7-3・黒い車を追う紅葉~女子寮潜入
-11時-
今は真夏。太陽が昇りきったこの時間帯は非常に暑い。燕真は、自動販売機で買ったペットボトルに口を付け、木陰に身を置いて、50mほど先にある文架大女子寮を眺める。真紀が言った「開かずの窓」は、寮正面の2階端の窓。下がコンクリートやアスファルトならともかく、下には植え込みが有り、飛び降りて若者が自らの命を絶つなんて不可能。霊感ゼロの燕真が聞いても、あきらかに異質な状況だ。
「友野さん・・・絶対に解決してやるからな。」
燕真は、額の汗を拭い、女子寮を睨み付け、清涼飲料水を口の中に流し込んだ。
「アホンダラっ!」
「ぶっっ!!」
直後に後から後頭部を叩かれ、口に入れた清涼飲料水を吐き出す。振り返ったら、真後ろの粉木が立っていた。その直ぐ後ろには、仏頂面の紅葉も居る。
「どこが『調査』や!?女の園を覗いているだけやないか!?」
「燕真のヘンタイっ!」
「チゲーよ!寮の窓が怪しいんだよ!だから、こうやって見張って・・・」
「やっぱり、覗いとるやんけ、ドアホ!
一日中、こないとこに突っ立って女子寮を眺めとったら、通報されんで。」
「燕真のヘンシツシャ!」
「張り込むなら張り込むで、もうちっと頭を使えっちゅ~んや!」
「どうやって?」
「それを考える為に、いっぺんYOUKAIミュージアムに戻らなあかんやろ!」
「燕真のタラズ!」
「オマエに言われたくない!
だいたい、なんで、じいさんと紅葉が来られるんだよ?店や塾はどうした?」
「オマンの所為で、お嬢が職場放棄しおって、どうにも成らんねん。
放置しといたら店が信用を失って潰れてまうで、
早々に店じまいして、こっちに来たんや。」
「・・・なんで、紅葉の職場放棄が俺の所為?」
「燕真が鼻の下を伸ばしてるからだっ!」
「そやっ!オマンが鼻の下を伸ばしているからや!全部、燕真が悪い!」
「・・・はぁ?意味が解らん。」
「まぁ、ええ。
オマンが、のぞき魔として警察に連行される前に合流できて良かった。
なして、寮の窓が怪しいのか、説明しいや。」
「真面目に仕事してんのに、ひでー言われようだな。」
燕真は、大学と寮の奇怪な噂のうちで、「開かずの窓」だけが事実と言うことと、そこから寮生が飛び降りた噂が有るが、事故物件の噂は無く、立地的に怪我程度で収まることを説明する。
「なるほど、確かに怪しいな。
だけど、此処で眺めとっても、霊の類いはなんも感じへん。」
「ァタシゎ、ちょっとモヤモヤを感じるけど、ココからぢゃ、よくワカンナイ。
もうちょっと近くに行ってみるねぇ。」
「あっ!おい、紅葉っ!」
紅葉は、燕真の制止を無視して女子寮に近付いていく。成人男性やジジイが女子寮の周りを彷徨いたら即座に不審人物扱いだろうけど、女子ならば、余程おかしな行動をしなければ見逃されるだろう。粉木は黙って見守る。10分ほど寮の周りを見て廻った紅葉が戻ってきた。
「ん~~~・・・モヤモヤゎ絶対あるケド、近くに行っても、よくワカンナイ。」
「そか。お嬢でも解らんか。
寮の管理人に聞いたら詳細は解るかもしったらいが、
いきなり行って説明を求めても、怪しまれるだけやろう。
よし、解った。しばらくはワシが張り込んだる。
ぼちぼちお嬢の塾の時間や。燕真は塾まで送ったれ。」
「なんで俺が?」
「オマンが、アホ面下げて此処で突っ立って張り込んでるより、
ワシが昼寝中のジジイのフリして張り込んどる方がマシやさかいな。」
粉木が指さす方向には、粉木の自動車が路上駐車されている。確かに、エアコンの効いた車内で粉木が昼寝のフリをしながら様子を見ていた方が数倍はマシだ。
「それに、お嬢の送り迎えほど、オマンに適任な仕事はあれへん。」
「・・・小娘の塾への送り迎えが仕事って・・・俺はどこの暇人だ?」
「ええさかいちゃっちゃと行かんかい。お嬢が塾に遅れたら、オマンの所為やで。」
「そ~だぞっ!サッサとァタシを送れっ!もちろん、お迎えも来なきゃだからね!」
「・・・全くもうっ!」
粉木から紅葉の子守を押し付けられた燕真は、渋々とバイクに跨がり、タンデムに紅葉を乗せて、文架市街に向けて走り出した。見送った粉木は、車に乗ってエンジンをかけ、リクライニングを倒して、「昼寝中のジジイ」のフリをしながら女子寮を眺める。
-十数分後・文架大橋東詰-
燕真と紅葉が、バイクで信号待ちをしている。紅葉の塾は文架駅前商店街に在る為、そこまで送らなければならない。しかも、粉木からは、夕方になったら迎えに行く命令まで受けている。燕真は「これのどこが仕事だ?」とバカバカしくて仕方が無い。
交差する公園通りの道路から何台もの車が文架大橋側に曲がっていく光景を、燕真は漠然と眺めていた。
「んぁっ!燕真っ!!あの車、追ってっ!」
「・・・はぁ?」
「黒くて大っきい車っ!」
「無茶言うな!」
燕真の正面は、まだ赤信号のまま。追えと言われても、信号無視は出来ない。
「友達でも乗ってたのか?」
「チガウチガウ!
