことをさせる気はないけどさ。」
燕真は、2度ほど土蔵を振り返りながら、粉木邸の茶の間に上がる。
-数時間後・粉木邸の和室-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何故だろう?燕真が風呂を上がって、いつも借りている6畳の和室に戻ってみると、2組の布団が、ほぼ隙間無く敷かれていた。粉木の寝室以外にも、仏壇の間とか、茶の間とか、他にも部屋があるのに「大して話したことも無い男と並んで寝ろ」と言うのだろうか?
紅葉が泊まりに来て同じ部屋って言うなら、まだ話は解る・・・まぁ、それはそれで、かなり問題だが。
「クソジジイ・・・何の嫌がらせだ?」
相部屋にしても、2つの布団の間が密着しているのは嫌だ。障子戸から顔を出して、雅仁の所在を探ったら、まだ土蔵に籠もっている。燕真は、2組の布団を移動して間を1mほど空けてから、粉木がいる茶の間に行った。
「なぁ、ジイさん。アイツと相部屋はチョット勘弁して欲しい。
別の部屋を貸してくれよ。」
「ダメじゃ。同じ部屋で寝んかい。」
「なんで?」
「しばらく行動を共にするんや。余所余所しいまんまではチームワークがでけへん。
膝をつき合わして、少しくらいは解り合わんかい。」
「解り合う?・・・『アイツには深入りするな』って言ってなかったっけ?」
「深入りをする必要はあれへん。
せやけど、互いにロクに会話もせえへんのや、話になれへん。」
「まぁ・・・確かにそうだけどさ。」
互いに寝室に入って寝るだけ。相部屋の相手が大イビキでもかかなければ、神経を尖らせる問題では無い。
不満なりに納得をした燕真は、粉木と共にテレビを見ながら、就寝までの時間を過ごす。しばらくすると、障子戸が開いて雅仁が顔を出した。その表情には疲れが見える。
「風呂、借りますね。」
「おう、ゆっくり浸かってこいや。オマンの荷物は、隣の和室に運んどいたぞ。
寝るんも、その部屋を使いや。」
「ありがとうございます。」
雅仁は障子戸を閉めると、縁側経由で隣の寝室に行く。彼は相部屋をどう思うのだろうか?苦情が来た場合は、粉木は燕真の時と同じように説得をするのだろうか?燕真は、興味深く反応を待ったが、隣室でしばらく物音がした後、雅仁は特に文句を言いに来ることも無く、風呂に行った。
(へぇ・・・嫌がると思っていた。無愛想で人見知りに見えるけど、平気なのかな?
嫌がっていた俺の方が、キャパが狭いってか?)
燕真は大人の対応をした雅仁を少し見直し、雅仁が退出した直後の和室を覗き込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
片方の布団は部屋の中央に陣取られており、布団の上には、「ここは俺の場所だ!」と言わんばかりに、雅仁の大荷物が置いてある。しかも、もう片方の布団は、部屋の隅ギリギリに追いやられている。その配置からは、「この部屋の主は俺だ!」という自己主張と、燕真への「オマエは端で小さくなってろ」という無言の圧力が感じられる。
「・・・あんにゃろう」
奴が部屋でゴソゴソと物音をさせていたのは、布団の配置替えをしている音だった。粉木に言われて、「同じ部屋で寝るくらいは良いか」と思っていたが、相部屋なんて絶対に嫌だ。自分は我慢をする努力をしたのに、先に仕掛けてきたのはアイツだ。後悔をさせてやる。
-数分後-
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
風呂を上がった雅仁が、部屋の前の縁側で立ち止まる。寝やすい配置をしたはずなのに、縁側に布団が敷いてあり、その上に大荷物が置いてある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
障子戸を開けて和室を覗き込むと、部屋のド真ん中で燕真が布団に潜り込んで眠っている。
「・・・コイツめっ!」
和室に入って燕真の枕元に立つ雅仁。燕真はグースカとイビキをかいている(寝たふり)。3回ほど声を掛けるが、起きる様子は無い。
雅仁は、諦めて縁側に戻って障子戸を閉め、布団に潜り込む。一方の燕真は、薄目を開けて、「してやったり!」とほくそ笑んだ。