13-3・茶店の燕真と雅仁~協約~茨城と天野
-その頃・YOUKAIミュージアム-
ただいまの時刻は午前11時30分。カウンターの上にコーヒーが置かれ、カウンター内に燕真が立ち、カウンター席にメガネを掛けたインテリ系イケメン=狗塚雅仁が座っている。粉木とは午後から面会をする予定のはずだが、気が早いのか、11時には来店をした。
店内が混んでいれば、雅仁1人に構う必要は無いのだが、こんな日に限って他に客はいない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
粉木から「深入りするな」と忠告を受けているので、何を話したら良いのか解らない。雅仁は何も話し掛けてこない。死ぬほど間が保たない。いきなり「昨日のドラマ見たか?」とか「どんなアイドルが好きなんだ?俺は、アイドルじゃないけど、清原果緒里ちゃんのファンだ!」なんて話題は、どう考えても不自然だろう。
粉木だけでなく紅葉まで手放したのは失敗だった。こんな時こそ、空気を全く読まず、相手の都合など一切お構い無しに、無駄に話を弾ませるバカが居てくれると助かるのだが・・・。
(あ~・・・早く帰って来ね~かな~~~。)
燕真は、度々、掛け時計の秒針や、携帯電話の時計を見るくらいしか、暇を潰す手段が無かった。
-12時30分-
ようやく粉木と紅葉が帰ってきた。店に入ると同時に、紅葉が燕真の元に駆け寄ってきて、凄まじく無駄なマシンガントークを開始する。
「ねぇ、燕真!ミラー亀ちゃん、欲しいんだけど、じいちゃんだダメって言うの!」
「えっ?もらうつもりなのか?」
「うん、もらうつもり!
ァタシのおうちゎ置く場所無いし、持って帰ったらママに怒られそうだから、
喫茶店か、博物館か、じいちゃんの部屋に飾ろうと思うんだけど、どこがイイ?」
「ジジイの押し付けるつもりか?そりゃ、ダメって言うだろう。」
「なら、燕真の部屋でもイイよ。」
「嫌だ!」
「飾ってくれたら、毎日、見に行ってあげるよ。」
「尚更、嫌だ!」
「アミやミキやユーカにも見せてあげたいのっ!」
「俺の部屋を、オマエと友達の溜まり場にする気か!?」
紅葉から少し遅れて入ってきた粉木を見るなり、狗塚雅仁は、立ち上がって一礼をする。
「ご無沙汰しています。星熊童子の情報、ありがとうございました。」
「鬼はオマンの専門やからな。連絡を入れんわけにはいかんやろ。」
「早速ですが、粉木さんに、頼みたいことがありまして・・・」
「それは・・・言うまでもなく、同業者として・・・ちゅうこっちゃのう?」
雅仁は、粉木の問いに対して頷く。粉木は、「茶店で話す内容でもあるまい」と、今度は紅葉に店番を任せて、燕真と雅仁を伴い、店の奥(事務室)に入っていった。
向かい合わせのソファーの奥に粉木が腰を下ろし、隣のソファーに燕真が座り、向かいの席に雅仁が腰を掛ける。
「オマン等、初対面やないんやろけど・・・自己紹介くらいせいや。」
「狗塚です。」
「佐波木です。」
互いに簡潔すぎる自己紹介しかしないので、粉木は呆れてしまう。雅仁は、元々、無駄口が苦手。燕真は、もう少し愛想が良いが、「狗塚とは関わるな」が効いて意識しすぎている。
「もう解ってるやろうけど、コイツ(燕真)はワシんとこの若いもんや!
