8-4・依り代はアイドル~英理の逆襲~紅葉落選
-オーディション会場ビルの屋上-
「割井さんから『新しい子を育てる』って言われちゃったんです。」
意識を取り戻した英理は、妖怪弱体化の影響で、幾分かは憑き物が落ちた表情に戻っていた。何があったのかを、燕真と紅葉に説明する。
「それがァタシ?」
「はい、そうです。『私とは違って飛び抜けている』らしいです。」
「何が飛び抜けてんのかなぁ?だから、ァタシを見て怒ったの?」
「新人のオーディションをするって聞いて嫌な予感はしていたんです。
仕事だけじゃなくて、私生活でも、
ずっと、割井さんの言うなりにしていたのに。」
「おいおい、噂くらいは聞いたことあるけど、
今の時代に、まだ、そんなことやってる業界人がいたのかよ?」
「言う通りにしていれば、トップに押し上げるって言ってくれたのに・・・、
割井さんの悪い噂は聞いていたけど、私は違うって思っていたのに・・・、
急に『もう要らない』って言われちゃって・・・。
そしたら、わけが解んなくなっちゃって・・・。」
割井だけが子妖に憑かれなかったのは、マクラガエシの依り代(英理)が、精神的に不安定になって妖怪に憑かれた後も、縋り付くような思いで割井を特別扱いしていたから。
同情の余地があるとは言え、安易な甘言におもねてしまった英理にも責任はある。だから、燕真は、英理の境遇よりも、次の対象が紅葉だったかもしれないことに腹を立てていた。
「君は、頼る相手を間違えたんだ。
今有る知名度は割井にお膳立てされたもの。
これからは、実力で伸していかなきゃ成らない。その覚悟はあんのか?」
「が、頑張ります。」
「アイツ(割井)を呪い殺してあげたいねぇ。」
「物騒な事言うな!
だけどさ・・・呪い殺すのはマズいけど、ギャフンとは言わせたいな。」
「・・・できるんですか?」
「俺が見て無ぬフリをしている間に、君が念じればな。
妖怪の力は、人間が扱える代物じゃない。
割井に復讐をした後で妖怪は排除する。君はこの一件を忘れる。それが条件だ。」
燕真の提案に対して、紅葉はウンウンと何度も頷いて英理を見詰め、英理も首を縦に振って同意をする。
-夜・都内の某マンション・割井の部屋-
割井が、ショットグラスに入ったアルコールを飲みながら、ノートパソコンで、本日のオーディション参加者のデータを眺め、最終オーディションに残るメンバーを選考していた。
1人を覗けば、旬の賞味期限は1~3年ってところか?源川紅葉が別格すぎて、他は全て‘ドングリの背比べ’としか感じられないので、偉いさんのコネ付きや、部下の木源登郎のお気に入りの子を、義理で適当に最終選考まで残してやる。
「くっくっく・・・芸能界が変わるぜ。
チョット見た目が良いだけの連中は、全て淘汰される。
俺が、手垢を付けて、酸いも甘いも俺に仕込んだ小娘に、それをやらせるんだ。」
割井は、自分の名が未来の芸能史に残ることを想像しながら、ノートパソコンを閉じて、グラスのアルコールを飲み干し、ベッドに行く。普段ならば、自分の手垢付きを呼び出すこともあるが、「新規の特上」が控えている状況なので、他はもう要らない。ベッドに入り、小悪党のような笑みを浮かべた後、リモコンで照明を消して、枕に頭を沈める。
「・・・ん?」
妙な圧迫感を感じたので眼を開けたら、不気味な異形が、真上から顔を覗き込んでいた。
「なっ?夢・・・か?」
異形は、片手で割井の頭を持ち上げ、もう片方の手で枕を引っ張り抜き、反対に返してから、持ち上げていた頭を解放した。途端に、割井の上に闇の渦が出現!体はベッドの上に有るのに、体が渦に吸い込まれていくような錯覚に陥る!
「う・・・うわぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!」
何が起きているのか全く理解ができない。ただ、時間の経過と共に、渦に吸われて体力が急激に消耗していくのを感じる。
-マンションの屋上-
「オシオキゎどう、エイリ?」
「もうチョット・・・
精も根も奪い取って、二度と、女の子を泣かせられないくらいまで。」
「アイツ(割井)、泣いてる?」
「泣いてはいないけど、超ビックリして、悲鳴を上げまくっているよ。」
「お~~!エイリを泣かせたバツだ!もっとやっちゃえ!」
「やれやれ・・・女は怖いなぁ。」
紅葉と英理は、下階の割井の部屋の状況を理解しているようだ。燕真には、何が起きているのかは感知できないが、だいたいの想像は付く。
「死なない程度で終わらせる約束だぞ!」
例え警察には立証できなくても、殺してしまったら、英理は殺人犯になる。さすがに、退治屋が妖怪の犯行を幇助するわけにはいかないので、燕真は注意喚起をしておく。
時代を読めず、悪しき風習を現代まで持ち越してしまった割井が、少々気の毒な気もするが、これまで、彼が権力を笠に着て言い寄り、捨てられて泣いた女性は、英理だけではないらしい。たくさんの女の敵と考えれば、当然の報いなのかもしれない。
「そろそろ良いかな?」
英理は恨みを念じることをやめて、澄み切った表情で燕真のところに寄ってきた。燕真的には、男1人を潰しておいて、澄んだ表情をしていられる英理が怖い。
「気が済みました。祓って下さい。」
「はいはい・・・
まぁ、これくらい精神的にタフなら、これからもやっていけるか。」
