7-4・二口女と先の未来~燕真失恋
「燕真っ!」
「任せろ!・・・幻装っ!!」
燕真は、左腕のYウォッチから『閻』と書かれたメダルを抜いて、和船バックルの帆の部分に嵌めこんだ!妖幻ファイターザムシード登場!
二口女は髪を伸ばしてザムシードの拘束を試みるが、ザムシードは裁笏ヤマを振るってアッサリと髪の毛を切断して、二口女に突進をする!
「ヌゥゥゥッッッ!」
勝てないと判断した二口女は、開かずの窓を突き破って外に飛び出した!ザムシードは、Yウォッチから『鵺』メダルを抜き取って、Yウォッチのスロットに装填する!目の前に光の渦が出現して、弓形の銃=弓銃カサガケが出現!グリップを握り締め、照準を二口女に向けて引き金を引いた!銃口から光弾が連射されて逃走する二口女に着弾!標的の足止めに成功したザムシードは、2階窓から飛び跳ねて地面に着地!
「今の音なにっ?」 「ガラスが割れた?」 「怪物!?」 「ひぃぃっっっ!!」
一連の騒音で、寮生や管理人が部屋から出て来る。だが、妖怪事件になった以上、退治屋の上層部が一定の権力介入や損害の補償をしてくれるので、慌てる必要は無し・・・と言うか、一切誰にも見られずに妖怪を討伐するなんて不可能。妖怪が出現してくれた方が、退治屋は堂々と戦えるのだ。
「もしかして・・・あれ(ザムシード)が佐波木さん?」
真紀が1階の窓からザムシードを見詰めている。視線を感じたザムシードは、真紀に向けて小さく手を振った後、銃身に収納された弓身を展開して、弓銃カサガケを連射特化の‘小弓モード’から、一撃必殺の破壊力に特化した‘強弩モード’に切り替え、グリップの空きスロットに白メダルを填めた!
「これで終わりだ!」
弓銃カサガケに妖力がチャージされ、ザムシードが銃口を二口女に向ける!矢形の光弾発射!二口女を貫通して爆発四散!撒き散らされた黒い霧は1ヵ所に集まり、ザムシードの握るグリップに吸い込まれ、白メダルに『二』の文字が浮かび上がった!
「まだ終ゎってぃないょ、燕真!あの子もココから解放してぁげなきゃ!」
「・・・え!?」
振り返ると、背後に紅葉が立って、割れた‘開かずの窓’を眺めていた。ザムシードにもハッキリと見える。そこには、二口女から解放された、寂しそうな目をした女性が立っていた。
「そっか・・・また、別の妖怪の媒体にされちゃマズイもんな!」
「ねぇ、ァンタ・・・
その窓から飛び降りた子が、飛び降りる前に残した思念なのぉ!?」
思念の少女は小さく頷いて答える。
「彼氏に振られのが寂しぃの?」
「おいおい・・・いくら思念だからって、
よくもまぁ、そんなにズケズケと聞けるなぁ?」
思念の女性は一層寂しそうな目をして小さく頷いて答える。
「そか!ならさぁ、!!も1回、飛び降りてみなょぉ!」
「はぁぁぁぁっっ!!!?オ、オマエ、可哀想な霊になんてことを!!!?」
「ぃぃからぃぃから!!」
「イヤイヤイヤ、全然良くないだろう!!
残留思念だからって、なんでそんなに容赦が無いんだ!?」
「ねぇ!騙されたと思って1回だけ!ァタシを信じて1回だけ!
もし何も起こらなくても、思念ゎ窓のところに戻るだけだしぃ!」
「・・・おいおい!」
思念の女性は、紅葉の強引な説得を受けて、半信半疑ながら、割られた窓に近付き、しばらく躊躇した後、身を乗り出す!その瞬間!
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足音が響いて、男が飛び込んできて、女性を受け止めた!男と女性は、そのまま花壇に植えられた植樹の上に落ちる!