文架の妖幻ファイターの任は、コイツに任しとる。」
「もう1人の女の子は?」
「あれは、簡単な雑用をしとるだけ・・・退治屋やあれへん。
部外者みたいなもんや。」
「かなり高い才能が有るように見受けられましたからね。
てっきり彼女が、アナタの愛弟子かと思っていました。」
実際に、霊能者としての実力は紅葉の方が上(・・・つ~か、燕真は才能ゼロ)だし、雅仁は見たままのことを言っただけだが、燕真は少しだけイラッとしてしまう。一方の雅仁は、燕真の仏頂面には目もくれず、淡々と話を進める。
「粉木さん、早速、本題なのですが・・・。」
「わかっちょる。情報の共有やろ?」
「話が早くて助かります。」
粉木や燕真が所属をしている退治屋と、先祖代々の宿命を背負う狗塚家は、技術の共有はしているが、理念や目的は全く別の物だ。
退治屋は、政府の公式組織(非公開)で、本部から派遣をされ、担当地域の安全を守り、給料を貰って生活をしている。
狗塚家は、古から続く大王直轄の家系で、一箇所に土着はせず、全国各地を飛び回って政権を脅かす物と戦い、政権の守り手を担っている。そして、政権を脅かす代表が、妖怪でありながら人間と同じ知能を持つ「鬼」であり、いつの間にか狗塚は、「鬼退治の一族」と呼ばれるようになっていた。
早い話、退治屋は地方公務員で、狗塚家は政権の守護者。形式的には、退治屋のトップより、狗塚の方が格上なのだ。
「戦闘協力や、アイテム支援は必要か?」
「できるだけご迷惑は掛けないようにしますが、場合によってはお願いします。」
「了解や!」
退治屋と狗塚家の活動地域が重なる場合、無意味な諍いや、混乱や、手柄の取り合い避ける為、地域の退治屋は狗塚家の活動に協力(その際の経費は政権に請求)して、情報を提供するように協定が締結されている。なお、情報提供と言っても、何かある度にいちいち報告をするわけではなく、狗塚からの情報開示請求が有れば答えたり、地域の妖怪センサーを狗塚の通信機とリンクさせて妖気の発生を共有する程度である。
「狗塚が名門なんて、何年も昔のこと・・・。
今では、スッカリと、枯れかけた家系ですよ。」
「そう言うなや。
ワシ等退治屋と比べて、狗塚の才能が突出しとるんは、今も同じや。」
名門と呼ばれる狗塚雅仁が解らなかった「鬼の居場所」を、ただの雑用係(紅葉)が適確に見抜いたのだ。認めたくはないが、現実から目を背けるほど無能ではない。
羽里野山の鬼退治に参加をした娘の才能に一目を置き、てっきり彼女も退治屋に所属をしていると思っていた。彼女の手助けがあれば、鬼討伐は早く済みそうだと考えていた。それゆえ、表情には出さないが、期待をしてしまった分、内心では残念に感じる。
「あまり、肩肘を張らず、気にせずにワシ等を頼りや!」
「そう言っていただけると助かります。」
粉木への協力要請を終えた雅仁は、特にそれ以上の世間話をすることもなく、妖怪センサーと通信機のリンクを済ませて、早々にYOUKAIミュージアムから去っていった。
「なんだ、アイツ・・・無愛想な奴だ。」
会話に加わったのに、ほぼ会話に参加をできなかった燕真は、雅仁から相手にされていないような気分で少し不満だ。窓越しに、専用バイクに跨がって出て行く雅仁を眺めながらポツリと呟くと、粉木が背後から燕真の肩を軽く叩く。
「まぁ、そう言うなや・・・
狗塚は、ワシ等のような、気楽な勤め人とはちゃう。
アイツはアイツで大変なんやからな。」
「・・・住む世界が違うってか?」
納得をしたわけではないが、「根本が別物の狗塚とは、長い付き合いには成らないだろう」と考え、狗塚雅仁については、あまり深く考えないことにした。
-翌日・羽里野山の麓-
天野宅から徒歩で5分ほど離れたバス停のベンチに、大きな鞄を担いだ天野老人が座っていた。文架市から離れる為に、駅に向かうバスを待っている。文架市を捨てる気は無いが、このままでは、やがて、鬼と退治屋の抗争に巻き込まれる。人として生き続けたい天野にとって、それは、回避したい選択だった。
「おっ!来たか。」
道路の向こう側、定刻通りに「文架駅行き」のバスがやってくる。天野老人は、ベンチから立ち上がって、乗車準備をしようとして動きを止めた。
(果たして、わしだけが逃げて良いのか?
雲隠れする前に、やるべき事があるのではないか?
粉木や、弟子の若僧は・・・ちゃんと気付いているのか?
わしなんぞよりも、もっと危ない立場にあることを。)
天野は、再びベンチに腰掛け、乗車予定だったバスをやり過ごす。今日中にこの地を離れるとしても、その前に、旧友に伝えるべきことがある。
大型ショッピングモールでの紅葉との出会いは、偶然ではなく運命。紅葉とは間違いなく引き合ったのだ。
「粉木に、紅葉ちゃんの価値と危険性の根拠を説明せねばならん。
場合によっては、あの娘をかっさらう覚悟をせねばならん。」
天野が住んでいるのは文架市の西側の外れで、粉木宅があるのは東側。駅行きのバスは、YOUKAIミュージアムやリバーサイド鎮守は通過しない。立ち上がってバス停に表示してある時刻表を眺め、川東に直通するバスを探す。
「おぉ・・・15分後か。」
その背後に、人影が立った。天野は冷たい気配を感じる。
「この地の退治屋の動きに、妙な違和感が見え隠れしていた。・・・貴様だな。」
背後から、威圧感のある低い声が聞こえる。天野が振り返ると、その場所には、いつの間にか、長髪の男=伊原木が立っていた。
「なんじゃ、あんたは?」
「誇り高き鬼が、退治屋如きと連むとは想定していなかった。」
「なんの事じゃ?」
「この地の退治屋は未熟。
遠目に観察しても、度々、妖怪を討ち漏らしている事くらいは解る。
だが、そのワリには、被害は極めて少ない。
未熟を補う適確な能力がサポートをしている。」
「・・・的確な・・・才能?」
数歩後退る天野。目の前に立つ人物が、同族の上級幹部であることは感覚的に理解をした。伊原木の眼は赤く染まり、額には2本の大きな角が突き出している。
「あんたは・・・茨城童子!!」
天野は、鬼の上級幹部の判断が間違えていることを知っていた。天野が退治屋に手を貸したのは、大型ショッピングモールで二口女を倒した1回だけ。彼が言う「未熟な退治屋を補う適確な能力者」は自分ではない。
しかし、「適確な能力者」の心当たりがあった。つい先日、初対面で、一言も交わさず、天野の正体に気付いてしまった者がいる。・・・その少女の眩しい笑顔が脳裏を過ぎる。鬼の上級幹部を倒さなければ、やがては、本物の「適確な能力者」に気付いてしまう。
「い・・・いかん。」
天野は茨城童子に飛び掛かった!
