11-1・粉木腰痛~氷柱女の謎~バイク放置~母の服
羽里野山を眺める粉木。紅葉も、粉木と同じ方向に視線を向ける。
「ぉ山に、お氷とも、ぉ雪とも別の・・・何か、嫌なヤツがぃるんだねぇ。」
粉木と紅葉に倣うようにして、燕真も羽里野山を睨み付ける。倒すべきは、雪女でも氷柱女でもない。本当に倒さなければならない敵は羽里野山にいるのだ!
「行くか!!」
「ぅん!」
「そうするしかないやろな!」
並んで羽里野山を見詰め、力強い一歩目を踏み出す燕真と紅葉!
ぐきぃっ!
「アヘアヘアヘアヘェ~~~~~」
途端に、骨がきしむ変な音と、粉木の脱力した声が聞こえてくる。燕真が振り返ると、粉木が苦しそうな表情を浮かべ、腰を押さえて四つん這いに蹲っていた。
「お、おい!どうしたんだ!?」
「あ・・・あかん。寒さと、久しぶりに暴れた所為で、腰をやってもうた。」
「・・・・・・ジジイ。」
「・・・・・・じぃちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×たくさん
高まったテンションは、粉木の腰痛騒ぎで急降下をする。一時撤収をすることになり、狙われる危険が無くなった亜美(withお雪)とは公園で別れた。
-数分後-
燕真は、腰を痛めた粉木を背負って、サンハイツ広院の前まで紅葉を送り、粉木邸への帰路を歩いていた。積雪量は15センチ程度。妖気による寒さは和らいだが、10月中旬の気候では、簡単には融けきらない。
「アホンダラ!
ワシが腰をやらんかったら、あのまんま、山に行くつもりだったやろ!?」
ポカッ!
背負われている粉木は、会話をする度に、燕真の頭を叩く。
「イテェ!・・・だって、そんな感じの空気だったし!」
「冬の山を舐めんな!
そない格好で行ったら、幾らも登らんうちにギブアップやで!」
「だけど、テレビの特撮ヒーローなんて、普段着のまんまで山に行くぜ!
山を見つめる次のシーンでは、もう山の中にいるとか!」
「アホッ!それを言うたらアカンて!!」 ポカッ!
「イテェ!」
「お嬢は、学校の服のままで、山に連れてくつもりやったんかい!?」
「それは、アイツが勝手に。」
「それを抑えんのが、大人のオマンのする事やろ!
同レベルになってどないすんねん!」 ポカッ!
「イテェ!特撮ヒロインなんて、ミニスカのままで山に登ったり・・・
あれは、後ろから登るヤツには丸見えなんだろうな。」
「言うたらアカンて!!」 ポカッ!
「イテェ!」
「どんだけ無計画なんや!?」 ポカッ!
お叱りの内容は尤もであり、なんの準備もせずに、勢いで山に踏み込もうとしたのは恥ずかしく思う。しかし、燕真には、説教よりも、もっと聞きたいことがあった。しばらくは小言を聞き流していたが、タイミングを見て切り出す。
「なぁ、じいさん・・・雪の結界を破った時のあれって、じいさんだよな?」
「そういや、オマンに見せんのは初めてやったかの?」
「氷柱女が、アデスとかって呼んでいたな。」
「異獣サマナーアデスや。」
「妖幻ファイターとは、チョット違う格好をしていたな。
アレも、妖怪の力で戦うのか?」
「妖幻ファイターは、開発目的が違う。
尤も・・・異獣サマナーが、妖幻ファイターのプロトタイプみたいなもんや。
もう隠居の立場よって、二度と変身する気はなかったんやけどな、
今回は、お氷も絡んでおるし、老骨に鞭打って出ばらなあかんて思うたんや。
その結果、その頃の古傷を傷めてもうて、この有様や。」
「古傷?・・・ただの冷え性から来る腰痛だろ、粉木ジジイ?」
「誰が子泣き爺やねん!」 ポカッ!
