8-3・田井弥壱~お忍びの英理~三次審査
-1週間後・YOUKAIミュージアム-
開店をした直後に、紅葉のスマホがメールの通知音を鳴らした。確認をした紅葉が、階段室を覗き込んで、2階の燕真に声を掛ける。
「燕真ぁ~!二次選考、通過したよぉ~!次は4日後だってさ~!」
二次審査の参加者は50人。半分がふるい落とされて、三次選考に進むのは25人程度らしい。報告を受けた燕真が階段を降りてきてカウンター席に座る。めでたい報告だが、「おめでとう」だけで終わらせるわけにはいかない。
「二次選考の時は、
あの割井とかってイケ好かないチーフプロデューサーはいなかったんだっけ?」
「ぅん、家来ゎ何人か審査してたけどね。
アイツ(割井)ゎ、あとで、撮影したのを見て、合格の人を決めたみたい。」
「スタッフ達からは、(妖怪)本体の気配は無し・・・か。」
「ぅん、子妖ゎウロチョロしてたけど、親ゎわかんなかった。」
紅葉と粉木が、TV局関係者に妖怪の痕跡を感じてから1週間が経過した。東京本社には報告済みだが、TV局関係者の周りでは、まだ事件は起きていない。妖怪に憑かれた依り代は、「何らかの良からぬ思いを抱いているが、まだ感情を爆発させるスイッチが入っていない」ということになる。
「ん~~~~・・・誰に憑いてるのか調べる方法ゎ無いのかなぁ?」
「本体が憑いとる人間には、子は憑けへん。
つまり、子が憑いとる奴は調査の対象外や。」
紅葉の問いに粉木が答える。
「んぇっ?なら、妖怪が憑いてるのゎ千切れた5千円札(割井)?
お店に来た時、アイツからゎ子妖を感じなかったよっ!」
「可能性は有るが、偶然憑いていなかっただけかもしれんから、絶対とは言えん。
燕真のように、霊感ゼロで、子に憑く価値無しと避けられる人間もおるからな。」
「あ~~~~そっか。ヨーカイに相手にしてもらえない人もいるもんねぇ。」
「あ、あのさ・・・今の話題で、ワザワザ俺を扱き下ろす意味あるのか?」
駐車場に客の車が入ってきた。朝一で訪れるのは、ほぼ全て、紅葉に会いに来る客。燕真は小バカにされた文句を言いたかったが、粉木から「客が不機嫌になる」「邪魔だから2階に上がれ」と催促されて、渋々と喫茶フロアから退去する。
4日後、調査、兼、三次選考参加の為に、再び東京に行かなければならないことだけは決まった。
-都内・某ホテル-
帽子を目深に被り、サングラスとマスクで顔を隠した女性が、足早にフロントを通過してエレベーターに乗る。上階でエレベーターから降りて、足早に通路を歩き、目的の部屋の扉をノックした。十数秒の間を置いて扉が開き、割井和留雄が顔を出す。 室内はタバコの煙と臭いが充満をしていた。
「やぁ、お疲れ。入れよ。」
頷き、周りに人がいないことを確認してから入出する女性。サングラスやマスクを外すと、アイドルの真倉英理だった。
「臭いが付いちゃうので、会う時はタバコはやめてもらえませんか?」
「シャワー浴びて来いよ。」
「そんなに急かさないでくださいよ。」
真倉英理は軽く拒否をするが、ベッドで横になる割井の無言のプレッシャーに抗うことができす、浴室へと向かった。芸能活動以外の‘夜の営業’を宛がわれているのは、同ユニットの芹田楠美と栄木羊も同じ。本日は楠美は音楽プロデューサーに、羊は番組スポンサー重役の接待を任されている。ただし、割井のお気に入りの英理だけは、割井の専属。英理は、年齢が倍も歳上の割井と交際をすることで、人気アイドルの地位を担保されていた。
-都内・某アパート-
TVトキオのスタッフ・木源登郎が眠っている。眉間にシワを寄せ、時々うなされており、穏やかな眠りではなさそうだ。木源の張り付いていた小虫が直径1mほどの闇を発し、中から小人のような異形の上半身が出現。木源の頭を持ち上げて、枕を引っ繰り返す。途端に、木源の生命力が、異形小人の発している闇に吸収されていく。
