11-3・恐怖する紅葉~鬼の結界~結界相殺
周りの木々がざわめき、澱んだ空気が、紅葉から20mほど離れた場所(紅葉が向かおうとしていた場所)に集中をして、スモーク状の球体を形作る!(燕真は解らない)
紅葉は、息を荒くして、表情を引きつらせ、数歩後退して、燕真の腕に縋り付く。
「ねぇ、燕真・・・ヤバィかも・・・戻った方がィィみたぃ!」
「どうした?」
「ここにぃる妖怪・・・今まで戦ってきたのと全然違ぅ!それに1人じゃなぃょ!」
「・・・え?」
「ぉ山全体に結界を張って、占領したヤツ以外に、もう1人ぃる!
今までのヤツみたぃに、依り代の念を祓ぇば温和しくなるのとゎ違ぅ!
2人とも、笑ぃながら人を殺しちゃうみたぃな凶暴なヤツだょ!!」
「何が言いたいんだ!?」
「ここにぃたらヤバィょ!また、変身できなくなっちゃぅ!」
「・・・なに?」
「ヤバィのが2人ぃるから、もぅ1個結界を持ってる!!
2つ目の結界が来ちゃぅ!!」
紅葉は動揺をしながら、言葉をまとめずに伝えてくる為、何を言いたいのか要領が掴めない!しかし、「このままでは危険」と言うことは充分に伝わってくる!
「だったら、ヤバくなる前に、こっちから仕掛ける!!先手必勝だ!!」
燕真は、左手のYウォッチから『閻』メダルを抜き取って和船バックルに嵌めこんだ!
「幻装っ!!」
燕真の体が光に包まれ、妖幻ファイターザムシード登場!
紅葉が見ている方向を睨み付けると、20mほど離れた場所に、スモーク状の闇の球体が2つほど確認できた!
「紅葉をビビらせてんのはアレか!?・・・オマエはここで待ってろ!」
ザムシードは、妖刀ホエマルを装備して、闇の球体目掛けて突進をする!
「おぉぉぉぉっっっっっ!!!」
球体目掛けて妖刀を振り下ろすザムシード!中から、赤くて太い腕が出現して、ホエマルの切っ先を受け止めた!気が付くと、2つ在ったはずの球体は1個しか見えない!
見失った球体は、いつの間にか、ザムシードの真後ろに在った!白い足が出現して、ザムシードの背中に蹴りを叩き込む!
「わぁっ!!」
弾き飛ばされて斜面を転がるザムシード!適当な幹に捕まって滑りを止め、起き上がって球体を睨み付ける!
闇の球体から、その者達は出現をした!身の丈2mを越える2匹の人型妖怪!
「ガッハッハッハッハ!随分と未熟な退治屋だ!!」
「鬼の結界内にも関わらず、何の策も持たずに来たようだな。
それほどの自身があるのか、それともただのバカか?」
片方は、巨漢で、赤銅の肌、頭に大きな1本角を生やしている。
もう片方は、スマートで着物を着て、白肌に黒髪、頭に2本の角を生やしている。
一見すると、2本角の方が理知的で人間に近い外見をしている。だが、その眼は、冷たく、近付いただけでも命をもぎ取られるような、圧倒的な迫力を持っている。
妖怪の知識が乏しい燕真でも、それが‘鬼’と呼ばれ、古来から恐れられた存在と直ぐに理解できた。
妖刀を構え直し、鬼達を警戒しながら一歩一歩間合いを詰めるザムシード!しかし、2本角の白鬼は、ザムシードには目もくれず、木陰から半身を出して戦況を見守っていた紅葉に目を付ける。
「我らの潜伏を的確に暴いたのは、あの小娘か?」
冷たい笑みを浮かべ、紅葉に近付くべく、ゆっくりと斜面を登る白鬼!紅葉が狙われてると察したザムシードは、斜面を駆け上がり、宙返りで赤鬼を跳び越え、白鬼に斬りかかる!しかし、妖刀を振り下ろした瞬間、白鬼は、ザムシードの真後ろにいた!
「は、早いっ!!」
「遅すぎる。」
白鬼は、スリムな体躯に似合わぬ怪力で、ザムシードの後頭部を鷲掴みにして軽々と持ち上げ、まるでゴミでも捨てるかのように、斜面下に放り投げた!再び斜面を転がり、妖刀を突き立てて滑り止めにして、白鬼を睨み付けるザムシード!
