11-2・インテリ系イケメン~アッサリ山頂
-土曜日・7時半-
喫茶店の入り口には、「本日臨時休業、ごめんね♡」と紅葉の筆跡で書かれた可愛らしい看板がぶら下げてある。粉木は、腰が完治をしていないので留守番。駐車場に駐まっている粉木の車のトランクルームに、燕真が準備した大きなバックパックと、紅葉が持ってきたナップサックを詰め込む。
「オマエ、マジで、こんな軽装備で行くのか?」
「ぅん!」
「レギンスくらい穿けよ。」
「虫除けスプレー持ってきたからダイジョブ!」
「そ~ゆ~問題じゃない。」
紅葉は、先日用意をしたTシャツ&ニットパーカー&ミニスカート&一般的なシューズ。お氷はウィンドブレーカー&長袖Tシャツ&ショートパンツ姿。生足に虫除けスプレーをしても、別の虫(男)が寄ってきそうだ。
一方の燕真は、ベースレイヤー&ミドルレイヤーの上に防水透湿ジャケットを着込み、アルパインパンツ。この日の為に準備をした典型的な登山用の重武装をしている。
燕真が運転席に車に乗り込むと、見送りの粉木が、運転席の窓枠に手を掛けて、耳打ちをしてきた。
「昨日のワシの忠告、肝にめいじておけよ。」
「・・・了解。」
燕真は、小さく頷きながら、昨夜、粉木が言った言葉を思い出した。
**************************************
燕真が風呂から上がると、粉木が、縁側に座って、月明かりに照らされた羽里野山を眺めていた。
「なぁ、燕真。お氷は、羽里野山に居着き続けた妖怪や。
長年、土着を続ければ、そのテリトリーにおいては、妖怪は最強クラスに成る。
それを簡単に閉め出すなんて、並の妖怪やないで。」
「羽里野山には、かなりの強敵がいるってことか?」
「可能性は高い。」
「でも何で羽里野山に?氷柱女に嫌がらせでもしたいのか?」
「人間や動物の依り代に寄る妖怪は、人里にしか出現せえへん。
だけど、依り代の要らん妖怪も存在するって事や。
そういう奴は、わざわざ人目に晒される町中やなしに、
人のおれへん場所に生息をする。
人目を避ける妖怪と争うことやら、滅多にあれへんのやけどな。
今回は、成り行きで例外が起きてもうた言うこっちゃ。」
「・・・なぁ、じいさん?
なんで、羽里野山なら最強クラスの氷柱女が、アッサリと追い出されたんだ?」
「それは、雪女が来たからやろうな。
雪女は、これまで戦ってきた妖怪のように、負の感情に憑いた妖怪やあれへん。
お氷からすれば、出現目的がよう解らん奴が、文架に乗り込んできたやから、
自分の縄張りを狙ったと考えても不思議はない。
様子を見る為に、羽里野山から離れた隙を突かれ、
山に結界を張られて、縄張りを乗っ取られたんや。」
「なるほどな。」
「あとは、乗っ取った奴が仕向けた通り、お氷が雪女を疑うて潰し合うたら、
何のリスクも抱えんと、我が物顔で羽里野山を闊歩できるちゅうこっちゃ。」
「タイミングが悪かったってことか?」
「いや、このタイミングを利用したんやろうな。なかなか小賢しい奴やで。
本音を言うたら、ワシが満足に動けん状態で、
オマン等だけを羽里野山に向かわしとうはあれへん。
えぇか、燕真!これまでより、手強い相手かもしれん!
行ってみて、少しでも厄介と思たら、無茶はすんな!直ぐに引き替えすんや!」
真剣な表情で燕真を見詰める粉木。燕真は緊張した面持ちで、気圧され気味に頷いた。
**************************************
「・・・手強い相手・・・か。」
燕真は、粉木の眼を見てもう一度頷くと、車のエンジンをかけ、羽里野山に向けて出発をした。
車は、駐車場を出て西に向かい、公園通りから明閃大橋方向へ。助手席の紅葉が早速オヤツの袋を開けて、後部座席のお氷と分け合いながら談笑をしている。
「おいおい、もう食うのか?」
「燕真も食べるぅ?」
「いらん!もう少し緊張感を持ってくれ!」
どう考えても、山を舐めすぎているとしか思えない。登山の途中で紅葉がギブアップをして、置いていくわけには行かず、燕真が背負って山を登る展開になりそうで怖い。
-羽里野山の麓-
羽里野山は、登山に日数を掛けるほどの高山ではないが、途中には岩場などの難所もある。一般車で入れるのは麓の駐車場までで、ここから先は自分の足で進まなければならない。
燕真の運転する車が駐車場入ると、まだ他には車は駐まっていない。一般の客が来るには、まだ少しばかり早い時間なのだろう。
「すまんな。私は此処で待たせてもらう。」
「仕方なぃょ。ココで、ァタシ達が結界をぶっ壊すのを待ってぃてねぇ。」
「青年(燕真)・・・おまえの器、此処から見定めさせてもらう。」
「ん?・・・何のことだ?」
「小娘を託す器だ。」
「意味が解らん。」
「直に解る。心して行けよ。」
「ハナっからそのつもりだ!」
謎の結界は山全体を包んでおり(燕真は感じない)、麓でも僅かだが、お氷を閉め出そうとする重圧があるらしい。
「紅葉は何か感じるか?」
「ぅん、チョットだけ感じるょ!
