10-1・氷柱女と雪女~冷たい雪女
背後への警戒を怠りすぎた。普段なら何の苦もなく凌げるはずだが、無防備に不意打ちを食らい、たった一吹きで運動神経を麻痺させられてしまった。反撃したくても体の自由が利かない。首に廻された冷たい手が、ザムシードのパワーと体温と奪う。
極度のパワーダウンで妖幻ファイターを維持出来なくなり、変身が解除され、燕真の姿に戻ってしまった。防御力ゼロ。このままでは、あと数分のうちに、凍死をしてしまう。
ドカァ!
何かが雪女の背にぶつけられる。「何事か?」と振り返る雪女の背後には、先ほどの戦いで砕けたつららの破片を幾つも抱えた紅葉が立っていた。抱えた氷の塊を雪女にぶつけながら怒鳴りつける。
「約束が違ぅょ、ぉ雪!燕真から手を放してっ!
悪ぃことゎしなぃって言ったじゃん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
雪女は、しばらく無言で紅葉を見つめた後、燕真の首から手を放した。冷たい束縛から解放された燕真は、前のめりに倒れる。
「もみじ・・・か」
「モミジぢゃなぃ!モミジって書ぃてクレハって読むんだ!!間違ぇるなぁ!!」
「この男は、わたくしやおまえに災いをもたらす・・・決して相容れない存在だ。
まだ、半人前の今ならば容易く・・・」
「意味がヮカラナィ!!燕真がァタシに嫌なことをするハズなぃ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不思議な娘だ。」
「約束を守らなぃヤツゎ友達だと思わなぃよ!!」
しばらくの睨み合いの後、雪女は肩の力を抜いて踵を返した。
「解った・・・おまえに免じて、この場は退こう。」
雪女は、雪煙に姿を変え、亜美に融合するようにして消えた。すると、それまで冷え込んでいた一帯は、急激に暖かさを取り戻す。
寒気の消滅と呼応するように、燕真がムクリと起き上がる。全身を支配していた冷たい束縛は消えた。亜美も起き上がり、「何があったの?」と言う表情で首を傾げて瞬きをする。
「なぁ、紅葉。オマエ、雪女と友達なのか?
・・・まぁ、霊体小僧とも仲良くするんだから、
妖怪が友達でも、今さら驚かないけど・・・。」
「ぅん!話してみたらィィ子だったから、ぉ友達になったんだぁ!」
「ィィ子・・・か?」
今回は、かなりやばかった。紅葉が来なければ死んでいたかもしれない。しかし、感謝の気持ちを上手く表現できるほど素直ではない燕真は、紅葉の髪をクシャクシャにするように頭を撫でることで、彼なりの感謝を表現した。
「もぉ~~!ァタシはペットぢゃなぃ!!
そんなふうにナデナデされても嬉しくなぃっ!!」
「あははっ!相変わらず仲が良いね。」
紅葉は抗議の意味を込めて両腕を振り回し、その光景を見た亜美が微笑む。
-少し離れた木の陰-
燕真達を眺める粉木の姿があった。
「やれやれ・・・今回はお嬢の肝っ玉に救われよったか。
せやけど・・・次も上手くいくとは限らんで。
引退した身で、あまり出しゃばりとうはないが・・・
状況次第ではしゃあないやろうな。」
粉木が踵を返して立ち去っていく。その手には、コウモリの翼が生えた女神が描かれたカードケースが握られていた。
公園のベンチに、紅葉と亜美が座っている。燕真は、近くの自動販売機でホットコーヒーを3本購入して合流し、それぞれに1本ずつ差し出した。コーヒーを飲みながら、紅葉が亜美に改めて質問をする。
「なんで、ぉ雪に憑かれたのぉ?」
「えっとね・・・話すと長くなっちゃうんだけど、
お雪ちゃんと初めて会ったのは、ずっと昔、幼稚園の頃でね・・・。」
亜美の話によると、東北の田舎に祖母の家に遊びに行って、山で迷子になって、泣いていた時に、優しく声を掛けて人里まで送ってくれたのがお雪だった。ただし、その時の幼い亜美は、彼女が妖怪とは知らなかった。
その後も、寒い時期に祖母の家に行くと、雪女とは気付かずに会い、彼女が人ではない存在と気付いたのは、中学に上がった頃だった。しかし、幼い頃から知っていた雪女に対して、怖いという感情は湧かず、これまでと同様の付き合いが続いた。
