13-2・妖怪の写真~印潰し~鏡亀
-土曜日・YOUKAIミュージアム-
その日は、開店前にも関わらず、天野老人が訪ねていた。紅葉の前で、持っていた封筒から数枚の写真を出してカウンターに並べる。
「なんや、オマン?どういうつもりや?」
「紅葉ちゃんに見せてやりたくてな」
「ァタシに?うわっ!超可愛い~~~!」
「おいおい、ワザワザその為に、鬼が退治屋のアジトに来たのかよ?
てか、それ可愛いか?
前々から思っていたんだが、オマエの美的感覚、おかしくないか?」
「てっきり、文架市を離れると言いに来たんかと思ったで。」
粉木は、再三にわたり「家で温和しくしていろ」と忠告をしてきたが、天野老人は聞こうとしない。それどころか先日は妖怪退治に加担をした。「文架市を護りたい」という天野の意思は嬉しかったが、その行動の1つ1つが危険への階段を上がっているよう感じられる。
「なぁ、粉木?」
「なんや?」
「もし、ハーゲンの恋人が生きていたら、どうなっていたかのう?
わしらと人間が共存する世界は来ていたかのう?」
「その話は禁句や。可能性がゼロの話をしても意味が無い。
そない話をするつもりなら、帰ってくれ。」
「すまん、すまん。チョット考えてしまってな。」
燕真は、黙って粉木と天野の話を聞いていた。20年くらい前に、妖幻ファイターハーゲンという退治屋が文架市を守っていたことは知っている。だが、データベースを調べても大半の記録が抹消されており、どんな変身者で、どんな功績を残したのかは解らない。だから、天野が口にした「ハーゲン」には興味があるが、同時に口を挟んではならないような気もする。こんな時には、いつも、空気を読まない小娘が口を挟んでくるのだが、今は、妖怪ミラートータス(甲羅が鏡の亀)の写真を興味深そうに眺めていて、粉木達の話には加わっていない。
「なぁ、紅葉・・・
亀の剥製に鏡を張り付けただけのそれ、どこが可愛いんだ?亀が気の毒だろ。」
プルルルルルッ!プルルルルルッ!
喫茶店備え付けの電話がコール音を鳴らす。妖怪発生時は警報音だし、個人に用がある場合は個人のスマホが鳴る為、店の電話が鳴るのは珍しい。いつもなら、月末の請求書の時期くらいしか鳴らない電話なのだが、今は月末でもない。
「・・・なんや?」
粉木は、首を傾げながら受話器を取り、発信相手の声を聞いた途端に、眼を見開いて天野を見た。
「はい、YOUKAIミュージアム
・・・・・珍しいのう、どうしたんや?
・・・・・スマンけど今から外出するさかい、午後からにしてくれんか?」
受話器を置いて大きな溜息をつく粉木。燕真と天野を交互に見つめる。
「燕真・・・今から、天野はんを自宅に送るさかい、店番頼むで。」
「・・・ん?今の電話?」
「わしを送る?いきなり、どうしたんじゃ?」
「電話の相手は狗塚や。来よる言うさかい、午後からにしてもろた。
オマン(天野)と会わせるわけにはいかんからの。」
「鬼退治の家系とは会いたくないのう。」
「なるほどな、鉢合わせしたら、ややこしくなりそうだな。」
「天野のじぃちゃんちに行くの?なら、ァタシも行きたぃ!!」
「生のミラートータス(の剥製)見たいのか?」
「ぅん!見たぃ見たぃ!!」
「紅葉・・・手が滑って破壊するくらいなら良いが、間違えても貰ってくるなよ!」
今の時刻を考えれば、市内の外れに天野を送って、ついでに妖怪ミラートータス(の剥製)を見て来ても、狗塚が来る時間までには充分に戻ってこられる。
-二十数分経過-
車窓の風景が市街地から郊外に変わったあたりで、それまで助手席で「あの場所ゎ行ったことある!」だの「そこは今度行ってみたい」などと休みなく無駄に喋り続けていた紅葉が、突然、声色を変えた。
「車、止めてっ!」
「なんやっ!?」
慌てて車を路肩に寄せて、ブレーキを踏む粉木。
「チョット待っててねっ!」
紅葉は、シートベルトを外して車外に飛び出し、靴が汚れることなどお構い無しに道路脇の畑に入り、しゃがんで、片手で地面を触れる。
一連の行動に一切の説明が無いので、粉木は紅葉が何をしたいのか理解できないまま、後部座席の天野と共に、車内で紅葉の行動を眺めている。
「なんや、お嬢?畑に成ってるもんでも、もいで来るつもりかの?」
「ほぉ~・・・流石の粉木にも解らんか?」
「オマンには解るんか?」
「まぁな・・・わしは鬼じゃからな。」
しばらく地面を触っていた紅葉が戻ってくる。
「こりゃダメだぁ!」
「なんや?食えそうなもん無かったんかいな?」
「違ぅ違ぅ!ァタシ、野菜なんて盗らなぃよぉ!そんなにビンボーぢゃなぃもん!