枕には人間の生霊が込められており、枕を返すことは寝ている人間を死に近づけることを意味するとしている伝承がある。
-4日後・東京-
燕真が駆り、タンデムに紅葉が乗ったホンダVFR1200Fが、オーディション会場の前で停車。紅葉が降りて、ヘルメットを燕真に渡す。
「調査が目的っての忘れんなよ。」
「ぅん!モチロン!」
「オーディションなんて適当で良いんだからな。」
「それゎヤダ。ど~せやるなら、全力でやりたい。
燕真だって『ダメだからテキトーでいいや』なんてしないでしょ?」
指摘をされた燕真は、自分の不器用なスタンスを見透かされた気がして驚いてしまう。
「うん・・・まぁ・・・適当にやるくらいなら初めからしない。
やるなら、良いかダメかなんて考えずに、精一杯やる・・・かな。」
「ァタシも燕真とおんなじっ!ガンバルね!」
Vサインをして会場に駆けていく紅葉。見送った燕真は、直ぐ近くで、ハンチング帽を被り、サングラスとマスクをして、新聞を広げているけど全く読んでいる素振りが無く、オーディション会場ばかりをチラ見している男を発見した。
「何だアイツ・・・すっげー怪しいんだけど。」
もしかしたら、妖怪の依り代?それとも、妖怪とは関係無いけど怪しい奴?燕真がガン見をしていると、視線に気付いた男は、踵を返して逃げ出した!
「怪しすぎるっ!!」
バイクをスタートさせて、男を追う!足とバイクでは勝負にならない!燕真と男の距離が5mほどにまで縮まる!「追い付かれる」と判断した男が、ビルとビルの間の幅2mほどの細道に入ったので、燕真もバイクをカーブさせて細道に入る!
「えっ?いない??」
追い付く寸前だったのに、男の姿は無い!男は妖怪に憑かれていて、細道に入った途端に、人間の限界を超える加速をした?燕真が、周囲を警戒しながら、低速でバイクを走らせていると、ハンチング帽の男が上から降ってきてホンダVFR1200Fのタンデムに飛び乗った!燕真は動揺でバイクを蛇行させてしまう!
「うわっ!妖怪かっ!!?」
「慌てるな。俺だ。」
「えっ?えっ?」
慌てて急ブレーキを掛ける燕真。バイクを停車させて振り返ると、後ろに乗った男はサングラスとマスクを外して微笑み、手を差し出してきた。燕真は。その男を知っている。
「元気そうだな、燕真!」
握手に応じる燕真。男の名は田井弥壱。燕真がYウォッチを得るまでの間、文架支部で前任として、燕真に妖幻ファイターの実戦を見せていた。現在は東東京支部に所属をしている。
「田井さんっ!アンタだったんですか!」
怪士対策陰陽道組織(通称・退治屋)は日本全域にある。従事者数は非公式組織なので非公開だが、末端まで数えれば1000人以上は存在する。そのうち、妖幻ファイターとして善戦に赴く者は約130人。本社は東京で、各政令指定都市に支店が、各都道府県に2つずつ支部が在る。
「粉木さんから、オマエが任務でこっちに来る連絡が入ってな。
気心の知れた俺が、フォローに宛てられたってわけさ。」
「そ、そうなんですか?」
「しかし、粉木さんも思い切ったことをするよな。
女の子を囮に使って、妖怪を炙り出す作戦なんだろ?」
「・・・まぁ・・・そうですね。」
燕真は、優秀な先輩がフォローに付いたと知り、自分の仕事は紅葉の護衛(御機嫌取り)で、妖怪討伐は田井の任務と気付いて、苦笑いを返した。2人は任務に戻る為に、オーディション会場の前へと引き返す。
-オーディション-
三次審査の参加者は27人。半分以上がふるい落とされて、最終選考に進むのは12~13人程度になる。今回の審査員の中には、2次審査では姿を見せなかった割井和留雄の姿もあった。
