1-4・ツインテールと子妖~子妖を斬る~絡新婦
-校舎内-
ツインテールの少女は、一目散に教室を飛び出して教務室を目指した。廊下を走りながら、窓やドア越しに他の教室の中を見る。ハッキリとは解らないが、どの教室の生徒達も、虚ろで背中に黒い渦を背負っているように思える。
「先生!!みんなが変なの!!」
教務室に到着して、ドアを開け勢いよく飛び込む。しかし、眼に飛び込んできた光景は、少女を絶望させた。教務室内の教員達は、イスに座ったまま俯いており、眼は虚ろで顔色は青白く、背中に黒い渦を背負っている。
「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」
メリッメリッメリッメリッ・・・ズバァァッ!!
教員達の背中にある漆黒の歪みから巨大な8本の蜘蛛の足が出現!!
「おぉぉぉぉっっっ・・・何故、オマエニハ憑ケナイ!?」
「おぉぉぉぉっっっ・・・目障リダ、我が糧とナリて消エろっ!!」
8本足を背負った教員達がツインテールの少女に襲い掛かる!!
「きゃぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
恐怖で途切れそうになる意識を辛うじて保ち、抜けそうな腰を奮い立たせ、その場から逃げ出す!何が起こっているのか理解できない!しかし捕まったら殺される!とにかく外に逃げ出さなくてはならない!
廊下を走り、階段を駆け下り、玄関に向かう!だが、玄関は既に沢山の8本足を背負った生徒達で埋め尽くされていた!
「ひぃっ・・・ぃやぁぁぁぁっっっっ!!!」
何人かが、未だに憑かれていない少女に気付き、口から蜘蛛の糸を吐き出しながら押し寄せてくる!
「たぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
少女が腰を抜かしそうになった瞬間、悲鳴を聞いた朱色の異形が窓を蹴破って少女の前に立ち、放たれた糸を薙ぎ払った!
「何だよ、俺が居れば他の生徒は襲われないんじゃなかったのかよ!?
思いっきり襲われてんぞ!!」
「あぁ・・・ぁぁぁ・・・・」
「朝のセンスの悪い女か!?・・・立てるか!?」
「あぁぁ・・・ぅ、ぅん」
「君の他にも正気を保ってる奴はいるのか!?」
「ワ、ワカンナイ」
「そっか、まぁいい!今から玄関を強行突破する!!
付いて来い!そして、玄関を出たら真っ直ぐに校庭から外に出ろ!!
そうすりゃ襲われね~よ!」
「ぅ・・・・ぅん」
危機を救われた少女は、声にならない声を出して小さく頷く!
「いいな、行くぞっ!ハァァァァッッッ!!!」
異形の戦士は、光を纏った木笏で、降りかかる8本足を薙ぎ払い、正気を失った生徒の背を叩き、背中から飛び出して実体化した蜘蛛を両断し、校庭への出口を目指す!
「わぁぁぁぁっっっっっっ!!」
ツインテールの少女が、必死で戦士の後ろを付いていく。不思議なことに、その戦士を怖くは感じなかった。異形であり、片っ端から蜘蛛を切り、生徒達が次々と倒されていくにもかかわらず、その戦士が悪い奴には思えなかった。全く根拠は無いのだが、直感的に「その戦士に倒された生徒達は死んではいない」と感じていた。
戦士の姿に勇気を貰ったのだろうか?少女は、気が付くと、掃除用のモップを振り回しながら、異形の戦士と一緒になって玄関までの道を作っていた!・・・まぁ、モップ如きで倒される妖怪はいないんだけど。
やがて、押し寄せる生徒達を蹴散らして、玄関を抜けて校庭に出た!すかさず、左腕の通信機越しに粉木に連絡を入れる!
「よし、出たぞ!!粉木ジジイ、この子を頼む!!」
《任せときぃ!!・・・誰が子泣き爺やねん!?》
それまで正門付近で待機していた粉木が駆け寄ってきて、ツインテールの少女の手を取り、妖怪のテリトリーの外に連れ出す!