マキ姉ちゃんの寮のモヤモヤと同じのが、さっきの車にあったの!」
「マジで?」
「ぅん!超マヂ!」
事件を解決して、真紀に良いところを見せたい。信号が青に変わったので、燕真はバイクをスタートさせる。信号待ちをしている間に、紅葉が指定された車にはだいぶ先行をされてしまったので、速度を上げて、前方を走る車を縫うようにして抜き去りながら「黒くて大っきい車」を探す。
「いたっ!黒くて大っきい車っ!アレだよ!」
「モヤモヤってのは感じるのか?」
「んっ!間違いないっ!寮のモヤモヤと同じっ!」
文架大橋の西詰め交差点で信号待ちをしている黒いワンボックスカーを発見。問題は、どうやって運転手を呼び止めて話をするか?いきなり運転席の窓を叩いて「モヤモヤしてますよ~」と伝えても、気味悪がられるだけだろう。ワンボックスカーの数台後方でバイクを駐めた燕真は、アプローチの手段を考える。
「んぢゃ!行ってくるねっ!!」
しかし、燕真の思案など、紅葉はお構い無し。タンデムから降りて、数台前方の黒くて大っきい車に駆け寄って、助手席の窓を叩いて窓を開けてもらい、しばらく何やら話しかけている。いきなり変な若造がアプローチを求めるより、見た目満点の美少女に突撃された方が、相手の警戒心のハードルは下がるだろうけど、やることが直球する。
燕真が様子を眺めていたら、正面の信号機が青の変わった。「当然、話し終えて戻って来る」と思っていたのに、紅葉のバカは、助手席を開けて乗り込んでしまう。信号が青になり、紅葉を乗せたワンボックスカーが動き出した。
「・・・おいおい、あのバカ、塾はどうする気だ?
子供の頃に『知らない人の車に乗っちゃ行けません』って教わらなかったのか?」
さすがに、このまま放置はできない。見失ったらシャレにならない。燕真は、青ざめながら、紅葉を乗せた黒いワンボックスカーを追う。
-14時-
疲れ果てた表情の燕真が、女子寮の前で待機中の粉木の車の助手席に乗り込んできた。薄目を開けて寮を眺めていた粉木が、昼寝のフリをしながら話しかける。
「随分と遅かったのう。お嬢は塾に届けたんか?」
「あのバカの独断専行の所為で、だいぶ遅刻したけどな。
でも『開かずの窓』の詳細は解った。俺達が動くのは夜になってからだ。
問題は、どうやって、妖怪に接触するか・・・だな。」
「ほぉ、詳しく聞かせい。」
粉木は、興味を示して起き上がった。営業で妖怪事件を獲得するだけでも驚いているのに、今度は、被害が出る前に対策を練ろうとしているのだから、話に乗る以外の選択肢は無い。しかも、これが部下の活躍ではなく、全て部外者(紅葉)の手柄なのだから、ベテラン退治屋の粉木ですら、今まで培った退治屋の常識を片っ端から覆されている気分である。
説明を聞いた粉木は、「夜間活動の為に今のうちに仮眠で体を休める」と決め、日中の張り込み中止して一時帰宅をすることにした。ただし、燕真には、塾に紅葉を迎えに行くという重要ミッションがあるので、夕方には起きなければならない。更には、騒がしい紅葉の相手もしなければならないという超難関ミッションも控えているので、仮眠できる時間は1時間程度しか無いだろう。
-20時-
燕真と紅葉の乗るバイクと、粉木の運転する車が女子寮前に到着。路上駐車をして、エンジンを止める。市街地と郊外の中間にあるこの地域は、夏休みで学生の大半が帰省をしている為、この時間帯は静まりかえっている。
「お昼よりもモヤモヤが強いね。」
「解るのか?」
「ぅん。もーすぐ来る。」
燕真&紅葉&粉木は、忍び足で寮へと近付く。すると、事前に示し合わせていた真紀が、1階通路の窓を開けた。