「それでね、今回の旅行で、紅葉や佐波木さんのことを話したら、
興味を持ったみたいで、一度会いたいって言ったから、
私に憑依をしてもらって連れてきたの。」
「俺に興味を持って来たワリには、スゲー素っ気ないんだが・・・。」
〈それは、おまえがこれほどの小者とは想像していなかったからだ。
実際に会って、随分とガッカリさせられた。〉
「え~っと、今の悪口を言ったのは、平山さん?雪女?どっちだ!?」
燕真の質問に対して、お雪がチョットだけ出現をして、容赦の無い一言だけを放って、再び亜美の中に潜り、亜美の話が続けられる。
当初は、亜美の中から見物をするだけで、表に出るつもりはなかったが、初対面で紅葉が見破り、亜美の中に隠れているお雪に話し掛けてきたことをキッカケにして、亜美の同意で体を借りたのだ。
「そっか・・・ァミの気持ちゎ、ょ~く解ったょ。
次ゎぉ雪にぉ話を聞いても良いかな?」
「うん、変わるね。」
亜美が目を閉じて心の中に呼び掛けると、亜美の意識が潜り、お雪の意識が出現をする。
紅葉は、お雪には、ここで一体何があったのか?お雪がキチンと「悪いことをしない」約束を守れるのか?それを問い質すつもりだった。
人間との約束など、お雪にとっては、守る価値など無い。それは人間の価値観であり、自分とは価値観が違いすぎる。何よりも、お雪自身が愛する男に約束を破られた経験があるため、人間との約束など尊重する気も無い。
しかし、清らかな心を持つ亜美を裏切るつもりはなく、紅葉に見詰められると「約束を破るのは悪いこと」と言う感情が湧いてくる。
「人間を信用する気は無いが、亜美と‘もみじ’だけは別だ。」
「ァタシの名前ゎクレハだょ!」
「なぁ、雪女!さっきは、なんで平山さんを襲ったんだ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴様に話す舌など無い!」
「えっ?ァミを襲ったの!?そんなことしなぃょね!?」
「わたくしが、器を提供してくれる亜美を襲う理由など有るはずもなかろう。」
「え?でもさっき、実体化して、つららで平山さんを?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺の質問は無視かよ?」
「燕真がそぅ言ってるょ?」
「その男の目は節穴か!?
わたくしが亜美を襲ったのではない!
今のわたくしには、長時間の実体化をできるほどの妖力は無い。
亜美の中にいるわたくしが氷柱女に襲われたのだ!」
「え!?さっきの妖怪と雪女は別人!?」
燕真は、改めて思い返してみる。
先ほど交戦した妖怪は、白い着物、透き通るような白肌、青髪、雪の結晶のような氷の髪飾、目は切れ長で鋭い。
亜美に憑いている雪女は、白い着物、透き通るような白肌、白髪、鋭く冷たい眼。
「・・・・大して変わんないじゃん!
節穴扱いすっけどさぁ、初見でそこまでは見抜けないだろ?」
紅葉は足元に転がっていた氷の塊を拾い上げて投げ付ける!氷は見事、燕真の頭に命中!
「いってぇぇっ!!」
「バカッ!女の子に失礼なこと言うな!違ぃが直ぐに解るのがモテ男なんだっ!」
「ふん!わたくしは、あのような凡人に、無駄な期待などしていない!
もみじも、あんな男に過度の期待などしない方が身の為だぞ!」
「ァタシはモミジぢゃなくてクレハ!
燕真って、ぉ雪がゆーほどダメな子じゃなぃょ。
ちょっと頼り無いけど、結構頼りになるしぃ。」
「・・・・・・うわぁ~・・・俺、すっげーバカにされてね?」
雪女の話によると、どういう経緯かは解らないが、文架地域には以前から氷柱女が住んでいるらしい。それゆえ、同族の雪女が縄張りに入り込んで快く思わない氷柱女は、雪女を排除しようと敵意を向けているようだ。
「ぅ~~~ん、氷柱女と仲良くすることゎできなぃの?」
「それは難しい。わたくしも氷柱女も、元来孤高の存在。
仲睦まじく寄り添う術など知らぬ。
我らには、人間達の価値観は合わぬのだ。
わたくしからすれば、もみじのように、どんな存在でも受け入れる方が珍しい。」
「ク・レ・ハ!ぃつまで、ボケをかますつもりぃ~~?
