14-1・雅仁の劣等感~メダルは紅葉へ
燕真は地に伏したまま、正気を失った天野老人の最後を呆然と見つめる。棒立ちのまま眺めていた紅葉は、その場に腰を落とし、眼にいっぱいの涙を浮かべて両手で顔を覆う。
「有能な師(粉木)に従事しているワリには未熟だと思っていたが・・・
どう言う了見だ!?」
ガルダは、ベルトからメダルを抜き取って変身を解除。雅仁の表情からは「申し訳ないことをした」と言う感情など、少しも感じられない。
「うぅぅ・・・うわぁぁっっっ!!!殺すことはないだろうにっっ!!!」
燕真は頭に血を上らせ、拳を力いっぱい握り、雅仁に飛び掛かる!「やるなら受けて立つ」と言わんばかりに構える雅仁!しかし、燕真が雅仁に届くよりも早く粉木が割って入り、雅仁への攻撃を妨害した!
「やめい、燕真!悔しいんは解るが、正しいのは向こうや!!」
「止めるな、ジジイ!!」
「害を及ぼす妖怪を退治するんは退治屋の責務!天邪鬼は、退治屋に退治された!
狗塚は責務を果たした・・・たったそれだけの事なんや!!」
「・・・だ、だけど!!」
燕真は、「アンタの友達だぞ!悔しくないのか!?」と続けようとして、粉木の眼を見て我に返った。雅仁には気付かれないように振る舞っているが、粉木の眼には涙が浮かんでいる。そして、粉木の拳は、悔しさを滲み出すかのように強く握られている。
「ジジイ・・・あんた?」
「解れ、燕真!ワシは再三忠告をした。せやけど、奴は聞かんかった。
・・・退治屋には、これ以上のことはできんのや。
狗塚は、なんも恨まれるような事はしておらん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
幾分か落ち着きを取り戻し、振り上げていた拳を降ろす燕真。粉木は、悔しそうに握っていた手を開き、燕真の肩に軽く添える。
それを見ていた雅仁は臨戦態勢を解き、やや呆れ顔で溜息をついた後、封印したばかりで地面に落ちているメダルに足を向ける。
パァンッ!!
雅仁がメダルを拾い上げた直後、頬を打つ乾いた音が響き渡る。雅仁の前には、眼に涙を溜め、平手を打ち据えたばかり紅葉が立っていた。
ジーンと痛む頬を抑えながら、些か驚いた様子で、叩いた張本人を見る雅仁。目の前には、眼にいっぱいの涙を浮かべた紅葉が立っている。
燕真と粉木が身を乗り出そうとするが、雅仁は流石に少女相手に応戦をする気は無いらしい。
「ただの雑用係が・・・何の用だ?」
「返せ!!」
「・・・ん?」
涙混じりに狗塚を睨み付けたまま、手の平を上にして差し出す紅葉。
「天野のじぃちゃんのメダル・・・返せ!!」
雅仁には、少女が言っていることが理解できない。妖怪を封印したメダルを獲得するのは、妖怪を退治した者。それは暗黙のルールで決まっている。部外者の少女が所有していた物ではない。10歩譲ってメダルを少女に渡したとして、少女がメダルを使用してできることは何も無い。少女の行動には何一つ合理性が無いのだ。
「ァンタ・・・
さっきから、偉そぅなことばっかり言ってるけど、何もしてなぃぢゃん!!」
「何もしてない・・・だと?おいおい、雑用係如きが何を?」
「大した実力も無ぃクセに威張るな!!
ァンタが、もっと、ちゃんとしてぃれば、
天野のじいちゃんゎ、こんなふうにならなかったんだ!!」
「なに?」
「イヌヅカの方が偉ぃとか、ふざけるな!!
アンタなんて、なんにも偉くないっ!!」
「・・・なん・・・だと?」
雅仁の脳裏に、退治屋から漏れ聞こえてくる陰口が過ぎる。
『数百年も前に枯れた家系』
『立派なのは名前だけ』
『ただのお飾り』
自分のことを白い眼で見ながら、陰で嘲笑う退治屋達の声。雅仁は、そんなせせら笑いなど、聞こえないふりをしてきた。
古来から続く血筋には、それなりの才能が潜在されている。雅仁も、特に修業をするでもなく、幼い頃から一般人には見えない物が見えていた。先祖代々門外不出の技術は、営利退治屋などより優れていると自負している。
しかし、初代創設者から1000年以上の年月を経て、名門の血が薄くなっているのも事実なのだ。
「・・・実力が・・・無い?」
それは雅仁にとって、一番癪に障る言葉だった。紅葉の暴言は、雅仁のプライドとコンプレックスを同時に踏み潰した。
「バカにするな!!金目当ての退治屋ごときがっ!!」
眼をつり上げ、紅葉を突き飛ばそうとする雅仁!慌てて、燕真が紅葉を羽交い締めにして、粉木が雅仁の前に立ち、衝突寸前の2人を止める!