でも、この前、お氷が張ったヤツみたいなキッツイのとゎ違ぅょ。
きっと、ぉ山全体に薄~く張ってるから、
この辺ぢゃ、ぁんまり強くなぃんだね。」
「・・・そっか。」
車から降りて、目指すべき山頂を眺めた後、燕真はトレッキングシューズに履き替え、帽子&サングラスとネックウォーマー&トレッキンググローブを装着する。
「ぇ~~~~っと、今の時間ゎ8時20分だからぁ~
・・・バスが来るまで、ぁと10分かぁ~」
「・・・バス?」
紅葉の声に反応して振り返ると、羽里野山シャトルバス『麓~3合目・羽里野公園』と書かれたバス停が立っていた。どうやら、一般車が入れるのはここまでだが、3合目まではバスで移動できるらしい。燕真は、やや拍子抜けしてバスに乗り込み、スンナリと行程の3割目に到達をした。
「どうだ、紅葉?何か感じるか?」
「ぅん、さっきよりもザワザワしてる。
チョット気持ち悪いけど、お氷の結界みたぃに、
入れなかったり閉じ込められるタィプのヤツじゃないね。
どっちかと言ぅと、学校にぃた蜘蛛の妖怪(絡新婦)みたぃな、
縄張りをお知らせする結界かな?
空気がピリピリして落ち着かなぃから、
ぉ氷が安住できなぃって言ってたのゎ解る気がするょ。」
「・・・なるほどな!」
目指す山頂を見上げて気合いを入れ直す燕真。ここまでは思い掛けずに楽ができたが、ここから先は自分の足と体力を頼りに進まなければならない!
「ぇ~~~~っと、今の時間ゎ9時10分だからぁ~・・・
次のロープウェイが出るまで、ぁと20分ぁるけど、どうする?」
「・・・・・・ロープウェイ?」
紅葉の声に反応して振り返ると、羽里野山ロープウェイと表示された矢印看板があり、矢印に沿って2分ほど歩いたら、『羽里野公園駅』と書かれた施設が建っていた。中に入って案内板を見ると、『羽里野公園~山頂ロープウェイ』という表示と、料金表&時刻表が張り出されていた。
「山頂まで1200円、往復で2000円かぁ~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山頂?」
山頂までの所要時間は20分。このゴンドラに乗れば、麓から山頂まで4~5時間と見込んでいた行程は、待ち時間を含めて、たった1時間半で到達をする。
「ところでさぁ、燕真?