白鬼は、ザムシードには一瞥もせずに、紅葉に近付いていく!その行為が癪に障る!
「ふざけんなぁぁ!!!」
ザムシードが剣を振り上げ、30mほど先にいる白鬼に突進しようとした瞬間、白鬼は、ザムシードの目の前にいた!凄まじく重たい拳が、ザムシードの腹に打ち込まれている!
「うるさい。騒ぐな小僧。」
「グゥゥ・・・ガハッ!!」
「鬼の結界内では能力が半減することも知らぬような未熟者には興味はない。」
たった一撃喰らっただけなのに、胃液が逆流しかけ、意識が混濁して、目の焦点が定まらない!だが、未熟扱いをされて、笑って引き下がれるほど根性無しではない!
「バカにすんなぁぁっっ!!!」
半ば自棄っぱちでホエマルを大振りする!しかし、次の瞬間には、白鬼の二撃目の拳が、腹に叩き込まれていた!全身の力が抜け、剣を手から滑り落とし、その場に両膝を着くザムシード!
白鬼は「虫の駆除は終わった」程度の興味しか示さず、再び、紅葉に視線を向けて歩き出そうとして足を止めた。その右肩からは、血が噴き出すようにして、一筋の闇が上がる。
「・・・なに?今のデタラメな一振りが?」
足元で蹲っている虫けらほどの興味も無い物に視線を向け、落ちている刀に目を止める。
「妖怪殺しの剣、吼丸か。・・・・調子付かぬように、封じておくか。」
白鬼は拳を上に向けて握り締め、頭上高く掲げて、獣のような声で大きく吼えた!空気が弾け、冥く澱んで重たい空気が、白鬼を中心に半径50mほど、山頂展望台辺りまでを包み込む!紅葉が不安視していた2つ目の結界(二重結界)が発動したのだ!
山頂監視係、ロープウェイ管理人、売店の売り子さん、軽食店の店員さん等々、闇の干渉下に落ちた人々が、次々と目眩を起こして倒れる。
「・・・くっ!」
密集結界の中では、妖幻システムの稼働は不可能!ホエマルも、ザムシードの外装も、蒸発するように消えて、燕真の姿に戻ってしまう!
「燕真っ!!」
異常を察知した紅葉が斜面を駆け下りてきて、燕真を抱き起こす!
「バ、バカ野郎!なんでオマエが来るんだよ!!
狙われてんのはオマエなんだぞ!!」
「だって燕真が!!」
「だってじゃない!!逃げるんだ!!」
白鬼は、些か驚いた表情で紅葉と燕真を見詰める。
「なんだ、この小娘・・・
苦痛の表情1つせずに、鬼の密集結界の中心に寄って来ただと?
それに、この男・・・人間には戻ったが、
結界の中で、重圧を1つも受けていないようだ。」
眼前には、2人を見おろす白鬼が立ち、背面からは赤鬼が笑みを浮かべながら近付いてくる。対する生身の燕真には、歯向かう手段など無い。
「いいか、紅葉、俺が合図をしたら、全力で斜面を駆け下りるんだ。
コイツ等が俺達を見下している今なら、可能かもしれない!!」
「ぅ・・・ぅん!」
「せ~のっ!!」
タイミングを合わせて地面を蹴り、斜面下の赤鬼を迂回しながら、一気に斜面を駆け降りる燕真と紅葉!しかし、起伏のある斜面は、思ったほど楽なものではない!15mも進まないうちに紅葉が遅れ始めたので、燕真は、紅葉の手を握って誘導し、先に行けと背中を押す!
「わぁっっ!!」 「なにっ!?」
だが、気が付くと、1本角の赤銅鬼が、笑いながら、紅葉の眼前に立っていた!見た目の印象とは違い、かなり素早い!
「ガッハッハ!それ、人間の遊びで鬼ごっこって言うんだよな!?
鬼役でいいから、俺も混ぜてくれよ!捕まえたら食っちまっても良いんだろ!?」
2本角で白鬼は、先程の場所から一歩も動かずに、燕真と紅葉を睨み付けている!
「温羅よ!・・・小娘は食ってはならぬ。
お館様への貢ぎ物にするゆえ、生け捕るのだ。」
「そりゃ無いぜ、星熊の兄貴!せっかくのご馳走なのによぉ!!」
「代わりと言ってはなんだが、男の方は好きにするが良い。
少しは興味のある存在だが、小娘に比べれば価値は無いに等しい。」
「ちぇっ!つまんね~の!!仕方ない、男だけ食って我慢するか!!」
白鬼の名は星熊童子、赤い大鬼の名は温羅鬼という。
※星熊童子:酒呑童子の配下、鬼の四天王の1匹。
※温羅:桃太郎に退治された鬼。
「クソッ!バカにしやがって!!」
「どぅしょぅ、燕真!?」
「どうも、最初の標的は俺に変更されたみたいだ!
