9-1・消えた反応~紅葉と亜美~文化祭で雪女
-文架市・公園通り-
妖気反応発生!燕真が文架大橋に向かってバイクを走らせていた!
時刻は16時を廻ったばかりで、歩道のあちこちには、下校中の学生達が賑やかに会話をしながら歩いている。
文架大橋の袂の停止線でバイクを停車させ、信号の色が青に変わるのを待っていると、Yウォッチが着信音を鳴らした。
〈もうえぇ!橋の周辺で異常が無いか確認をして戻って来や!〉
「はぁ?」
〈反応が消えおったんや!〉
「え?もう消えたの!?なんで!?」
〈そんなん知らんわ!妖怪に聞けや!〉
些か拍子抜けである。燕真は、信号の色が青くなった交差点を左折して、文架大橋を東詰~西詰~東詰と往復してからバイクを停車させ、「異常なし」と粉木に入れる。
「ぁっれぇ~~~~!こんな所でどぉしたのぉ~~?
ぁ!もしかして、ァタシを迎えに来てくれたのぉ!?気が利くね!」
「・・・げっ!」
背後から、うるさい金切り声が聞こえてきた。声の主が誰なのか、振り返らなくても解る。この場所は彼女にとっては通学路であり、今は下校時刻なんだから、バッタリと出会っても少しも不思議ではない。
しかし、「迎えに来てくれたの?」とはどういう了見なのだろうか?そんなワケないだろう。自意識が過剰すぎる。
やれやれと頭を掻きながら振り返ると、紅葉が手を振りながら駆け寄ってきた。その少し後ろには、紅葉の友人・平山亜美の姿もある。亜美が小さくお辞儀をしたので、燕真は軽く手を振って挨拶を返す。
「今日は歩きなのか?」
「ぅん、朝、雨降ってたからね。バス通したの。」
落ち着きがない紅葉とは対照的に、亜美からは温和しくて物静かな印象を受ける。 何故、まるで違う種類の2人が親友なのかは、燕真には理解ができない。きっと、亜美の性格が良くて、紅葉の粗忽っぷりを笑顔で流せるのだろう。紅葉がガキ過ぎるのか、亜美が大人っぽいのか、どちらが年相応なのだろうか?
(・・・まぁ、紅葉がガキ過ぎるんだろうな。)
サッサとYOUKAIミュージアムに戻りたい気分だが、紅葉を置いて帰ったら、あとでスゲー愚痴られそうだ。現在地から10分も歩けば、紅葉と亜美が解散をする鎮守の森公園前に着く。亜美と別れてから、紅葉をタンデムに乗せれば、文句を言われることはないだろう。紅葉と亜美が並んで先を歩き、燕真はバイクを押して後ろから付いていく。
「身長差、10センチくらいか?」
並んで歩く紅葉と亜美を見ると、同級生には見えない。亜美は、長身で、モデルのようにスタイルが良く(紅葉が幼児体型ってワケではないが)、紅葉と比べると2~3歳は年上に見える。
2人は公園の入り口で別れ、亜美は燕真に向かって一礼をしたあと公園内に向かって歩き、紅葉は燕真に寄ってくる。そして、スッカリ紅葉占用になってしまった予備のヘルメットを被り、スッカリ定位置になってしまったタンデムに飛び乗った。
「レッツゴォ~!」
「俺はオマエのアシかよ?」
文架大橋まで紅葉を迎えに来たわけではないのだが、結果的には、同じことになってしまった。燕真は、溜息をついて、ヘルメットを被ってバイクに跨がり、YOUKAIミュージアムに向かって走り出す。
-喫茶YOUKAIミュージアム-
経営方針を博物館から喫茶店に変更した直後は、営業時間が10時~18時だったが、喫茶店の評判が上がった影響で、今では10時~20時に変更されている。客の7割が紅葉目当ての為、平日ならば混雑する時間帯は、紅葉がシフトに入る17時から閉店の20時くらいまで、休日ならば開店から閉店まで繁盛をする。
「閑散としていたから、裏で妖怪の退治屋をやっていても秘密にできたのに、
店をこんなにオープンにしちゃって、本業(退治屋)は成り立つのか?」
紅葉は到着後すぐに更衣室に入ってバイトのメイド服に着替えて店に入り、燕真は事務所に入って粉木への報告をする。粉木の指示通り、念の為に、妖気が消えたあとの現場を巡回したが、特に異常は無し。妖気の正体は解らないままだ。
「解っとるな、燕真。センサーの誤作動かもしれんが、しばらくは警戒や。」
「あぁ、そのつもりだ。2~3日はここに泊まり込みで待機だな。」
報告を終えた燕真は、いつも通りに2階に上がって、誰も客が来ない博物館の受付に収まった。紅葉目当ての客は、基本的には紅葉の笑顔だけで満足をしている。時々、プレイボーイ風のイケメンが紅葉に言い寄るが、大抵は笑顔で軽く回避しているようだ。たま~に、紅葉にトレイでブン殴られて店の外に放り出されるナンパ男や、紅葉に交際を申し込んだ直後に、何故か、燕真を逆恨みする迷惑な連中も存在する。
