番外③-1・底辺なナンパ~環奈の依頼
※番外は読み飛ばしても後に繋がりに影響が無いストーリーです
-11月上旬・優麗高校-
燕真と粉木は、紅葉に呼ばれて優麗祭(優麗高の文化祭)を見に来ていた。今は、体育館のステージ上で公演されている2年B組の演劇を眺めている。
「・・・脚本も・・・紅葉の演技も・・・・酷い出来だな。」
演目は雪女なのだが、「新解釈をして現代風にアレンジする」意図が丸々裏目に出て、且つ、主演(雪女の伴侶役)を務める紅葉の演技力がダイコン過ぎて、何もかもが台無し。
「オマンがお嬢の練習に付きおうてやらんから、こうなるんやで!」
「・・・俺に雪女役で練習に付き合えってか?・・・絶対に嫌だよ!」
所詮は高校生の出し物なので、お粗末な出来映えでも仕方が無いが、紅葉達のクラスの1つ前に演劇部が見事な『ハムレット』を披露したので、余計に紅葉達の完成度の低さが目立ってしまう。
「主人公を演じた子、見事だったな。
女の子が男役をするってのは紅葉と同じだけど、格が違いすぎだ。」
「ああ、あれは引き込まれたわい。
お嬢には申し訳あれへんけど、演技力が雲泥や。」
『ハムレット』で主演を務めたのは3年生の田村環奈という生徒なのだが、言うまでもなく、燕真は彼女の名前と学年を知らない。
「ねぇねぇ、ァタシ達の‘雪女’ゎどうだった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・(ノーコメント)」
燕真と粉木は、演劇を終えて合流してきた紅葉に「雪女の感想」を聞かれたが、燕真は、あえて何も言わない。
「ま・・・まぁ、お嬢らしゅーてええんやないか?」
「うへへへへっ。」
紅葉の案内で、展示ブースや飲食ブースを見て廻る燕真と粉木。気合いの入った展示から、手抜きとしか思えない展示まで様々。燕真は、「5~6年前は、自分もやってたな」と懐かしく感じながら眺める。迷路とオバケ屋敷は、紅葉に誘われたが、面倒臭そうなのでパスをした。
「後夜祭まで参加するんでしょ?」
「するわけ無いだろ。」
「そろそろ帰るつもりや。」
「え~~~・・・つまんなぁ~い!」
「お嬢の演技を見に来たついでに、見て廻ってるだけや。」
一通りを見て廻り、紅葉と別れて校舎の外に出たら、死角になる場所で数人の男女が何やら揉めている。どこにでも転がってるナンパ風景なんだけど、少しばかり男達のガラが悪いというか、女の子達が幼い。
「彼女~。
俺にぶつかって、たこ焼きで俺の服を汚したのは、
俺に一目惚れして気を惹きたかったからなんだろ?
お望み通り遊んでやるよ。何処に行く~?」
「違いますっ!そっちからぶつかってきたんでしょ!」
「君たちどこの学校?優高じゃなさそうだね。」
「これも縁ってことで、遊びに行こうよ。」
ナンパかと思ったら、アホウが女の子達に絡んでいるらしい。男達の着ている学生服から察するに、私立・渡帝辺工業高校の連中だ。渡帝辺工業高校とは、文架市西の郊外にある高校で、「名前を書けば合格できる」と噂される低偏差値の高校だ。必然的に、「勉強は放棄したけど高校くらいは卒業しておきたい」レベルの生徒達が集まりやすい。
「あれ?絡まれてる子、ハムレット役の子か?」
「ちゃうやろ。ハムレットの子は、あんなお子様ちゃう。」
女の子達は私服だからよく解らないが、まだ表情に幼さがあるから、中学生くらいだろうか?
「でも、顔がソックリだぜ。」
「あないに幼かったか?」
「どっちでもいいや。
女の子達が嫌がってるみたいだし、助け船くらい出しておくか。」
燕真は、女の子達の知り合いのフリをして、手を振りながら近付いていく。
「お~い!いないと思ったら、こんな所に居たのか?」
燕真の接近に気付いた女の子達は、「渡りに船」と、燕真達に手を振りながら寄ってきた。
「あっ!お兄ちゃん、お爺ちゃん!来てくれたんだね!」
「おう!ワシがお兄ちゃんやで!
その人等とぶつかって、服を汚してもうたのか?
だけど、人混みならともかく、こんな広い場所でぶつかるなんて、
その男が言う通り、意図的にぶつかりに行かな無理やんな?