なんとかして時間を稼ぐから、オマエはその間に逃げろ!!」
「・・・でも!!」
「いいから、行け!!」
燕真は、足元に転がっていた木の枝を拾い上げて構え、紅葉を突き飛ばし、温羅と呼ばれた赤鬼に突進をする!しかし、振り下ろした枝をアッサリと退けられ、軽く押されただけで20mほど弾き飛ばされて、無様に地面を転がる!
「ガッハッハ!鬼ごっこは、もう終わりか!?」
温羅鬼はゲラゲラと笑いながら、一飛びで燕真が倒れている場所まで接近し、金棒を振り上げて燕真目掛けて振り下ろす!燕真は、全く動けないまま、温羅鬼を見ることしかできない!
(あ・・・俺、ここで潰されて死ぬんだな。)
燕真が抗えない死を受け入れようとしたその時、紅葉が、燕真を庇うようにして、倒れている燕真に体を重ねてきた!
「・・・チィ!」
格上の鬼から「小娘は殺すな」と命じられていた温羅鬼は、慌てて金棒を引っ込めるが、重心のバランスを崩して、その場に尻餅をついてしまう。
「燕真!!燕真!!生きてるんでしょ!!?」
燕真の体を揺さぶって、必死で呼び掛ける紅葉。燕真は全身の痛みを堪えて、なんとか起き上がる。
「まだ・・・死んでね~よ!」
「ょかったぁ~~!」
「良くないだろ、バカ!・・・なんで逃げないんだよ!?」
「燕真が一緒じゃなきゃヤダ!!」
「クソォ・・・時間稼ぎすら出来ないのかよ?」
その時・・・
「そうでもないさ。
おふたりさんが時間を稼いでくれたお陰で、奴等を倒すお膳立てができた。」
絶望の淵にいた燕真達に、何者かが声を掛ける。
「・・・え?」 「・・・だれ?」
先程の、インテリ系イケメンが、何度も指で小石を真上に弾いて手のひらで受け取りながら、斜面を降りてくる。
「色々と仕込んでから仕掛ける予定だったがね。
君等が好き勝手に動いた為に、段取りが滅茶苦茶だ。
だから、君達が派手に動き回って、鬼が俺の存在に気付かなかった分と、
怖い思いをしながら時間稼ぎをしてくれた分で、帳消しにさせてもらう。」
「・・・アンタは?」
インテリ系イケメンは、燕真の前に立ち、足元に、先程まで手で弾いていた小石を落とした。良く見ると、それは、小石ではなく、小石サイズの銀塊だった。
「不思議な連中だな。正規の退治屋なんだろ?
ピンポイントで結界の中心を見抜くほど優れた選眼を持っているのに、
銀が魔封じに使いやすいことや、結界相殺を知らないのか?」
「・・・結界相殺?」
インテリ系イケメンが指で呪印を結んで呪文を唱えると、転がした銀塊が光を放ち、銀塊を中心に半径10mほどの光の柱を造った!(燕真は感知できない)
「なにこれ?一体どぅなってるの?この中にぃると、ザヮザヮしなぃょ!」
「鬼の結界を相殺する結界を張ったのさ。
当初計画では、奴等が動き出す前に1つめの結界の無力化と、
2つめの結界封じを仕掛けるつもりだったんだけどな。
想定外が起こって先に張られてしまったから、
結界の種類を確認して、結界相殺の念を込めるのに時間が掛かってしまった。
狭い範囲だが、この場の空気は清浄化されている。
つまり・・・この結界の中ならば!」
インテリ系イケメンは、左腕の裾をまくり、左手首に巻いた腕時計型のアイテムを正面に翳して、『天』と書かれたメダルを抜き取って、一定のポーズを取りつつ、五芒星を模したバックルに嵌めこんだ!
「・・・・幻装っ!!」 《GARUDA!!》
電子音声が鳴ると同時に男の体が光に包まれ、翼を模したマスク、翼を模した肩当て、そして翼のある黄色い異形の戦士に変身完了!
その造形は、鳥の意匠を模したものでありながら、何処となくザムシードに似ている!