2-2・ネズミ男と9不思議~潜む絡新婦 ~襲われる亜美
台風が来た様な慌ただしい時間が終わり、「バイトがある」と言って帰っていく少女の後ろ姿を、ドッと疲れた表情で窓越しに眺めながら、粉木がポツリと呟く。
「燕真、ヮシ・・・行かへんからな!」
「・・・何処へ?」
「カラオケじゃ!」
「え!?ノリノリで『行く』って約束してたじゃん!!」
「あぁ言わな、帰らへんやろ!!」
「だったら誰が行くんだよ!?」
「オマン以外に誰がおんねん!?
オマンの所為で此処がバレとんねん!責任持ってキチンと付き合ってやりや!!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
慌ただしくて無駄な青春トークだらけで困惑したなりに、一定の収穫もあった。絡新婦を倒し損なった都合上、最低でももう一度は学校に潜り込まなければならないのだが、今日は警察が現場検証やパトロールをしているので、潜入は難しいだろう。妖怪退治は明日以降になる。
「学校が狙われる事は良くあるこっちゃ!
こういう場合は、たいていが‘ガス漏れ’で話が付く。
こういう時の為に、警察ん中に退治屋の出身者がおるでな。
死人が出てまうと、そうも行かんけど、
今回は誰も死んどらんから、同じ結果になるやろな。
現場レベルでは原因は究明できんやろけど、
1~2日後には‘ガス漏れ’で着地させる様に上から指示が出るはずや。」
「ふぅ~ん・・・そう言うものなのか」
再度学校に潜り込む際の手掛かりも得られた。1階と体育館には憑かれていない生徒が多かった=被害が集中したのは2階と3階。これは、本体が媒介とする念が存在する場所が2階もしくは3階の何処かにあり、1階と体育館は捜索対象から外れることを意味している。
「子妖は、単体では、本体から遠くへは行けへん。
離れれば離れるほど妖力が弱なって維持できへんのや。
せいぜい、本体の敷いたテリトリー内が単独での活動限界やな。
せやから、子妖が勝手に動き回って、手当たり次第に憑きまくる事はありえへん。
子妖が本体のテリトリー外で活動するには、人に憑いておらなならんのや」
「なるほどな!だからこそ、被害が多かった場所=妖力が強い場所に成るわけか!」
「現に、あの娘が言い当てたんは3階やった!」
「確かに・・・。」
「さて、問題はここからや!
一度目の交戦を経て、絡新婦はオマンを警戒しとるやろな。
おそらく、さっき以上の力を得るまでは、オマンとは戦は避けるはずや。
そうかと言って、体力を付けてオマンの前に出てくるまで待つわけにもいかん。
ヤツらは力を得る為に人を食う。
ヤツが体力を付けるまで犠牲者を出し続ける事になってまう。」
「う~~~ん・・・ならどうすりゃ良いんだよ?」
「本体が何を媒体にするのか・・・知っちょるよな?」
「確か・・・物に憑く場合は、そこに残された強い念だったよな!」
「そうや。強い念や。
本体が出てこんなら、媒体にしている念を取り除けば、
本体は媒体を失って現世に留まれんくなるわけや。」
「念・・・ねぇ~~~。そんなのどうやって?」
「まぁ、行って捜すしかないやろな。」
「・・・俺が・・・だよな?」
「・・・あぁ、しもた!しくったわぁ~!
こない事なら、さっき、もう少し聞いとけばえかったわ!
まぁ、ええか!え~~~~~っと・・・」
粉木はスマホを取り出して電話をかける。
「おい、粉木のじいさん、一体何処に?」
燕真の質問に対して、粉木は小指を立ててウィンクをする。
「小指って・・・恋人?」
プルルルルルルルッ!プルルルルルルルッ!
「あ!お嬢か!?うっひっひ・・・子泣き爺やでぇ!さっきはアリガトな!!
ほんでな、もうちぃっと聞きたい事があんねんけど・・・・・・」
「おいおい、ジジイ!何処に電話してんだよ!!?」
「おう、おう、そいでええ!・・・頼むわ!
・・・カラオケ?あぁ、もちろんや!
あ、今、60点が『楽しみにしてる』って伝えてくれ言うてるでぇ!」
「おい!!クソジジイ!!ちょっと待て!!誰と何の約束をしている!!?」
「・・・ほな、明日、9時にワシん処なぁ~~!バイビィ~~!!」・・・プツン!
まるで、「何をやっても許せてしまうくらい可愛い初孫」に対応しているかの様に鼻の下を伸ばした表情で通話を切る粉木に、燕真が詰め寄る!