「あ・・・あの?」
「何があったかは知らんが命を粗末にしちゃいかん!!」
男が身を挺したお陰で、女性には掠り傷が数カ所ある程度だ。男は植樹と絡んで掠り傷だらけだが、女性の無事を確認して屈託のない笑顔で笑っている。
「う、うわぁぁ~~~~~~~~ん!!!」
恋人に振られて凍り付いた心が急激に解けて、大声で泣きながら男に抱きつく女性。男は泣きわめく女性をシッカリと受け止める。
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気が付くと、思念の女性は、2階廊下に立っている。開かずの窓は割れたままだが、男の姿は何処にも無い。ザムシードと紅葉が2階の女性を見詰める。
「・・・紅葉、今のは?」
「飛び降りたから、あの子の記憶が、この先の未来に繋がったの!」
「未来・・・そっか、そういうことか。」
昼間、紅葉が追った黒いワンボックスカーの運転手こそが、窓際に思念を残した女性だった。だから、紅葉は同じ気配を感じた。彼女は男に助けられた。しかし、思念だけは、あまりにも強すぎて残ってしまった。その後、助けてくれた男と交際をして結婚に至る新しい幸せが待っていると知らずに。
「開かずの窓の本当の噂・・・
その窓から飛び降りた女の子を、男の子が下でちゃんと受け止めたら、
2人は幸せになれる。
ァンタが飛び降りたぁとにできた言ぃ伝えだょ。」
「寮の管理者が閉鎖するワケだ!
2階から花壇に落ちた程度じゃ大怪我はしないだろうけど、
そんな理由でポンポンとダイブされたら、シャレに成らないからな。」
未来を知った女性の周囲がホワイトアウトをして、輝きながら蒸発をしていく。
「・・・・そう。私、幸せになれたんだ?教えてくれてありがとう」
「ぇへへ!ぃっぱぃ幸せになってねぇ!」
消えていく思念に向かって手を振る紅葉。ザムシードは見詰めている。
やがて、周囲は平時の静寂を取り戻した。もうそこには十数年前に置き去りにされた思念は無い。彼女は、幸せな今に回帰をしたのだ。
「・・・本当に、被害が出る前に討伐しおった。
こないこと、退治屋創設以来、初めてやないか?」
成り行きを見守っていた粉木が生唾を飲む。被害は、割れた窓ガラスや電球だけ。人的被害はゼロ。これが、後手の行動ではなく、営業活動で妖怪事件を獲得して、事前に動いた結果なのだ。退治屋の在り方を根底から変えてしまう出来事なので、上層部にどう報告するべきか悩ましい。
-女子寮が一望できる公道-
黒いワンボックスカーが停まっており、車内で30代の夫婦が女子寮を眺めていた。昼間、紅葉に接触をされた妻が、大学時代を懐かしみ、夫を誘って、久しぶりに‘2人のキッカケとなった場所’を見に来たのだ。妻は夫に寄り添い、夫は満更でもない表情をする。
「どうした?」
「うぅん・・・なんでもない。ただチョット、昔を思い出してね。」
夫は決してイケメンではない。だが、妻は彼と出会い、彼の暖かさを知った。彼の屈託のない笑顔に癒され、手ひどく振った年上の男を忘れることができた。大切なのは見た目ではない。彼のお陰で、それを知った。
夫妻は、あの頃の懐かしい記憶を思い起こしながら、黒いワンボックスカーを発車させ、その場を去っていく。
-寮の前-
ザムシードは、寮内からの白い目を気にしながら考えていた。女子寮なのに何で敷地内に男がいたんだろう?抜群のタイミングで受け止めたってことは、ずっと近くに潜伏して、覗いていたんだよな?ある意味、それはそれで大問題ではないのだろうか?美談で片付けて良いのか?