ドォン!!
力の差は歴然だった。次の瞬間には、鬼の上級幹部の掌底が、天野の腹に叩き込まれていた。担いでいた荷物が地面に落ち、詰め込まれていた中身が散乱をする。腹に当てられた掌から禍々しい闇が発せられ、天野の全身に溶け込んでいく。
「小鬼とは言え、人間如きに尾を振るとは何事だ!?鬼の誇りを取り戻せ!」
「あぁぁぁ・・・うぁぁぁぁっっっっ・・・」
「我らは、誇り高き鬼の種族だ!!人間との共存など、俺が許さん!!」
「うぁぁぁぁっっっっ・・・ああああああああっっっっ!!!」
「狗塚の小僧が我らを嗅ぎ廻って、些か目障りなんでな!
オマエに倒せるとは思わんが、我らの目眩まし程度にはなるだろう!」
「はぁぁぅぅぅぅっっっ!!!うぁぁぁっっっ!!!!」
腹を押さえ、その場に跪く天野。その体は、次第に闇色に染まっていく。それを見た鬼の上級幹部は、満足そうな笑みを浮かべながら、その場から姿を消すのであった。
-YOUKAIミュージアム-
ピーピーピー!!!
事務室に備え付けられていた警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!粉木が、センサーからコンピューターに送られてきた情報を確認して、燕真に指示を出した!
「出現場所は、羽里野山の麓!・・・この妖気反応は!!」
そこまで口にした粉木は言葉を詰まらせる。その妖気は、コンピューターのデータ照合より、1つの検索結果を出していた。過去にも出現して、データとして残されていたそれは天邪鬼。
「なんちゅうこっちゃ!」
正体が誰であれ、人間社会に害を為す妖怪は全て討伐対象。粉木は、それがどんなに辛い選択でも、退治屋の一番大切なルールを破る気は無い。
しかし、燕真に倒すべき妖怪の正体を告げれば、燕真は情に流されて倒せなくなる可能性が高い。粉木は、事実を伝えるべきか、「ただの妖怪を倒せ」と事実を伏せるべきか、その判断に迷ってしまう。
「・・・・えぇか、燕真、良く聞きや!暴れとるんは、天邪鬼や!
直ぐに現場に行って、退治をしてこい!!」
事実を伏せて退治をさせるべきではない。誤魔化してしまったら、若い退治屋を成長させてやれない。
「・・・・・・え?天邪鬼って、まさか!?」
「天野のぉじぃちゃん?」
退治屋ならばできて当たり前、できなければ退治屋失格として、離職をさせるだけ。佐波木燕真が身を置いている世界は、そう言う世界だ。
行動が迂闊すぎる紅葉に対しても、この活動が遊びではないことを自覚させるには、ありのままに説明すべきと考えた。
「話はあとや!ワシも後から行くさかい、サッサと行け!!」
「・・・う、うん」
燕真と紅葉は、打ち明けられた事実を納得をしたわけではなかった。しかし、悩んでいる時ではない。粉木に文句を言っても意味が無い。自分の眼で確かめて、その先の手段はそれから考える。2人はホンダVFR1200Fに飛び乗り、現場に急行をする。
「誤報であってくれ!」
バイクを駆る燕真の脳裏に、数ヶ月前の苦い思い出が甦る。圧倒的な攻撃力を誇るヌエに対して手も足も出ず、解り合いかけていた依り代の霊体を切るしかなかった。 もう2度と、そんな思いはしたくなかった。しかし、また、同じことになるのか?今度は粉木の友人を切らなければならないのか?討伐をせず、円満に解決する方法はあるのか?燕真は、決して答えの出ない自問自答を繰り返していた。