妹よ、オマンがワザとぶつかったのか?」
「わざとなんて、ぶつかってないよー!」
「せやったら、ワザとぶつかったのは男の方か?」
呼び掛けられた役割のうち、何故か、粉木が「お兄ちゃん役」を買って出る。
「チゲーだろ。ちゃんと‘お爺ちゃん役’を演じろよ。」
「渡帝辺を追い払えたら、何でもええやろ。」
「まぁ・・・そうだけど。」
「ちゃんと、オマンが‘お爺ちゃん役’せえよ。」
「できねーよ!」
男共は、「粉木がお兄ちゃん」には騙されなかったが、「家族と合流」の演技には騙されてくれたらしい。ここで引き下がれば可愛げが有るのだが、それでは済まない素振りだ。
「ふざけんなジジイ!コイツ等の方からぶつかってきて・・・」
「事実やったら、クリーニング代は払うたる。
だけど、オマン等の方から、ワザと当たりに行ったんやったら、暴行罪やな。」
「なにっ!?」
「どっちの言い分が正しいかは、あの防犯カメラで確認できるはずや。」
粉木が指さした先の照明灯には、防犯カメラが取り付けてあった。
「・・・チィ。」
男共は、可愛らしい標的を見付けて先回りをして、意図的にぶつかった。だから、防犯カメラの確認をされたら、全てバレてしまう。いくらド底辺でも、これ以上の追及をされたら、自分達が負けるくらいのことは理解できる。
「平々凡々と生きてきたような面したヤツが、調子こいてんじゃねーよ!」
「・・・平々凡々?ん?俺か?」
「そうだよ、温室育ちの兄ちゃん!次に会った時は覚悟しとけよ!」
男達は、逆恨みで燕真を睨み付けながら、脇を通過して去って行った。
「温室・・・ねぇ。」
燕真は、「温室育ち」扱いをされる自覚はあるが、どう見ても彼等も「温室育ち」だ。逞しい雑草とは思えない彼等から小バカにされる理由が全く解らない。
「なぁ、爺さん。防犯カメラなんて、良く気付いたな。」
「何やオマン、気付いてなかったんかいな?
正義感で動くのは構わんけど、
動く前に周りを見て、地の利を利用する算段くらいは整えとけ。」
「・・・まさか、文化祭でダメ出し喰らうとは思ってなかった。」
絡まれていた中学生らしい女子達が、燕真達のところに寄ってきて礼を言う。燕真視点で改めて見ると、やはり、女の子のうちの1人はハムレット役にソックリだ。だが、ド底辺共とは違って、これを縁にして仲良くなる気や追及する気など全く無い。
「また絡まれると悪いから、サッサと、人が多いところに行け。」
「はい、ありがとうございました。」
生徒玄関に向かって駆けていく女の子達を見送った後、燕真と粉木は帰宅をする。だから、優麗高から去った数十分後に、盗難事件が発生したことなど、燕真達が知る由も無い。
-数日後・YOUKAIミュージアム-
見覚えのある姉妹が来店をした。スタイルが良い姉が紅葉に挨拶を、小さくて華奢な妹が燕真に小さく会釈をした後、2人はテーブル席に座ってメニュー表を眺める。 数分を経て、呼ばれた紅葉がオーダーを取りに行った。
「ミックスサンドとハンバーグドリア。
飲み物は、ミルクティーとオレンジジュースをお願いします。
源川さん、ここでバイトしてたんだ?」
「バイトってより、仲良しのジイチャンのお店で、お手伝いしてんの。
ハンバーグドリアはお時間が掛かりますがイイですか?」
「うん、良いです。」
「飲み物は先がイイですか?ご飯と一緒がイイですか?」
「食事と一緒でお願いします。あの・・・店長さん、いる?」
「ぅん、いますよ。
ご注文を確認しますねぇ。
ミックスサンド、ハンバーグドリア、ミルクティー、オレンジジュース、
それから、粉木の爺ちゃん・・・以上ですね。
ジイチャンは、先がイイですか?ご飯と一緒がイイですか?」
あっ!ジイチャンゎ注文しても無料でぇ~す。」
「先でお願いします。」
オーダーを受けた紅葉は、事務室を開けて「ジイチャン、注文されたよー」と声を掛けてから、カウンター内に戻ってきた。
「店長さんは『注文』ではないんだけどね。」
姉の名は田村環奈。優麗高で男子からの人気が高い女子トップスリーのうちの2人が紅葉と環奈なので、必然的に両者とも知名度が高く、互いのことを認識している。
妹の名は田村響希。響希が文架東中に入学をした時点で、3年生の紅葉は、男子人気と奇行で目立つ存在だったので、必然的に認識をした。
「変な店員さんだね。中学の時から変だったけど。」
ハンバーグドリアの調理を開始する紅葉の隣で、燕真がサンドイッチの準備をしながら耳打ちをする。
「ん?あの子、優麗高の子だろ?」