「イテェ!氷柱女と顔見知りってのは・・・その頃(現役時代)なのか?」
粉木は、背負われたまま振り返って、サンハイツ広院を眺める。
「いや・・・お嬢が生まれる少し前の出来事や。
それ以来、ワシは、お氷が羽里野山に住んどるんを黙認しておる。」
「へぇ~・・・
てっきり、ジジイが妖怪と知らずにナンパをして、弱みを握られて脅されて、
氷柱女を黙認しているんだと思ってた。」
「オマン・・・ワシをなんやと思うてんねん!?」 ポカッ!
「イテェ!」
「ワシとお氷の関係の詮索は終いや。
機会が来たら話したる。ワシ1人の過去を晒せば良い話じゃなくなるよってな。」
「そっか・・・了解。
でもさ、じいさんが『妖怪は何が何でも倒せ』ってタイプじゃなくて安心した。」
積もった雪は少しずつ融けはじめており、雪を踏みしめると、今朝の真っ白な足跡とは違い、湿った半透明な足跡になる。
「雪は今日中に融けるかな?」
「お氷の妖力干渉が無くなったんや、明日には‘いつも通り’やろな。」
「昼過ぎにはバイクに乗れっかな?」
「あぁ。(道路状況は)そんくらいには回復するやろ。」
YOUKAIミュージアムに到着すると、昨夜駐めたはずの場所に、雪で埋まった愛車の姿は無かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで無いんだ?」
「何でもクソも、公園にOBOROを召還して使うたからやろ?
忘れてたんか、アホ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」
「支給されたバイクを放置して帰ってくるなんざ、退治屋失格やのう。」
「・・・ジジイを背負った所為で、バイクを置いてくるしかなかったんだろうに!」
「老い先の短い老人を最優先で労るんは当然のこっちゃ!」
「老い先が短いとは思えないんだけどさ。」
「家にワシを降ろして布団敷いたら、バイク取りに行って来いや!
まだ、バイクを乗り回せるほど道路の雪は消えとらんから、
無茶をせず、押して帰って来いよ!
調子こいて乗り回して、滑って転んで彼岸カバー壊しよったら承知せぇへんで!」
「老い先が短い・・・じゃなくて、憎まれっ子世に憚る!・・・だな。」
「取りに行くんが面倒だからって、
緊急時でもないのにOBOROを呼び出すなんて横着すなよ!!
もしそない事しおったら、経費分を差っ引くで!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やろうと思ったのに」
ジジイなんて公園に放置して、ハナっからバイクを引いて帰ってくれば良かった。・・・燕真は少~しだけ、そう思っちゃいました。
-16時半・粉木邸-
粉木は痛めた腰を保護する為に、背もたれのある椅子に座って、腰を温めている。
「燕真~!じいちゃ~ん!ァタシが来たよぉ~~!」
ガラTシャツ&ニットパーカー&ミニスカート姿で、ナップサックを背負った紅葉が訪れた。直ぐに来たかったが、休校の代わりに宿題が大量に提示され、それらを攻略してからナップサックの中身を準備をしたので、この時間になってしまったらしい。
「お氷!ママの服借りてきたから着替えて~!」
誰もいない庭に向かって叫ぶと、氷柱女が実体化をする。
「あれ?いたのか?」
「お氷は、山を追い出されて行き場が無いんや。
オマンが気付かんかっただけや。ずっとワシ等と一緒におったで。」
「お氷、着物じゃ目立つから、ママの服に着替えなよっ!」
「いや・・・私は霊体化をすれば姿を晒さずに済む。」
「えぇ~~・・・
せっかく、お氷に似合いそうな服を借りてきたんだから着なよぉ!」
氷柱女は、困惑した表情で粉木を見て「小煩い娘をどうにかしろ」と眼で訴えるが、紅葉が言い出したら聞かないことを知っている粉木は「諦めろ」と首を横に振る。
「ふん、若い女に弱いのは相変わらずだな。」
「おっ!ジイさんって、昔からそうなのか?なんとなく予想できるけど。」
「いらんこと言うなっ。」
氷柱女は紅葉が差し出した服を受け取って着替えようとしたが、燕真と粉木がガン見をしていたので、紅葉に指摘をされて隣に部屋に行って着替える。
「燕真のヘンタイっ!」
「チゲーよ!妖怪と人間の違いを観察したくて・・・。」
「燕真のヘンタイっ!」
「ジジイも変態扱いしろよ。」
「燕真のヘンタイっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで俺だけ?」
襖が開いて、ウィンドブレーカー&長袖Tシャツ&ショートパンツ姿のお氷が登場。燕真と粉木は、ショートパンツから伸びた、透き通るほど白いお氷の生足に眼を奪われてしまう。
「確かに、動きやすい着物だが、
往来で足を顕わにするというのは些か恥ずかしいぞ。」
「ほほぉ~!なかなか似合うで、お氷!この際、イメチェンしたらどうや?」
「ジジイまで同調するな!!」
「ぉ氷、可愛いっ!」
「いいや、変だ!