格好がメッチャ重そぅで場違ぃなのは、ちょっと恥ずぃけど我慢するとして、
その杖とか、武器とか、
頭に付けてる電気ゎ何に使ぅつもりなのぉ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紅葉の「山を舐めた格好」が正解だった。オール登山(断崖絶壁有り)のつもりで準備を整えて来ちゃったのが、メッチャ恥ずかしい。バスとロープウェイで山頂に行けるなら、麓の駐車場にいた時に言えや。そうすれば、重武装を車の中に置いてくることができたのにさ。
-9時半-
降りのゴンドラが山頂駅に近付いてくる。一度に20~30人は乗れるんだろうけど、搭乗口に並んでいる客は燕真と紅葉だけ。2人は会話をして(紅葉が一方的に喋って)待ち時間を過ごす。
「・・・ん?」
気が付くと、いつの間にか、メガネをかけた若い男が、駅入り口の階段に腰を下ろしていた。彼もゴンドラ待ちなのだろうか?体格から察するに、燕真と同年代くらい。オール登山(断崖絶壁有り)的な格好をしている。
「お~!燕真以外にも、場違いな人がいたねぇ~。」
「思っても、声に出すな。」
燕真は彼に少しばかりシンパシーを感じる。駅内に「ロープウェイ出発時刻」の案内放送が流れると、先程の若い男が立ち上がり、搭乗口までの階段を上がってきた。
紅葉は、ゴンドラに飛び乗ると、直ぐに正面側の景色がよく見える席を陣取って、隣の席をポンポンと叩き、燕真に促す。
「ココに座ろっ」
燕真が紅葉の指定した席に座ると、その後から入ってきた若い男は、軽くゴンドラ内を見廻し、一番後ろの席に腰を下ろして、イヤホンを付けて視線を窓の外の景色に向けた。彼からすれば、「自分以外にはカップルが一組いるだけ」なのだから、サッサと自分1人の世界に入り込んで、同乗するカップルの会話を遮断したいのだろう。
燕真が紅葉に視線を向けると、紅葉はメガネ男の横顔を見つめている。ネックウォーマーで口元が隠れているが、同性視点で見ても、それなりのインテリ系イケメンだ。少女が目を奪われるのも理解できなくはない。だが、燕真は少しばかり面白くないので、小さな声で紅葉に耳打ちをした。
「オマエ、あぁいうのがタイプなのか?」
「ん?違ぅょ、全然そんなんじゃなぃ。なになに、ヤキモチ?」
「チゲーよ。ジロジロ見るな。あの人に失礼だろ。」
「ん~~~~~ちょっとねぇ。」
「ちょっと、なんだよ?」
「ワカンナイ。」
「なんだそりゃ?」
少しばかり気になる物言いだが、今は‘その男’よりも、山に巣くう妖怪が優先だ。関わるべき相手ではないので、その話題はスルーすることにした。
むしろ、妖怪が仕掛けてきた場合、何も知らない‘その男’を巻き込まないように配慮しなければならない。山頂に着いたら、「意図的に距離を置くべき」と燕真は考えた。
「燕真、嫌な感じ・・・強くなってるょ。
『こっち来んな!』みたぃなザワザワしたのが、いっぱぃぁるょ。」
最初は、笑顔で景色を眺めていた紅葉だが、ゴンドラが上がるにつれて、表情は険しくなり、これがただの行楽ではなく、結界の中心に近付いていることを如実に知らしめている。
「平気か?気持ち悪いなら、次の(ゴンドラ)で下に降りろ!」
「・・・ダイジョブ!」
ゴンドラが山頂駅に近付くと、後部席にいた男が立ち上がり、搭乗扉の前に立つ。燕真は、「男女ペア以外に自分1人では、一刻も早くその場から立ち去りたいのだろう」と理解して、男の後ろに慌てて並ぼうとはせず、下車ギリギリまで席に座り続け、彼との距離が開いたのを確認してから立ち上がる。
「行くぞっ!」
「ぅんっ!」
山頂には土産物屋や軽食店があったが、紅葉は、(珍しく)それらには目もくれず、展望台に立って深呼吸をしてから周りを眺める。
「ぇ~~~~っと・・・・あっち、かな?」
紅葉は、文架市街側の中腹を指さすと、『危険・入ってはいけません』と書いてある看板をガン無視して、ロープで張られた柵を潜って、斜面を駆け下りていった。燕真は、慌てて柵を跳び越え、『危険・入ってはいけません』の看板を気にしながら、先行する紅葉を追い掛ける。
「おいおい、行動力ありすぎだろ!日本語読めないのか?少しくらい躊躇しろ!
・・・てかちょっと待てよ!!」
山頂監視係の中年男性が、常識的には乱心中にしか見えない紅葉を見付けて、怒鳴り声を上げる。
「そこの女の子、危ない!!そっちに遊ぶ場所はない!!戻ってきなさい!!」
「スンマセン、俺が保護者です!責任を持って連れ戻します!!」
燕真は立ち止まって監視員に頭を下げ、再び紅葉を追い掛けた。
「騒がしい奴等だ。
だけど・・・・・・・・・・・いや、まさかな。偶然だろう。」
展望台から、ゴンドラに同乗したインテリ系イケメンが、命知らずなのバカップルを眺めている。
〈おぉぉぉぉっっっ・・・なんだオマエは!?〉
斜面を猛進する紅葉の耳を、不気味で冥い声が突く!ビクンと全身を振るわせて立ち止まる紅葉!
「勝手に動き回るな!」
燕真が追い付き、腕を引っ張って連れ戻そうとするが、紅葉は固まったまま動こうとしない。その表情は青ざめ、体は萎縮して小さく震えている。
「・・・・・・・・・紅葉?」
「・・・・・こゎぃ」
「・・・え?」
ドォォォンッッ!!
一瞬だけ周囲が闇に包まれるような感覚が発生し、山が震えた!