じぃちゃん、お祓いセット持ってる?」
「・・・お祓い?」
「ぅん!地面の中に隠されてるから解りにくぃんだけど、
ぁそこに、変な妖気の塊みたぃなのがあるの!
車から見た時ゎ黒ぃ湯気みたぃに見ぇて、
もしかしたらって思ったら、やっぱりそぅだったょ!
でもちょっと、手ぢゃ取れそぅになぃんだょねぇ!」
「天野はんにも見えとったんかい?」
「あぁ、見えてる。尤も、近寄りたくはないがな。
わしのような小鬼が、あんな危ないもんに触れたら、
精神を丸ごと闇に食われてしまう。」
言葉足らずな紅葉の説明だけでは今ひとつ解りにくいが、天野の解説込みで直訳すると「妖気の塊が有ったから祓え」と言っているらしい。粉木はトランクルームを開けて祓い棒と護符を取り出し、紅葉に連れられて畑に入り、指定の場所に護符を置いてみた。
ボシュゥン!
途端に地面から闇の呪印が浮かび上がり、護符と共に弾けて消える。紅葉は満足そうに微笑んでいるが、粉木は生唾を飲み、眼を大きく開いたまま、目の前の紅葉と、車内の大守を交互に見つめる。
「・・・なぁ、お嬢」
「ん!?」
退治屋として修練を重ねた粉木には見えなかった妖気の位置を、紅葉と天野は把握をしていた。鬼族の天野が「見付けた」ことは理解の範疇としても、紅葉の能力は異常だ。索敵、子妖祓い、銀塊への念封、どれを見ても、才能という言葉で片付けるには、人間としての能力を逸脱している。
今まで粉木は、氷柱女や天邪鬼など、本部には報告せず、独断で見逃し、問題を起こさないように監視を続けてきた。同様に、紅葉のことも、自分の監視下に置き、本部に報告する気は無かった。本部には「少しばかり霊感の強い娘がサポートをしている」としか伝えていない。
しかし、本当にそれで良いのか?今後も独断で処理をできるのか?漠然とした不安が、粉木の脳裏を過ぎる。
「人には見えんもんが見えとる事・・・
今みたいな、隠された‘呪印’が見える事・・・
あまり、口には出さん方がえぇで!」
「なんで?」
「そない事ばかり言うておると、周りから、変な眼で見られるからや。」
「ん~~~・・・?