「相手は年端もいかん小娘やで!そう、カッカすんなや狗塚!
このお嬢が、こうなんのは、いつものこっちゃ!あまり気にすんな!」
「おいこら、紅葉!!言い過ぎだ!!頭を冷やせ!!」
「止めなぃで燕真!!
天野のじぃちゃんをあんなことされて、燕真ゎ頭にこないの!!?」
「ムカ付いてるに決まってるだろう!
だけど、オマエほど取り乱すつもりもない!
(ムカ付いてたけど、オマエが暴走しすぎるもんで波に乗り遅れて頭が冷えた)
つ~か、俺の役割を取るな!!
ここは、主人公とライバルが対立して、ヒロインが止めに入るパターンだろうに、
なんでオマエが突っ掛かってんだよ!!?」
粉木の仲裁で雅仁は幾分かは気持ちを抑えたが、紅葉は何一つ収まっていない。燕真に羽交い締めにされながら、猛獣のように怒鳴り散らし続けている。
「偉そぅなことばかり言ぅクセに、
なんで、地面に隠れてるモヤモヤしてんのを放置してんだぁ!!
なんにもしないクセに、調子に乗るなぁ!!」
「地面のモヤモヤ?」
「あかん、お嬢!見えない物が見える事は言うなと言ったやろうが!!」
慌てて紅葉の口止めをする粉木。しかし、頭に血が上っている紅葉に、粉木の制止の声は届かない。
「きっと、天野のじぃちゃんゎ、あのモヤモヤのせぃで、変なふうになったんだ!!
アンタが、モヤモヤを全部消してれば、天野のじぃちゃんのままだったんだ!!」
「・・・モヤモヤを消す?」
「ガキの言うこっちゃ!聞き流せ、狗塚!」
「君が何を言いたいのかは、まだ理解できていないが、何故、俺ばかりに!?
君を取り押さえてる未熟者にも、君の言うことはできていないのだろうに!?」
「燕真ゎ燕真だから良いんだもん!!
霊感ゼロでァタシがいないと、なぁんにもできないけど、
ァンタみたぃに威張らなぃもん!!
ァタシのことを大事にしてくれるし、
なんにもできないクセに、いっぱい頼れるんだもん!!
アンタみたぃな、何もしなぃクセに威張ってるのと一緒にするなぁっっ!!!」
「俺・・・紅葉から、スゲー馬鹿にされてないか?」
相変わらず言葉足らずなので、紅葉の言い分を理解するには少し時間が掛かる。今の一連で直ぐに理解できたのは、「燕真は役立たず」と「燕真を特別視している」くらいだ。
粉木は、紅葉の言い分を誤魔化そうと取り繕い、燕真&雅仁は、脳内で紅葉の言いたいことを検索する。
「なぁ、紅葉?
オマエの言うモヤモヤって・・・天野さんの腹に仕込まれてた、闇の塊か?」
「そうだょ、燕真!ぉなか腹にあったモヤモヤだょ!!
コィツ(狗塚)が、あっちこっちの地面にぁるモヤモヤを消さなぃから、
こんなことになっちゃったんだ!!」
先ずは燕真が紅葉の意図に気が付いた。それを聞いて雅仁も理解をする。
「鬼の印のことか?」
「そぅだょ!!黒くてモヤモヤしたの!!
ァンタ、決闘状付きのクセに、何でなんにもしないのっ!!?」
「紅葉、それを言うなら血統証な!!」
「何を言い出すかと思えば・・・やはり君は、ただの雑用係だな。
あれは、地面に隠されて文架市の全域にある。
念の類いに引っ掛からない限りは隠れている物を見付けるのに、
どれほどの手間が掛かるか解っているのか?