異形の戦士は、少女の無事を確認し、再び玄関周辺に集う子妖に憑かれた生徒達から蜘蛛を祓い続けた!
しかし、いくら祓っても次から次へと押し寄せてくる為、徐々に戦士の息が切れ始める。ただ斬るだけではなく、背中を打って子を追い出してから実体化した蜘蛛を斬らなければならない。それが1人や2人ならどうと言うことはないが、流石に何十何百といると全部仕留める前に息が上がってしまう。
「キリが無い!!・・・どうする!?」
押し寄せてくるのは子妖を背負った生徒や教員ばかり。肝心の‘本体’は姿を見せない。やがて、子妖に押し戻されるようにして、校庭に転がり出てしまう。
「クソォ・・・本体は何処だ、何処にいる!?
ザコばっか相手にしてたら、こっちが保たない!!」
「燕真!!妖刀ホエマルや!!ホエマルを使いや!!
あれなら、邪念だけを斬れる!!」
攻め手に欠き進退窮まっていた異形の戦士に、粉木のアドバイスが飛ぶ!
「そ、そうか!あれなら!!」
異形の戦士はYウォッチから『蜘』と書かれたメダルを抜いて、指で真上に弾いて手の平で掴み、Yウォッチの空きスロットに装填!目の前に光の渦が出現して、日本刀=妖刀ホエマルが出現!
「オーン!!」
異形の戦士が妖刀ホエマルを握って呪文を唱えると、その切っ先が鈍く揺らぐ!これで、物理的な切断をせずに憑いている邪気のみに致命傷を与えられる!・・・はずなんだけど、その理屈が解らないので、「子妖ごと生徒も斬ってしまうのではないか」と考えて戸惑う。
「おぉぉぉぉっっっ・・・!!」
しかし、相手は待ってくれない!異形の戦士の躊躇などお構い無しに襲い掛かってくる!
「こ、こうなりゃ、オマエを信じるぜ、ホエマル!!
うおぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」
突進してくる生徒の体に妖刀を当て、一気に振り切る!
「おぉ・・・ぉぉ・・・ぉっっっ」
背中を支配していた8本足が闇に解けるように消滅し、斬られた生徒は穏やかな表情を取り戻して倒れた!思いっきり刀を振り抜いてしまったが、倒れた生徒から血は出ていない。顔色は暖かみのある肌色を取り戻している。
「これなら行ける!!」
これまでの面倒な行程を省き、刀を振り回すだけで子妖を消滅させられる!息が上がり気味だった異形の戦士は、覇気を取り戻し、子妖を背負った生徒達に突進していった!
「おぉぉぉぉっっっ・・・オノレ・・・閻魔大王・・・
ナニユエ人間如キニ・・・?」
異形の戦士が攻勢になった途端、その場の空気が急激に澱み騒ぎ始めた!もはや子妖では太刀打ちできないと察した本体が動き出したのだ!異形の戦士の耳に、耳を劈くような雑音が聞こえてくる!両側頭部のセンサーが、妖気の変化を受信したのだ!だが、戦士(燕真)は「うるさいなぁ」くらいにしか感じず、それまでと一切変わりなく子妖を斬りまくっている!
そのダメさ加減を見かねた粉木からアドバイスが飛ぶ!!
「来るで、燕真!!本体や!!」
「・・・・え!?何処から!!?」
「それはワシにも解らへん!
せやけど、場の空気が今まで以上に殺気立っておる!間違いなく来るで!!」
「・・・りょ、了解!」
ホエマルを構え、周囲を警戒する異形の戦士!何処から来るのか解らない。それどころか‘クウキ’が解らないから、本当に来るのかさえも解らない。
「何処だ・・・何処から来る!!」
「上だょ!3階の窓!!そこに黒くて大きなシミみたいなのが見える!!」
「え!!?」
「汗臭い空気がそこに集まってる!
あぁ、シミが蜘蛛みたいな形になって60点を睨み付けてるょ!!」
「なんや!!?」
正門付近、先ほど保護をしたツインテールの少女が、真っ直ぐに玄関真上の3階の窓を指さしている!