「あ~あ~~・・・みんな、あの笑顔に騙されてんだろな。」
20時を廻り最後の客がいなくなると(正確には19時45分になって紅葉が更衣室に戻ると客は一気にいなくなる)、ブレザーに着替え終えた紅葉が店内に戻ってきて、鞄の中から冊子のような物を取り出して燕真の目の前のテーブルの上に置いた。
「燕真!粉木じぃちゃん!ちょっと手伝って!!」
「ん!?」 「なんや?」
「明日のォーディションの練習だょ!」
「オーディション?オマエ、またアイドルオーディションに応募したのか?」
「違ぅょ~!そんなの興味無ぃょ~!
優麗祭(優麗高の文化祭)の時に、クラスでやる演劇のォーディションだょぉ!」
「どんな劇をやるんだ?」
燕真は、少し興味を持ち、冊子を取って表紙を開いた。粉木も興味津々と寄って来て、脇から覗き込む。
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むかしむかし、ある村に、茂作と巳之吉という木こりの親子が住んでいました。
ある冬の日、吹雪で、山から村に帰れなくなった2人は、山小屋を見付けて避難して、吹雪が止むまで寒さをしのいで寝ることにしました。
その夜、巳之吉が目を覚ますと、白ずくめで、冷たい目をした、長い黒髪の美女がいました。女が眠っている茂作に冷たい息を吹きかけると、茂作はみるみる白くなって凍って死んでしまいました。女は、父を失って涙を流す巳之吉を見つめて言います。
「おまえも殺すつもりだったが、その綺麗な涙を見ていたら気が変わった。
おまえは若くきれいだから、助けてやることにした。
だが、今夜のことを誰かに喋ったら命は無いと思え。」
そう言い残して。女は消えてしまいました。
それから1年後、あの人同じような吹雪の夜に、巳之吉の家の戸を叩く音がしました。巳之吉が戸を開けると、「お雪」という透き通るような白い肌の美女が立っていました。
「吹雪で足止めをされてしまったので泊めてもらえませんか?」
気の優しい巳之吉は、快く家に招き入れ、お雪の「天涯独り身で旅をしている」と言う境遇に同情をして、この村に住んではどうかと勧めるのでした。やがて2人は恋に落ちて結婚しました。
10年が経ち、お雪との間には子が出来ており、それは、慎ましくも、村の誰もがうらやむような幸せな日々でした。ある吹雪の夜、子供達を寝かしつけたお雪に、巳之吉が言いました。
「ずっと口止めをされていたのだが、おまえになら言っても良いかな。
こんな吹雪の夜になると、あの不思議な出来事を思い出す。
昔、わしは、おまえのように美しい女に出会い、とても恐ろしい体験をした。」
すると、お雪は寂しそうに俯いて立ち上がりました。その姿は、みるみるうちに、あの日の恐ろしい女の姿に変わっていきました。巳之吉を見つめるお雪の目には涙が溢れています。
「喋ってはいけないと言ったのに、何故、喋ってしまったのですか?
ずっとこうしていたかったのに。あの時の女が私です。
私はあなたを殺さなければなりません。
だけど、あなたを愛し、子がいる今となっては、
私にはあなたを殺すことは出来ません。
どうか、子供をあなたのような素敵な人間に育ててください」
そう言い残して、お雪は雪煙の中に消えていくのでした。そして、2度と、巳之吉の前に現れることはありませんでした。
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「雪女かいな?」
「え~~~~~~と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これやるの?」
「ぅん!」
「幼稚園の学芸会とかじゃなくて・・・高校の文化祭・・・だよな?」
「ぅん!」
「なんで・・・これ?」
「多数決で決まったから!・・・変かな?」
「変だろ?」 「変やな!」
紅葉のクラスは大丈夫なんだろうか?高校生なら、もう少し、文学的な演劇があるのではないか?紅葉が言うには、演劇部がシェイクスピアを、2年生の別のクラスはオズの魔法使いをするらしい。
「だって~・・・クラスの持ち時間が20~25分だから、
あんまり長いのはできないんだよね。」
「それならそれで、文架市の歴史を調べて劇にするとか?