「改めて聞くのもバカバカしいんけど、一応聞く!何処に電話をした!!」
「けったいなことを聞くな。愛人に決まっとるやろう。」
「誤魔化すなっっっ!!!」
「み。な。が。わ。。く。れ。は。ちゅわぁ~~~~~~ん!!」
「こんの、スケベジジイッッ!!!
一般人は深入りさせないんじゃなかったのかぁぁっっ!!!
俺がいつ、カラオケを楽しみにした!!?
つ~~~か、いつ、名前を聞いた!!?いつの間に番号交換をっっっ!!!?」
燕真にとって、粉木老人はパートナーであり、上司であり、頼りになる妖怪退治の大先輩だ。今朝の戦いでもおちゃらけて緊張をほぐしてくれたり、的確にアドバイスをくれたりして経験値の浅い燕真を上手く導いてくれた・・・が、時々、もの凄く付いて行きたくない気分になってしまうのは何故なんだろうか?関西人のノリには付いて行けん!
-その日の夜・御領町・文架市立優麗学園-
校内では幾人もの警察官達が見廻りや調査を行っている。集団昏睡という異常事態ではあるものの、死者が出たわけではないので、彼等の緊張感は比較的緩い。2人組の警官達が、事件とは関係の無い世間話をしながら、3階の廊下をパトロールして階段を下りていく。
彼等が通過した直後の廊下天井・・・黒い蜘蛛の形をした大きなシミが出現して、赤くて不気味な眼が通り過ぎた警官達を睨む。
《おぉぉぉぉっっっ・・・2人カ・・・マダ・・・2人ハ無理ダ》
今朝の戦いで著しく体力を消耗させてしまった為、少しでも多く捕食して傷を癒したい。しかし、今の絡新婦には2人を同時に悲鳴を上げさせずに喰らうほどの瞬発力は無い。彼等が悲鳴を上げれば他の警察官達が異常に気付いてしまい、すぐに退治屋が再討伐に来るだろう。子を憑かせたくても、子を産む体力も限られている為に、手当たり次第に生み散らすこともできない。
《オノレ・・・忌々シイ!!》
天井を支配していた黒いシミは、まるでそこには初めからそんな物など無かったかの様に消えた。
-翌日・YOUKAIミュージアム-
本日も休校なので、粉木に呼ばれたツインテールの少女が朝から顔を出し、「優麗高の七不思議」について、燕真と粉木に話して聞かせていた。
夜になると増える階段、笑う音楽室の肖像画、トイレから聞こえる鳴き声、窓際に立つ女生徒の霊、動く人体模型、死後の顔が見える更衣室の鏡、誰も居ないはずの体育館で鳴り響くバスケットボールのドリブル音、夜になると死者の世界に繋がる扉、誰も居ないはずの小体育館で鳴り響く卓球の球を打ち合う音・・・。
「何処にでもありそうな話だな。
・・・てか、7じゃなくて、9不思議じゃん。
しかも、バスケと卓球で微妙に被ってる。」
燕真には、どの「七不思議」も、今回の件と関わりがある様には思えず、全く興味が持てない。それよりも、ツインテールの少女の頭の天辺でピョンと立っている寝癖が気になる。どんだけ自己主張が強い寝癖なんだろうか・・・と。
「そぅ言ぇば!」
ツインテールの少女は思い出したように、数日前に校舎に猫が入り込んできた話をする。女子達は「可愛い」と追い回し、男子達はからかい半分に追い回したらしい。もはや、「七不思議」ですらない。
燕真は「下らない無駄話」にスッカリ飽きてしまった。根も葉もない「学校の怪談」や「迷い猫」の話なんて聞いて何の意味があるのか?
一方の粉木は、少女の話を、満面の笑みで親身になって聞いているが、ただ単に、スケベジジイが女子高生と話をしたかっただけではないのか?これで‘お小遣い’をあげちゃったら立派なエンコーになる。
それよりも、少女の寝癖が気になって仕方がない。毎日、どんなに調子の悪い日でも80点以上を決めてから外出する燕真を「60点」扱いするクセに、寝癖すら直さない少女は何様のつもりなんだろうか!?彼女自身が自分のことを「40点」くらいに評価しているのなら、燕真の「60点」にも納得は行くが、どうなのだろうか?燕真は、少女の頭の天辺でピョンと立っている寝癖をジィ~~っと眺めながら、ある思いに至った!
「あ、そうか!何処かで見た事あると思ってたけど、ゲゲゲの鬼太郎か!?」
「・・・・・・・・・・・あへ!?」
「・・・・・・・・・・え?」
燕真の場違いな発言に反応して、キョトンとした視線を向ける粉木と少女。
「鬼太郎!?」
「・・・キタロー?」
「うん、ほら、その寝癖!」
燕真が立ち上がって少女の頭の上の寝癖を指先でつまみ、粉木がジッと見詰める。
「言われてみりゃ・・・鬼太郎やな?・・・んほほほほほっ!」
燕真と粉木に頭の上をジッと見詰められ続けた少女は、徐々に赤面し、肩を震わせて、いきり立った!