「・・・3階の窓!?よく解らないけど、そこかぁぁっ!!!」
少女が示した場所に向けて意識を集中する異形の戦士!頭部のセンサーが周辺の妖気を受信して、映像化したデータを視覚に送る!
「み、みえた!蜘蛛の影だ!!」
蜘蛛の影目掛けて勢いよく飛び上がる異形の戦士!
「おぉぉぉぉっっっ!!!」
次の瞬間、少女が示した窓を突き破り、女の上半身が生えた巨大な蜘蛛が飛び出して来た!
「ホントに来やがった!!」
「出おった!・・・あれは絡新婦や!!!」
※絡新婦
昼の間は美しい女性の姿だが、夜になると大きな蜘蛛の姿になり人を襲う妖怪。
少女のアドバイスに従って本体の位置を正確に把握していた異形の戦士は、絡新婦が構えるよりも早く懐に飛び込んだ!
「ヤァァァァァッッッッッッッ!!」
ホエマルの剣閃が走り、絡新婦の前足2本を切断!
「本体はダメージは与えられるけど完全には倒せへん!!
メダルに封印するんや!!」
「そ、そうだった!!」
異形戦士は、Yウォッチから空白メダルを抜いて指で弾き、手の平で受けてからホエマルの握り部分にある窪みに装填!
「オーン・封印!!」
呪文の詠唱を受けて赤い光を纏ったホエマルを振り上げ、絡新婦に飛び掛かる!
絡新婦は、体内から子(子と言っても大きな蜘蛛)を数匹出現させて異形の戦士を迎撃する!
「雑魚は邪魔だぁぁ!!」
お構い無しにホエマルを振り下ろす異形の戦士!異形の戦士と子妖、そして絡新婦がすれ違う!子妖が両断されて闇に解けるように消え、絡新婦にも、大きな一文字の裂傷が出現!
「おぉ・・・ぉ・・ぉぉっっっ・・・オノレ・・・!」
絡新婦は、大きく仰け反って苦しみもがきながら闇に解けるように消滅していった!そして、ホエマルの握りにはめ込んでおいた空白メダルが、斬った妖怪を封印して色を変化させる!
「ふぅ・・・終わった。」
着地して周囲を見回す異形の戦士。それまで群がっていた生徒達は、一様に健康な顔色を取り戻して、その場に倒れている。
「なんか・・・スゴイんですけどぉ~」
ツインテールの少女は、感動の面持ちで異形の戦士を見詰めている。先程まで校内を支配していた澱んだ空気は、今は全く感じられない。
「なんや・・・あの娘。本体の居場所が正確に解りおったんか?」
ツインテールの少女を見詰める粉木老人。こうも早く‘本体’を撃退できたのは、彼女のアドバイスのお陰で、燕真が先手を取れたからだろう。色々と訪ねてみたいが、そうも言ってはいられない。
粉木は、勝利の余韻に浸っている真っ最中の異形の戦士に駆け寄り、肩をポンと叩いて正門側を指さした。
「直に生徒らが目ぇ覚ます。こんだけの騒ぎになってしもうたから警察も動くやろ。
その前に退散すんで!」
「あ、あぁ・・・うん」
2人はツインテールの少女の脇を通過して正門から出て、異形の戦士は電柱脇に停車してあるバイクに、粉木は自転車に跨がる。背中越しに、少女の視線を感じた異形の戦士は「安心しろ。もう大丈夫だ!」と言い残して、その場を去っていった。「少女に優しい言葉を残して去っていく俺って格好良いぜ!」と思いながら!
晴れ渡る青空。夏の微風が、少女のツインテールをなびかせる。
異形戦士の活躍で、少女が通う学校に憑いた闇は、空と同じように晴れた・・・はずだった。
だが、校舎の奧の更に奧・・・消滅したはずの蜘蛛の影が、誰からも気付かれない様に、小さく唸り声を上げていた。