時間と人員を掛けて、文架市中を掘り起こすくらいのつもりで、
虱潰しに隅から隅まで捜し廻れば、全排除は可能だが・・・
残念ながら、文架市民全員に退治屋の修練でも積ませない限り不可能だ!」
「だったら、やっぱり偉そうにすんなっ!!」
「バカバカしい。」
無駄な時間を過ごしてしまった。言い分を理解したところで、結局は意味を為さない言葉の繰り返しだ。子供の「根拠の無い文句」に付き合って頭に血を上らせたことが恥ずかしい。未熟な退治屋(燕真)と雑用係のガキ(紅葉)など、相手にする価値も無い。
雅仁は、溜息をついて踵を返し、延々と続く紅葉の暴言には耳を貸さず、燕真達に背を向けたまま振り返ろうともせず、バイクに跨がりヘルメットを被りかける。
「そこに在るモヤモヤくらぃ消してぃけっ!バカッ!!」
しかし、紅葉からの罵声に混ざって発せられた一言に動きを止める。
「・・・そこ?」
雅仁は、念の為に周囲を確認するが、鬼の印は確認できず、紅葉が適当なことを言っているとしか思えない。
「ガキの戯言に乗せられた俺がマヌケってことか。」
「もぅイイ!ァンタみたいな使えないヤツ、サッサとどっかへ行っちゃえっ!」
我慢が限界を超えっぱなしの紅葉は雅仁に見切りを付け、深呼吸で幾分か気持ちを落ち着ける。
「燕真・・・もう、アイツを殴らないからダイジョブ。」
「あぁ・・・うん。」
燕真は、紅葉の全身が緊張状態から解れたと判断して、抑え付けていた手を弛めた。紅葉が燕真の手を掴む。
「一緒に来て、燕真。」
「どこに?」
「こっち!」
燕真を連れた紅葉が、雅仁の立つ方向に歩き出す。そして、呆れ顔でバイクに跨がっている雅仁の横を通過して、更に50mほど歩き、広い空き地に入って、足の裏で地面を叩く。
「ここだょ!ザムシードになって、モヤモヤを消して!!
威張りんぼうのクセにバカなアイツ(雅仁)ぢゃ、話になんなぃ!!
燕真ゎ、ァタシの言ぅの信じてくれるょね?」
「え?・・・あぁ・・・うん」
燕真が、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌め込もうとすると、見かねた雅仁がバイクから降りて呆れ顔で近付いて来て、紅葉の足元の地面に掌を置いた。
「下らない戯れ言を真に受けて、妖幻ファイターに変身する気か?未熟者め!
どうせ、何もあるわけが無いが・・・俺がこうすれば満足なんだろ?
下らない戯れ言に1回だけ付き合ってやるから、2度と俺の邪魔をするな!」
雅仁が、紅葉を見下せたのは、そこまでだった。紅葉に高飛車と称された彼は、地面に向けて念を送って大地の気の流れを読むと、眼を大きく見開き「信じられない」と言いたげな表情で紅葉を見上げる。
掌の真下の地面・・・紅葉が指定したピンポイントの場所に、鬼の印が隠されていた。
「そ・・・そんな・・・バカな?」
雅仁は紙札を置き、鬼の印を相殺する。
手を置いて、気の流れを読むまで、この場所に鬼の仕掛けた呪印があることなど、全く気付かなかった。雑用係の少女の言い分など下らないと考え、少しも信用していなかった。しかし、間違えていたのは自分だった。
(・・・この娘。)
雅仁は立ち上がって、呆然と紅葉を見つめる。紅葉は「言った通りだ!」と言いたげな勝ち気な表情で、雅仁を睨み付けている。
「・・・君、名前は?」
「源川紅葉!!それが何ょ!?」
雅仁はYウォッチから一枚のメダルを抜いて、紅葉に差し出す。そのメダルには『天』と『鬼』の文字が表示されていた。先ほど仕留めた天邪鬼の封印メダルだ。
「君を見下したこと、謝罪させてくれ。」
「やっと解ったか!バ~カ!!」
「言い過ぎだ、紅葉!」
「欲しいんだよな?君の要求を呑む。」
「天野のじぃちゃんのメダル?」
紅葉に対して深々と頭を下げる雅仁。燕真と紅葉は、彼の豹変ぶりに付いていけず、呆気に取られて表情で見詰めている。
「だけど条件がある。鬼の印探し・・・手伝ってくれないか?」
雅仁は、鬼の印がを施した者の正体が、鬼族の№2・茨城童子と予想している。鬼の印を潰し続ければ、やがては、本命が焦れて動き出す。鬼の作戦を妨害し、少しでも宿敵の存在に迫れるなら、その手段たる者に頭を下げる行為など容易いと考えていた。
1度封印された妖怪を復活させる術など、誰も知らない。天邪鬼のメダルを紅葉に渡したところで、「天野のじいちゃん」が生き返ることはない。下っ端の鬼を封印したメダルに大した価値は無い。この程度の気休めで、紅葉が協力をしてくれるなら、極めて安い買い物だ。