・・・てか、ただでさえ普通の女性にしか見えない妖怪に、
現代人の格好をさせるな!
妖怪のイメージを大切にしろ!!」
ところで、長袖Tシャツ&ショートパンツは良いとして、何故、ウィンドブレーカー?燕真の印象では、紅葉は、服のセンスが良い。ワンピースやカーディガン&フレアスカート等々、もっと氷柱女に似合う服を準備できるのではないか?ジョギングでもさせる気か?妖怪が融けるぞ。
「ょ~し!早速行こぉ~!!」
「・・・何処へ?」
「決まってンぢゃん!ぉ山だょ!」
「その格好で?」
「ぅん!山と言えばこの格好でしょ?」
「山を舐めるな!!野原にハイキングに行くワケじゃないんだぞ!!」
「今朝、お嬢を制服姿のまま山に連れて行こうとした分際で、よう言うわい!」
「舐めてないもん!!ちゃ~んと、リュックの中身も整えてきたし!」
「念の為に聞くが、何を入れてきた?
オヤツしか入っていないとか言ったら、デコピンすんぞ!」
「ハズレッ!オヤツとオニギリと飲み物だよ!!」
「大して変わんね~だろ!デコピンすんぞ!」
「気合いは評価するが、今から行くのは無茶やで。
直ぐに日ぃ暮れんねん。それに、茶店はどないするんや?」
「あ~~~~・・・そっかぁ~~~・・・。お店があったね。」
大して標高の高い山ではないが、夕方から山に登るなんてのは無謀すぎる。粉木の意見で、決行日は土曜日(店は臨時休業にする)に決め、その日は、粉木の代わりに燕真がマスターとして店に立ち、紅葉と共に喫茶店の仕事をして、一日を終えるのだった。
「・・・ハードな一日だった。」
紅葉が帰宅し、燕真は茶店の施錠をしてから粉木邸に上がり込む。茶の間に入るなり、疲れが出て大きな溜息をつきながら腰を下ろした。
粉木は、腰をいたわる為に、茶の間に敷いた布団の中に潜り込んでいる。布団の中で体を温めている粉木は気付かないようだが、少し肌寒い。燕真は、「点けるぞ」と言いながらエアコンのリモコンに手を伸ばした。
「ダメじゃ。」
「はぁ?・・・なんでだよ?
ジジイは布団があるから良いんだろうけど、俺は寒いんだ。
まさか、電気代が勿体ないとかって、ケチ臭いこと言うんじゃないだろうな?」
「ちゃうわ!部屋を暖めたら、お氷が融けてまうやろ!
そやさかい、ワシは布団に包まってるんや。」
「・・・あぁ、霊退化してるけど、この部屋にいるのか?通りで寒いと思った。」
「実体化には妖力を使うよってな、今は温存しとんねん。
ただでさえ、あんだけ派手に妖力を使ってしまい、余裕が無いさかいな。」
なんでこの部屋の中に?別の部屋か庭にいてもらえば良いんじゃね?とは思うが、本人が目の前に居ては(見えないけど)言いにくい。部屋を暖めることを諦め、その日は早々に風呂に入り、別室(寝室)に下がる。