既に課題曲の歌唱力テストを終え、今は3人一組ごとに、ダンステストをしている。紅葉のダンス経験など、体育の時間と、友達と遊び半分で踊った程度しか無い。慣れていないので、所々でリズムに遅れてしまう。だが、彼女の真剣で輝く表情や、小柄な全身を切れの良い身振りで大きく魅せるダンスは、審査員達に「荒削りだが光る原石」と判断される。
「・・・この人達、ちょっとヤバくね?」
紅葉は、審査員達から明確な違和感を感じていた。木源を含めた数人のスタッフが青白い顔をしている。皆、忙しくて疲労が溜まっていると考えているようだが違う。 外的要因によって、生気を奪われている。
「このまんまじゃヤバい!燕真に報せなきゃ!」
控室に戻って素早く着替えて、燕真と合流する為に控室から出てきた紅葉を、割井が待っていた。
「やぁ、紅葉ちゃん。お疲れ様。」
「あっ・・・どもっ」
「皆には内緒ね。
改めて通知はするけど、君は最終審査に残るから、予定は入れないでくれよ。」
「んぇ?そ~なんですか?」
「ここだけの話なんだけどさ、
面接、フリー歌唱、課題歌唱力、ダンス、総合力で、君がダントツのトップ。
あとは最終面接と演技力になるけど、余程のミスをしなければ合格は間違い無い。
オーディションをクリアした後は、
俺に任せておけば、トップまで引っ張ってやる。
君の未来は輝いているよ。最後まで気を抜かずに頑張れ。」
割井は、紅葉の小さい肩を馴れ馴れしく撫で回して去って行く。相変わらず割井からは、子妖の類いを感じられない。粉木は「親が憑いた人間には、子は憑かない」と言っていた。つまり、割井に本体が憑いている可能性はある。だが、紅葉は、割井からは‘人としての気持ち悪さ’しか感じない。
「んんっ?あの子ゎ・・・?」
紅葉が割井の後ろ姿を睨んでいたら、真倉英理が寄っていて、おもねるように話しはじめた。だが、割井は紅葉をチラ見した後、英理を冷たくあしらって去って行く。突き放された英理は、しばらく俯いていたが、やがて紅葉を睨み付けた。
《次ノ目星ガ付イタカラ 小粒ナ私ハ モウ要ラナイ?・・・冗談ジャナイ!》
紅葉には、離れているので聞こえるはずのない英理の声が聞こえた。途端に、オーディション会場全体が、闇に包まれるような感覚に陥る。
英理の背後に通路を塞ぐほどの大きな闇が出現!妖怪の本体に憑かれていたのは、割井ではなかった!
-会場の外-
「出たぞ!」
「えっ?」
妖怪の出現を感じ取った田井弥壱がオーディション会場に駆け込む!燕真は何も感じることができないが、田井の後を追う!
田井と燕真が、守衛の制止を振り切って階段を駆け上がり通路に飛び出すと、オーディション参加者の少女達や、憑かれていない関係者が悲鳴を上げながら逃げ惑い、背から枕を抱えた人型異形を生やした男達が暴れ回っていた!腰を抜かした少女の前に立ち、枕を投げる人型異形!枕をぶつけられた少女は卒倒をして、枕に生命力を吸収される!
「なんで枕?」
「枕返しか!?燕真、行くぞ!」
田井は、特殊なスマホ=Yフォン取り出して、窪みに『片』の文字が描かれたメダルを填め込み、ディスプレイに表示された『片』の文字をタップして、一定のポーズを決める!
「幻装っ!」
田井の全身が光りに包まれ、ゴーグルタイプのマスクの下で複眼を輝かせ、日本と中国の鎧を混ぜ合わせたようなプロテクターに身を包み、腰に日本刀を、左肩に車輪を付けた戦士・妖幻ファイタータイリンに姿を変えた!
隣では、燕真が、Yウォッチから『閻』メダルを抜いて、和船バックルに装填する!
「幻装っ!」
妖幻ファイターザムシード変身完了!ザムシードは、裁笏ヤマを握り締めて、子妖を祓おうとしたが、タイリンが止める!
「一匹ずつ叩いていたらキリが無い!俺に任せろ!
燕真は、囮役の子の安全を確保してくれ!」
「わ、わかりました!」
ザムシードを紅葉捜索に向かわせ、腰を低く落として構えるタイリン!右肩の車輪を手に取り、子妖の群れに向けて投擲をする!