「ね・・・ね・・・寝癖ぢゃなぁぁぁ~~~~~ぃ!!!
これゎァタシのトレードマークのァホ毛だぁぁぁ~~~~~~~~~~!!!」
「え~~~~~~~~~~!!!オマエ、その寝癖、ワザとやってんの!!?」
「ワザとぢゃないけど寝癖ぢゃなくて、ずっとこうなんだぁぁ~~~~!!
60点の分際で、人の髪形をバカにするなぁぁっっ~~~!!!」
「60言うな!!
アホ毛を放置してトレードマークにしているオマエよりは、
俺の方がマシなはずだ!!」
「60点は60点だ!!60点にアホ毛が解ってたまるかっっ!!」
少女の怒りにつられて、燕真まで鼻息を荒くしながら反論をする。そして粉木はそれを見て頭を抱える。
「・・・おう、60・・・いや、燕真!」
「何だよ!!?」
「今のは全部オマンが悪い!!お嬢のは、可愛らしいアホ毛や!」
「えぇ~~~~~~~~~~~・・・粉木ジジイも‘鬼太郎’で笑ったじゃん!!
「誰が子泣き爺やねん、ねずみ男!
も1回言う、今のは全部オマンが悪い!!」
「や~~~ぃ!ネズミィっ!!」
「えぇ~~~~~~~~~~っっ!!!・・・俺、ねずみ男かよ~~~!!」
燕真は、「ねずみ男」が悔しかったらしく、脱力してヘナヘナとソファーに腰を落とした。
粉木が燕真を一方的に悪者にして話がまとまり、少女は鼻歌交じりに帰宅をする。
「・・・のう、60点。」
「60じゃな~~~い。」
「そか、なら・・・のう、ねずみ男。」
「もっとイヤだぁ~~~~~。」
少女を見送った後、粉木が、ソファーの上に寝転がって凄く落ち込んでいる燕真に話し掛ける。
「七不思議には根拠は無さそうやな。
時々、根も葉もないデタラメに混じってホンマもんが有る場合もあるが、
お嬢の話は、どいつも根拠があらへん。」
「ねずみおとこはイヤだぁぁ~~~~」
「じゃが、学校内に本体が媒体にしとるモンがある事実に変わりはない!」
「80点はあるんだぁ~~~~~~~」
「2階と3階の捜索・・・
本体が最初に姿を見せた3階を中心に捜索をすんのは変わらへん!
絡新婦が出てこんなら、媒体になっちょる念を晴らすんや!」
「俺が、センス最悪のバイク以下なんてありえな~~~い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ドツンッ!
粉木がゲンコツで燕真のオデコをドツク!
「イッテェ~~~~ッッ!!突然なにすんだ、ジジイ!!」
「いつまでも、可愛い嬢ちゃんと仲良く話せた余韻に浸ってんな!」
額を抑えて仰け反る燕真。お陰でチョットだけ眼が冷めた。
「浸ってね~よ!落ち込んでんだ!」
方針は決まった。再度学校に潜入をして、絡新婦が媒体にしている思念を捜して祓い清める。
しかし、結局、その日のうちに学校の封鎖は解かれず、行動は翌日以降に持ち越されるのだった。そして、翌日の昼頃になり、粉木が予想した通り、現場の警官達では「集団昏睡」の原因は解らないまま、「ガス漏れ」と公開された。
少女からの情報では、「本日中に教員達が招集されて授業の準備を整え、明日から体調が戻った者は登校して良い」との連絡が回ってきたらしい。
生徒が戻った校内で、絡新婦がどんな行動を取るかは解らない。だから、妖怪が動き出す前に、媒体を祓い清める。
本日、教員達が帰宅した直後から、明日の朝、生徒達が登校してくる前までに。
-夜・鎮守の森公園-
ひとけが無くなった遊歩道を、ボブカットの少女が、涙眼になり、息を切らせながら懸命に走る。その後ろを、原付やら自転車に乗った5人ほどの若者達がヘラヘラと笑いながら追い回す。やがて少女は若者達に追い着かれて囲まれ、1人に羽交い締めにされ、別の1人が頬を鷲掴む。若者達の最後尾には、先日、彼女を追い回して異形戦士にデコピンをされた2人の若者がビクビクとしながら顔を覗かせている。
「な、なんなんですか!?やめてぇ!!」
「フン!見付けたぜ~、妖怪女子高生ちゃん!」
「何のことですかっ!?」
「このあいだは、コイツ等をビビらせてくれたんだってなぁ!
