1-3・張込~妖怪起動~異形幻装
-優麗高校の正門付近-
少女達を尾行してきた佐波木燕真が、愛車を路肩に駐め、電柱の影から校舎を眺めていた。
粉木からは「接触して話を聞け」と指示されていたが、女子高生を呼び止めて不審者扱いされるのも嫌だし、何よりも‘それなりにイケてるはず’の自分を「60点」と酷評しやがったツインテール少女と接触したくない。接触をしない以上、最後まで尾行して高校を突き止めるしかなかった。
「学校に妖怪が居たらどうなる?」
妖怪が出現して大暴れをした場合、生徒全員を守れるのか?夏の暑さと緊張で喉がカラカラに渇く。長丁場の張り込みに成りそうだから、水分補給をしたい。自動販売機を探す為に周囲を見廻そうとした燕真の後頭部に、冷たくて固い棒のような物が押し当てられる。・・・銃口だ!
「手を上げろ!動くと撃つで!!」
背中に冷たい汗が流れる。「動くと撃つ」と言われている以上、振り返れないので、横目で背後を確認すると、ハッキリとは見えないが、警察官の制服を着た男が立っているのが解る。
「怪しいヤツや!こないとこで何しとる!?オマン、さては変質者やな!」
「・・・い、いえ・・・俺は」
ゴクリと生唾を飲む。考えが甘かった。今の時代、通学中の女子高生に声を掛ける以外にも、高校の正門近くでウロチョロしていれば、不審者扱い&通報されるのは当然だろう。警察官の職務質問をどう切り抜ければ良い?「妖怪がいるらしいから調査をしています」と言って信じてくれるだろうか?ダメだ、更に怪しまれる。「娘を送ってきた」と言ったらどうだろう?ダメだ、23歳そこそこの自分に高校生の娘がいるなんて無理がありすぎる。なら「妹を送ってきた」ならどうだ?ダメだ、「妹の名前は?」と訪ねられたら一言も返せない。・・・どうする?どう切り抜ける?
「正直に答えな撃つで!オマンの名は!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さばき」
だが、ちょっと待って欲しい。ここは日本だ。10歩譲って自分が高校の校舎を覗いている変質者だったとして、いきなり銃を突き付ける警官などいるか?凶器を持って正門前で待ち構えているならともかく、手ぶらだぞ。そう言えば、YOUKAIミュージアムの事務室で「昔、変装に使った警察官の衣装や」と意味の解らない自慢をしていたクソジジイがいたな。つ~か、背後のケイカン、関西弁だし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・粉木ジジイ!」
「誰が子泣き爺やねん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
胸をなで下ろして振り返ると、予想通り、レプリカの銃を構えてヘラヘラと笑う粉木が立っていた。安堵から来る脱力と同時に怒りが込み上げてくる。
「悪趣味はやめてくれ!」
「オマン、単純でオモロイの~!」
「何の用だよ!?」
「オマン1人じゃ不安やからな、こうして来とったねん!」
「だったら、なんで、そんな格好をして俺を驚かす!?」
「オマンの反応がオモロそうだからじゃ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勘弁してくれよ~~~」
粉木は、軽くからかった後、ポットボトルのお茶を燕真に差し入れて、それまでの戯けた笑顔とは一変して表情を険しくする。
「だいたいなぁ、燕真」
「・・・・・・・・・・・・・ん?」
その真剣な表情につられて、燕真も表情を引き締める。
「初任務なんやから緊張してんのは解る!けどな、固くなりすぎやねん!
せやから、ワシの接近にすら気付かへん!
もうち~と肩の力をほぐしてシッカリ周りを見いや!」
「・・・・・・じじい?」
「なぁ、冷静に考えたら、後ろ向かんでも、
けったいな警官がワシやと気付いたやろ!?
1回極限まで来た緊張が途切れたんで、ええ感じにリラックスしたやろ!?
それがええねん!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか、サンキューな!粉木ジジイ!」
「誰が子泣き爺やねん!」
互いの眼を見て微笑む燕真と粉木!2人は再び校舎に視線を向け、燕真は貰ったお茶を一口飲んだ。
「今のところ、変わった様子は無い。」
「そりゃそうやろ。外から見て変わった様子があれば、大事件になってまうで。
せやけどな、若い生命力が集まる学校は、
子を産んで憑依させるタイプの妖怪には恰好の餌場や。
妖怪かて、そないにアホやない。力を蓄えよる時は息を殺して隠れとるわい。」
「だったら、どうやって調べんだよ?」
「簡単なこっちゃ!」
「・・・え!?」
「妖幻ウォッチと和船ベルト・・・持って来ちょるよな!?」
「あ・・・あぁ、もちろん!」
「なら、えぇ!さぁ、行くで!」
「何処へ!?」
「学校ん中や!こっちから出向けばええねん!」
「・・・え!?んな無茶苦茶な!不審者扱いされて摘み出されちまうって!!」
「本体がおらん場合はな!そん時はそん時で逃げりゃえぇ!