燕真はザムシードに変身をして、白メダルを填めた妖刀で、英理の内に憑いた闇だけを斬る。英理から闇が上がり、妖刀に吸い込まれ、グリップに収まっていたメダルに『枕』の文字が浮かんだ。これにて、妖怪討伐完了。
「念の為に、もう一度言っとくけど、
俺達のことも、妖怪のことも、無かったことにして忘れるんだぞ。」
「はい、解っています。」
「もし、ァタシ達のことを誰かに言ったら、
エイリがアイツのアイジンだったことと、
エイリがアイツをハイジンにしたことを、ァタシ達もバラすからねぇ。」
「お互いに内緒。これでお相子だけ。」
「ぅんっ!」
満足そうに微笑み合い、ハイタッチをする紅葉と英理。いつの間にか2人の間に友情が成り立ったらしい。ワガママ娘同士で波長が合ったのだろうか?燕真には、黒い秘密の共有で繋がった2人の友情が怖くて仕方が無い。
-数分後-
燕真が駆り、紅葉をタンデムに乗せたホンダVFR1200Fが、夜の公道を走っていると、同種バイクに跨がった田井弥壱が、道を塞ぐようにして待っていた。燕真はブレーキを掛けて、5m程度手前でバイクを止める。
退治屋が公認で、妖怪に人を襲わせるなんて前代未聞。粉木への報告を先んじて、先輩から説教されることを覚悟する。
「無茶するなぁ~、燕真。
だが、事件発生前に張り付けたおかげで、死者は出ていない。
初動の早さに免じて、目は瞑ってやるよ。」
「黙認してくれるんですか?」
「まぁ~な。止めるつもりなら、とっくに止めているさ。」
「えっ?気付いていたんですか?」
「当然だろ。昼間、封印をしなかった時点で、何かやらかす想像はしていた。
ド新人の暴走に気付けないようじゃ、先輩失格だよ。」
「ありがとうございます。」
「ただし・・・オマエの役割は、あくまでも後の娘の護衛。
事件の管轄は東東京支部だ。そこまで、俺の面子を潰すなよな。」
「了解です。田井さんの顔は立てますよ。」
燕真は、Yウォッチから封印したばかりの『枕』メダルを抜いて、田井に向けて投げた。田井はワンハンドキャッチをしてサムズアップを返す。
「オマエの優しは嫌いではない・・・だが、ほどほどにな。
その優しさに足を引っ張られないように気を付けろよ。」
「・・・俺が?」
田井は、バイクを回頭させ、背中越しに軽く手を振って去って行く。燕真は、呆気に取られた表情のまま先輩を見送っていたが、タンデムの紅葉に「早く帰ろう」と催促されて我に返った。
「なぁ、紅葉?俺、優しいのか?」
「ぅんにゃ・・・優しくねぇ~。イヂワルだよ。」
「優しいとは思わんが、意地悪ではない!」
バイクをスタートさせる燕真。燕真の背中にペタリと顔を寄せる紅葉。口では否定をしたが、燕真の優しさを誰よりも知っている自信は有る。
-2日後-
一日無断欠勤をして出社をした割井を見たTVトキオのスタッフ達は驚いた。死相が出ていると思えるほどに頬は痩け、20~30年分纏めて老け込んだような風体で、先日までの覇気は無い。木源登郎が話しかける。
「割井さん。最終オーディションの選考はどうなりましたか?」
「あ~~~~~~・・・もう、ど~でもいいや。」
「一押しの、小柄でツインテールの子は?」
「興味無くなった。」
最初は「子飼いの子と頑張りすぎた?」と噂をしたが違った。まだ40代なのに男性としての機能は失われてしまい、権力で女の子を侍らせる気力が無くなり、且つ、女の子を侍らせる目的が失われたゆえに、出世をする気力が無くなったらしい。
割井の欲求に青春の全てを捧げてしまった真倉英理の逆襲。マクラガエシによって、割井が一生分の精気と覇気を奪われてしまったことは、彼女を含めて僅か数名しか知らない。
ちなみに、割井がやる気を無くした為、いくつかの番組が企画倒れをして、ハニートラップ(英理達のグループ)の文架市ロケもお蔵入りとなった。
-数日後の朝・粉木邸-
YOUKAIミュージアム開店までの一時、燕真&紅葉&粉木は、茶の間で朝の情報番組を見ながら過ごしていた。TV画面では、真倉英理が本日発売の新曲と新作PVの宣伝をしつつ、MCとフリートークをしている。
「この子、こない朗らかな子やったか?」
「ちょっと下品になった気がするな。」
「チガウよ、燕真!前よりもキャラ作ってなくてイイ感じになったんだよ!」
「・・・なるほどね。」
それが、彼女の古参ファンにとっては、喜ばしいことなのかどうかは解らない。彼女が、新しい宿主に寄生をしたのか、自分の力で成り上がろうとしているのかは解らない。だが、高圧的なプロデューサーと決別した真倉英理は、テレビの中の偶像ではなく、活き活きとした人間に見える。
「アイドルか~~~~。
・・・チョッピリ憧れちゃうけど、ァタシにゎ向かないなぁ~。」
紅葉は最終オーディションまで進んだが、演技テスト後の最終面接で「無理矢理参加をさせられただけ」「芸能人になる気は無い」とハッキリと言い切ってしまったらしい。紅葉をゴリ押ししていた割井が審査員から去った状況では、辞退する者が選考されるわけがない。
「バカだな~・・・勿体ない。」
「これでイイの。
ァタシゎ知らない人達の前でニコニコするより、燕真と妖怪バスターズやったり、
じいちゃんと喫茶店やってる方が楽しいんだもん。」
「妖怪バスターズ?いつそんな組織ができた?」
TVから流れるPVの曲に合わせて、紅葉が鼻歌交じりに見様見真似で振り付けをする。燕真は、憎まれ口を叩きながら、内心では、これからも紅葉と共にいることに安心をした。