文架市って、源平時代とか、戦国時代とか、戊辰戦争の時に、
色々あったんだろ?」
「その案、誰も言わなかったよ。」
「雪女で20分は保たんやろ?」
「ぇっへへ~ん!
その辺ゎ、ァタシ達のオリジナルで、
ぉ雪が茂作をぬっ殺す因縁や、
ぉ雪を巡る巳之吉とィケメン村人達の恋愛ドラマや、
ぉ雪が巳之吉を殺せなぃほど深く愛する経緯なんかを盛り込んだり、
茂作が異世界に転生したり、謎のダンジョンが出現したり、
巳之吉が村を追放されたあとで凄いスキルを覚醒して、
ぉ雪を探す冒険に出て、伝説の剣を手に入れて、魔王をやっつけて、
ぉ雪を取り戻す感動のストーリーにして時間を稼ぐつもりぃ~~!」
「25分じゃ足らんのとちゃうか?」
「それ、もはや‘雪女’じゃね~だろ。」
童話に新解釈を入れて劇にするのは、わりと定番。しかし、独自解釈しすぎて童話の意図を変えてしまったら本末転倒だ。
「ぃぃの!その辺ゎ、脚本担当のクラスの演劇部がなんとかするから!!」
「演劇部が中二病じゃないことを祈ろう。」
「そんでね、今のとこ、ぉ雪役にリッコーホしてるのが、ァタシとミミとモコで、
明日の放課後に、ぉ雪役のォーディションするから練習したぃの!」
「あ~~~~・・・そう言うことね。
・・・で、なんでここで俺達を巻き込む?そんなの、家で友達とやれよ!」
「そぅしたぃんだけど、
ァミが、ミミやモコにァタシの手の内をバラしたら拙いぢゃん。」
「手の内を隠すほどの内容かよ!?」
「早速、練習するから、じぃちゃんゎ茂作役、燕真ゎ巳之吉役で手伝ってょ!」
「・・・メンドクセ~よ!」
「まぁ、そう言うなや、燕真!
オマンはワシんとこに泊まりやし、寝るまで暇やし、
お嬢はオマンが送るんやさかい、ちぃとくらい遅くなっても心配あらへんし、
面白そうやから、ちょっくらお嬢に付き合ってやろうや!
こんな機会でも無ければ、巳之吉役なんて出来へんで!」
「・・・そんな役、一生やる必要無いだろ!」
-場所を移して粉木邸へ-
茶の間を山小屋に見立てて、雪女初登場~巳之吉を殺さずに去るまでのシーンを練習してみる。
卓袱台の上にあるミカンの山を焚き火役にして、しばらく手を翳して暖まった(ふりをした)あと、粉木と燕真は横になって眠り始める。
ガタガタッ!スゥッ!バァン!!
障子戸が勢い良く開いて、雪女役の紅葉がドカドカと乗り込んできて、手をピースサインにして軽く額に宛てる!
「どもぉ~~!雪女のぉ雪でぇ~~すっ!ちぃ~~~~っす!」
「待て待て待て!カットだ、カット!!」
燕真が起き上がって、早速、練習を止める。
「なによぉ~~~!」
「なによじゃね~だろ!?
元気良く自己紹介をする雪女がどこの世界にいる!?
そんなに騒がしかったら、ジジイが普通に起きるぞ!!」
「どこか変だったかな?」
「全部変だろ!!」
「雪女らしいところが1個もあらへんで、お嬢。」
「でも、明日のォーディションゎ、
それぞれの雪女感を出すためにァドリブ有りだから、
ァタシはこの路線で行こ~と思うんだょねぇ!」
「一般的な雪女を勉強しろ!」
先日のアイドルオーディションで、紅葉は、三次選考までは断トツでトップの評価を受けていたのに、最終審査の演技力テストと面接で不合格になった。原因は、面接で「芸能人に成る気は無い」とハッキリ言ったかららしい。だが、燕真は、この場に至って、別の原因があると考える。断ったからではなく、演技がダイコン過ぎて(・・・というか、演じる意思が全く感じられず)、トップの評価から圏外まで転がり落ちたでのはなかろうか?