せやけど、もしいれば、不審者騒ぎどころではなくなるで!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」
「ただでさえ、子をオマンに倒されて気が立ってるはずや!
妖幻システムを持ったオマンが本体のテリトリーに入れば、
向こうの方から、オマンを排除する為に襲ってきてくれるで!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燕真には、粉木の言う理屈が理解できない。しかし先輩格の老人が言うからには、間違いは無いのだろう。左腕の妖幻ウォッチ(以後、Yウォッチ)を見詰め、和船ベルトを握り、粉木老人の後に続いて正門を通過する。
ドォン!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・ぇ?なに??」
教室内でホームルームを待つツインテールの少女は、一瞬だけ周囲が闇に包まれるような感覚に陥った。普段、校内に誰かが入ってきても、その気配を感じることは無い。だが、その時だけは、何者かが校内に足を踏み入れ、学校を覆っている‘汗臭い’と表現した空気が、侵入者を拒んでいるように感じた。
「なに、この感じ!?」
少女の視線は、無意識に正門側の窓の方を向け、今朝の青年と見知らぬ老人を見付ける!!
《おぉぉぉぉっっっ・・・来タカ・・・小賢シイ!!》
先程、虫を叩いた時と同じ不気味な声が聞こえてくる!気のせいではない、間違いなく聞こえた!
「まただ!またさっきの声が聞こぇた!!
ねぇ、みんな!?みんなも聞こぇたょね!?」
室内のクラスメイトを見回して青ざめる!皆が皆、俯いており、眼は虚ろで顔色は青白い!背中に黒い渦が出現して何かがモゾモゾと動いている!
「ぇ!?なに!?ちょっ・・・みんな!?・・・アミ(ボブカットの友人)!?」
その光景に息を飲む。何が起きているのかは全く理解できない。しかし、異常事態ということは理解ができる!
「なにょ、これ?せ、先生・・・呼ばなきゃ!」
-正門付近-
「準備はえぇか!?」
「・・・あぁ、いつでも良いぜ!」
「当たりや!来るで!」
「解った!!・・・・・・・でも、何が!?俺等を不審人物と判断した先生か!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ァヘェ?」
それまで、何があっても好々爺の表情を崩さなかった粉木が、初めてギョッとした表情をして燕真を見た。
「・・・・オマン、もしかして気付いてへんの!?」
「・・・何を?」
「『なに』て・・・オマンが校庭に入った途端に空気がメッチャ変わったやん!?」
「・・・・・・・・クウキ?」
「え!?・・・解らんの?
校舎の何処かから、オマンに向かって、ごっつい殺気が出とるんやけど・・・」
燕真は、粉木の言葉に首を傾げながら校舎を見回す。
「・・・・・・・・全然解らない。」
「あの・・・燕真?念の為に聞くけど、オマン、幽霊見たとか金縛りの経験は?」
「1回も無い・・・それが何なんだ?。」
「・・・アカンがな。
なして、閻魔はんは、こない素質の無いの選んだんやろか!?」
「俺、もしかしてスゲーけなされてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・おい、粉木じじい!」
「まぁ、えぇは!言っても、しゃー無いもんな!
なぁ、燕真、えぇか!?学校全体が本体のテリトリーになっとんねん!
そいでもって、オマンの侵入に反応して殺気立っておんねん!!」
「そうなのか!?」
「あぁ、そや!
オマンの持ってる妖幻システムを敵と見なして攻撃態勢に入っとる!
直ぐに、子妖等がオマンを潰しに来るで!」
「え!?マジで!!?何でそんな危ないことを!?」
「確かに、オマンにとっては危険やけど、他ん生徒には、これが一番安全なんや!
本体の意識がオマンだけに向かってくるから、
これ以上は生徒が憑かれる事も無い!
憑かれていない生徒が襲われる事も無いちゅうわけや!」
「ふぅ~ん・・・よく解らないけど、まぁいいか!
とにかく、俺が戦えば全部上手くいくってことだろ!」
「そういうこっちゃ!」
校舎玄関から、闇の渦を背負った虚ろな生徒達がゾロゾロと押し寄せてくる!
「・・・来た!」
燕真は、左手首に巻いた腕時計型のアイテム【Yウォッチ】を正面に翳して、『閻』と書かれたメダルを抜き取って指で真上に弾き、右手で受け取ってから、一定のポーズを取りつつ、和船を模したバックルの帆の部分に嵌めこんだ!!
「幻装っ!!」
《JAMSHID!!》 キュピィィィィィィィィィィン!!
電子音声が鳴ると同時に燕真の体が光に包まれ、異形の者に変身完了!
腰に帯刀してある木笏=裁笏ヤマを構えて、子に憑かれた生徒達の群れに突進していく!