「アリガト、マキ姉ちゃん。」
「クレハちゃん、佐波木さん、お願いね。」
粉木は異常発生に備えて外に残り、燕真と紅葉は、真紀の手引きで、窓をよじ登り、男子禁制の寮内に潜入する。燕真が粉木に「どうやって妖怪と接触するか?」と相談を持ち掛けた答えが、まさかの凄まじくアナログな「忍び込む」だった。
今ならば、大半の寮生が帰省中なので、見付かる可能性は低い。且つ、セキュリティの観点から、寮の入口には防犯カメラが有り、1階の窓は強化ガラスだが、プライバシーの観点から寮内の通路や部屋には防犯カメラは無い。
粉木曰わく、もし見付かっても、紅葉は「友達が遊びに来た」、燕真は「真紀の恋人が忍び込んだ」と言い張れば、真紀はペナルティーを受けるが、警察には突き出されるに済むとのこと。
緊張した面持ちで、女の園を見廻す燕真。生活の香りを楽しもうとしたら、察した紅葉が燕真の鼻を摘まんだ。
「いってぇっ!」
「うるさい。声出すな燕真。」
「オマエがいきなり鼻を摘まむからだろうに。」
燕真と紅葉は、端数の時間を待機する為に1階の真紀の部屋に隠れる。教材とノートが広げられた机、小物が飾られて教材が収納された棚、備え付けのクローゼット、ベッドの上にはヌイグルミが一つ。小ざっぱりしているが、女の子らしさ部屋だ。燕真が露骨にならない範囲で見廻していると、部屋をノックする音が聞こえる。
真紀が咄嗟にクローゼットを指さしたので、燕真と紅葉は慌てて隠れた。
「さっき、変な声、聞こえなかった?男の人の声。」
「気付かなかったよ。テレビの音か、外で酔っ払いが騒いでたんじゃない?」
帰省をしていない寮生が、先ほどの燕真の悲鳴を不審に思って尋ねてきたようだ。真紀が扉を開けて2~3会話をしてやり過ごし、寮生が去ったのを見計らってクローゼットを開けた。中では、様々な物が収納されて狭くなったスペースで、燕真と紅葉が密着状態で収まっている。
「ふぇ~・・・焦ったぁ~。」 「せ、狭い。」
「ゴメンね。もう大丈夫だよ。」
クローゼットから脱出して数分ほど待機。紅葉が、妖気の支配力が強まったことを感じる。
「2階・・・来たよ。」
「わ、私も行った方が良いですか?」
「いや、君は部屋で待機していて良いよ。」
「・・・佐波木さん。」
「・・・友野さん。」
クールな頼れる男を決め込んだ燕真が、真紀と見つめ合う・・・が、直後に紅葉が燕真の髪の毛を引っ張って台無しにした。
「ゴチャゴチャ無駄話してないで行くよ、燕真!」
「いつも、無駄話しかしないヤツが、何を偉そうにっ!」
2人は真紀に見送られ、部屋を出て、息を殺して物音を立てずに、階段を2階へと上がった。
「いるか?」
「んっ・・・いるよっ。窓から飛び降りようか迷ってる。」
開かずの窓の前、燕真には見えないが、紅葉には女性の姿が見える。今の世代で見える寮生がいなかった為に‘別の噂’として扱われたが、「開かずの窓」と「窓際に立つ女性の霊」は同一の出来事だったのだ。女性の霊が紅葉を睨み付ける。
『なんで、男と一緒にいるの?アナタ達は恋人同士?』 ※燕真には聞こえない
「だとしたら、どうだっての?」
『不幸になってしまえ!』 ※燕真には聞こえない
途端に、強い怪奇現象によって、LED電球や窓ガラスなどが次々と割れていく!
「わっ!わっ!」
「紅葉っ!」
紅葉を抱きしめるようにして庇う燕真!その行為が引き金になり、女性の霊の背後に闇の渦が出現!女性の霊が飲み込まれ、闇の渦は、後頭部に口がある着物姿の女に姿を変える!妖怪・二口女だ!