でも、そぅすると、ぉ雪ゎ、この町から出て行かなきゃなの?」
「そう言うことだ!
威嚇をされる程度なら、見ぬふりも出来たが、
こうも明確に攻撃を仕掛けられると、
氷柱女を追い出すか、わたくしが去るしかあるまい。
元々、氷柱女の縄張りと気付かずに入り込んでしまったのが迂闊だったのだ。」
「そっか~~~~・・・ちょっとザンネン。」
「わたくしを題材にした芝居をやるというのは、わたくしがいるからであろう?
おまえや亜美が、仲間達を説得して、合議で多数を取り付けたのは見ていた。
わたくしは、去る前に、それが見たいのだ。
わたくしの事が、人間達に、どのように伝わっているのかを知りたい。」
「あ~・・・だったら、レンタルビデオにでも行って、
昔話のDVDでも借りれば・・・」
次の瞬間、紅葉は足元に転がっていた氷の塊を拾い上げて投げ付ける!氷は燕真の頭に命中!
「いってぇぇっ!!」
「バカッ!そんな味気無ぃのじゃダメ!
もっとちゃんと、ぉ雪が喜ぶょうに考えるの!!」
「もみじよ、その男に期待をするのは無駄だ!」
「いちいち、俺限定で毒舌を吐くな!」
「ク・レ・ハ!次に間違ったら、沸騰したお風呂に沈めちゃぅぞ!!」
「・・・・・・・・・おいおい、妖怪を脅すなよ!オマエ、凶暴すぎるぞ!」
ちなみに、雪女が約束を違えて燕真を襲った理由は、ザムシードの妖気を吸収して氷柱女の攻撃に備える為だったらしい。雪女は、「期間限定で去る」と約束をして、亜美に人格に返して深層に潜り、その場は解散になった。
-粉木邸-
ガタガタッ!スゥッ!バァン!!
障子戸が勢い良く開いて、雪女役の紅葉がドカドカと乗り込んできて、人差し指と中指を軽く額に宛てる!
「どもぉ~~!雪女のぉ雪でぇ~~すっ!ちぃ~~~~っす!」
何故、昨日に引き続き、雪女の練習が行われているのか?しかも、紅葉は落選をしたのに。
それは、亜美を自宅に送ったあとの粉木邸までの道中で、「ぉ雪が満足してくれるょぅに、最高の‘雪女’をやろ~!燕真も手伝ってね!」と紅葉が発案したからだ。
「え?演技までするのか?」
「もちろんだょ、燕真!」
てっきり、「ストーリー面で知恵を貸して欲しいから打合せをしょぅ」って意味だと思って了承をしたのだが、まさか、また、意味の無い練習に付き合わされるとは思っていなかった。
「ぉ雪と巳之吉の気持ちになってぉ話を作らなきゃ、
カンペキな物ゎ創れないでしょ!」
「でも、オマエ、雪女役じゃないじゃん!」
「ぃぃのぃぃの!」
「燕真、面白そうやから、徹底的に手伝ってやりぃ!」
しかも、粉木までが、からかい半分で同意をする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいはい」
バカバカしいとしか思っていない燕真は、演技に全く身が入らず、台詞をダラダラと棒読みするだけ。苛立ちを募らせた紅葉は、五円玉を糸で吊して、燕真の前にぶら上げて振り子のように振った。
「燕真ゎだんだん巳之吉になぁ~る。燕真ゎだんだん巳之吉になぁ~る。」
「おいおい、オマエ、俺を何だと思ってやがる?」
「巳之吉になぁ~る・・・巳之吉になぁ~る・・・巳之吉になぁ~る。」
「ならね~よ!」
「ちぇ~っ!催眠術に掛からなぃかぁ~。」
「掛かるわけないだろ、バカ!」
燕真は、紅葉がぶら下げている5円玉を取り上げて、卓袱台の上に放り投げた。