「ど~しよ、燕真?」
「(まるっきり蚊帳の外の)俺に聞かれてもなぁ・・・。」
3人を眺める粉木は、「これで良かったのか?」と自問自答を繰り返していた。
紅葉が頭に血を上らせて「一般人には見えない物」を喋った時、粉木は止めようとした。しかし、それは、狗塚家が宿敵とする鬼の痕跡であり、鬼は他の妖怪とは比較にならないほど厄介な存在であり、雅仁と組んで手早く鬼退治ができるなら「紅葉の人間離れした才能を活かした方が良いのではないか?」と考えるようになっていた。
「狗塚・・・お嬢は部外者やぞ。」
狗塚雅仁が、佐波木燕真並みに信用できる人間ならば良いが、他人を平気で裏切れる人間ならば、この組合せは凶と出る可能性がある危ない判断だ。
「承知しています。だから頼んでいるんです。」
退治屋と狗塚家の間には、「退治屋は狗塚の要請に応じて任務を手助けする」という協定がある。だが、紅葉は退治屋ではないので協定による拘束はできない。だから、本人の同意を得るしか無い。
「お嬢はどうしたい?」
「よくワカンナイ。どうすればイイ?」
「手伝ってやれるか?」
「じいちゃんが、そうしろって言うなら、手伝ってあげてもイイけど・・・。」
普段なら、即座に「面白そう」と首を突っ込む紅葉が二の足を踏んでいる。狗塚雅仁を信用していない、もしくは、雅仁の要求する活動に対して、本能的に危険を感じている。粉木は、そのどちらか、あるいは、両方と予想する。
「ワシは、お嬢を退治屋にする気はあれへん。
手伝わすんは、お嬢の時間に都合が付く時だけ。
オマンの都合で、お嬢を振り回さん。」
「はい、それで構いませんよ。」
「文架に複数の鬼が入っているなら、文架支部だけでは対処できん。
本部への応援要請をするさかい、お嬢に手伝わすのは援軍が整うまでや。
それが条件でどうや、狗塚?」
「本部が本腰を入れてくれるのなら、何の問題もありません。」
雅仁からすれば、大して価値を感じない天邪鬼を封印したメダルの提供など、ローリスク以下。時間制限付きでも、優秀な才能をアテにできるのは、ハイリターン以上。この条件に何一つ不満は無い。
「お嬢・・・そういう訳やから、暇な時にでも手伝ってやれ。」
「んっ!ワカッタ。」
紅葉の任務には危険が伴う。だが、既に鬼が暗躍をしていた場合、今の文架支部の戦力だけでは、文架の平和が崩壊をする可能性は高い。1人の少女を危険から遠ざけた結果、少女を含めて都市全体が、それ以上の危機に陥るのでは本末転倒。最大の危機を回避する為に、前段階の危険に飛び込んで事前に摘み取る。それが、粉木の思考だった。
「燕真・・・オマンは、お嬢の護衛や。」
「えっ?・・・俺が?」
部外者の紅葉にリスクを負わせるからには、紅葉が望む最大限の護衛を付ける。それが、紅葉に対する粉木なりの礼儀だった。
「当然やろ。お嬢担当はオマンや。お嬢の安全は、オマンが守るんや。」
「トーゼンでしょ、燕真!ァタシの安全ゎ、燕真が守らなきゃなんだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燕真にしてみれば、ベテランの雅仁が紅葉と一緒に行動をするのに、何故、自分が護衛役なのか解らない。紅葉を眺めた後、雅仁をチラ見してから、粉木に小声で話しかける。
「アイツ・・・2人きりになった途端に紅葉に手を出すような、軽薄男なのか?」
「ちゃうわボケ。
部外者のお嬢を駆り出すんやさかい、
動きやすいようにフォローしたれ言うてるんや。
それから、狗塚は幼い時から、陰陽の修行一筋で女の扱いに慣れてへん。
お嬢に粗相をせえへんように、オマンが目ぇ見張るんやで。」
「2人きりになった途端に紅葉に手を出すかもしれないっての・・・
半分当たってんじゃん。」
鬼の印が発せられた瞬間に、その妖気は、妖気センサーに反応している可能性がある。ただし、ほんの些細な妖気なので警報音は鳴らない。つまり、YOUKAIミュージアムのパソコンから妖気の履歴を遡れば、感知器が設置してある市街地に施された鬼の印は、位置を特定できるかもしれない。
「早急に戻って調べてみるで。」
「では、町中は粉木さんに任せて、
我々は、センサーで感知をしにくい郊外を調査します。」
「お嬢の事、危険な目に合わすなや、よく見とき、燕真!」
「あぁ・・・うん」
「ァタシから目を話すなよ、燕真!」
「偉そうに言うな!」
想定外の成り行きとは言え、正式に協力体制を結ぶことになった文架の退治屋と雅仁が行動を開始する。