俺等もビビらせてくれよぉ~!」
「なぁ、オマエ等、コイツだろぉ?妖怪女ってさぁ!!」
「あぁ・・・うん・・・背中から変な足が・・・」
「ケッ!バカバカしい!!何も生えてね~じゃんよ!
オマエ等、夢でも見たんじゃね~の!?」
先日、彼女が若者達に出会った時は、彼女は子妖に支配をされて意識を失っていた。だから、ボブカットの少女は彼等のことも、背中の足のことも知らない。
ただ、友達と遊び終えて、自転車を引いて遊歩道を歩いていただけなのに、突然、見ず知らずの若者達に因縁を付けられ、追い回され、囲まれてしまったのだ!
「いやだ・・・離して下さい!」
「あっはっは!良いぜ、コイツ等の言う背中の変な足を見せてくれたらな!」
「背中見せろ!」
「服なんて剥いちまえ!!
おっかない背中か、可愛らしい背中か、ちゃんと見てやるよ!!」
「い、いやぁ!!やめてぇぇ~~~~~!!!」
-鎮守の森公園に面する大通り-
家に遊びに来た友人の忘れ物に気付いて、自転車の乗って追い掛けてきたツインテールの少女は、公園内から聞こえてくる悲鳴を聞いてペダルをこぐのを止めて、足を地面に滑らせてブレーキを掛けた。
「・・・・・・・・え!?なに!?今の声・・・アミ?」
恐る恐る公園の中を覗き込む。
-公園内・遊歩道-
若者の1人が卑しい笑みを浮かべながら少女の上着を捲り上げる!
「うっひっひ!ひん剥いてやんよ!」
「い、いや・・・やめて・・・」
「あっはっは!スカートの中から見た方が良いかな~?」
「いやぁぁぁっっっっっ~~~~~~~~~~~!!」
何故こんな目に!?恐怖、悔しさ、怒り・・・ボブカットの少女の心の中は、行き場のない黒い絶望に支配される・・・その瞬間!
ドォォン!!
「おぉぉぉぉぉぉ・・・・暗くて強い念・・・美味い!!」
少女の眼は虚ろになり、顔色は青白く変化して、彼女を中心に急激に闇が広がり、背中から巨大な8本足(子妖)が出現!後ろから羽交い締めにしていた若者を8本足で掴んで背中に出来た闇に飲み込む!
「う、うぎゃぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!!!」
-YOUKAIミュージアム-
ピーピーピー!!!
事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!学校潜入の準備を整えて待機をしていた燕真と粉木が、息を飲んでセンサーからパソコンに送信されてきた情報を確認した!
「場所は・・・公園近辺!!妖気の波長は先日と同じ、また蜘蛛だ!?」
「バカな!?それは考えられへん!本体は弱ってるはずや!!
本体が弱れば、子は存在を維持できへん!!
生徒達に憑いた子妖は消滅したはずなんや!!
本体以外から妖力を得ておらな、こないこと説明できへんわ!!」
狙いは学校の念のみ、本体が傷を負っている今ならば子妖の単独行動は無いと想定していた粉木は、悔しそうに手の平で机を叩く!
「なぁ、どうすんだよ爺さん!?学校は中止か!?
俺、公園の方に行くぞ!!」
粉木は数十秒ほど眼を閉じて思案して眼を開いた!
「いいや、行くんは学校や!!」
「え!?でも!!」
「おそらく、既に発生してしまった場所に行っても手遅れや!
子は本体が封印されれば消滅する!!
被害を増やさん為には、子妖を探すよりも、
所在がハッキリしている本体を叩いた方が早いんや!!」
「なるほどな!確かにそっちの方が早い!」
「待った無しや!失敗は無しや!何が何でも本体を叩く!これしかあれへん!!」
「あぁ!そのつもりだ!!」
「ええな、燕真!小賢しい妖怪を封印すんなら、剣や木笏のような長物やない!
最も臨機応変に小回りが利くんは、己の体や!
己の体を使て本体を叩くんや!!」
「・・・・・・解ったよ、粉木じじい!今度こそ、やってやる!!」
燕真はYOUKAIミュージアムから駆け出し、ホンダVFR1200Fに跨がって、夜の学校へ急行する!
-鎮守の森公園-
「ひぃぃっっっ!!」 「たすけてぇぇっっ!!」
8本の足を背負ったボブカットの少女は、腰を抜かした若者達の自由を禍々しい糸で封じ込め、次々と蜘蛛の足で掴み、背中に広がった闇の渦に引きずり込んでいった!
「おぉぉぉぉぉぉ・・・・若き魂は・・・美味い・・・・・・
此を・・・母様に・・・届けなくては!」
5人の新鮮な魂を捕食して腹を満たした子妖は、本体がいる学校の方向をジッと眺める。