粉木のじぃちゃんだって、人には見えないのが見えるんでしょ?」
「あぁ・・・せやけど、お嬢ほどやない。
えぇか?見えんもんが見えると言うんは、ワシと燕真の前だけにしときや。」
「良くワカンナイけど解った。」
「約束やで。」
「ぅん。」
現状をどう解釈すれば良いかの判断を決めかねている粉木は、それがその場しのぎと理解しながらも、とりあえず「他人には知られないようにする」ことで様子を見ようと考えていた。一方の紅葉は、粉木のアドバイスを完全に理解したわけでは無いが、真剣な粉木の表情を見て「要求を受け入れる」と考えていた。
「行くねん、お嬢。」
「ぅんっ!」
一連の作業を終え、再び天野宅を目指して、粉木が運転する車がウィンカーを点滅させて路肩を離れる。
「文架の退治屋か?」
その数秒後、たった今、闇の呪印を祓った場所に、つい先程まで無かったはずの陰が立つ。体格の良い長髪の男・伊原木だ。2学年の紅葉とは接点が無く、今まで此処にいた少女が、伊原木が非常勤講師を務めている優麗高の生徒とは気付いていない。
足元を見て、仕掛けておいた鬼の印が消えていることを確認する。
「直ぐには気付かれぬように隠しておいたのだがな」
近くにいたので「仕掛けた鬼の印に何者かが触れた」と感じ取り、この場所に赴いた。呪印祓いの様子は、退治屋に気付かれないくらい遠くから眺めていた。
「3人いた・・・車の外に出た男と小娘・・・車の中に1人・・・」
伊原木は、車の後部座席から出なかった男(天野)の雰囲気には覚えがあった。過去(数十年前)に、鬼族と退治屋の全面戦争時に、鬼の姿をしたその男を見た記憶がある。
「奴(天野)が・・・鬼の印を探し当てたのだな。」
遠ざかっていく車を見詰める伊原木の眼が、赤く冷たく輝く。
-羽里野山の麓・天野宅-
片道で45~60分程度の行程だが、紅葉が、「あそこの木の根元!」とか「あの橋の下!」などと、たびたび停車を要求して、計3箇所の闇祓いをした為、目的地にへの到着は予定より30分ほど遅れてしまった。
妖気の塊が、これ程に点在をしているのは初めての経験だ。理由は、鬼専門の退治屋・狗塚が文架市に来た為、鬼の幹部が、目眩ましのつもりで無差別に鬼の印をバラ巻いているからなのだが、この時の粉木は、まだその事実には気付いていない。
「上がって、茶でも飲んでいくかね?生のミラートータスも見たいじゃろ?」
「いや、時間が掛かりすぎたさかい、寄らんで・・・」
「ぅん!見せて見せて!!」
紅葉は、粉木に確認を取る気など一切無く、天野に言われるまま家の中に上がり込んだ。粉木は溜息をついて、今の時刻を確認してから玄関に上がり、茶の間に入って腰を下ろす。
「粉木は茶で良いか?」
「あぁ!なんでもええで!」
「紅葉ちゃんは?」
廊下に飾られた生ミラートータスを眺めている紅葉に声を掛けると、紅葉は大声で返した。
「ジュース!あ、でも炭酸ゎ今ゎ気分ぢゃなぃなぁ~!」
「安心せい、お嬢!この屋敷に、そない気の利いたもんあらへん!」
あまりノンビリしている時間は無いが、粉木には、もう一度、天野に忠告をしたかったから、この時間は無駄ではないと考える。
「なぁ、天野はん?
道中の妙な妖気の塊、今までも、あないもんが、量山あったんかいな?」
「いや・・・増えたのは最近じゃな。」
「いつ頃からや?」
「羽里野山の鬼退治以降じゃな。」
「星熊童子が施したちゅうことか?」
「いや、星熊が倒れて以降も、呪印は増えている。」
「他にも、鬼が文架市に入り込んどるっちゅうことか?」
「・・・そうなるのう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
しばらく無言になり、眼を合わせる粉木と天野。
「粉木が言いたい事は解ってる。」
「・・・・・あぁ!」
「潮時かな?」
「そういうこっちゃ!特に、鬼族のオマンはな!」
「紅葉ちゃんを嫁にくれるなら、意見に従って、文架を離れるが・・・どうじゃ?」
「アホンダラ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
「名残惜しいが・・・明日にでも離れる。」
「あぁ・・・早い方がえぇで!」
「此処(文架市)が以前のように落ち着いたら戻って来るから、
此処(家)はこのままにしていてくれ。」
「あぁ・・・そうする!」
話が纏まったところで、天野が廊下に顔を出して、妖怪ミラートータス(甲羅に鏡を張り付けただけの亀)の剥製を見入っている紅葉を手招きする。
「そんなに気に入ったんなら、要るかね?」
「ぇ!?くれるの!?欲しぃ欲しぃ!!」
「おいおい、そない悪趣味なもん、お嬢の部屋に飾る気かいな?」
「ァタシの部屋ゎ飾る場所無ぃから、喫茶店か博物館に飾るつもりっ!」
「ワシんとこに置いてくんかい!?勘弁してや!!」
「だったら、粉木じぃちゃんの寝てる部屋に!!」
「尚更あかんわい!!」
「え~~~~~~~~~・・・粉木じぃちゃんのケチ~~~!!!」
粉木の抵抗により、紅葉は妖怪ミラートータスをゲットできず、手ぶらのまま、天野宅を後にした。