「・・・まぁ、言うのは野暮か?」
「さぁ、なんも知れへん野次馬共に絡まれる前に帰るで。
騒ぎの収集や壊れた物の保証は、上(退治屋上層部)に任せたらええ。」
「んっ!帰ろっ!」
「あぁ・・・そうだな。」
本音では、真紀のところに行って、武勇伝を語りたいのだが、他者の目も有るので接触をしにくい。ザムシードは1階で見守っている真紀に小さく手を振ってから、粉木&紅葉と共に暗がりの中に去って行く。
-翌日-
西陣織のカバーと九谷焼でカスタマイズされたホンダVFR1200Fが、女子寮の前に駐まった。ヘルメットを脱ぎ、花束を抱えた燕真が、寮の前に立つ。アポ無しで真紀を尋ね、事件解決のお祝いと称して花束を渡して驚かせ、勢いに乗じてデートに誘うつもりだ。
「ふぬぅぅ~~~」
背後の建物の影では、不満な表情をした紅葉が様子を見ているが、燕真は気付かず、真紀を呼び出すべくスマホを取り出して操作を始めた。
「あれ?佐波木さん?」
呼び出す前にお目当ての声が聞こえる。これは運命と解釈するべきか?驚いた燕真が顔を上げたら、オシャレにコーディネートした真紀が立っていた。
「友野さん?」
「どうしたんですか?」
「あぁ・・・ちょっと、調査と、事後報告で・・・」
「そうですか、お疲れ様です。」
「友野さんはどうして此処に?」
「今から彼氏とデートなんです。」
「・・・えっ?」
デートが余程楽しみなのだろう。真紀はキラキラと眩しい笑顔を見せる。一方の燕真は「彼氏持ち」と聞いて呆然とする。
「ところで、その花束は?」
「ああ・・・こ、これは。」
燕真が恥ずかしそうに花束を隠すと、背後で、いきなり花束を奪い取られた。「何事か?」と振り返ると、花束を持った紅葉が立っている。
「ァタシに買ってくれたのっ!ぁりがとぅ、燕真!」
「・・・・・・え?・・・・あ、あぁ・・・・・」
「クレハちゃんと佐波木さん・・・本当に仲が良いね。
クレハちゃんのこと、よろしくね、佐波木さん。」
「・・・あぁ・・・は、はい」
真紀は、紅葉に笑みを向けてから燕真に一礼をして、寮の前の駐車場に止まっている車の助手席に乗り込んだ。真紀を乗せ、若い男が運転する車を、燕真は寂しそうに見送る。
「燕真も、寮の2階の窓から飛び降りれば?
言ぃ伝ぇみたく、誰かが受け止めて、幸せになれるかもょ!」
「バカ言え!俺は、そんな下らない噂なんて信じていないよ。」
「マキ姉ちゃんにダーリンいるって言わなかったっけ?」
「聞いてね~。」
「ずんだ餅と同じくらい可愛いんだから、いるに決まってるぢゃん。
聞いてなくても気付きなよぉ。
だから、マキ姉ちゃん、二口女に嫌われちゃったんだよ。」
「どういうことだよ?話が全然繋がらん。」
真紀は彼氏持ち。頻繁に寮の前に迎えに来てもらい、デートを終えて送ってきてもらったあとは、寮の前で、仲むつまじげにしていた。その光景を、2階の窓際に立っていた‘恋人にフラれた女性の思念’から常に見られ、嫉まれて攻撃対象にされたのだ。
「二口女が覚醒する前に調査して倒せたから良かったけどさ、
もうちょっと遅れて二口女が覚醒してたら、ヤバかったかもね。」
「そうなのか?」
「ぅん。マキ姉ちゃん、殺されちゃってたかも。」
「・・・そっか。」
説明を聞いた燕真は、真紀のハート獲得には失敗をしたが、真紀を死なせずに済んだことをに一定の誇りを感じる。
頻繁に真紀と恋人を見て、徐々に覚醒状態になっていた二口女が、何故、燕真と紅葉の介入で急激に覚醒をしたのか?それは、依り代が、燕真と紅葉から、真紀と恋人以上の強い繋がりを感じたから。
紅葉は気付いているが、燕真には内緒にしておく。
「お花・・・燕真が可哀想だったからウソ付いてあげたけど、
マキ姉ちゃんにあげるつもりだったんでしょ?」
握っていた花束を燕真に突っ返す紅葉。燕真は受け取って、しばらく眺めて「自室の飾る趣味は無い」と考え、紅葉に差し出した。
「・・・いるか?」
「ぃらない!だって、ァタシに買ってくれたお花ぢゃないぢゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
指摘に対してグウの音も出ない燕真は、花束を自分の手元に引っ込めた。すると今度は、紅葉が手の平を燕真に差し出す。
「でも、次ゎァタシにくれるなら、今回の恥ずかしぃお花ゎ引き取ってぁげる!」
「・・・・・・・・・・え?」
「ァタシ用ゎ、お花屋さんに選んでもらったのぢゃなくて、
真っ赤なバラ100本の花束ね!」
「・・・バカ言うな!やるとしても、もっと安いヤツだ!」
燕真は、花束で紅葉の頭を軽く叩いてから、手渡した。
「約束だょ!」
「1000円以内の安い花束な!」
微笑んで花束を抱える紅葉。鮮やかな花と対になった少女が映える。燕真は、がさつで残念なだけではない、紅葉の可愛らしさに、改めて気付くのであった。