「燕真、知ってんの?」
「オマエの雪女の前に演劇してたよな?」
「ぅん。ハムレットやった人だよ。
「え~~~~っと・・・どっちが?」
「んぇ?見て解らないの?」
スタイルが良くて洒落っ気がある姉と、スリムで幼さ丸出しの妹。服の感じからして「多分、小さい方が絡まれていた子」なんだろうけど、彼女がハムレットなのか、姉がハムレットなのか、よく解らない。
「顔がソックリすぎて、どっちがどっちなのか解らん。」
「タムラ先輩がハムレットだよぉ。」
「先輩?」
「ぅん。3年生。」
「・・・へぇ。」
紅葉が高2よりも幼く見える所為で、「田村先輩」とやらは紅葉の3歳上の大学生くらいに見えるのだが、改めて「亜美(紅葉の友人)の1歳上」を比較対象に置き換えると違和感が無くなる。
「妹のタムラさんゎ、ァタシが中3の時に東中に入学したから、今は中3かな。」
「あぁ・・・なるほど。」
妹の方は、紅葉の2歳下と言われるとシックリ来る。要は、紅葉と田村妹は、どちらも実年齢よりもガキに見えるってことだ。結果、姉妹は3歳差なのだが、5歳くらい離れているように感じられる。
「お嬢、ワシを注文ってなんや?」
5分ほど経過して、退治屋の事務仕事をキリの良いところまで仕上げた粉木が、店内に入ってきた。
「あっちで、タムラ先輩が呼んでんの。」
姉の環奈が席から立ち上がって会釈をしたので、粉木も会釈を返して寄って行く。
「なんや、お嬢さん。ワシのファンか?」
「い、いえ、そう言うわけではなくて・・・」
妹の響希は座ったままで、姉の前に立つ粉木を眺めている。
「変な店長さん。」
「このお店って、前は喫茶店じゃなくて、妖怪の博物館でしたよね?」
「今も2階は博物館やで。それがどないした?
飯やのうて、博物館が見たいんか?」
「い、いえ、そう言うわけではなくて・・・
妖怪の博物館の店長さんなら、そっち系には詳しいのかと思いまして。」
「・・・そっち系?」
「あの・・・心霊現象とか、普通じゃ見えない物とか・・・。」
どうやら、彼女達の来店目的は、食事や博物館見学ではなく、何らかの人外事件絡みの相談らしい。
「話してみい。何が有ったんや?」
「父が優麗祭を見に来てくれたんですが、
帰ろうとしたら、駐輪場に駐めておいた父のバイクが無かったんです。」
「ん?バイクの盗難?」
何らかの人外事件の相談かと思ったら、違ったらしい。
「そりゃ~、此処やなくて警察に相談に行くべきやないか?」
「盗難届は直ぐに出したんですが、相談の内容はそれとは別なんです。」
「別ってなんや?」
「父のバイクは盗まれたままなんですが、音だけが毎日戻って来るんです。」
「影もだよ、お姉ちゃん。」
「・・・はぁ??」
「上手く説明できなくてスミマセン。」
バイクの盗難事件かと思ったら意味不明だった。つまりは‘退治屋の専門分野’の事件らしい。粉木は好々爺の表情は崩さないが、呑気な声から張りのある声量に変わる。
「どうやら、茶店で気楽に話す内容ではなさそうやのう。
先に詳しゅう聞いとくさかい、飯ができたら事務室に運んでくれ。」
「了解。」
「嬢ちゃんは、お嬢さん達に打合せ用のコーヒーを煎れてくれるか。」
「は~い。」
粉木は田村姉妹を案内して事務室に入っていった。紅葉は、コーヒーメーカーを稼動させながら、手際良くハンバーグとホワイトソースを作り、ケチャップライスまで完成させる。
「燕真、あとは1人で作れるよね?でき上がったら、事務室に持ってきてね。」
「了解。・・・って、オイッッ!!」
ハンバーグドリアは未完成のままだが残りは燕真に任せ、紅葉は、煎れられたコーヒーをカップに注いでトレイに乗せて事務室に寄って行く。
「なんで、部外者のオマエが事件のことを聞いて、
退治屋の俺が蚊帳の外なんだよ!?」
「だって、燕真ゎ、爺ちゃんに、先輩達のご飯作れって命令されたけど、
ァタシゎ『コーヒー持って来い』しか言われてないぢゃん。」
「いやいやいやいや、オマエはバカなのか!?
それは、オマエへの指示を省略しただけで、
オマエは調理をせずに、先に話に参加するって意味じゃないんだぞ!
コーヒー置いたら戻って来いよ!」
紅葉の場合は、理解力が乏しいのではなく解釈が自分勝手。燕真の意見など聞く耳持たずに事務室の入って、そのまま戻って来なかった。
「あの小娘が・・・。」
燕真も話に参加をしたいが、自分が担当するサンドイッチだけでなく、紅葉が途中で放棄をしたハンバーグドリアも調理しなければならない。