「オーン・拡散!」
フリスビーのように投げられた車輪から妖気が放出され、男達の背から生えている子妖のみを弾き飛ばす!子妖を排除された男達数人が、表情に生気を取り戻して、その場に崩れ落ちた!
一方のザムシードは、喧騒の中でもハッキリと聞こえる金切り声を追って走る!通路の向こうから、ザムシードを発見した紅葉が全速力で駆け寄ってきた!その真後ろから、枕を振り上げた身長2mほどの異形が追い掛けてくる!
「燕真っ!ヨーカイだよっ!」
「見れば解る!何やってんだ?オマエが妖怪を怒らせたのかよ!?」
「よくワカンナイっ!」
枕を大きく振りかぶるマクラガエシ!紅葉目掛けて投擲する!
「紅葉、危ないっ!!」
「わっ!わっ!」
紅葉を庇うべく突進をするザムシード!背後を振り向いた紅葉は、ヘッドスライディングの姿勢で回避!紅葉が足元に滑り込んできたので、慌ててジャンプをして回避するザムシード!次の瞬間、紅葉の真上を通過した枕が顔面に炸裂!ザムシードは、無様に弾き飛ばされて通路を転がる!
「ァタシに避けろって言って、何やってんの燕真っ!?」
「うるせー!」
立ち上がり、裁笏ヤマを握り直して、マクラガエシに突進をするザムシード!マクラガエシは新しい枕を出現させて、ザムシードの裁笏ヤマ回避しつつ、勢い良く振り下ろしてザムシードの頭をブッ叩いた!
「・・・くっ!」
衝撃で床に両膝を落として四つん這いになるザムシード!マクラガエシは、蹲ったザムシードの背に跨がって、枕で頭や背中を滅多打ちにする!
「腹立つ~~~。」
武器が枕なので、殴られても致命的なダメージはゼロ。それほど痛くはないんだけど、「修学旅行で枕投げの標的にされている生徒」の気分になって、なんかムカ付く。部外者が多い屋内なので、気を使って、飛び道具や剣を使わないようにしていたが、悠長なことを言っている余裕は無いようだ。
ザムシードは、蹲りながら、Yウォッチからメダルを抜いて、空きスロットに装填!妖刀ホエマルを装備して、マクラガエシの足元に叩き込んだ!
「ガウゥゥゥッッッ!!」
足にダメージを受けて飛び退くマクラガエシ!立ち上がったザムシードは、マクラガエシの懐に飛びこんで、二打三打と剣閃を叩き込む!マクラガエシは、覚束ない足取りで後退をして、尻餅を付いた!
「調子に乗りやがって!・・・これで終わりだ!」
Yウォッチから白メダルを抜いて、妖刀ホエマルのグリップにある窪みに填め込むザムシード!だが、戦いを見ていた紅葉が、ザムシードの振り上げた腕にしがみついた!
「待って、燕真っ!」
「邪魔すんな、紅葉!」
「ジャマすんのっ!ソイツ、弱らせてもイイけど、やっつけないでっ!」
「はぁぁっっ!?なんで!?」
「コイツが出現した理由が、チョット納得できないのっ!!」
「納得できなくても、倒さなきゃならないんだよ!」
「ワカッテルけど、もうチョット待って!」
「・・・全くっ!何だってんだ!?」
紅葉の提案を聞き入れたザムシードは振り上げていた妖刀を降ろし、白メダルを外してからマクラガエシに叩き付けた。白メダルによる封印の効果が発揮しない為、ダメージを受けたマクラガエシは、黒い霧化をして背後出現した闇の渦に包まれて消えた。そして闇が晴れると、真倉英理が倒れていた。
「・・・ん?この子が依り代か?」
「ァタシのこと、恨んでたみたい。」
「また、なんか失礼なことをしたのか?」
「ァタシ、木に引っ掛かったフウセンに、失礼なことなんてしないよぉ~。
妖怪になる前に、千切れた5千円札(割井)になんか言われてたみたいだよ。」
「木に引っ掛かった風船って、この子のことか?
・・・てか、オマエ、失礼なこと以外、しないだろう?」
ザムシードと紅葉は、目の前で意識を失っている真倉英理を眺める。